光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第140話 ~男のロマン~

公開日時: 2023年11月17日(金) 21:09
文字数:3,403


 洞窟から海へ向けた視線の先には小さな島々が点々と姿を現している。

 だがその丁度ど真ん中に一つだけ周りとは一線を画す島が存在した。


「鍵は鍵穴から見つめろ……」


 茜が呟く言葉はチェントロ遺跡の壁画に書かれていた言葉。

 鍵穴は洞窟、そこから見つめた先にある島が鍵、という事だろう。

 

「どうやらこの洞窟が当たりだったみたいね」


 ルココの言葉に茜も頷いて笑顔になる。

 笑顔になっているのは茜だけではない。皆一様に笑顔になっており、キリカに至っては船が大きく揺れる程飛び跳ね、ルークが危うく落ちてしまう所だった。茜も少女の姿になってからカナヅチになっており、少しひやりとする。

 だがこれで宝に一歩近づいたのだ。嬉しくないわけがない。


「茜さん! 行きましょう!」

「そうだな、でも……ちょっと遠いな」


 洞窟から覗いた島は米粒のように小さい。

 先日、ツクモに見せてもらった地図でプレートの境界線よりも手前にある為、位置はずれていないだろう。だが手漕ぎボートで行くには少し骨が折れる距離だ。


「大丈夫です!」


 顔をしかめる茜にキリカは自信満々にそう言った。

 その理由は先程ボートを貸してくれた男の存在。男は漁業も営んでおり、モーター付きの小さな漁船を持っていたのだ。

 キリカが言うと男は快く小さな漁船を貸してくれた。


「では私めが運転致します」


 フォンが船舶免許を持っているという事なので運転してもらい島に行く事に。茜も運転できるのだが、ルココが疑っている以上、エージェントとしての技能をひけらかす訳にはいかない。


「丁寧に扱ってくれよ兄ちゃん。壊したら十万ウルドな」


 一応雨避けはついてはいるが小さくてボロだ。せいぜい二万ウルドするかしないかの船なので明らかにぼったくり価格。普段人身売買なんて商売をしているせいか、吹っ掛け方が異常である。


「やだなぁ、お宝が手に入ったらもっといいの買えるって」

「それもそうだな」


 キリカと男は言って笑った。

 そんな男を尻目にボートは出発する。

 波は穏やかでさほど揺れる事は無く、快調に海面を走っていく。

 茜達は海風を受けながら瞬く間に島へ近づいていく。

 時間にして十分程度だろう。やがて島に到着した茜達は船を岸から少し離れたところに係留し、海の浅い所に降りて島に上がった。皆サンダルを履いていたのだがフォンは暑苦しくもルココに初めて会った時と同じスーツと革靴姿。ズボンをまくり上げ、裸足で上陸する。


「さて……」


 そして茜が辺りを見渡してみた。

 ついた島は周囲て比べてかなり小さい。坂になっている海岸を上がって見渡してみればすぐ先にはもう海岸が見える。

 横に長い島なのか、右手には少し生い茂った林があり、その奥には丘があるだけ。その丘も岩肌が剥き出しになっているただのどでかい岩だ。


「一見すると……何もない……か?」


 きょろきょろする茜を見習ってルークとキリカも辺りを見渡すが特に怪しいものはない。

 先程の男の話では紛争の際、ディアン族の王族がしらみつぶしに探したという。だからこの島も調査済みだろう。めぼしいものはないかもしれない。

 だが数ある島を一つ一つ丹念に調べあげるのは骨が折れるというもの。


「五人いる事だし手分けしましょう。何か見つかったらここに戻って来ること!」


 そこへルココの提案。

 茜達には壁画の言葉に裏打ちされた自信がある。全くの無からの探索と裏打ちされた自信での探索とでは天と地ほどの差があるのだ。それは少しの異変も宝に繋がっていくから。

 

