そろそろ戻りましょう。と促され、またふわふわ死に場所へと戻る。
すると、一体全体何があったのか、あれだけ不穏な空気だった話し合いの場は……なんと更に不穏になっていた。
なんでえ?
「だから! 要らないじゃん。オレの友達でもないし、そいつら」
「我らも賛成だなあ」
「ああ、ああ。何より面白そうだ」
「そ、そんなことしたらリューネせんぱいが悲しんじゃいますよう!」
「……ボクも使っていいと思うけど〜?」
「もお!リエスくんは黙ってて!」
「は〜!? なんなのセルテ! ちょっと、ライ! ライはどう思う〜!?」
「えっ? 自分っすかー!? いやあ、リューネパイセンとは関わったことないっすからねー」
まず目に付いたのは、白熱した討論? だ。使う、要らない、という言葉はまるで物のようだが、同時に人を指すような単語も含まれているのがよくわからない。いつも通りイラつき気味のリエスくんに名を呼ばれ、じっと死体の私を見つめていたライ……くん、さん? は金のポニーテールを揺らして困ったように褐色の頬をかいていた。
その横では、海や空のように明るい青色の髪と、それより更に水色や蛍光ブルーに近い瞳を持つ男が、暇そうに腕を組んでいる。
「ああそれ俺もだなあ。なあレムレス〜? なんで呼ばれたんだ? 俺。せっかくかわい〜子と遊べそうだったんだけどな〜」
「るっせぇチャラ男。人数多い方がいいんだよ」
「お〜こわいこわい。俺一応先輩だぜえ? なあ、ライ〜」
「そっすねー」
「全然興味ねえ〜! アレウス〜慰めてくれよお」
「貴様が浮ついているからだろう」
「こっちもひっでえ。なあペッカー!」
「うるさい。どうでも良い」
見知らぬ彼はどうやら、周囲からの扱いはあまりよろしくないようだ。確かに言動は軽薄と言っても差し支えないかもしれないが、正直見た目は整っているし、そんなに悪い人間には見えない。邪険にするどころか殆どの人が優しく接してあげたくなりそうなものだが、そこは流石Ⅳ組と言うべきか。
あれ? というかレムレスくん帰ってきてるんだ……。
用事は終わったのだろうか。とはいえ地面に積み上げた書物を熱心に漁っているようなので、今は邪魔しないでおいた方が良いのかもしれない。
「それよりちょっと、きみ。マウト君。あんまりリューネに近づかないでもらえます?」
「あっすみません! いやーこれが死体かあと思うと感慨深くて……」
「……トレイル、お前のところの一年でしょう。このイカれた一年、さっさと引き取ってください」
「こんな時だけ話しかけるのかよおペッカー……」
「は?」
「あ〜はいはい、ライ〜ほら、あんま見るな見るな。お姫様はお休み中なんだと〜」
一方、そんな見知らぬ男ことトレイルさん……、に私の死体から引き離されたライくん。暫定ライくんは、少し変わっている。一年生らしい彼は、自身へ話しかけてきたトレイルさんそっちのけで私の死体を凝視していた。それは先程からずっとであり、あまりの視線にペッカー先輩が怒るほどである。
そんなに感慨深いものかなあ……死体……。
まあでも、爆発の衝撃と死後水に落ちたことにより、少々荒れていた私の死に姿はいつの間にか綺麗に整えられている。それはまるで眠っているだけのようだ。これで中身は空っぽだと言うのだから、そりゃあ確かに気になるのかも……? しれない。
トレイルさんに首根っこを掴まれ引き離されて、ライくんはガワだけの私へ、あ〜、と手を伸ばしていた。
それを見届け、また別の場所へ目を向ける。なんだか知ってるメンツはもちろんのこと、知らないメンツもやけに増えていて、この場はもうわちゃわちゃのぎゅうぎゅうだ。逆によく私は会話を聞き取れているとすら思う。
そんな中、記憶と寸分違わぬ嫌そうな顔がふと目に付いた。
シャーニくんだ〜!
