光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第40話 ~バドル VS 剣~

公開日時: 2023年8月3日(木) 10:58
文字数:3,448


「またか」


 と、バドルはすぐ傍にいる剣に焦る様子もなく、触手で迎撃するでもなく、ただ単に溜息をつく。

 悪魔の力があればいつでも殺せるのだから焦る必要などないと高をくくっているのだろう。それよりも正義の味方だの、ヒーローだのとのたまう輩が多すぎて辟易しているようだ。

 剣は変装を解いている。だが黒のスーツは泥と海水にまみれてぐちゃぐちゃだ。

 現在の気温は冷蔵庫と変わらない。少し震えているのは寒さでだろう。

 

「剣! 遅いぞ! もう少しで殺されるところだ!」


 そんな泥まみれの剣に茜は触手に吊るされながら文句を垂れる。

 だが茜の言う通り、雪花が居なければ茜は殺されていただろう。茜は剣を当てにしていたのだから。


「し、仕方ないだろ! クレーンごと外に吹っ飛ばされたんだ! しかも地面はぬかるんでるし、窒息しそうになるし」


 剣の体にまだ必死にしがみ付いている泥の塊がポトリと落ちる。きっと泥を落とすよりも茜達の救出を優先したのだろう。


「それで……これが紐の悪魔か?」


 剣は初めて目にする異形の悪魔に微塵も恐れることはない。逆にそれらの触手を睨みつけて見回した。その視線の終着点は平たい触手を使役している男。


「お前がバドルだな」


 睨みつける剣。

 

「貴様はヒーローだったな?」


 不敵な笑みを浮かべるバドル。

 これだけでバドルは勝ちを確信している事が分かる。


「二人を開放しろ。さもないと」

「さもないと? ……フッ、ワハハハ!」


 バドルはそう言って思わず笑ってしまう。

 これだけの圧倒的力の差と、人質を取られる劣勢の状況でお前は何をほざくのかと。どの立場で交渉しているのかと、バドルは問いたいだろう。

 

「さもないとどうする? ヒーローっ」


 バドルの強さを剣はまだよく知らない。しかしバドルも剣の強さを知らない。

 だがこの場で茜だけはその二つを知っている。


「お前を倒す」

「ほう……やってみろ」


 雪花が茜の表情を見ると笑っていた。不敵な笑みを浮かべて表情で。


「交渉決裂だな」


 その剣の言葉を合図に、何かが割れる音。

 そしてカンカンと連続した乾いた音。それは床に金属の破片が床を打ち鳴らして落ちる音だ。

 バドルが先程、雪花の喉元に突き立てようとしていた槍の矛先。その破片だった。

 剣は握力で、その槍の矛先を砕いたのだ。しかも剣の手には茜が使用しているような万力グローブなどは嵌められていない。

 茜が余裕の笑みを見せている理由はこれだった。

 剣は共鳴強化に特化したレゾナンスだ。練度の高いバドルも足元にも及ばない程に。


「何っ!?」


 槍が壊され、驚くバドル。

 だがその驚きの声が発せられるのと同時、剣はバドルの脇腹に既に拳を放っていた。

 剣の拳は強く鋭い。バドルの脇腹はえぐられ、風穴が空いていたのだ。

 声にならないうめき声でバドルがまたしてもくの字に体を曲げて床に突っ伏した。それによって触手の拘束が解除され、茜は先程と同じように落とされる。だがそれを抱きとめたのは雪花ではなく、剣。雪花は足がついていたのでその場に倒れ込む。


「大丈夫か雪花?」

「う、うん。ありがとう」

「それと、あ、茜も大丈夫か?」


 剣は今、茜を両手で抱いてお姫様抱っこのような状態。

 剣は恥ずかしかったのだろう、そっぽを向いて茜の安否を問う。

 

「体触ってるけど怒るなよ? 俺だって触りたくて触ってるわけじゃないんだからな」

 

 それは茜にドスケベと言われた事をまだ気にしての事。強気な発言をする茜に大方頬でもひっぱたかれるとでも思ったのだろう。

 だがこうやって剣から茜に触れる事は、この先有利に事を運ぶことができる。

 茜は剣に告白させようとしている。このままいけば楽に正体をばらす事ができるに違いない。

 だが茜はまだそんな道楽に興じる程、余裕を持っているわけではなかった。


「剣! あいつは修復能力がある! 油断するな!」

「え?」


 茜は素早く自ら体を捻って降りて青桜刀を構える。雪花も剣の後ろへ非難した。

 直後、茜達を多くの触手が襲う。

 バドルは膝を折りながらも触手を操作し、茜達を貫こうと爪を研いでいたようだ。

 複数の破裂音が空気を揺らす。その振動が茜達の体を貫いていく。

 だがその破裂音は剣が複数の触手を全て一息に、素手で弾いて見せた音だった。

 