「はーい」


 と、ルココの提案に皆同意し、散っていく。

 だが探す場所など、たかが知れている。

 ものの数分で皆戻って来た。


「じゃあルークから」


 散らばって探そうと言い出したルココがその場を仕切り成果の報告を待つ。

 いくつかの会社の社長をやっているからか、仁王立ちしてルークを指名する様は実に堂に入っている。


「はい! 僕はこれです」

「ひっ」


 ルークが手に持った者を前に差し出すとルココの短い悲鳴。


「る、ルーク……これは?」

「ヘラクレスオオカブトです!」


 黒い頭に二本の角、背中には艶やかな黄金の羽。

 ルークはとてもにこやかで堂々とした表情。

 ルココは思わず一歩下がってしまう。どうやら昆虫が苦手なようだ。


「そ、そう……それで何か宝に結び付きそうな物はあったかしら?」

「……これだけです」


 その虫以外何も見つからなかったようだ。

 ルココはがくりと肩を落とす。

 ルークはまだ子供。十歳の少年なのだ。それに期待した自分が馬鹿だったと、ヘラクレスオオカブトを放して来いと命令するルココだった。


「はぁ……それで、フォンは何かあった?」

「はい!」


 自信満々に返事をするフォンの手には虹色に蠢く何かが。


「ひっ……それは?」

「はっ、ニジイロクワガタでございます! ルココ様!」


 うねった二本の角にこの世とは思えない程美しい体を備えたそれはまたルココの嫌いな昆虫だった。

 フォンも男。その逞しく艶やかなボディと角には男のロマンが詰まっているのだ。

 ルココはフォンの胸元を足の裏で踏みつけ倒した。


「誰が昆虫採集しろって言ったの!? 馬鹿なのあなた達!」

「ありがとうございます!」


 ルココの踏みつけにフォンはお礼を言い、ニジイロクワガタは南国の青い空へ舞っていったのだった。

 ルークとフォンはルココに反省を促され砂浜の上で正座させられている。


「全く……じゃあ次、茜」

「う、うん……」


 空を映したような真っ青な髪と純白のワンピースを揺らし、茜は少し困ったようにたじろいでしまう。


「ど、どうしたの?」

「あ、いや」


 木漏れ日に彩られる茜の表情は俯きがちに目を泳がせ、ルココを横目で見る。茜は何だか照れているようで少し儚げだった。

 更に茜は美少女。その仕草の威力は凄まじく傍にいたルココやフォン、ルークまで頬を赤く染めている。


「その、私が見つけたのはさあ……」

「ええ、なに?」


 茜は後ろ手に手を組んでもじもじしている。

 その姿はとても可愛いのだが、後ろ手に組んだ手の中にはある物があった。というよりも居た。


「なによ~、いいから出しなさいよ、もうっ」


 ルココがいちゃつくように茜の手を強引に引っ張ると、出てきたのは体全体が黄金で包まれた昆虫だった。


「エレファスゾウカブトです」


 照れるように言う茜。

 そして南国の空に甲高く響くルココの悲鳴。

 茜もまた心の中は男の子。男のロマンには逆らえなかったようだ。

 南国の雰囲気は人の心を開放的にする。皆やりたい放題である。


「あなた達、真面目にやりなさい」


 ルココは少年の心を持った三人を砂浜に座らせる。そしてその前に仁王立ちして睨みつけた。


「あーあ、ルココの悲鳴で逃げちゃったよ。エレファント」

「おだまりなさい! なんなのよ! あんたまで虫なんて捕まえて来て!」

「ルココ様!」

「な、なによ!」

「虫ではありません! カブトムシです!」


 男にとってカブトムシやクワガタと言った昆虫はただの虫ではない。

 だがルココにとってカブトムシもクワガタも、かさかさ動く害虫と変わらないのだ、という気持ちを込めた踵がフォンの脳天に落ちていく。

 

「お、白だ」

「うん……」


 そして振り上げた際に見えたスカートの中の色を茜が言うとルークが静かに頷いた。


「うるさい!」

「うるさいって、じゃあルココは何か見つけてきたのかよ」


 茜の不満にルココは腕を組んで顔を上げて得意げになる。

 そして後ろに置いてあった白い物体を自信満々に掲げた。


「これよ!」

 

 それは流木だった。

 長い時間をかけて海を流れた気は骨のように白く、すべすべになる。島に流れ着いたのだろう。

 だがそれがどうしたのだと、茜は首を傾げ口を開く。

 

「……は?」

「だから! こんな貴重な木がここにあるんだから何かあるに違いないわ!」


 形が良ければコレクターの間で数万ウルドで取引される事もあると言われている。

 取引相手の部屋にでも飾られていたのだろう。それが貴重なものだと勘違いしたルココはそれが何か宝のように感じたに違いない。

 そんなルココに茜は何を思ったのかニタリと怪しい笑い。

 

「ルココ」

「なによ?」

「お前もこっち側だよ」


 茜達はキリカを一人残し、砂浜に正座した。


「じゃあキリカ。私達やくたたーずはここで見ているから後は頼んだ」

「え? 私もそのやくたたーずなの?」

「リーダーだよ?」

「は? なんでよ……」


 そんなやくたたーずを前に、キリカは溜息だ。


「皆さん……やれやれですね」

「む、キリカっ、手応えがありそうだなっ」

「ふふ! あります! 硬い床を見つけました!」

「硬い床?」

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