光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第25話 ~フェリー、ハイジャックされる~

公開日時: 2023年7月19日(水) 07:31
文字数:3,385


「ハイジャック犯って何!?」


 声の大きい雪花に茜が静かにしろと片手でジェスチャーする。

 そして茜は小声で続けた。


「ハイジャック犯とは、よくバスとか飛行機とか乗っ取る犯罪者の事だ」


 茜が真面目な顔をしてそんな分かり切った事を言うものだから雪花は眉間に皺をよせざるを得ない。


「あんたマジで言ってんの? そんな事知ってんのよ! そういう意味で言ったんじゃないから! 私が言いたいのは何の目的でハイジャック犯がここに乗り込んでるかって事! ていうかあの人がそうだったの!?」

「ああ、日和の国行きなのに行ってみたいとか言ってただろ?」


 雪花も先程の会話はイヤーセットを通して聞いていた。その発言が可笑しいという事も理解している。


「でも……それだけで?」


 ただボケていただけなのか、ただ単に言い間違えただけの可能性もある。

 だがそれは雪花の理想。さっきの男がハイジャック犯というのは茜の妄想で、且つ、どうかこのフェリーが何事もなく日和の国に着くことを願っているだけ。

 だがそんな妄想めいた雪花の理想を茜の言葉が次々と打ち砕いていく事となる。


「外国人でも腹出てたり痩せてたりする。でもさっきのクリスって奴はゴリゴリマッチョだっただろ?」

「でもゴリゴリって言うとボディビルダーを連想しちゃうけど……でもマッチョだからって、ちょっとそれは飛躍しすぎじゃない?」

「ボディビルダーのように肥大化させ過ぎない筋肉の付け方。あれは軍人の筋肉の付け方だ」

「そうなの?」

「軍人は筋力と持久力の両方が必要になるからな。後はここの下に駐車場あるだろ?」

「うん」


 このフェリーには荷物運搬のトラックや旅行者の乗用車等を運び込むフロアがある。それは茜達のいるメインホールの丁度真下にある。


「トラックがいっぱい入ってきてたの覚えてるか?」

「ああ、そういえば」


 茜達がフェリーに乗り込む際、多くのトラックがフェリーに乗り込んでいた。


「サルベージするにしても深海に行くにしても結局バブルトンネルが必要になる。まさか飛空艇アシェットが撃墜されると思わないだろうからその機材を調達するのに二日くらいと予想していた。そこに来て海路での帰郷と、そこに多くのトラックと軍人のような男」


 こんなに多くの材料が揃っているのにお前はまだ分からないのかと、雪花を憐れみの笑みで見据える茜。

 雪花は今にも泣きそうだ。


「ああ、もうっ……帰りたい。これは何かの間違いで考え過ぎで……きっと何事もなく日和の国に……」


 未だに現実逃避する雪花。

 その雪花に茜が整理するように事実を淡々と述べてやる。


「このフェリーの海路にアリアナ海溝がある」

「う」

「因みにあの男はトラックに乗っていた」

「ええ!? 見てたの!?」

「ああ、そりゃあもうしっかりと。それに日和の国に行くのに行きたいなんて言ってな」

「……」

「そして剣が消えた」

「な、何してるのかな~……」


 恐らく剣はハイジャックに備えて姿を消しているのだろう。だから茜達と直ぐに離れ、関係を疑われないようにしていたのだ。


「何よりセレナさんが取ったチケットだ。空路が早いのにわざわざな。セレナさんは意味のない事はしない。私にはそれだけで十分すぎる程さ」


 自嘲気味に溜息をついて窓から外の景色を見る。


「いい天気だなぁ」

「それ言わないで!」

「まあ、私もクリスを見るまでは確定ではなかったんだけどな」

「そんな……じゃあ私達はファウンドラ社のハウンドって人達も殺せるハイジャック犯達の乗っている船にいるって事?」


 そこで茜は一度間を開ける。

 先程も言ったようにハウンドの一人を誰にも見られずに殺害する技術を持った者はそうそういない。そんな技術を持った者が船をハイジャックするような派手な犯罪現場に姿を現す事などあまり無いのだ。


「この船に乗っているかどうかはともかく、少なくとも関わりがある連中がここに乗り込んでるだろうな」


 雪花はゴクリと生唾を飲み込む。


「そいつらの目的って……」

「古代の遺物?」

「でも重くて持ち上げれないんじゃ?」


 古代の遺物はバブルトンネル内を移動するエレベータの最大積載重量を超える為、持ち上げる事は出来ない。


「例えば悪魔とか?」

「終末の?」

「さあな……お、アシェットが墜落した所じゃないかあそこ」

「うわ、船の数半端ない」


 茜が指さした先には多くの調査船と思われる船が行き来している。それを囲むように警備船が十数隻。この海域を封鎖して破片等がないかを調査しているのだ。後は違法にサルベージする者が出ないかの警備だろう。