「何!?」


 バドルとしてはこれは予想外だっただろう。レゾナンスであり悪魔の力を得た自分が一方的に押される展開は。


「ならば……」


 バドルの腹の穴はもう塞がってしまっている。更に複数の触手を出現させ、剣を一点集中で襲う。


「これでどうだっ」


 剣は拳でそれらを次々と弾いていく。

 それに沿って破裂音と衝撃が周囲を埋め尽くしていく。

 だがやはり数が多い。いくら剣が強いとは言っても数の暴力には敵わない。徐々に捌ききれ無くなり、顔や体を捻って躱す剣。

 だから剣は足に共鳴強化を施した。そして金属の床を思い切り踏み込んだ。

 金属の床はめくり上がり、次の瞬間には剣が消えていた、ように雪花の目には映っただろう。

 多くの触手を置き去りにする圧倒的な速さで剣はバドルへ進撃していた。その進路にいる触手だけを拳で破壊しながら。最小の手数で。

 そして瞬く間に剣はバドルの目の前に姿を現す。


「ば、化け物がっ……」

「化け物はお前だろ」


 剣は間髪入れずバドルの腹に五発の拳を叩き込んだ。更に顔や肩や足の関節にも叩き込み骨を砕いていく。

 壊れても修正されるのであれば損傷させずに衝撃を与えればいい。雪花の内臓破壊も剣の横っ腹の衝撃も修復はされたがダメージは入っているのだ。

 声にならないうめき声をあげ、ついにバドルは後ろに倒れる。

 更に剣はマウントポジションを取ってバドルの顔面に左右左と何発もの拳で殴打する。

 だがバドルも殴られてばかりではない。剣の後方に触手が回り込み、突きの体勢。


「死ね!」


 だがその触手も剣には届かない。


「何!?」


 剣は振り向きざまにその触手の突きを素手で掴んで止めた。

 バドルはその間に後退って距離を取る。もう既に折れた骨は治ってしまったようだ。何事もなかったように立ち上がっている。


「これがお前の限界か?」


 少し失望したような、残念そうな剣の声。

 剣は強い。ここまで強くなってしまうと対等に戦える敵がいなくなってしまうのだろう。相棒である光も消えてしまった今、剣は対等に戦える相手を探しているのかもしれない。


「ガキの分際で……っ」


 剣の生意気な発言に、バドルは鬼の形相を見せる。

 だがバドルにとって予想外の事が起こり過ぎていた。

 槍を素手で握りつぶす男に、レゾナンスでは珍しいコネクターの少女。更に古風な刀で触手を切り裂く美少女。

 ブラッドオーシャンが多くの労力を割いて得た力を凌駕する人間達が目の前にいる。

 目の前の出来事が全て夢であればいいのに、とバドルは思えるほど若くはない。そして剣の安い挑発に乗せられる程血気盛んでもないのだ。

 予想外の障害が目の前に立ちはだかればどうするか。


「どうやら、貴様の強さは本物らしい」


 バドルはまた八つの触手を背中から出現させる。


「馬鹿の一つ覚えか? 俺にそんなものは通用しない」

「物は使いようだという事だ」


 出現した触手の先が地面に着く。

 するとバドルの体が浮き上がる。

 

「やばいぞ剣!」


 それを見て茜が何か察知したようだ。真剣な表情で触手で浮き上がったバドルを見る。


「何がだ!?」

「あいつ、あれで移動できるとしたら」

「したら?」

「蜘蛛みたいで……ふふっ、面白いかも」

「蜘蛛?」

 

 茜の言うように、バドルはまるで蜘蛛のように八足走行を始める。

 だがその姿はバドルが真ん中でふらふらと浮いていている様は少し不格好で面白い。茜はそこに笑いを見出したようだ。現に茜の表情は笑いをこらえるようにニヤついている。その横で雪花が茜を遠い目で追っている。


「笑うな小娘! だがもう遅い!」


 茜が笑っている最中にバドルはどんどん後退りして剣との距離を取る。その先にはメインエレベータがある。


「あいつまさかっ」

「さらばだヒーロー諸君」

 

 バドルは後ろを振り向いて逃げる姿勢。剣も追いかけようとするが距離が開きすぎている。

 このままでは地上にバドルのような危ない悪魔を放ってしまう事になる。それだけは避けなければいけない。

 そこに一発の乾いた音が響く。


「え?」


 追いかけようとした剣と茜、雪花も足を止める。

 何故ならばバドルが倒れ手足の代わりとなっていた触手も解除されたからだ。

 そして今現在いるフロアの一つ上。茜達が成り行きを見ていた場所から金髪の男が銃を構えていた。その銃口からは一筋の煙が細々と立ち上っている。


「無事だったようだね」


 それはキルミアの特殊部隊所属のクリスだった。

 

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