◇地下へ
茜は今、地下へ続く長い階段を降り蝋燭の火がずらりと灯された薄暗い廊下を歩いていた。ポルトがよこした、古めかしい金属性の鎧を着た兵士の後に続いて。
そして茜達がずっと探していた財宝はすぐに見つかる事になる。行く先々に扉の無い部屋が等間隔に並んでおり、覗けばだだっ広い部屋に無造作に財宝が所狭しと積み上げられていたのだ。
それは山積みになった金の延べ棒や、煌びやかな壺や机などの調度品の数々。そして木箱からあふれ出る程の金貨や銀貨、宝石等。だだっ広い部屋が狭く感じられる程に。
それが多くの部屋に格納されているのだから「置き場に困る程」と比喩するのも頷ける。
だがこれでは盗んで下さいと言っているようなものだ。だから茜は兵士に尋ねてみる。
「宝を格納している部屋にしては不用心過ぎませんか?」
「ああ、最初はあったのですが格納するにあたって重厚な扉は邪魔だ、という事で取り外されました。それに軽い気持ちで盗みに入るには道のりが険しすぎるでしょう?」
兵士のいうことも最もだ。
盗みに入るにはまずギカ族の協力が必要となる。
島を浮上させたとして防壁を破るにはディアン族の協力も必要。
中に入れたとしてもポルトやその周りに兵士達がいる。その兵士達はギカ族ではなく赤毛に白い肌のディアン族。しかもポルトが言うには全員硬化の秘術を扱えるという。そんな兵士を全て打ち破ることが出来るのなら重厚な扉などやはり無意味だろう。
「確かに」
兵士の意見に茜は抵抗なく頷いた。
そんな宝を一瞥して茜は兵士の後をついて行く。
茜のもう一つのやりたい事。それは真実の鏡を見つけ、元の姿に戻る事だった。
茜は地下に降りる前、宝物庫を任されたポルトに真実の鏡の存在を尋ねたのだ。だがポルトには首を傾げられた。流石のポルトも全ての財宝を把握しているわけではないようだ。
しかし隣にいた老人が持っている巻物にリストがあり、それを調べてもらうと一つだけ鏡が格納されている部屋があった。ポルトはどこからともなく兵士を呼び出し、茜を案内させたのだ。
もし元の姿に戻れた場合を考慮し、ワクワクを抑えきれない他の者達を茜は置いてきた。というよりもポルトが茜の立ち入りしか許可しなかったのだ。まだ財宝の開放の命を正式に受けていないからと。
これは茜にとっても好都合だった。皆には悪いがこれで心置きなく鏡を探索できるというもの。
財宝を目の前に、お預けを言い渡された皆も茜の我儘であればと、快く許してくれた。だが剣だけは茜が心配だからついて行くと、少し粘っていた。しかし茜が待てと命じると犬のようにおとなしくなったのだった。
「そう言えばここって長い間、海に沈んでいましたよね? どうして海水が中に入っていないんですか? 島も乾いてたし」
茜がこの島についてからの疑問。
この城もそうだがこの島自体も元々海中に沈んでいた。だから海水に浸り、濡れてしまっているかと思いきやその形跡はない。むしろ木や草は生い茂り、蝶まで飛んでいる始末。
海中で草木は育たないし昆虫も生きていけるはずがない。もっと言えば人も生きていけるはずがないのだ。
「ああ、それは時の民によるものですね」
「時の民?」
それは茜も初めて聞く民族。茜が首を傾げると兵士は笑い、口を開く。
「時の民はその名の通り時を操る民族の事です。彼等がこの城、そしてこの島の時を止め、そのまま海中に沈め外敵から姿を隠したのです。なので私達がこの城に来たのもつい先程なのですが……ご存じないですか?」
「ええ、まあ……」
時を止める。その言葉に幾分茜は心当たりがあった。
それは四年前、桜之上市を襲った天空都市を退ける原因となった茜色の奇跡。その作法を享受されたのがそう言った空間だったのだ。外界とは全く時の流れが違う場所。
今となってはただの寂れた神社と化しているが。
「城の外ではかなりの時間が過ぎていたようですね……失礼ですが今は何年でしょうか?」
「今は丁度、地歴六千年ですね」
地歴とは地上の覇者「シュバリエ帝国」が天上の覇者「天空都市アマデウス」を打ち破った天地戦争終結の年を元年に始まった暦。だから茜はそう答えたのだが兵士からは驚くべき答えが返って来た。
「地歴……とは何でしょうか?」
「え?」
どうやら兵士は地歴の存在を知らないようだ。
茜は少し思い出してみた。ツクモの講義を。
地上と天空都市は昔は仲が良く、宙を移動できる天空都市と貿易を行っていたようだった。その対価を払う為の財宝の予備がここ、バンカー王国に集まっていると。
であれば地歴の原点となった天地戦争は始まっていない。そんな世界情勢の中、時の民によって時間を止められ海に沈められた。だとすれば地歴など知る由もないのだろう。
「我々が知っているのは天空歴だけですが」
天空都市と地上は仲が良かった時代の兵士。だが今は戦争し天と地は仲が悪い。おまけに桜之上市が襲撃されている程。
