目を覚ませば、ペッカー先輩と共に古びた空き教室に転がされていた私。
今日も世界が自分に優しくないのを実感しながら、そっと辺りを伺う。
壁際に寄りかかったペッカー先輩。隅の方に寄せられた木製の机と椅子。天井では、かなり弱い光力の照明がチカチカと点滅している。廊下側には窓がついており、出入り口は一つだけだ。
そんな様子を見た私は、つい呟いていた。
「たまり場じゃん……」
「何言ってるんです?」
「あ、先輩」
そして返される冷めた声。なんとか一人で身体を起こした私は、ペッカー先輩に向き直る。彼はげんなりとした顔をしていた。まあ人嫌いだもんね。
「……先程ぶりですね」
「そうですね……あ、そういえば本面白かったです」
「あなた状況わかってます?」
「す、すみません……」
どうせ私はなにをされても死ぬので、それなら少しでもペッカー先輩と仲良くなって情報を得た方が良い。
そう思っての発言だったが、ペッカー先輩からしたらそりゃ空気の読めない人である。場を和ませるのは失敗だ。
「えっと……じゃあ、どうしましょうか?」
「……そもそも、なぜこんな目にあっているかおわかりで?」
「いいえ」
全く見当がつかないので首を振った。するとペッカー先輩は口角を歪に上げて、間髪入れずに言葉を吐く。
「なのに、そんなに落ち着いているんですね?」
「はあ……まあその、私は魔法使えませんし。魔力耐性がないらしくて。無駄に抵抗したら死ぬので……」
「……だとしても変ですけどね」
呆れたように笑われた。いや、馬鹿にされたのかも。しかしどちらにせよ、ペッカー先輩が私と会話をしてくれているのはとても凄いことである。
嫌いなもの、生き物。なのにな。
「あの……それで、先輩は誘拐の理由がわかってるんですか?」
「ええ。連続標本化事件の犯人、レムレス・スクープトのせいですよ」
「あーそうなんですね」
「あなた……少しくらい驚くものでは?」
「そう言われても……」
白々しいことだ。こちらはペッカー先輩に何度も殺されてる上に、彼は手帳に攻略対象として刻まれている。
これで仮にペッカー先輩が真犯人じゃなかったら、私はもう何も信じれない。
「あなたは彼が怖くないんですか?」
「あ、それ。レムレスくんにも言われました。怖くないです」
「……そんな様子じゃ、誘拐犯共にとってはあなたを拐ったのは失敗ですね」
「そうかもですねえ」
おそらく、この様子からしてペッカー先輩は嘘をついていないのだろう。
若干、ペッカー先輩の狂言誘拐とかだったらどうしようなんて思っていたけれど、その線はないらしい。
つまり、私たちふたりは、レムレスくんと仲良し(にみえる)という理由で、レムレスくんへ恨みを持つ誰かに連れてこられた。ということで。
「じゃあ、結局これからどうしますか?」
「どうって……何か考えでもおありで?」
「えーと……先輩が、麻酔針とかを犯人に、こう……?」
「出来るわけないでしょう」
「すみません……」
助けが来る見込みが限りなく低いので、出来たらペッカー先輩とふたりで協力して解決したかったのだが、そううまくはいかないようだ。
縛られた腕で麻酔針を撃つ仕草をどうにかしてみたが、にべもなく断られた。
仕方ないので、切り札を使うことにする。
「あの、でも、そこまで冗談ではないですよ」
「はい?」
「だって先輩、先輩が噂の通り魔でしょう」
「……は?」
「注射器、今も持ってたりしません?」
「………………」
首を傾げて訊ねてみれば、ペッカー先輩は一瞬、真剣な顔つきになった。なんとなく、ペッカー先輩と初めて出会った頃が懐かしい。
拝啓レムレスくん、私はペッカー先輩と一人で対峙することが出来るようになりました。なんてね。
「何を馬鹿なことを。僕が通り魔? 犯人はレムレスでしょう」
いや先輩ですよね? 白を切ろうとしているようだが、私には証拠があるのだ。
