光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第35話 ~悪魔召喚の儀~

公開日時: 2023年7月29日(土) 11:30
文字数:4,912



 クリスの言葉に、茜と雪花は視線を落とす。

 鉄製の箱の上蓋が切断されたようだ。クレーンで上蓋を釣り上げている。

 

「あれは……」


 茜は事前に発掘された古代の遺物と言われる石板を画像で確認している。

 刻まれているアズール文字を読むことは出来ないが、それは間違いなく、数日前に発掘され盗まれたと話題の古代の遺物だった。

 因みにクレーンを操っているのはまだ目出し帽を付けた剣だ。


「あいつ……共犯だな」


 剣はうまくクレーンを操作し上蓋を横にずらして置いた。

 剣は乗り物や重機の扱いにも精通している。

 人質を救出もせず何をしているのかと怒りたくなるところだが、鉄の箱解体の進捗を知ることができた。だから後で共犯でいじるくらいにしてやろうと、茜は企むのだった。


「しゃがんでっ」


 クリスの短く斬るような言葉に、茜と雪花は思わず身を低くする。そしてその視線の先を追えばメインエレベータの方から二人の人物が歩いて来ていた。


「あいつはっ」


 その一人は大勢の軍人が殺された件でクリスが追っている重要人物であり、茜が以前、倒した相手。

 雷親父を形容するに相応しい灰色の鋭い眼光と、短く借り上げられた白髪交じりの金髪。

 この傭兵団の団長であるバドルだ。

 茜の予想では警戒されている為、来ないだろうとふんでいたバドル。どうやら茜の予想は外れてしまったようだ。

 その隣にはフードを目深にかぶっている人物。顔は分からないが線の細さから女性だろうという事がわかる。

 二人を迎えるダニアの右手は敬礼の形。そして二人に歩み寄り何か話している。


「クリス、あれは?」

「あの男がこの傭兵団の団長だよ」


 秘密にしたいのだろう。バドルの名前は伏せるクリス。

 だが茜が知りたいのはバドルではない。すぐさま「その横は?」と問うが返って来た答えは肩透かしの言葉。

 

「分からない」

「分からない?」

「誰だろ? 女性に見えるけど」

「まさか、ブラッドオーシャン?」

「あはは、テレビの見過ぎじゃないかな」


 あくまでもクリスはブラッドオーシャンは都市伝説上の組織だと位置づけたいようだ。

 だが傭兵団の団員であるクリスも知らないとなると秘匿性の高い組織の一人であることが伺える。そして今現在、都市伝説としてでしか語られない秘匿性の高い組織といえばブラッドオーシャンに他ならない。フードの女は恐らくその組織の一人だろう。

 と、そこでフードの女が動いた。今しがた空いたばかりの鉄の箱に入り、古代の遺物に足を踏み入れる。


「何かするみたいだよ」


 クリスが言って茜達もその動向を観察する。

 フードの女は更に古代の遺物の丁度真ん中まで歩を進める。中央には直径数十センチ程の浅いくぼみがあった。フードの女はそこにしゃがみ込むと片手をそのくぼみに押し当てる。