 

「ん」


 その時、茜が急に背筋を正し虚空を見る。まるで何もない所を急に凝視しだす猫のように。

 そんな幽霊でも見つけたかのような茜を心配そうに見つめる雪花。


「ど、どうしたの?」


 雪花が茜の視線の先を茜の顔の横に顔を近づけてみるがただ海があるだけ。

 

「……何もないとこ見つめて、止めてよね! 幽霊とか言うのだけは!」


 雪花は周囲を見渡してみるが。特に変わった様子はない。

 客室からメインホールへ続く廊下で子供がサッカーボールを思いっきり蹴り、危うく他の乗客に当たりそうになっていた。それを母親が叱り子供が逃げ出したくらいだ。

 バーでは先程の三人組が未だにだべっている。


「始まったな」

「何が?」


 何か変わったことといえばサッカーボールを蹴りっぱなしで逃げだした子供を母親が追いかけ始めた事だろうか。


「複数の足音と誰か殴られて倒れた音がする」

「え?」


 雪花はその一言で茜が全く別の事象を捉えていることに気づく。

 茜は女の子になったとはいえ裏組織のトップエージェントでレゾナンスだ。レゾナンスは練度を上げれば共鳴力を神経のように張り巡らせ、間に壁があろうと何処で何かが動いているかくらいは察知できる。


「ま、まさか」


 その時、 一発の銃声が茜達のいるフロアに轟いた。雪花と茜、更にそのフロアにいた乗客全員が思わずビクリと体をすくませる。

 幾人かの乗客の悲鳴、そして皆一様に身を屈めた。

 見ればメインホールのど真ん中で、目出し帽を被った一人の男が黒い拳銃を真上に向けて発砲したのだ。

 

「この船は我々がもらう!」


 男は乗客達に銃を向けて叫ぶ。


「ひ、ひいいい!」


 一人の乗客の男が恐怖からか、悲鳴と共にその場から走り去ろうとした。しかし逃げた先にも同じ目出し帽を被った男が自動小銃を持って立ちふさがる。

 更にホールへ続く廊下や階段、それぞれに複数の目出し帽の男が立ちはだかる。皆一様に銃で武装している。


「あの銃は……」


 見れば男たちが武装している装備は光がアシェットで見かけたBG-47だった。

 

「ひ」


 走り去ろうとした男の側頭部に目出し帽を被った男の蹴りが命中した。

 逃げだした男は叫ぶ間もなく、蹴りの衝撃でゴロゴロと転がって気を失った。


「大人しくしてれば解放してやる! だが騒いだり抵抗した者は容赦なく撃ち殺す! いいな!?」


 最初に発砲した男がそう叫ぶ。すると他の目出し帽の男達は銃口を客に向け威嚇した。

 周囲を見渡せば目出し帽の男は客を取り囲むように配置されている。そしてメインホールの出入り口をふさぐ形で十数人が配置されていた。


「どどど、どうするの茜!? 銃持ってるよ!?」


 雪花があたふたしながら茜の肩を揺さぶってくる。


「やる!? やるの!? あいつら全員!」


 雪花は恐怖からか意味不明な言動をし始めた。


「やるわけないだろ。落ち着け。今騒いだら乗客盾に取られて膠着状態だ。最悪死人がでる」


 誰が死んでもいいというのであれば茜一人でも殲滅は可能だろう。だが目的は悪魔で釣りをする事だし、一般人を危険に晒す行為は世界平和を謳うファウンドラの思う所ではないのだ。


「そそそうねっ、じゃじゃどうするのよっ」

「大人しくしてたら解放してくれるって言ってんだから大人しくしてようぜ」

「わ、わかった……」


 続いて船内放送が流れる。


『これから我々はこの船をハイジャックする。乗務員、並びに乗客全員に告ぐ、二階メインホールに集合しろ。命令に従わない者、抵抗する者、もしくは隠れている者は全て殺す。隠れている者が出てこない場合、乗客を一人ずつ殺していく』


 その放送が流れて数分間、乗客達は一様にうつむいてしゃがみ込んでいた。誰も喋らず不安そうな顔で。

 その間、メインホールの出入り口から続々と乗客がハイジャック犯に連行されてくる。手を上に挙げてその後ろに張り付くようにハイジャック犯達がBG-47の銃口を向けているのだった。


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