茜は孤児院に来る前、雪花に調査協力を依頼したのだ。
とある依頼の為に情報が必要だから孤児院の院長クララから現在の状況を詳細に聞き出せと。
茜は唯とは数日前に会った仲。雪花は押さ馴染みなのだから茜よりは信頼されているだろうと予想していたのだ。だがクララは雪花の事を忘れていたのでその限りでもないようだが。
「茜様! クロス行きます!」
「うむ! 苦しゅうない!」
茜は見事ボレーを決めて子供達と溜ま蹴りに興じる。
それを恨めしそうに見つめて佇む少女が一人。歳にして五、六歳くらいだろう。
そこへ丁度通りがかった唯がその少女を目にとめて声を掛ける。
「どうしたの韻句? 一緒にサッカーして来たら?」
「唯ねぇ……サッカーボール買ってよ!」
「え? あそこに一つあるじゃない」
唯が指さすのは茜がボレーを決めたサッカーボール。
それも元々は白かっただろうボール。だが今は泥と使い過ぎて剥げたのだろう、灰色のボールと化していた。
「ボロいし、それに今はあの美人のおねぇさんつかってるし!」
「一緒に遊べばいいじゃない」
「嫌! 私はリフティングの練習したいの! クリロナになりたいの!」
「クリロナ? クリティカル~ロナウド?」
「クリスティーナロナウド!」
「そうそうそれそれ、でも私これからご飯作らないと」
「前に買ってくれるって言ったじゃん! 嘘つき!」
「あー!」
唯は自分を嘘つき呼ばわりする韻句という少女を睨みつけ歩み寄る。
そして韻句の頭を鷲掴みにしアイアンクローを繰り出した。
「私が嘘ついたことある!? あるの!?」
「いたたたた! 無い! 無いです!」
「でしょ? 今はまだ買えないけどちゃんと買ってあげるから、我慢して? ねっ?」
「うん……」
唯から放たれた韻句は不満げな顔で逃げるように去っていった。
「ごめん雪花。一人だけ料理の手伝いさせて」
「唯も大変ねぇ」
「そんな事ないよ」
唯が雪花に合流してしばらく経つと女性の声が孤児院の入り口から聞こえてくる。
「すみませーん! 翔太を迎えに来たんですけど!」
託児所もやっていると言っていたので恐らく預かった子供の母親だろう。
「ああ、はいはい! 翔太くーん!」
クララが翔太を探して連れてくる。ひきつった笑顔で。
何故なら翔太は泣いていたのだ。
「ど、どうしたの翔太!?」
「韻句が殴ったぁああ!」
母親が驚き翔太に駆け寄って、そして凄い剣幕でクララを睨みつける。
「またあの子なの!? ちょっとどういうことなんですかクララさん!?」
「あはは、少々お待ちを……韻句! ちょっと来なさい!」
それを察してたからか、すぐ近くの柱に隠れるように顔だけを出してそんな様子を眺めている韻句がいた。
「何? クララさん、どうかしたの?」
「どうかしたのじゃないよ全く……あんた、また翔太君殴ったでしょ」
「だってあいつが悪いもん!」
「何て子なの!? 謝りなさい!」
「やだ!」
親に怒鳴られるも頑なに謝らない韻句。
何か腹に据えかねる事があったのだろうか。と、それを見かねた唯が事情を聴きにやって来た。
母親のように膝を突いて、韻句と目を合わせて問う。
「ねぇ韻句、なんで翔太君を殴ったの?」
「私が紙を丸めて作ったボールで遊んでたら貧乏くせぇって言われた」
何ともくだらない理由だった。
だが子供の時分ではくだらない理由が喧嘩を起こすものだ。
「だって貧乏くさいんだもん! 紙丸めたボール蹴って遊んでるんだもん! サッカーボールが買えない貧乏人じゃん!」
「このっ!」
「あ、韻句!」
韻句は更に翔太に殴りかかろうとして走って来た所をクララに取り押さえられる。
「まあ待ちなって韻句」
襟首を掴んで持ち上げられ、韻句の進撃は止まった。
あと一歩で翔太に届いたのに、とまだ手や足で報復しようと暴れている。
「なんて凶暴な子なの!?」
「あ、あとクララさんのこと鬼ババアって呼んでた!」
「なんだとこのクソガキ!」
クララはもう片方の空いた手で翔太の頭をつかんで締め上げる
「いたたたた! ごめんなさい! ごめんなさい! 鬼ババアて言ってすみませんでした!」
「良し、それでいいんだよ」
「あなた人の子に何してらっしゃるの!」
「え? 教育的指導を――」
「ちょっとクララさん!」
唯がクララの手から翔太を掻っ攫い母親の元へ返してやる。
その母親は翔太を片手で受け取り、もう片方の手で唯を突き放した。
この子供にしてこの親有りといった所か。助けてくれた唯を突き放す所を茜が見たらこの母親も何らかの罰が下っただろう。
「触らないで! 全く! あなた達がお金に困ってるからって、ここに預けてあげているのに! そんなことをするならもうここは利用しませんよ!」
「あ、いや、本当に申し訳ありませんでした。それだけは勘弁して下さい」
クララは床に頭をつけ、片手で韻句を誤らせた。
この収入さえもなくなってしまえばすぐにでも孤児院は立ち行かなくなるだおる。クララとしては逆らえないのだ。
「わ、分かればよろしいです。では」
クララの土下座で何とかこの場はおさまったようだ。
その親子をクララと唯は笑顔で手を振って見送ったのだった。
「ふう。何とかなったか」
「あいつ嫌い! べーだ!」
