光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第8話 ~光が女になるまで~

公開日時: 2023年7月2日(日) 00:00
文字数:6,420

「まずい……」

 

 光は機関部に全ての爆弾を仕掛け終わった。だが不味い事に剣がいるフロアへの通路を傭兵達が十数人待ち伏せし、塞がれてしまっている。通路の側面にある船室もロックされており、入ることができない。


「こっちに走っていったぞ!」

「挟み込め!」


 前後左右から鉄の床を踏みしめる音がいくつも聞こえてくる。

 強行突破と考えてみるものの、そんなことしたら相棒である剣の元へ傭兵達を引き連れていくことになってしまう。そんな事になれば二人で乱戦となる。それは面倒だ。なら煙幕を張るか、などと走りながら思案していると、少しだけドアが開いている船室があった。

 

「よしっ」

 

 光は意気揚々と、その船室に滑り込み、ドアを音が鳴らないように閉める。

 更にドアに背を預け、息を止める。

 だんだん大きくなる足音。そしてだんだん小さく、遠のいて行く足音。

 それを無音になるまで聞き耳を立て、長い溜息を吐く光。

 どうやらうまく巻いたようだ。

 

「ようこそ」


 その時、部屋の奥からそんな男の声。


「誰だっ」


 ぱっと振り返ると白衣の男。

 肌の張りやシワから四十代前半といったところだろうか。髪は黒いが肌は白く、丸い眼鏡をかけている。その出で立ちは研究者という言葉が似あうだろう。

 恐らくその見た目通りの人物なのだろう。部屋の内部は思ったよりも広く、複数の長机が置かれている。ビーカーやらフラスコ、試験官が所せましと置かれており、中には様々な色の液体が。


「勝手に入って来て随分だな、君は」


 確かにその研究者風の男の言う通りだ。自分の家に無断で侵入し誰だと問うものは強盗かそれを追う警察位のものだ。

 全くその男の言う通りなのだが、もし光がその類の人物であるとすればこの男には余裕があり過ぎる。対峙した今でも薄笑いを浮かべてへたり込んでいる光を見下ろしている。

 まさか丁度いい所に手ごろなモルモットが迷い込んだとでも思っているのだろうか。


「見たところ、君は渦中の人物であろうことは分かるがね」

「あんたは見たところ傭兵でも乗船員でもないみたいだけど?」

「私は科学者さ。移動ついでに少し間借りしている」


 科学者であれば荒事にはかかわりたくないだろう。だが目の前に荒事の種が転がっている。普通であれば不審者が勝手に侵入し、尚且つ誰だなどと殺気立っていれば大騒ぎになるところだ。


「動じないんだな」


 男は光の存在に怯える様子はない。むしろ距離を詰めて手を差し伸べてくる。


「そう見えるかい? 僕はむしろ興奮しているよっ」

「俺は別に怪しい……者だけど非検体じゃないからな?」


 恐怖よりも好奇心が勝っていそうな男のセリフ。

 光は顔を顔を引きつらせながらその手を取り、引き起こしてもらった。


「それは残念」


 光は立ち上がって分かったが背丈は光と同じか、少し低いくらいだ。


「えっと……」


 光は戸惑いを隠せない。不審者に対してなぜそんなに冷静なのか。何故不審者に対して優しく引き起こしてやるのか。

 男は首を傾げ光が未だ握っている手を見つめている。


「俺はこの手を捻り上げて口を塞いで縛り上げたほうがいいのか?」


 光は男の目を睨むように見つめて、更に少し低い声音で脅すように尋ねる。


「あはは、その必要はないよ。私に敵意はない。だから君も警戒を解きたまへよ」


 だが男は一向に怯える気配はない。逆に光の手を引き寄せて笑顔を見せる。

 光は睨んだ眼を何度かしばたかせて目を瞑り、しばらくして息を吐いた。


「分かった……分かったよ、何もしない」


 光は手を放して両手を上げる。

 

「私はルイス、ルイス=エルハンス。ちょっと訳があってここで実験している」

「訳って?」

「それは話せない。いろんなクライアントがいるからね」

「そうか、あ」

「ん?」


 ルイスの肩越しに、机の上に置かれたビーカーが見える。そしてその中には桃色の液体が。小さな気泡が無数にビーカーの壁に張り付いている。恐らく炭酸ジュースだろう。

 