天空都市と仲が良かった時代の兵士がそれを知ればどうなるか。下手をしたら茜のいう事を聞いてくれないかもしれない。最悪天空都市に謀反を起こしたとして襲い掛かって来ることもあり得ない事ではない。
だから茜は余計な事を言わぬよう口数を減らす事にした。
「そうですか……」
天空歴は地歴が始まる前のものだろう。茜はあまり聞いたことが無いので後でツクモに聞いてみようと思った時だった。兵士が立ち止まる。
「鏡はこちら、百一番の部屋の一番奥にあると思われます」
「ありがとうございます」
茜が笑顔でお礼を言うと兵士は少し頬を赤くしとろける笑顔。地歴の始まる以前の兵士でもやはり茜の色香には抗えないようだ。
青い石で象られた入口。ここもやはり扉は無く、覗けば遠すぎておくが見えない程のだだっ広い部屋。
部屋ごとに財宝の種類を変えているのか、この部屋には日常で使用される家具が多く置いてあった。ランプや燭台、椅子やどこから開けるのかよくわからない箱に箪笥、更に誰かの肖像画だろう絵画まである。しかしそれらはどれも色鮮やかな宝石や金で飾り付けられており、壁に付けられた心許ない光源である蝋燭の光で淑やかに輝いている。
「私はここにいますので何かあればお呼び下さい」
「はーい」
茜は軽く返事をして一人中に入っていく。
茜の目的は真実の鏡。自分を元に戻す事が出来ると言われる鏡なのだ。他の煌びやかな財宝には目もくれず中央に出来た道、というにはお粗末な財宝の合間を縫って進んでいく。
「これか?」
その部屋の最奥にそれはあった。布で覆われ、更に地震で割れないようにだろうか、太い鉄製の鎖で固定されている。
普通のか弱い少女であればその鎖を持ち上げる事も出来ないだろう。だが茜はトップエージェントに返り咲いた少女。
茜は青桜刀を出現させ一閃、太い鉄製の鎖を切断する。そしてぐるぐる巻きの布を剥ぎ取ると黄金で縁どられた大きな鏡が姿を現した。それは茜の体を全て映し出せるくらいに大きな鏡。
「こ、これはっ」
だがその鏡に茜の姿は映っていなかった。代わりに黒髪に茶色の瞳の男が映し出されていたのだ。それは長年慣れ親しんだ男の姿。
それを茜が目にとめるや否や体が締め付けられる。それは茜が今着ているワンピースによって。だがそれはワンピースが縮んでいるのではない。体が膨らんでいたのだった。
それに耐え切れず、唯一無事だったもう片方の肩紐も取れてしまう。更に純白のワンピースが音を立ててぶちぶちと脇から破れていく。加えてルココに貰った青いパンツは伸びに伸び、尻に食い込んでいった。
やがて茜は鏡に映った姿に。
「元に……戻った?」
茜は自分の手をくるくるとまわして確認する。
頼りない細い指はごつごつとしたそれに代わっていた。
「戻ってる!?」
光はまだ張り付いているビリビリに破かれた服と伸びて食い込むパンツを脱ぎ捨てる。そしてペタペタと頬を触って膨らみの無くなった平らで硬い胸、そしてつるつるだった股間を順に触っていく。
「無くなって、そして無くなったものがある! あるぞおおお!」
光は歓喜の声を上げてガッツポーズ。
だがゆっくりと喜んでいる暇はなかった。光の歓喜の声に、部屋の前に立っていた兵士が飛び込んでくる。
「茜様! 今男の声が!」
扉は開け放たれている。当然光の歓喜の声も兵士に聞こえてしまっているのだ。
そして駆け付けた兵士は光の姿を見つけるやいなや目を剥いて怒鳴ってくる。
「な、何だ貴様! 何故裸なのだ!? それよりもさっきまでそこに居た可憐な少女をどこへやった!?」
「どうも元可憐な少女です」
「は? 何を馬鹿な事を! 大人しく――」
腰に携えた剣を引き抜き、光に突進してくる兵士。だが相手はトップエージェントの光。更に共鳴強化も使用できるようになった。光も剣とはいかないまでも化物級の共鳴強化が出来る。
光は兵士の後ろに回り込み、硬化の秘術を使う間もなく側頭部に掌底を食らわせる。
「ぐっ!?」
兵士はあえなく倒れ、気絶した。
「よし、何とか。でもこの姿はまずいなあ。なにか服の代わりになるものは……」
裸で皆の前に出て行くわけにもいかない。
光は周りに何か大事な物を隠すものは無いかと見渡した。隠せるものは鏡に掛かっていた布くらいだろう。だがそれはそれで何だか変な恰好になってしまうな。そう考えていた時だった。
「あ」
そしてすぐ下に視線を向けた。そこにはつい先ほど気絶させた兵士。
光はニヤリと怪しい笑みを浮かべ、兵士に手を伸ばす。
「これでよし!」
光は倒した兵士の服と鎧をはぎ取って装着した。
そんな追剥のような悪行をした光は更に顔を意地悪なものに変えていく。
「ふふっ、雪花と剣、あいつらどんな顔するかなぁ」
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