そして同時に向こうには心を読む特性があるので、務めて冷静に、二手目を打つ。
「蔵書庫の地下……」
「……なんのことでしょうかね」
「標本化させた人達は、お人形さんだったんですね」
「…………話くらい聞いたらどうです」
「先輩は心が読めるから、人間が嫌いなんでしょう」
そこまで言えば、遂にペッカー先輩は押し黙った。これは中々良い問い詰めな気がする。きっとふたりとも縛られていなきゃ尋問シーンとして完璧だっただろう。
「……ああ全く、何処からバレた? レムレスですか? あなた、アイツを懐柔しました?」
「あ、誰にも聞いてないし言ってないです。多分今もレムレスくんが犯人です」
「っじゃあ! わざわざなんのために!?」
「えっ……今は、この場を打開するため、ですかね……?」
温厚そうな裏のある笑みを浮かべ余裕があったペッカー先輩は、もうどこにもいなかった。
口調が乱れ、声を荒らげるその様が怖くないと言えばそれはちょっぴり嘘だが、なんだか逆に人間らしくも見える。
「なんだそれは! ああ全く、あなたのせいで何もかもが狂わされますよ……!」
「すみません……?」
とりあえず謝れば、ペッカー先輩は頭を抱え、心底悔しそうに唸った。
……ん? あれ?
「あの、縄……」
「あんなもの、とっくに解いてます。お粗末な魔法式でした」
「あっそうなんですか……」
イライラとした様子でペッカー先輩が立ち上がる。
うわ、形勢逆転ってこういうこと?
「さて、真相を知ったあなたを……どうしてやりましょうかね?」
悪どい笑顔だ。周囲の雰囲気との噛み合いも抜群で、とても真犯人らしい。
推理小説なら、ミスリードからの間違いに気づいた主人公が後ろから襲われて、目が覚めたら縛られてたって感じのあれだ。
「あの、殺さないでください……」
「命乞いですか? 大袈裟ですね」
「いや……私、ほんとに弱いので……先輩の魔法薬だと死にます。うそじゃないです」
「……試してみましょうか」
「やめてください先輩に前科がつきますよ」
注射器をチラつかされて、反射的に私は早口でそう言った。
知り合いが前科者になるのは勘弁だし、何よりおそらくチェックポイントが良くてお昼ご飯後、悪くて今日の午前の蔵書庫に着いた時なので、戻るのが正直面倒くさい。
「別に、殺しませんよ。口封じはしたいと思っていますけど、人を殺すにはちゃんと計画がないといけないので」
「あ、なら安心です」
「……あなたね……」
信じられないものを見る目で見下ろされる。よくわからないが、軽蔑されたのだろうか。
ていうかやっぱ注射器持ってるじゃんパイセン。
「いえ、でも、本当に嘘はついていないんですよね。あなたの心はずっと、会話の間も常に凪いでいる。まともな人間じゃない」
「まあ人間死ぬ気でいれば何とかなりますよね」
「そういうことじゃないんですけどね」
深々と溜息を吐いてから、ペッカー先輩は出口へ向かう。
実際私はいつも、何かあったら死ぬ気持ちで頑張って生きてるんですよ、ペッカー先輩……。
「まあ適当にのしてきますので。あなたの処遇はその後決めますよ」
ギイと、立て付けの悪い木造建築特有の音がして、ペッカー先輩は扉の向こうに消えた。
ペッカー先輩が強いのか、誘拐犯が弱いのか。
彼が廊下の奥へ行ってからすぐに、うめき声とか何かの破裂音とか、様々な現象が起き始める。派手にやっているらしい。
憂さ晴らしかなあ……。
伝わってきた振動で、天井のランプが遂に寿命を迎えた。哀れな誘拐犯を思って私はちょっと遠い目になった。
そのまま今日の晩御飯はなんだろう、なんて現実逃避をしていれば、ペッカー先輩が帰ってくる。
「あ、おかえりなさい」
「……ただいま戻りました」
「怪我とか大丈夫でしたか?」
「僕がヘマをするように見えますか?」
「えー……と、すみません……」