「さすが科学者、実験道具も食器も変わらないって事か?」


 光はさっきから走りっぱなしでひどく喉が渇いていたのだ。引き寄せられるように炭酸ジュースへ歩みを進める。


「え? ああ、これから飲もうと思っていた桃の炭酸ジュースだよ」

「マッドサイエンティスト感が出ていいなぁ」


 中には氷も入っている。気泡が氷をかき分けて登っていき弾ける音。はじけた気泡によって均衡を崩して唸る氷。それは乾いた喉から出た手を引き寄せるには十分だった。


「これ飲んでいい?」

「どうぞ」


 またしても二コリと笑ってルイスは快諾する。

 それを聞いて、おいしそうなピンク色のジュースのはいったコップを片手にとる。更に乾いた喉をごくり、ごくりと音をたてて一気に潤していく。


「うまいっ!」

「いい飲みっぷりだ。君はここにジュースをたかりにでもしに来たのかね?」

「それは俺も言えない。訳ありのクライアントだからな」

 

 さっきの仕返しとばかりに意地悪く笑う光。

 飲み干し、一息ついたところで光は何か引っかかる事があった。ルイスの名前はどこかで聞いたことがあったのだ。


「そう言えばあんたの名前ってルイス? ルイス……エルハンス?」

「そうだよ。ここでは博士とよばれている。白衣を着ているからと安直な考えだと思うんだがね」

「博士? ルイス・エルハンス!? あの世界遺産の!?」


 ルイス・エルハンス、世界中でもっとも優れた技術を持つ科学者であり発明家である。世界の偉人ランキングであれば堂々の一位に入る有名人だ。

 ルイスは史上初、人間でありながら世界遺産に選ばれた人物だ。世界遺産条約によりこの男に危害を加えるものは何人も許されることはない。彼に危害を加えるということは世界を敵に回すということになる。それはルイスが今までに色々な発明をしており失ってはならない人材だからだ。因みに先程、武器を収納した収納石を作ったのもルイスに他ならない。


「あんたみたいな大物がどうしてこんなところに!?」


 光はファウンドラ社という正義の名の基に悪を処罰する組織に所属している。

 その執行対象の船に何故乗り込んでいるのか。これは偶然なのかそれともこの飛空艇の積み荷に何か関係があるのか。

 そんな考えを頭に巡らせていると、見かねたルイスが説明してくれた。


「アシェリタ運送は私の研究の出資者なのさ。いくら私がすばらしく天才でもやはり先立つものがなければその才能も埋もれてしまうからね」

「それはそうだけど……」


 アシェリタ運送は表向きは普通の運送会社なのだが、しかし裏では違法な取引や古代の遺物という盗品の密輸を行っている。


「ルイスは知っているのか? ここに何が運び込まれているか?」


 もしかしたら古代の遺物を研究する為に乗り込んだのでは、と光はルイスを睨む。


「え? いや、私はただ、移動したいから乗せてもらっただけさ。ついでに実験もね。離陸直前に言ってしまったから困らせてしまったがね」


 何も知らず離陸直前であれば何を運び込むか知る由もないだろう。

 そしてアシェリタ運送も密輸するフライトに部外者を入れたくなかっただろうが世界遺産のルイスとくれば話が別だろう。変に断って機嫌を損ねられたらそれこそ大損害だ。


「それを信用するとして」

「随分と用心深いな。この船に何が積まれているというのかね」

「それは……」


 光は言い淀んで一度止める。

 ルイスは積み荷が何か知らない様子。であれば今回鉢合わせた事はただの偶然。特に危険はないだろう。


「ていうかあんたは何でこの船で実験なんか?」

「先程も言ったようにただの移動だよ。時は金なり。移動の時間がもったいないだろう?」

「実験内容は? 明かせないのか?」

「……知りたいかね?」

「……まあね」


 先程、ここでの実験理由は教えられないとルイスは言っていた。

 しかし光もルイスが何をしているか知らなければ安心できない。

 

「わかった。見せたいものがある」

「見せたいもの?」


 ルイスは一瞬、白衣の袖をまくって時計を見る。随分と古ぼけていて傷も多い。しかし青い文字盤の上を走る銀色の秒針は一定間隔で精密に時を刻んでいる。

 

