だが男から告白されるという地獄はまだ終わらなかった。
学園への道すがらまた違う男子生徒が姿を現す。
「茜さん! 俺! あなたの事が好きです!」
「ま、また?」
茜はごめんなさいをして先を急ぐが次々と待ち伏せの男子生徒が姿を現す。
「俺は平尾、好きです。付き合って下さい」
「ごめんなさい」
「俺は平松、好きです。付き合って下さい」
「ごめんな」
「俺は平野、好きです。付き合って下さい」
「ごめん」
「俺は平田、好きです。付き合って下さい」
「ごめ」
「俺は平塚、好きです。付き合って下さい」
「ご」
何とか告白を交わし、茜は校内に入る。
「な、なんで急にこんなに告白されるんだ……」
若干の恐怖を覚えつつも一息入れる茜。
だが背後からまたしても声を掛けられる。
それはやはり男子生徒。まだ告白は続くようだ。
「俺は平唖、好きです。付き合って下さい」
「ごめんなさい」
「俺は平井、好きです。付き合って下さい」
「ごめんな」
「俺は平宇、好きです。付き合って下さい」
「ごめん」
「俺は平江、好きです。付き合って下さい」
「ごめ」
「俺は平尾、好きです。付き合って下さい」
「ご……あれ? お前さっきいたよな? 何度やっても同じだからな? 二度と来んな!」
茜は二度目の平尾を一喝するがまだその後ろに男子生徒が大勢並んでいる。
「くそっ……私は行列のできるラーメン屋じゃないんだっつうの!」
茜は走り出す。
男子生徒から無限に告白されるという地獄のループから逃げ出す為に。
廊下を猛然と走り、更に角を曲がって教室に入るも、そこにも大勢の男子生徒が茜を見るや否や近寄ってくる。
もはやあいさつ代わりといった具合に告白しようとしてくる始末だ。
「くっ、前までこんな事なかったのに……」
茜は考える。
以前は校内を一人で歩いていたとしても話しかけられもしなかった。それが何故今朝からこんなに告白されるのだろうかと。
「昨日あった事……」
こんな事は異常だ。昨日までは何もなかったのだから昨日と今日で違う事を探せばいい。
「いや……まてよ?」
と、茜はもっと根本的な事に目を向ける。
それ以前に茜は超絶美少女である。だからこれは何も不思議な現象ではない。この現象が起こらなかった事が異常だったのだ。
そしてその境が昨日と今日の間。その間に怒った事といえば獄道組を潰した事だけ。
「あ」
昨日まで茜はジュリナに目をつけられていた。
ジュリナは獄道組の娘。逆らえば退学騒動にまでなってしまう。現に春子と夏子は退学処分となっていた。
これが原因だった。これまでジュリナを敵に回してでも告白する気概のある男子生徒がいなかっただけ。
だが昨日、抑止力として働いた獄道組が潰れた。
であればどうなるか。せきを切ったように茜に告白する男子生徒が増殖する。これは自然な流れなのだ。
「くそっ、必要悪……そういうことか!」
雪花の口から「ヤクザは整理係り?」という言葉が出た事を思い出す。茜にとって獄道組、ひいてはジュリナが必要悪だったのだ。
だがこれはそういう事ではない、という突っ込みをするものは誰もいない。
そんな考えが頭を走る茜は走って走って男子生徒を巻こうとする。
しかし茜自身、身体能力がずば抜けているわけではない。一般の少女程度なのだ。小柄な為、一般の少女以下かもしれない。その茜が今時の血気盛んな男子生徒の脚力にかなうわけがないのだ。
またD棟に登って巻くか、と思案する茜だが、そこにはまたルココなる暇人がいるかもしれない。
そんな事を考えながら茜は角を曲がるとそこには高身長の男子生徒。更に横幅もでかい。腹がでっぷりと肥えた生徒がいた。
「あれ!? 茜ちゃんは!?」
「どこへ!?」
追いついてきた男子生徒達が辺りを伺うが茜の姿がない。いるのは縦と横の幅がでかい男子生徒だけ。
「おいデブ! 茜ちゃんはどこ行った!?」
口の悪い男子生徒が尋ねると、そのよく肥えた男子生徒は廊下の先を指さす。
「おっしゃ!」
「待っててくれ! 愛しの茜ちゃーん!」
と、お礼も言わずにその男子生徒達は走って行ってしまった。
そしてその集団の姿が見えなくなるともぞもぞと蠢く影が。
「助かった」
茜はそのよく肥えた男子生徒の背中にヤモリのように張り付いて難を逃れたのだった。
「いやぁ、サンキュ、太いの」
茜がポンポンと男子生徒のでっぷりと肥えた腹を叩く。
だがそのよく肥えた男子生徒の様子がおかしい。
「青い髪……」
「え?」
「そしてその可愛さ……」
「まさか……」
「ぼ、僕と付き合って下さい!」
「なんでだよ!?」
「一目惚れです!」
その肥えた男は茜に抱き着こうと迫って来る。しかも一目惚れなどという軽薄な理由で。
「お前もかフトシ!」
「ふぐっ」
そんな軽薄でよく肥えた男子生徒の股間を茜は蹴り上げた。そしてあまりの激痛にフトシは廊下にうずくまる。
「全く……」
「ほ……んです」
するとうずくまったフトシが何か何か呟いている。
「え? 何?」
「僕はフトシではなく……ホソカワなんです」
「知らん! じゃあな!」
「あ、待って」
さっさと逃げようとする茜の足首をホソカワが思わず掴む。
すると固定された茜の足はその場にとどまり、茜の体だけが前に。然るべく、茜は前につんのめってずっこけ、廊下にキスをしたのだった。
「あ、ご、ごめん! 茜ちゃん!」
茜は無言で立ち上がり、ホソカワを見下ろした。
「このっ」
「ぐっ」
