疲れて動けなくなった茜を抱っこして離れた雪花。
その後ろから声を掛けられる。
「待って」
「え? あ! 全国優勝の人」
それはルココだった。
一旦姿が見えなくなっていたのだが走って追ってきたようだ。
「何か用ですか?」
と、雪花が警戒しながら尋ねるもルココは俯き、視線を右往左往させている。
「ええと……その子に話があるので……あなたは外してくれないかしら?」
そしてそんな一言を呟いた。
雪花は茜を自分の体で隠し、ルココの視線から隔離する。
「茜に何する気ですか!? 勝負はさっき着いたでしょ!?」
そんな雪花の言葉が気に食わなかったのか、ルココは眉間に皺を寄せて雪花を睨みつける。
「違うわ。ちょっと話があるだけ。あなたに用がない。それだけよ」
「う……」
静かに言い放つルココの睨みに、雪花は一歩後ずさる。
威勢だけは良いが、やはり雪花は雪花だった。ルココに怖気づいている。
「雪花、外してくれ」
「うん……」
茜はそこで雪花と別れ、ルココに人気のない校舎裏へ連れて行かれた。
「それで? 話って? 再戦ならお断りだけど」
と、茜が切り出す。
ルココは強かった。ルココと再度対戦したら今度はあんな隙を作らせてはくれないだろう。
だから茜は先んじて釘を刺すがどうやら違うようだ。
「さっきの事は謝るわ。完全に私の失態よ……」
とは狂化薄心症の事だろう。
「別にいいよ。それで?」
「あなた……あの時の約束覚えているわよね?」
「約束?」
と、茜は首を傾げる。
ルココと躱した約束など、身に覚えがなかったのだ。
「屋上であなた何でも言う事きくって言ったじゃない」
「え……ど、どうだったかなぁ~」
と、茜がごまかす。
ルココがどこかに視線をやる。そこには一人の男が。
黒髪と黄緑がかった瞳。そしてルココの執事兼ボディガードで先程はう〇こで席を外していたフォンだった。
「フォン、例のあれを」
「はっ」
そうしてフォンが取り出したのはスマコン。
『助けてもらったし何でも言う事聞くよ?』
フォンがスマコンを操作して出てきた音声は茜のもの。
D棟屋上でジュリナをルココが追い払った時、茜が軽はずみに放った言葉だった。
「仕事柄、全ての会話を録音しております。茜様」
そう言ってフォンは恭しく頭を垂れる。
確かに言った、と茜はその時の状況を思い出す。
しかしあの時、ルココはそんな茜の申し出をきっぱり断っていた筈だ。
「その後の音声を流してもらえます?」
茜の記憶だとその後、ルココが茜に失礼な言葉を吐いて不要だと突き放した音声がある筈なのだ。
だがフォンはスマコンを操作せず、一瞬黙る。
「……生憎、無駄なデータは容量削減の為、削除しております」
「嘘つけ! エクレールグループのお嬢様がそんな事気にするわけないだろ! 切り抜きも甚だしいぞ!」
と、茜は抗議するも、フォンは肩をすくめ困り顔で笑う。
「……流石金持ち、やることが汚い。あと、その困り顔で笑うのやめろ。イラっとする!」
「はっ、申し訳ありませんでした茜様!」
と、美少女が好きだと公言していたフォンは頭を垂れて謝罪する。
「で? いつがいいんだよ?」
「いつとは?」
「え? だから私と再戦したいんだろ?」
「そんな事、一言も言っていないわ」
どうやら茜との再戦を所望しているのではなかったようだ。
ではプライドが高そうなお嬢様のルココが茜に何を所望するのか。
先程の腹いせに何か恥ずかしい事をさせられるのではないかと、茜は考える。例えばパシリをさせたり荷物持ちをさせられたり。
「じゃあ……帰っていいって事?」
「なわけないでしょ? 単刀直入に言うわ」
逃げようとする茜を言葉で捕まえてルココは放さない。
そしてルココは急に顔を背け、もじもじし始める。
「えと……あなたさえよければなんだけど」
何でも言う事を聞くという茜にさせたい事とは意外な事だった。
「私と……その……と、友達になりなさい!」
ルココは顔を赤くして体をくの字に曲げ、声を張り上げる。
「え? 友達?」
意外な言葉に茜はその真意を測る為、ルココの顔を見る。
ルココは顔を真っ赤にして、俯いて思いっきり目を瞑っている。茜の返答が怖くて見れない、といったように。
一方の茜は眉をひそめ困り顔。更に天を仰いで少し考え息を吐く。
ルココはその吐息にすらびくついて、俯いたまま上目遣いで茜を見る。
そしてついに茜が口を開いた。
「ごめんなさい」
そして茜の答えはノーだった。
その答えにやはりかと、ルココはもっと顔を俯けるルココ。
茜に失礼な言葉を吐き、狂化薄心症とはいえ、乱暴に襲い掛かってしまった。そんな茜がルココの友達になりたいなんて思う要素が一つもないのだ。
「何でもいう事聞くって言ったじゃない……」
ルココは既に諦めの様相で小さくそういった。
「言ったけど――」
「けどなによ! 私の友達になるのが嫌だっていうの!? 名誉な事よ!? 金持ちの友達なんてあなたにとって得しかないじゃない!」
ルココは自分の友達になる事のメリットで茜を問いただす。
しかしルココがそんなメリットを問いただせば問いただす程茜の表情は曇っていく。
