◇少し前、病院
ハイジャックされる少し前、セレナはまだ病院にいた。
病院の地下、セレナだけが入る事を許される部屋。床には何もなく、窓もない。狭く、コンクリートうちっ放しのような部屋。
その中央には石の台座があり、中央には小さなくぼみがある。
セレナは何やらキューブ型の綺麗なクリスタルを置くとコンクリートの壁に映像が浮かび上がった。
そこには小柄ででっぷりと肥えたお腹に七三分けの男が映し出されていた。
「セルジさん、こんにちは」
彼の名はセルジ。ファウンドラのナンバーツーの男だ。
「おお、セレナ。待っていたよ。石板破壊の件聞こうじゃないか」
意地の悪そうな笑みを浮かべるセルジ。元々そんな顔なのだが、それを更に助長する笑み。
「はい。結果についてはもう知っての通りです。なのでこれから大陸棚に引っかかっている飛空艇に侵入し石板を破壊します」
セレナは一つ返事をしてあったことを報告する。まるで無感情に台本でも読み上げるように。
「それはいい、しかしまず謝罪が先ではないのかね?」
「謝罪、と申しますと」
セレナは無表情で首を傾げ、何の事だか分からない、といった動作。
一瞬セルジは眉を引くつかせたものの、一つ咳ばらいをして冷静に続ける。
「……当初はアリアナ海溝に沈めると報告していたようだが」
「ええ、しかし作戦は変更されました。これから飛空艇に潜入するであろう勢力を見極めこれを排除し――」
「そんなことは報告を受けている!」
「なら、なぜそんな事をお聞きになられたのでしょうか」
「作戦変更の報告を受ける前に事が進んでいたようじゃないか! 変更があるならなぜ報告しない!?」
甲高くなく猿のように喚き散らすセルジ。
報告しなかったことによほど腹を立てているようだ。だがセレナは動じない。
「セルジさん、何か勘違いなさっているようですが」
「勘違い?」
「はい。我々ファウンドラ特殊部隊はそれぞれに指揮権があり、独自の判断で動くことが許されています」
セレナはそう言い切ってセルジを真っ直ぐに見据える。
セレナが従える部隊はファウンドラの中でも最高位に属す。よってファウンドラの掲げる正義の名の下に依頼内容を変更する事が許可されている。その依頼が正義とかけ離れているのならば拒否する事も出来るのだ。逆にその依頼主に正義を執行する事さえも許可されている。
「そ、それはそうだが……しかし今回は変更内容が――」
「その上で、作戦を変更し実行した。後に報告も上げました。何かこちらに落ち度はありますでしょうか」
今回の依頼内容は古代の遺物の破壊。だがそれを餌に、その裏に潜む何かを釣ろうとしている。しかしそれを取り逃がしたとなれば依頼主に顔向けできない失態となるのだ。それをセルジは危惧している。
「こ、今回の依頼主は老会の方々だぞ! 事前に報告があってもよいのではないか!?」
「あってもよい、しかし、しなくてもよい。そう存じ上げておりますが」
「し、しかも今回葵光が行方不明だというじゃないか!」
「どこかで元気でやっていますよ」
「どこかってどこなのだ!?」
顔を真っ赤にして怒るセルジ。
だがその映し出されたセルジの画面が小さくなって端に寄せられ、新たに三つの映像が映しだされる。
「もうよい」
「へ?」
更にそんな言葉が場を制す。
見ればセルジ以外の映像が浮かび上がっている。三つの長方形の映像に黒い影が一つずつ映し出されている。顔は分からない。
「ろ、老会の方々っ!?」
老会とはファウンドラのトップである。一人ではなく三人ということが知られており顔や年齢すらも不明だ。
「下がれ、セルジ」
「へ? しかし」
「下がれと言っている」
「はっ」
老会の一人の言葉によってセルジは一礼する。そして不満そうな表情を浮かべて映像をきった。
「セレナ。今回の作戦変更、実に素晴らしい。よくやってくれたね」
セルジは報告がなく怒っていたが、今回の作戦について老会の陣営にはさほど印象は悪くないらしい。
「いえ、こちらも事後報告になってしまい申し訳ないです」