そして廊下にうずくまる、ホソカワの体を踏みつけた。
「何がホソカワだこの!」
「げふっ」
「名前がホソカワなら!」
「がふっ」
「もっと痩せてから!」
「げほっ」
「出直してこい!」
「ぐはっ」
「そもそもなんで!」
「げふっ」
「私が!」
「うほほっ」
「男に!」
「い……です」
「追いかけられないと!」
「いいです!」
「いけないんだ……って、は? いいってなんだ?」
「もっとお願いします!」
肥えた男は何かに目覚めたらしい。
実際、茜のような小柄な少女の踏みつけなど痛くはないだろう。
「お願いします? 何を?」
「もっと踏んでください!」
「っ!?」
茜は声にならない悲鳴を上げるもまだ足首を掴まれている為逃げるに逃げられない。
だから茜はホソカワを訳も分からず踏みつける。
「この! この!」
「もっともっと!」
「くぬ! くぬぅ!」
「ああ、幸せ……」
「さっさと放せ!」
何度も何度も茜に踏みつけられたホソカワは気持ちよさそうな表情で気を失った。
それはもちろん茜に踏みつけられた衝撃からではないだろう。
「はぁはぁはぁ……一体この世はどうなってしまったんだ……」
理解を超える男達の思想に疲れた茜はその肥えた男の上にどかりと座り考える。
どうにかしてこの無駄な告白戦争を止めさせなければいけない。ではどうするべきか。
「はぁ……最初の男は私の事を舐めてたな……弱いと思って力ずくで抑え込もうとしてた……強さを見せつければいいか? でもどうやって」
茜はそんな事を呟きながら思考を巡らせる。
そういえば女子は集団でよく動く。それはもしかしたらこのように告白される危険を排除しようとしているのではないか。
群れから離れた小鹿は肉食動物のいい餌食だ。それと同じなのではないかと。
だが女子の知り合いといえば雪花か唯くらいしかいない。しかし女子なら唯がいい。だが唯にそんな迷惑はかけたくない。
女子が駄目だとすれば、あとは傍に男がいれば彼氏だと思って告白はしてこない、くらいだろうか。
「成程、兄貴にでも彼女だって公言させて……」
と、考えるが雷地にはエリナがいる。そして歌手を目指している為そんなスキャンダルは迷惑がかかる。
であれば、迷惑をかけてもいい男は一人しかいない。
茜はスマコンを取り出し耳に当てる。
「あ、もしもし剣?」
『ああ、どうした?』
「昨日は機動隊の面倒見てくれてありがとう」
『なんでお前がお礼を言うんだよ』
実は先日の事の詳細を剣はよく知らない。
獄道組に捕まった茜を助けに機動隊が突入するから何かあったらセレナの合図で場を制圧しろと言っていただけ。
茜が裏で糸を引いていた事は知らないのだ。
「あ、いやぁ。私を助けてくれたのはお前だしさ」
『ああ、まあ、いいよ別に』
「それでさ、今どこ?」
『今家だが、どうした?』
「いやぁ、ちょっと今危険な状況というか」
『何!? 今どこだ!?』
「桜之上学園」
『分かった! すぐ行く!』
「おお! さすが剣!」
『それで何が危険なんだ!?』
「それがさ、男子生徒共……もとい凶悪な男共が何人も迫って来てさあ
『男子生徒? 迫って何をされたんだ?」
「告白。もううざいのなんの」
『……は?』
「だから剣にはさあ、偽の彼氏役になってもらおうかなって思って」
茜は正直に話す。
茜は軽く考えていたのだ。自分が彼氏役をして欲しいと言えば飛んでくるだろうと。
『……ブツッツーツー』
だが剣の答えはブツッだった。
そんな事で自分を呼ぶなと、剣は思ったようだ。
「いやいや、ブツでもツーでもなくてさ――」
ただでさえ剣は茜の護衛役を任され他の任務が出来ない状況に苛立ちを見せていた。
以前、茜を襲った小野畑隆も死亡している。現在茜に差し迫った危機は何もないのだ。だから剣としては茜に無理に付き合う必要もない。
「って、切ってんじゃねえよ!」
茜は思わず立ち上がりスマコンをホソカワに投げつける。
「なんだよ、お前は俺が守る、とか格好つけて――」
彼氏役にすればそこから関係性が発展し、果ては剣の告白につながると思った茜だったが早計だった。
剣は利用されることを嫌ったのだ。
だがここでバリバリと何かが通電する音。
「ぎゃっ」
茜の腕には「俺」という言葉を茜が発すると電流が流れるリングが装着されている。
茜は元男。一人称が「俺」だった。だがそれが可愛くないというだけの理由で、その一人称を禁止する為、セレナが茜の腕にリングを装着させたのだ。
茜は普段、一人称を「私」だと意識の中で深く落とし込んでいる。だから自分を俺と言い間違える事は無かった。
だが他人の言葉を真似する時はそれが働かない。だからガードが緩くなってしまうのだ。
「あ、茜ちゃんがいたぞ!」
「茜ちゃん! 話が!」
「付き合って下さい!」
「俺も踏んで下さい!」
男子生徒に見つかったようだ。茜の元へなだれ込もうと押し寄せてきている。
だが茜は電流が流れ、ホソカワの背中に倒れ込む。身動きが取れない状態だ。
茜は薄れゆく意識の中、迫る男子生徒達の姿を目に映した。
血気盛んな男子生徒達の前に気を失った美少女が投げ出されたとあれば何をされるか分からない。
だが茜は体が痺れて、意識も途切れる寸前だ。もう何もすることができない。
そんな中、茜の体を支え、持ち上げる者が現れた。
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