茜にそんなメリットをいくつあげても効果はない。今は使えないがお金ならもう腐るほど持っている。そして茜は世界を股にかけて飛び回り、お金のありがたみもそれによる人心の移り変わりも嫌という程、身に染みて分かっている。
そんな茜が金のみをメリットとした浅ましい人間関係など築く筈がないのだ。
茜の心にルココの言葉は何一つ響かない。
「断らないでよ! なりなさいよ友達に!」
「嫌だ。金で関係を縛る最低な奴と友達にはなりたくない」
そう、茜ははっきり言い放つ。
ルココもそれが分かっているのだろう。一瞬目を見開いて茜を見たものの、泣きそうな顔をして俯いてしまった。
そこへ見かねたフォンが口を開く。
「あ、茜様……どうかルココ様の気持ちも察してあげて下さい。ルココ様も昔は大勢の友達がいたのです。しかしお金を理由に付き合っていただけらしく、お金のないルココ様には誰もついて行かないとの陰口を偶然聞いてしまい、トラウマとなっていまして」
だから友達はお金がなければできないと思ったのだろう。
そして日ごろ一人でいるのはお金で出来る友達に意味を見出せないから。
「しかし、茜様は違います」
フォンが言うにはルココは茜の事を調べさせたようだ。
茜には親がいない。だからエクレールグループの会社で親が働いていない為、ルココに忖度する理由がない事。
「ルココ様の言い方はあれですが……別にお金で縛りつけるような事は断じてありません」
と、フォンは必至だった。
それは主であるルココの為もあるだろう。そしてそのルココと美少女である茜が友達になるのであればずっと傍にいるフォンとしてはこれ以上幸せな事は無いのだ。
「それに茜様はあの獄道組のジュリナに立ち向かった勇敢で正義感の強い美少女です。ルココ様が茜様と友達になりたい一番の理由はそこなのです」
どうやらあの屋上での事からジュリナと茜の関係を調べ上げたのだろう。恐らく唯をイジメていたジュリナを止めた事も耳に入っている。もしかすると獄道組に乗り込んだことも知っているかもしれない。
「それらを踏まえたうえで再度、御一考していただけないでしょうか?」
「……理由は分かったけど」
ルココが金で縛るつもりがない事はフォンの熱い説得で分かった。
だが茜はまだ気に食わない事があったのだ。
「友達ってさ……命令されてなるものじゃないだろ?」
それは何でもするという茜の出した取引に「友達」という人間関係を出された事だった。
茜は親子関係や友達、恋人など、人の心をそんな取引で築き上げたくなかったのだ。
「ましてや金持ちだから、得だからって理由でなるものでもない。そんなことを理由に友達なんかできたって嬉しくないのはお前が一番わかってるだろ」
友達だと思っていた人物の陰口を聞いてショックを受けたルココ。
であればそんな関係が何の意味も持たないという事はルココが身に染みてわかっている筈だ。
「嬉しくない……でも仕方ないじゃない! こうでもしないと誰も友達になってくれない! 誰も私と普通に接してくれないじゃない!!」
金持ちであるが故の苦悩だろう。
茜も様々な金持ちから依頼を受けたりするがルココのような苦悩を持つ子供達も少なくない。大抵ひねくれるか開き直って金で友達関係を買っているかだった。
そんなルココがそれでも友達を作りたいと言っているのだ。
「じゃあ、条件付きでなら友達になってやる」
だから茜は一つ条件を出す事にした。
「ほ、本当? 条件って……お金?」
「そう、お金」
その言葉に、ルココはぱっと顔を明るくさせ、フォンが一瞬眉をひそめる。
「い、いくらでも――」
「今後一切、お金をダシに使わないこと」
「お金をダシに?」
その茜の言葉に、ルココは首を傾げ、フォンは察して表情を明るくした。
「私はお前と、ルココと対等な友達になりたい。でもルココはお嬢様で私は一般人だ。お金での関係はどう逆立ちしても公平にはならない。だからお金を貸したり借りたりする事を禁止する」
対等な友達でありたい。
しかし立場も資産もそれぞれ違う。人と人との関係に置いて全てが平等である事など有り得ないのだ。
だからその不公平な関係のみを排除する。
茜はそうする事で公平な関係を築きたい、という事だった。
「友達以上の事を私は求めないし、求められても困るからな」
「う、ん……うん! ありがとっ……」
ルココはボロボロと溜まった涙が溢れ出し零れ落ちてくる。
それを見てフォンもハンカチで涙を拭い、ぱちぱちと手を叩いていた。
「お嬢様……良かった……本当に良かった……美少女ゲット!」
そんなフォンの不穏な言葉に茜は目を細めるが涙を拭うルココに手を差し出した。
「じゃあ、これからよろしく」
「うん……よろ……しく」
ルココはそう言って茜の手を強く握ったのだった。
「で、そのうえで何でも言うことを聞いてやろう」
「え?」
「一個だけだぞ?」
自信満々に言うが少し不安そうな茜。それにルココは涙を拭い笑顔を浮かべた。
「じゃあ」
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