睡眠をとったら死んだ私は、何が原因かを考える前にもう、また中庭で目覚めることを考え絶望していた。
やっと一段落つけるかと思った瞬間のこれは、充分萎えても仕方ないだろう。なにせ死に過ぎて今となっては目を開けなくても最初の光弾を避けれるレベルなのだし。
だから例に漏れず今回も踞ろうとして……気づいた。
「私、立ってる?」
始まりはいつもペタンと地に座り込んだ状態だったはずだ。そういえば風も感じない。
不審に思いすぐさま目を開ければ、そこは忌まわしき第Ⅳ組専用学生寮のリビング。どうやら死に戻りのポイントは随時更新されていくらしい。
一瞬嬉しく思ったが、厄介な時も有りそうなので、手放しでは喜べない。ただまあこれは勝手に上書きされるなら考えても無駄だろう。
私はさっさと先程死んだ原因を追求することにした。
「……えっと」
しかし、困ったことに寝たら死んだくらいしか情報がなかった。
特に衝撃も痛みも苦しみもなかったので、いっそ安楽死でもしたのか? という気持ちでいっぱいだ。
悩んだ末に、私は他に手段がなかったので、また眠ることにした。絶対死ぬのにね。
たった半日で自分の命に頓着しなくなっている事実から目を逸らしたい。
ということで。また角部屋へお邪魔し、クッションとカーテンと布を手早く回収して、マットレスに寝転がった。
疲労はそのままどころか一度死んだせいで精神的に増した気がする。そのせいか、早々に瞼が落ちてきた。
おやすみ世界、さよなら世界、そう思ったその時……電子音が鳴り響く。
「っえ」
急激に意識が覚醒した。
死に戻りは、基本的に自分がなにか変わった行動をしない限り結果が変わらない。
あの中庭でぼんやり座っていれば確実に死ぬように、この安楽死もどきだって同じ行動を起こせば同じ結果に繋がるはずなのだ。
つまりこれは、イレギュラーである。
「……なに、これ?」
帰る手がかりがあるかもしれないと、謎のイレギュラーを特定すべく起き上がった私の眼前には、淡いピンク色に光を発する半透明のウィンドウがあった。
【チュートリアルクリア! ミッション報酬をお受け取りください】
ウィンドウには、まるでアプリゲームのような文言が並べられている。ご丁寧に完了のボタンも映し出されていた。
いや怖いよ……。
私は未知にめっぽう弱いのだが、考慮はしてもらえないようだ。恐る恐るウィンドウに指を突っ込む。通り抜けた。
「ひぇ……」
メッセージウィンドウなら完了だけでなく、バツ印の戻るボタンもあるべきではないのだろうか。
無かったことにして閉じてしまいたいのに、この画面はそれを許してくれない。
数分ほど悩んでから、私はボタンを押した。苦渋の決断だった。今日は悩んでばっかりだ。あと死んでばっかり。
ピロン! と効果音が鳴って、ウィンドウが光の粒になりながら消えていく。それにほっと一息ついたと思えば、今度は違う画面が浮き上がった。安堵を返せ。
私は半ばげんなりした気持ちで表示された文を読む。頭が一層混乱した。
「が、ガチャ?」
何度見返しても、そこには【チュートリアルミッション限定ガチャコインを取得しました】とある。マジでどこのアプリゲーム?
これも、完了のボタンを押してみた。
正直ここまで来たら後戻りはできない。それに、何故かまだ私が死んでいないので。これは多分恐らく正解の道なのだろう。自信はないけれど。
さて、一体何が起きるのか。
少しだけ怯えていれば、部屋の片隅に小型の機械が出現した。
埃だらけでボロボロなここに似合わない真新しいそれは、どこからどう見てもガチャガチャだ。
コインを入れて、ハンドルを回して、カプセルに入った何かが出てくるアレ。
ただし、このガチャは、カプセルが透けて見える上部分がハート型になっている。しかもピンク色のグラデーション。
デフォルメされた天使の羽のような装飾もついており、かなりファンシーな、夢かわいい系ガチャガチャのようだ。
「うわ、ほんとにコイン持ってるし……」
その上、右手の中にはこれまたハートマークが刻まれた、鈍いピンクのコインがある。
ウィンドウも、ガチャマシンも、コインも全て甘ったるいピンク色。胸焼けしてきそうだ。ていうかいつ入れられたの?