「なんかすごい実験でもしてるのか?」


 世界遺産の科学者そういって数歩、ルイスのそばに歩み寄った。

 こつこつと光の靴音が研究室に響く。更にルイスは背を見せて歩き出す。

 不用心な奴だと光は溜息だ。光が本当に不審者であれば後ろからバッサリと斬り伏せられるかもしれないのにと。

 フラスコやらアルコールランプやら、様々な色の液体が入った試験管が並べられている机の間を二人はすりぬけ歩いていく。

 五歩、六歩を踏み込んだ頃だろうか。急に光の目の前が天井を向いた。それは光の膝がガクッと折れた反動から。


「っ!?」


 光は謎の浮遊感に襲われた。

 踏み込んだ先にあるはずの床がなければこんな感じなのだろう。光は前のめりに体が傾き倒れぬよう、手で床を掴むも踏ん張りが効かず、ついに突っ伏してしまった。

 

「な……に」


 光は何が起こったか分からなかった。何か仕掛けられていたのだろうか。この部屋で何かミスを犯しただろうか。光は思考を巡らせる。光がやってしまった失敗と言えばただ一つ。


「まさか、あのジュースに……」


 そんな推測を頭に浮かべながら光は床に頬ずりだ。そしてゆっくり見上げるとその推測を確定させるようにルイスは笑っていた。

 先程ルイスが時計を見ていたのはきっと薬の回る時間を見ていたのだろう。そして適当な事を言って時間稼ぎをしていたのだ。

 

「ルイスっ……」


 やられた。そんな言葉が光の頭に何度も何度もこだまする。

 手にバドルと戦った時と同様に刀を出現させるが力が入らずに落としてしまう。さらに取ろうと手を伸ばすと目測を誤って刀をさらに遠くへ押しやってしまった。


「く、くそっ」


 このまま捕まるのか、体が動かない事から先ほどのジュースは毒だったのか。光の運命はルイスの薬にゆだねられた。

 せめてもの抵抗をと光はルイスを見上げ、歯をかみ締め、そして睨みつける。ルイスは相変わらず不敵な笑みを浮かべている。

 しかし下から見上げているせいかその笑顔が邪悪なそれに変わっていくのを感じた。


「うっ……体が熱いっ」


 そんな抵抗もむなしく、もうしゃべることすらできなくなっていた。

 体は焼けるように熱く、全身から脂汗が噴出してくるのがわかる。

 全身から力が抜ける。

 死ぬのか。そんなことが頭をよぎった。


「よし、成功だね」


 その時、ルイスが一言。

 そしてその言葉がまるで呪文だったかのように光の体に力が戻ってくる。全身に広がった焼けるような熱さも冷め、体も軽くなったようだった。しかしまだ視界がはっきりしない。


「前を見たまへ」


 そんな命令にも似たルイスの言葉。


「ま……え……?」

 

 光は頭がぼーっとしていて無意識に前を向く。

 四つん這いになり、長い髪を床に垂らすシルエット。その腰つきや体格から小柄な女だという事がわかる。しかし視界がはっきりしないためよく見えない。

 光は片手を地面に突いてもう片方の手で目をこすろうとした。しかし目と手の間に何か薄いものが挟まり邪魔をする。絹のようなさらさらとしたもの。


「何だ?」


 それを搔き分け、再び前を見る。そこには確かに一人の少女がいた。

 今度ははっきりと見える。まだあどけなさが残る顔立ち。先程飲んだジュースと同じ桃色の大きく透き通るような瞳が光を見つめ返してくる。

 空を映したような真っ青な髪に艶やかな光の玉が曇として浮かんでいる。お尻を覆い隠す程に長いそれはしなやかな体のラインを描いている。

 首元には体の細さをうかがわせるような美しい鎖骨。大き目の白いシャツを着ているせいで空いた胸元から白い肌の乳房が、更に可愛らしく小さなへこみのヘソまで見えてしまっている。