韻句はベロを出して馬鹿にし、クララのもとから走り去ってしまった。
「もう、韻句ったら……それにクララさんも」
「え? 私も?」
韻句だけでなく、クララにまで不満を漏らす唯。
なぜ自分もと、クララは訳が分からず首を傾げる。
「母親の目の前で手を出したら駄目ですよ。教育的指導は見てないところでやらなきゃ。今時の親はモンスター化するんだから」
「あはは、唯は逞しいなぁ」
悪さをしたら叱る。そんな当たり前の事をしなければいい大人にはならないのだ。
だがそれは親から見れば、ただの体罰にしか映らないようだ。
そんな出来事が終わると、雪花がのこのことやって来た。
「何なんですか、あの親の態度は! お金を払うのがそんなに偉いんですか!?」
「たまにいるんだよ、ああいうの」
「こっちからやめてやればいいんですよっ」
「それが出来たら痛快だろうけどね」
「あ、ごめんなさい」
この孤児院の経済事情を察して謝る雪花。
「あはは、それにね翔太君、共働きで家に帰っても独りぼっちだったからさ。ここに来た時は暗い子でふさぎ込みがちだったんだよ」
「そう、なんですね」
暗かった子供が変わり、口汚く感情を表に出す。どちらもあまり良い印象は無いがどちらかと言えば後者の方がいいだろう。
更にクララは顔をニンマリとさせて雪花に耳打ちしてきた。
「それにさぁ、ここだけの話。翔太君は韻句の事が好きみたいでさ」
「ええ!?」
「韻句には内緒よ?」
「はい」
「だからまだここを潰すわけにはいかないわけよ」
「色々と込み入ってますね」
「そうゆうこと」
先程土下座していたクララの表情はもうカラカラと楽しそうに笑みをこぼしている。
「なんだか」
「ん?」
「皆の事よく知ってるんですね」
「そりゃあね。もう家族みたいなもんよ。ていうか家族だね」
そう言ってクララは笑うのだった。
そこへ茜が息も絶え絶えにやって来た。
「はあはあはあ、あちぃ……」
六月の暑い日差しの中、一時間程経っただろうか。
本気のサッカーをやっていたらしく、茜は土と埃りにまみれて汚れており、全身汗だくだった。その後ろにいる少年少女達も同様に泥まみれだった。
「うわあ……あんた引くわ。手伝いもしないで、制服も汗でびしょびしょじゃん」
「そのうち乾くだろ」
「茜ちゃんお茶どうぞ」
そこへ唯が人数分のお茶を持ってきてやる。
茜はありがたく受け取るが雪花は茜の服がまだ気になるようだ。
「でも……汗で制服透けてるわよ?」
見れば海に落ちた時と同じくらいに汗で制服が透けてしまっている。
そしてその下着の色は茜がいつも愛用している黒色だった。
胸につけていた赤いリボンは既にない。
第二ボタンまで開け放たれたブラウスははだけており、透けていなくても分かるくらいに黒い下着がちらちらと見え隠れしている。当然汗は茜のふくよかな胸の谷間に吸い寄せられて行き、その水滴の行方を少年達の視線が追う。
更に汗で滑らないのだろう、ニ―ソックスをくるくると巻いて脱ぐ茜。そこから見えてくるのは汗でじっとりと濡れた茜の白く細い脚。更に足を曲げた事で柔らかそうな太ももが露わになり、更にきわどい位置まで見えそうになっている。
「確かに、男子達にはちょっと目の毒かもね~」
クララは笑い、目を細めながら意地悪く少年達を見る。
目の前で行われる艶めかしい行為をお年頃の少年達が見過ごせるわけがないのだ。
見れば悪ガキ三人組を筆頭に少年達は顔を赤く染めていた。その視線は茜の脚に釘付けだ。
「お、俺達、全然目の毒なんかじゃありません!」
「興奮なんかしてません!」
「だからお好きにどうぞ!」
「もっとやれです!」
「控えめに言って最高です!」
一人正直な少年もいるがその少年達にクララが一言。
「じゃあその股間のふくらみは何だい?」
クララの言葉に、少年達は恥ずかしそうに一斉に回れ右して屈みこんだ。
そんな少年達をクララはからかって遊んでいるようだ。
「男子って変態……」
「ドスケベ」
更に女子達の集中砲火を浴びる少年達。
その注目の的になっている汗だくの茜を見かねてクララがある提案をする。
「そうだ、茜ちゃんさあ、うちの小さいの十人くらい連れて風呂入ってきたら? すぐそこの銭湯でこの時間、無料で貸してくれんのよ」
無料でという事はこの孤児院に懇意にしてくれている銭湯なのだろう。
風呂という事で茜もその提案にすぐさま乗り込む。
「風呂! いくいく!」
「え、でも一般の人もいるんじゃ?」
と、ここで雪花。
茜の中は男なのだ。その茜が公衆浴場で女湯に入りでもしたら大変だ。
「ああ、この時間は私ら専用にしてくれてんのよ。いきなり子供が一杯来たら迷惑掛かるからね。それにこの時間客も来ないらしいし」
「あ、それなら安心ですね」
雪花は安堵の溜息を吐いて茜を横目に見る。
「何だよ」
「別にぃ」
綺麗好きの茜にとってそれは願ってもない事だった。
茜達は唯から銭湯セットを持たされる。
「よーし! 風呂へ行くぞ! 野郎共!」
「おーっ」
茜は小さい子供達を連れて銭湯へ旅立ったのだった。
「はぁ、俺達も行きたかったなぁ……」
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