死因の一つである光弾や水泡は魔法だと学園長に教わったが、こんな意味のわからない方法で現実に干渉するこれも魔法なんだろうか。
一体全体、魔法はどこまで出来るのだろう。
謎のウィンドウ曰く、私はプロローグをクリアしたようだが、まだまだわからないことだらけである。
「……回すしか、ないのかあ」
死に戻りという異世界トリップ特典だけでも面倒なのに、これ以上変な要素を入れないで欲しい。
意を決して、ガチャマシンにコインをセットした。ゆっくりとハンドルを回せば、ガチャ、ガチャ、と静かな部屋に場違いな音が鳴る。
ハンドルが一周した頃に、コロンとひとつ、銀色のカプセルが出てきた。と同時に響く効果音。ウィンドウもやってきて、謎現象の大盤振る舞いである。帰れ。
【おめでとう! 良いものは出たかな?】
「いや知らないよ」
つい突っ込んでしまった。いつまでこれに付き合えばいいんだ。とにかく、片手に乗るくらいのカプセルを開けてみる。
それなりの厚みをした手帳がでてきた。小さめとはいえ、到底カプセルには入らない大きさだ。ついでに開けたカプセルは消えた。
もうやだ〜〜〜物理法則どうなってるの??
顔が歪むのを抑えられない。面倒事の予感がヒシヒシする。手帳をパラパラと適当にめくってみると、色々な項目がタブ分けされていた。
スケジュール、ミッション、まあこの辺りまでは良い。ミッション自体は先程から出てきているから、許容範囲だ。
しかし……着せ替え、攻略状況、プロフィール、ここらはもう意味がわからない。いやずっと意味はわからないのだけど! その中でも特にわからない。
着せ替えは開くとマジの着せ替え&模様替えチュートリアルが始まった。ウィンドウ上で付与されたインテリアが物理的に干渉してきたので、部屋はちょっと綺麗になった。
攻略状況には、手書き風の男性のシルエットが数ページに渡り二十人分ほどあった。必ず【まだ解放してないよ!】の文字付きである。
プロフィールには、何故か色んな男性の好きな物や生い立ちが簡単にまとめられていた。それもやっぱり二十人分。
ヘトヘトになりながらもウィンドウに従いチュートリアルをこなしてここまで来ると、察しの悪い私でもピンとくる。
これ、まさか乙女ゲーム? と。
「だとしたら攻略対象多すぎない……?」
しかも、攻略対象だと思われる存在の中にはこのデストラップ付きの住居を授けてくれた学園長や、学園長に話しかける前に私を殺してきた数名もいるようだ。
「嘘じゃん……」
これだけ数がいるのなら、もしかしたらファンディスクやナンバリング作品があるタイプのご長寿ジャンルなのかもしれない。生憎覚えはないけれど。
にしてもやる気が失せる。というかこれマジで攻略しないといけないの?
え、全員?
「う、嘘じゃん……?」
もう本当に嘘だと言って欲しい。誰でもいいから「全員攻略しなくてもお家に帰れるよ」って優しく私に声をかけてくれ。
私は新しくなったマットレスに勢い良く倒れ込むと、厚手のブランケットにくるまった。どちらも謎チュートリアルで手に入れたデフォルトインテリアである。
壁紙と床材もちょっと良くなって、全体的に部屋があのボロボロ状態からグレードアップした。それだけは素直に嬉しい。
そして私はふて寝を決める。
おやすみ三秒で意識が落ちて、気づいたら小汚いリビングに立っていた。
寝たら死ぬのは変わらないのかよ。
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