「え?」

「ど、どうしたのよ? 茜」


 茜の口を突いて出たような疑問符。それに驚く雪花と視線を向けるクリス。


「何だか、周りの共鳴力濃度が減ってない?」


 突然そんな事を聞かれ首を傾げる雪花とクリス。

 通常、レゾナンスは周囲を漂っている力を共鳴して取込み自分の力として使用する。だからその濃度が変わるとレゾナンスであれば敏感に感じ取る事が出来る。


「あ、本当だ」

「確かに……何処かに吸い寄せられているみたいだ」


 共鳴力は目に見えない。だからクリスは目を瞑って首を振り共鳴力の流れを追う。

 そして目を開けたクリスの視線の先には、やはり古代の遺物とフードの女。


「あの女が共鳴力を集めているのか?」


 その言葉が終わるか終わらないかの頃合いだった。奇妙な現象が起こる。

 古代の遺物の周辺で光るライトが一際眩しく光り出したのだ。


「え? 何これっ? ポルターガイストっ?」


 雪花は茜に近づいて腕にしがみついてくる。見れば煌々と激しい光を放つライトは古代の遺物周辺だけ。他のライトはろうそくの灯が揺れるように小さく点滅している。

 その光景にハイジャック犯達も周囲を見渡してざわついている。

 そして次の瞬間、何かが破裂する音が。


「きゃっ」


 と、小さく響いた雪花の悲鳴。だが事前に茜の手が雪花の口に添えられ、ハイジャック犯に聞こえる事はなかった。

 茜は無言でハイジャック犯達と雪花を交互に見つめる。雪花も目を見開いてしばし固まってはいたが何度か頷くと静かに茜の手が離れた。

 ここでもし茜達の存在がバレたとしたらすべて水の泡になる可能性がある。もしくはここにいるハイジャック犯全員が茜達を消そうと襲ってくるだろう。

 破裂したのは周辺で一際激しく輝いていたライトだった。更に次から次へと割れて行き、古代の遺物の周辺が暗くなってしまっている。

 だがそれらの不可思議な出来事は、これから起こる超常現象をお膳立てする演出に成り下がる事となる。

 

「発光し始めた……?」


 クリスは目を見開いて青い瞳にその光景を映す。

 古代の遺物に赤紫色の光が灯ったのだ。周囲が暗くなった為か、発光する古代の遺物が更に際立っている。


「文字が光ってる」


 茜も目を凝らしてみれば、光っているのは古代の遺物に刻まれた文字のみだ。クリスのいう事にはアズール語と呼ばれるもの。


「クリスはあれ読めるの?」


 クリスは茜の問いに首を振る。

 

「いや、僕にはさっぱり、だが……」


 更に古代の遺物の光に目を細めて呟いた。


「禍々しい……」


 クリスのそんな呟き。

 クリスの短い呟きから、皆一様に頭に浮かぶものがあるだろう。それは禍々しいと揶揄されるものであれば最初に思いつきそうなフレーズ。加えて茜がセレナから報告を受けた中にもそのフレーズはあった。


「まるで、悪魔の召喚の儀式みたいだね」

「馬鹿な……」


 そういってニヤリと笑う茜の横顔は、禍々しい光も相まってクリスには悪魔のように見えただろう。だがそんな悪魔も悪くないか、とクリスはクスリと笑う。

 だが、やはりそんなオカルトみたいな事、起こるはずがないとクリスは思う。

 そしてもう一度「そんな馬鹿な事」と同じ言葉を心の中で呟いた。しかしその言葉はすぐ、目の前の現実から逃げている自分への罵倒に変わる。

 ドクン、と心臓が波打つ音が衝撃波として周囲を襲ったのだ。

 打ち上げ花火のような軽く乾いた音の衝撃ではない。重く、ねとねととした湿っぽい鼓動。


「え、な、何今の?」

 

 そんな気持ち悪い音に雪花が反応する。更に茜に強くしがみ付いて今にも泣きだしそうだ。

 その音の震源は言うまでもなく禍々しい光を放つ古代の遺物に他ならない。

 更に今まで古代の遺物周辺程度しか照らしていなかった赤紫の光が突如、溢れるように強い光でフロア全体を染め上げる。


「くっ、何が起こっているんだ!?」


 クリスはいったん屈んで、その光から逃れる。

 茜は手で光を抑えながら、更に目を細めてみる。すると石板の真上に菱形のクリスタルが浮いている事が分かった。大きさにして人の頭より少し大きいくらいだろうか。そのクリスタルが強烈な光を放ち、周囲を染め上げているのだ。


「何あれ……綺麗」


 雪花は怖くて目を瞑っていたのだろう。恐る恐る顔を出すとそんな呑気な一言。

 まるで悪魔にでも魅入られてしまったようにうっとりと、そのクリスタルを見つめる雪花。

 だが生物の世界では色鮮やかで美しければ美しいほど強い毒をもつもの。

 

「いや、何か……いる」


 目を細めた茜は発光して、よく見えないクリスタルの中を注視する。

 色鮮やかに発光するクリスタルの中に何かが蠢いているのだ。

 

「え? どこ?」

「何だあれ?」


 それは包帯のような平たい紐に包まれた物体。体をくねらせる虫のようにうねうねと動いている。芋虫のようにも見えなくもない。


「あれは紐の……いや、包帯の悪魔?」


 茜はそう呟く。その呟きに対して、もうクリスは否定しない。

 セレナが教えてくれた紐の悪魔とクリスの言う包帯の悪魔。

 ここにきて信憑性に欠ける悪魔の存在が一気に真実味を帯びてきたのだから。

 