 男である光はごくりと生唾を飲み凝視してしまっていた。


「どうかな?」


 ルイスが訪ねてくる。

 どうかなとは一体何を指すのだろうか。薬の作用だろうか。それとも目の前でオーバーサイズのシャツを着て屈んでいるいかがわしい少女の事を言っているのだろうか。


「どうかなって、ルイス……この子は? まさか見せたいものってこの子の事か!? 変態かお前は!?」


 こんな幼気な少女になんて格好をさせているんだと、光はルイスを非難する

 だがルイスはクスクスと小さく笑って歩み寄り、光の横に並んで屈みこむ。


「この子は、葵光ちゃんだよ」

「あおい……ひかり? へぇ」


 光はボーっとその少女を眺めている。

 少女もボーっと光を見つめている。よく見たら大きめの白いシャツ以外なにもきてないようだった。

 

「ん?」

 

 ここで光は不思議に思う。改めて驚いたのはそんな煽情的な格好をしている少女を見ても男であればこみあげてくるはずの感情が一切ないという事だ。

 本当に美しいものを見ると頭の中から三大性欲全てが排除されるということなのだろうか。

 何分たっただろう。いや、きっと数秒だっただろう。その少女と目が合ってからしばらくたつと頭がだんだんはっきりしてきた。そしてだんだん今まで何があったのか、だんだん頭の中の記憶をまき戻していった。まず最初にすべき質問は。


「あおい……光?」


 まずはじめにその疑問にぶち当たる。


「そう。葵光。」


 ルイスはさも当然のことのようにそうはき捨てる。


「同姓……同名?」

「そう、同姓同名、だが異性」


 二問中二問正解したにもかかわらずまだわけがわからなかった。どういうことなのだろうか。同姓同名で異性。確かに光という名前は少女に付けても差し支えないような名前だ。というか光にはトラウマだった。


「こんな事もあるのか」


 そういって片手を挙げる。


「こんにちは」


 すると少女も片手を上げる。更に少女も同時に口を開く。

 光は読唇術ができる。口の動きからしてこんにちはと言っているのは分かる。

 だが何かおかしい。少女は光の動作を寸分の狂いもなく、遅延もなく、光と同じ動作をするのだ。

 光は首をかしげる。すると少女も首をかしげる。みると少女の横にルイスが屈みこんでいる。


「ルイス?」


 後ろを振り向くと確かにルイスがいる。何度も何度も振り返っては前を見て、振り返っては前を見る。


「……か、鏡?」

「正解。三問正解だ、おめでとう」


 ニコリと笑うルイス、そんな冗談も笑えず固まる光。


「は? え? うそ……だろ……」


 顔をぺたぺたと触ってみる。何やらふっくらとしている。

 その後は光が運ばれた病院でしたことと全く同じことをして自分の体を確認していた。

 余りの出来事に光が立ち上がるとズボンはずり落ち、それに引きずられてパンツも一緒に脱げ落ちて足に引っかかっている。股をまさぐるとあるものがない。


「お、俺のちむぐぅっ」


 ルイスの手が光の口をふさいだ。

 そこで光は気が付いた。ルイスは光と同じくらいの身長だったはずだ。しかし今の光はルイスの胸くらいのところに顔がある。性別だけでなく身長まで変わってしまっているのだ。


「まあまあ、新たな自分との対面はそれくらいにしておきたまへ」


 光はルイスを見上げ睨む。そしてルイスの腕から逃れようともがくとルイスは抵抗なく腕を解いた。

 光は急いでルイスと距離をとろうとしてズボンに足をとられてずっこけた。

 その際、シャツがめくれて光は下半身が露わになる。これを公衆の面前で行えば警察に捕まってしまう事は言うまでもない。

 ルイスはその様子を苦笑いで見守っている。


「ルイス!」


 光はルイスに詰め寄ろうとするが足に引っかかったズボンとパンツがずるずると後を追ってくる。

 光はズボンとパンツが引っかかった脚をうざったそうにぶんぶん振って落とす。もう靴下も靴も無くなって素足になってしまった。


「ルイス! 俺の体に何した!? すぐに俺の体を元に戻せ!」

「元に?」


 それに対するルイスの反応はとても薄く、笑みが消え少し困ったものになった。

 少し考えこんでいるように俯きがちに目を瞑る。

 ルイスはなにやら顎に手を添えて黙考し始める。

 光は元に戻す方法がないのではないかと、はらはらしながらじーっとルイスを見つめている。


「も、元に戻す方法は……ないのか?」


 一向に返答がないルイスにたまらず尋ねる光。

 

「うん、ないね」


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