「まあそれは報告して欲しかったがね。君の判断であれば我々は何も言うまいよ」
「セルジの事は気にしなくていいからね」
三人の内、誰が話しているのか不明だがどうやらセレナを特別扱いしているようだ。だからナンバーツーのセルジは自分よりも格下のセレナに当たりが強いのかもしれない。
「それで、現在の進捗はどうなっているのかね」
「はい、日和の国に向かう客船をハイジャック後、サルベージを行うとみられる情報を掴みましたので私の部隊を送り込みました」
「そうか、ならば問題はないだろう」
「そうだね」
老会の二人、だろうか、その言葉に安心したように笑う。
しかしそんな朗らかな雰囲気が次の瞬間一変する。
「そんな事より葵光だよ!」
怒り、そして焦りが見え隠れするそんな声。それも老会の一人だ。
「おいおい、性急すぎるぞ」
「そんな事は無い! 葵光の所在はいまだ掴めていないのか!」
焦る老会の一人は光の所在が気になるようだ。
当然と言えば当然だ。四年前、茜色の奇跡をもたらした少年であり、大きな力の持ち主なのだ。特殊部隊に配属されているのだから戦力として重宝されているに違いない。
それがいなくなったとすれば焦る気持ちもわかる。
「はい、まだ何とも」
「大野剣が言うには内部でルイス博士と接触があったとか」
「ルイス?」
「あの世界遺産級の放蕩発明家だよ」
「ああ」
「代わりに一人の女の子を剣君が救出したとの事です」
「そんな事はどうでもいい! 葵光の捜索を早急にしたまへ!」
「はい、それは目下捜査中です」
「頼んだよセレナ」
「彼は我々にとって大きな戦力だ。何としても見つけ出したまへ」
「至急だ! 我々からは以上だ!」
「承知いたしました」
とセレナは嘘を吐いてその場を逃げ切るのであった。
◇フェリー内
乗客、乗船員が次々とメインホールに集められる。やがて百名程がメインホールに集められることとなった。
そして全員揃ったところでハイジャック犯は乗客名簿を読み上げ始める。
「これから点呼を取る! 呼ばれたら返事して反対側へ移動しろ! 山田紘一!」
ハイジャック犯は慎重だ。
隠れているかもしれない乗客を炙り出したいのだろう。次々に名前を呼び空いたスペースへ誘導していく。
ここで雪花があることに気づき青ざめる。
「ね、ねえ茜」
「ん?」
「やばくない?」
「何が?」
雪花が茜の耳に口を近づけて小声で話す。
「何がじゃないわよ! 剣よ! 剣もこの船に乗ってるんでしょ!?」
「そうだけど?」
「そうだけどって……」
茜は危機感なく、そう言い捨てる。
その間にも乗客の名前は次々と呼ばれていく。しかし剣はこの場にはいない。
そのあっけらかんとした茜の態度に雪花は焦らざるを得ない。
「剣がいないって分かったらやばいじゃない!」
「どうやばいんだ?」
「どうやばいってそりゃあ……さっき言ってたじゃない! いなければ出てくるまで乗客を一人ずつ殺すって」
「その通りだ。よくできました」
茜は雪花の頭に手をポンと載せてよしよししてやる。そしてその手を雪花は掴んでかじる。
「いたたたた」
「私を試さないでよ!」
「やばいやばいしか言わないから、ちゃんと状況理解できているのか心配になって」
「私の心配はいいのよ! 剣の心配しなさいよ! どうすんの!?」
「剣がいないとどうなるか知りたいか?」
「う、うん」
「フェリー乗り場に私達は一緒に来ただろ? もしそれを誰かに見られていたのであれば」
剣との関係性が疑われ、茜か雪花を生贄に剣を呼び出すだろう。剣が出てこない場合、茜か雪花どちらかが殺される事になる。
「やばい! やばいじゃない!」
「ああ、多分私か雪花どちらかが……」
「ど、どちらかが?」
「――」
「茅穂月茜!」
茜が口を開くと茜の名前が呼ばれた。
「あ、んじゃ行ってくるわ」
茜は立ち上がって手を挙げて返事をする。そして雪花の不安を煽るだけ煽っていってしまったのだった。
「何なのあいつ……」
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