リューネ、おかしな特待生。その正体は異世界人だと言う。正直初めに聞いた時は意味がわからなかった。だが、学園長までもが彼女を異世界人だと言うならば、それは嘘では無いのだろう。信じられない内容であることと、真実であることは矛盾しない。
「ええと……では、アレウス先輩。さようなら」
学園に戻ってきて、早速ふらついたリューネは大事をとって保健室へと向かうことになった。……寮より保健室で眠っていることの方が多くないか?
少々不安になるが、魔法への耐性が赤ん坊以下だという話を聞いてしまっているので、もっと隔離しても良いとすら思える。初級魔法一発で呆気なく失われる人の命など、想像もしたくない。
「ああ、また明日」
学園長と共に去っていく後ろ姿を見つめていれば、不意に気配がした。振り向けばクトゥムがいる。
「なんだ、貴様か!」
「なんだ。じゃありませんよ」
「……ああ! ただいま! 何か用か?」
「はあ? お前、本当そういうとこですよ」
クトゥムはやけにイラついていた。俺にはよくわからないが、まあこいつにも色々あるのだろうと思う。俺はいつでも後ろめたいことのない品行方正な人間であることを心がけているから、いくら感情を分析されても平気だが、他の人間もそうとは限らない。クトゥムは繊細だから、誰かの何かが気に触ったのだろう。
「いや、お前のせいですけど?」
「む……俺は良いが、学友の心を読む前には断りがあった方がトラブルが少ないと思うぞ」
「はあ〜〜〜本当、話の通じないやつですねお前。しかもなんです? やけに人間らしくなっちゃって……」
なるほど。誰か、じゃなく……どうやら俺が人間らしくなったことがクトゥムは気に入らないようだ。しかし、人間らしくも何も俺は人間だ。他のⅣ組生徒、特にB教室のやつらと違って、ただの人間である。どうすればこいつの機嫌は直るのか、皆目見当もつかない。とりあえず言い分を聞いてやる。
「どうせお前も、リューネの影響でしょう」
ブツブツネチネチ俺に嫌味をぶつけていたクトゥムは、最終的にそう告げた。
リューネ。ああそうだ、リューネだ。異世界からやってきた、おかしな特待生。クトゥムも前、彼女と関わっていた。それからほんの少しだけ丸くなったというか……徹底して人間を嫌っていたのが、こうして多少の会話をするようになった。
そして俺も、恐らくはリューネと関わったから。クトゥム曰く人間味が増した、のだろう。彼女には人を変える力があるのだ。
「俺は……」
「ああいいです惚気は聞きたくありません」
「惚気などなわけあるか! ただ、貴様が人間らしくなったと言うのなら、それは正しいのだろう。貴様の人間嫌い故の観察眼はかなりのものだ」
「うわ……褒められると気持ち悪いですね……で?」
「だが、俺は変わったわけじゃない」
「へえ? じゃあなんだと言うんです?」
挑発的な目でクトゥムは俺を見た。俺は、そう。
「俺はおかしくなってしまったんだ」
笑いかけてやれば、眼下のクトゥムは眉を顰めた。それはもう、盛大に。そして彼は言葉を吐き捨てる。
「イカれてますね」
「貴様にだけは言われたくないな!」
さて、そろそろリューネの診察は終わったはずだ。なんだかんだ俺も怪我をしているため、保健室へ向けて歩き出す。すると何故か、クトゥムも俺の横に並び、歩き始めた。
「っていうか、お前、なんでリューネに名前で呼ばれてるんですか?」
「俺が許したからだが?」
「……お前のこと前より嫌いですよ僕」
「別に構わん。勝手に嫌っていろ!」
人間には相性がある。全生物に好かれるなど無理な話だ。しかし、そもそもクトゥムが好きな人間などいるのか? それこそあのリューネくらいでは──
「ちょっと、変なこと考えるのやめてもらえます?」
「貴様のことを考えていただけだが?」
「それをやめろって言ってるんですけど?」
「はあ……全く、面倒なやつだな」
「は? こっちの台詞です」
俺はこれからいつでもこうして、後輩や学友と気兼ねなく話せるのだろう。それは、どれほど恵まれたことか。
感傷に浸り、ふと笑みを零せば、クトゥムはまた嫌そうな顔をした。
掛け合いは保健室に辿り着くまで続いた。
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