「あ、何かするみたいだよ」


 クリスの言葉にクリスタルから一旦目を放す。

 するとバドルが既に古代の遺物の上に乗っている。そして中心に向かって歩いていた。特に恐れる様子はないがゆっくりと歩く。

 ついに中心部に到達したバドルは宙に浮いたクリスタルに手を伸ばした。

 そのクリスタルに手が触れるか触れないかの距離。その時、中で蠢いていた生物は消え去り、赤紫色の光も消え、クリスタルも消え失せた。空中で忽然と。

 同時に石板に刻まれた文字の光も消えてしまった。


「消えちゃったけど?」


 雪花が茜を見るが、自分を見られてもと茜も首を傾げる。

 現場はライトが壊れてしまった為、薄暗く見にくい。だがフードの女がバドルから少し距離をとった事が分かった。

 バドルは両掌や自分の体を見まわして確認し、何か異変がないかを見ている様子。だが特に変わった様子もなく、先程点滅していたライトも正常に戻っている。

 何事も起こらないのか、と思われたその時、


「うっ」


 茜が急に胸を押さえて苦しむようにうずくまってしまった。


「茜!? 一体どうしたんだい!?」


 それに気づいたクリスが茜の体を支えて持ち上げる。

 雪花もびくつきながらも、肩を掴んで茜の容態を伺う。


「どうしたの茜!?」


 茜は大げさに右手を天に掲げて苦しそうな表情。

 

「悪魔の力よっ……うおおお沈まれえええ」

「悪魔!?」

 

 まさか悪魔が茜に憑依してしまったのか、と思われた。その時、茜は一つ息を吐く。


「って感じだと思ったのになぁ」

「え!? え? ……は?」

 

 クリスに抱えられ、雪花に心配をかけた茜は一つウィンクをし、笑顔を見せてそう抜かしたのだった。

 その茜のウィンクにやられたのか、クリスは疲れたように笑う。

 

「全く……冗談が過ぎるよ、茜」

「今度やったら殴るからっ!」


 雪花は若干キレ気味で茜の頭に一つ、きつめの拳骨を落としてそう言った。


「何だよぉ……こうなるかなって思っただけじゃん」

「だから何?」

「いえ、別に何でもないです」


 今まで見た事のない心躍る現象の後、何も起きず拍子抜けして出来た反動だろう。ここでも茜の茶目っ気が爆発してしまったようだ。だが時と場合を考えなければそれは空気の読めないブラックジョークに他ならない。今のように雪花の拳骨をもらってしまう。

 雪花は茜から距離を取り不機嫌な表情。


「あ~、頭痛い……」

「大丈夫かい?」

「まあ、何とかね……ん?」

「ん? どうかしたかい?」

「なんか苦しんでない?」


 茜の視線の先にはバドルがいる。そしてそのバドルが苦しそうに体を曲げ、膝をついているのだ。


「まさかバドルもこの空気に耐えられずドッキリを!?」

「ちょっと、黙ってて」

「はい」

 

 ふざける茜を雪花が真顔で一喝しバドルに目をやる。

 するとダニアを始め、幾人かのハイジャック犯がバドルの元へ駆け寄っている。バドルはバドルで未だ苦しそうに体を揺らし、苦痛に耐えているようだ。

 フードの女はというと更にバドルから距離を取っている。それは周りのハイジャック犯が駆け寄ってきたからか、それとも何かバドルに近いと何か危険な事でもあるのか。

 剣はというとクレーンの操縦席に乗ったまま、その動向を傍観する構え。

 茜は茜で想像通りに事が運んで喜び、目を輝かせている。

 その喜びもつかの間だった。バドルの背中から浮き出てくるように、先程クリスタル内にあった包帯の塊が出現したのだ。

 ハイジャック犯達はバドルの正面に立っていて気付いていない。その間にも包帯の塊は大きさを増していく。


「あれは、さっきの……悪魔なのか?」


 クリスは怪訝そうな表情で見つめている。

 その異常にハイジャック犯達も流石に気付き始めたようだ。

 驚きを隠せずバドルから距離を取っている。腰を抜かして倒れてしまったものも幾人かいた。

 大きさを増した包帯の塊はバドルの背中を覆い隠すくらいに大きくなっている。

 そこから更ににょきにょきと、包帯のような触手が生えてくる。まるで蛇使いに操られているコブラのように。

 更にどんどんどんどん数を増していく。蛇のような平たい触手が何本も。

 そして驚いたことに複数の触手の先端がハイジャック犯達の方向を向いたのだ。更に一部の触手の先が茜達の方も向いている。

 その触手の根本が少し縮んで小さくなる。それはバドルが扱う武器、槍の突きを繰り出す前の予備動作のように。

 かくして、それは直後に起こる惨劇の予備動作に他ならなかった。


「避けろ!」


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