実際私に真犯人だってバレてるじゃないですか、なんて言ってしまいたかったけれど、そもそもこれはかなりのズルで判明しているのだった。
よく見たら普通に無傷のペッカー先輩へ、そんな後ろめたさ込みで謝っておく。
「目立つようにやりましたから、直に助けが来るでしょう」
「え、あ……ありがとうございます」
不服そうに呟きながらも、ペッカー先輩は私を縛っていた縄を解いてくれた。
ただ拘束が解けた解放感だけでなく、やんわりと悪かった体調も改善されたことから、この縄も一種の魔法具だったのだろう。
「うわー……内出血……」
少しでも明るい方へ腕を掲げたら、手首の中でも、特に負荷のかかっていた箇所が少し青くなっていた。
そっか。魔法具ってことは多分魔力が含まれるから、私に特攻バフが入るんだなあ……。
まあ誘拐犯が割としっかり縛ってきたのもあると思うのだが、それにしても弱い私である。
「あなた……本当に弱いんですね」
「え、そうですけど……」
「まあ、取り巻きにでも治してもらえばいいんじゃないですか?」
「いえ。多分数日で治るので」
取り巻きとかいないしね。
左右に首を振れば、嫌そうな表情を向けられる。なんかこんな顔ばっかり見てない? おかしいな。
「………………」
「あ、ええ? ありがとうございます」
ペッカー先輩は、無言で私の手首を魔法で手当してくれた。さすがにこの程度だとそこまで変な感じもしない。
「お礼は結構です、魔が差しただけですから。僕はもう行きます」
人を拒絶するような冷たい背中が遠ざかっていく。私は処分されないらしい。つまり、多少は仲良くなれたと思っていいだろうか。
「待ってください!」
「……なんですか」
「あの……」
死なないで明日を迎えるために連続標本事件を解決しなくちゃいけなくて、連続標本事件を解決するために彼を攻略しなくちゃいけなくて。
咄嗟に声をかけたら、ペッカー先輩は止まってくれた。
心の機敏が視えて、人形が好きで、私をまともな人間じゃないと言った彼に今、かけるべき言葉はきっとこれだ。
「あの、私、標本になってもいいです。だから、先輩専用のお人形になるかわりに、皆のことは標本にしないでください」
ペッカー先輩が振り向く姿が、スローモーションで見える。今なら逆に、私が彼の心を読めそうだと思った。
「あっでも死にたくないので、ちゃんと魔法薬改良してからお願いします」
「あなた、馬鹿なんですか?」
「シンプルな罵倒〜……やっぱり、いやですか」
じっと、ペッカー先輩の翡翠色の瞳を見上げる。すぐに否定はされなかった。
そりゃそうだ。さらってくるより、自分から志願して来てくれる方がリスクが少ない。通り魔なんだから、美醜に特別拘っているわけでもないだろう。断るなら、それはもう私が嫌いだからくらいしかない。
「…………考えて、おきますよ」
「あ、はい!」
バタバタと複数人の足音が近づいてきた。私の名を呼ぶ声もする。ペッカー先輩の言う通り、助けが来たのだ。
「ふうん。あなた、リューネと言うんですね」
「あー……そうですね」
本当の名前ではないけれど。ていうか覚えられてなかったんだ。ほんとに他人に興味無いな。
「リューネ、一ついいことを教えてあげましょう」
「なんですか?」
「僕には協力者がいます」
「はい」
それは知っている、というよりいると思っていた。私は頷く。
「それはね、レムレス。アイツですよ」
「……え」
「では」
ニッコリ笑って、今度こそペッカー先輩は行ってしまう。入れ違いで、見知った人達が現れた。
「リューネ!」
「お前、大丈夫か!?」
「あ……うん」
心配してくれる二人に生返事を返しながら、私は思う。
なるほどそういう展開ね??
あともうちょっとだけ、頑張らなくてはいけないようだ。
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