半分、いやそれだと怒られそうだから三分の一くらい、私の分身みたいなシャーニくん。久々に見た彼の泥沼みたいな闇鍋みたいなどん底の瞳には、相変わらず共感を覚えてしまう。私どころかⅣ組生徒全員を嫌っていたはずの彼が、他の人達……今回はフィートくんとアレウス先輩のようだが、彼らとどう話すのか、少しばかり気になった。
「ッチ……あー……もう。うるさ。ほんと嫌。マジで帰りたいんだけど、僕……」
「貴様、呼ばれた理由がわかっているのか? 帰るな」
「そうです。シャーニがリューネさんと面識あるのは知ってんですよこっちだって」
聞き耳を立ててみれば、初手からまさかの険悪ムードだ。いや、言うてまさかと思うほどではないか。考えてみればわかることだった。
「嘘だろ……しくじった……ところでさあ、あんたら覚悟決まりすぎじゃない? ほんとはこういうの嫌いでしょ。ねえ、いい子ちゃん共?」
「………………」
「………………」
続いてシャーニくんが発したのは、嘲り混じりの問いかけ。どう解釈しても煽りである。
そんなものをぶつけられて、二人は無言で顔を見合せた。そして一人は変わらぬ真顔のまま、一人は微かに眉を顰めて口を開く。
「俺は、もう良い。とっくにおかしいんだ、俺は……ここで行動しない方が後悔すると分かり切っている」
「……どちらにせよ、父には顔向けが出来ない。なら、より多くの命を救いたい。それだけです」
「ハッ、馬鹿らし。お前のその顔見たら、ちょっとくらいあの女に手助けしてやってもいい気になるよ。フィート」
「こら、シャーニ! リューネのこと悪く言わないで!」
「あーあー過激派が……言ってないっつの……。あ、そうだフィートさあ、ジュスティくらい開き直ってみたら? どーせ無駄だろうけどさ」
「……シャーニ」
「ははは、貴様の減らず口は止まらんな! いい加減耳障りだ」
「は!? いった……!! 武力行使反対なんだけど!」
そこからどうなるかハラハラと見守っていれば、最終的にアレウス先輩がバコンと一発シャーニくんを殴りつけた。え、嘘〜……こわ〜……という気持ちと共に、逆によく我慢してたな……という気持ちにもなる。シャーニくんには、ペッカー先輩以上に他人の心を逆撫でする才能があるようだ。
ところでシャーニくん頭大丈夫? アレウス先輩結構な馬鹿力のイメージあるんだけど……。
こんなことで死亡者が一人増えてはたまらない。しかも私と違って巻き戻らないのに。しかし、まあ何となく話はまとまった? らしい。殴って解決とは、男の子ってよくわからない。
めぼしい集団の会話を聞き終えた辺りで、リエスくんがこちらに、正しくはメアくんに気づいた。
「あ! メア! ちょっとこっち来て〜!」
「なんだ、リエス」
名を呼ばれ、メアくんは律儀に混沌の中へ歩いていく。私もついて行こうとしたら、かすかに首を振られた。あっはい、大人しくしてます……。
「セルテが弱っちいこと言う〜!」
「違うもん! ぼくはリューネせんぱいの気持ちを思ってるのー!」
「は? リューネはオレ達と居られれば幸せでしょ?」
「パリッソ、パリッソ。呼びたくもないけどさすがに言う。僕が言えたことじゃないってのもそうなんだけどさあ……お前おかしいよ。病院行けよ早く」
「……少なくとも、頼られたところで魂の重さを測る機能は俺には無い。件のそいつら、とやらがどれほど価値のない存在なのかは、判別が付けられない」
「むー……どおしてみんなそんなに過激なのかなあ。悪いことはしちゃだめなんですよお?」
「今まさに禁忌なんて名前の付いた悪いこと、しようとしてんだよなあ……僕まで巻き込んでさあ……ほんとこれだからお前ら嫌いだよ」
そして気づけば、遠目からでもわかるほど、シャーニくんの雰囲気が澱んでいる。
あ〜わかる。話の内容はわかんないけど、その感じ、二十回くらい死んだ時の私だね。
親近感からふふ、と笑えば、タイミング良く学園長が現れた。後ろには先生が付き従っている。
「はいはい、みんな。だいぶ元気が戻ってきたようで何より! 私の方も、ウィードルの説得には手間取ったが……殆ど準備は万全だ」
そう言う学園長本人もかなり平静を取り戻したのか、にこにこ笑顔に少し前までのような冷たさはあまりない。だが、その後ろに佇む先生の表情は暗かった。
「さて、どうせろくな話し合いもできてないんだろう。お前達のことだからね」
学園長が杖を振る。その瞬間、この場に居た私たち全てが違う場所に転移していた。人どころか、レムレスくんの周りにちらばっていた書物や幽霊の私すらも飛んで来ていて、それを当然のように行う力に感嘆の声が漏れる。
「さあここからだ。誰一人逃げることなく付き合うように。ね?」
堅牢な石造りの壁に囲まれて、薄暗い部屋の中、学園長は歌でも歌うかのように言葉を紡いだ。
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