光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第120話 ~ブラッドオーシャン~

公開日時: 2023年10月22日(日) 17:43
文字数:5,905

「……」


 セレナは問いかけるがフードの女はだんまりだ。

 セブンアイズのシェリオは言っていた。ブラッドオーシャンは自らが名乗っている組織名ではないと。そして組織名は存在しないとも。

 だから反応しないのか、もしくは悪魔憑きの四人が逃げる時間を作っているのかもしれない。


「まあいいです。あなただけでも価値は十分にありますので。同行してもらえますか?」

「誰がっ……」


 見下すセレナを忌々しく睨み上げる女。

 そんな女に更にセレナの剣先が近づいていく。


「大人しく投降すれば……と言いたい所ですが無理なようなので、気絶させてあなたを捕縛します」

「ちっ」


 一つ舌打ちをしたと女は胸元に手を突っ込もうとする。

 だがその手の行く先に先回りした何かがふわりと女のフードを揺らした。


「変な動きをすればあなたの腕を切り落とします。それに今あなたが消えれば悪魔の方々は確実に死にますよ?」


 以前、深海に落ちたアシェット内でフードの女はワープして逃げてしまった。

 それをさせまいと、セレナは女の行く手を先んじて阻んだのだ。

 フードの女はセレナが突き付けている剣先を苦々しく見つめる。だがセレナの強さを見た後では打つ手はないだろう。


「今あなたに必要なのは私の質問に答え、少しでも時間を稼ぐことではないでしょうか?」


 相手が大人数であればまず頭から狙うのは定石。

 他の悪魔憑き達を逃すのは危険ではある。だがこの襲撃グループの頭目であるこの女から情報を聞き出せばおのずと残りの悪魔憑き達も捕まえる事が出来るだろう。女が逃げれば残りの悪魔憑き達を全員排除、または捕縛する。二つに一つだ。

 そして天照がポケットから対レゾナンス用の手錠を取り出した。これをはめれば厄介なクリスタルは出現させることが出来ない筈だ。

 だがそれをセレナが止める。


「天照さん、まだいくつか聞きたい事があります」


 セレナはここで尋問するつもりだ。

 ここでいま捕縛すればずっとだんまりを決め込まれるかもしれない。

 だが捕縛せず、尋問すればフードの女の応答内容によってセレナ達の隙を伺い、逃げれる可能性があるかもしれない。そう、思わせる事が出来る。それを狙ってセレナはあえて捕縛は後回しにしているのだ。


「あなた達の目的は何ですか?」

「……」


 だがやはりセレナの質問には答えない。

 だからセレナは少し脅しを交える。


「言っておきますが……今度柱を出せば両手両足を切り刻みます。変な動きをしても切り刻みます。そこをよく――」

「もうすぐ……る」


 その脅しに屈したのか、それとも時間を稼ぐためか、フードの女が口を開く。


「はい?」

「もうすぐ、世界の終末が訪れる」


 よくドラマや映画で使用される使い古された題材だ。

 予言書にも書かれていた事もあって終末の年には大騒ぎしたものだが、生憎今こうして生きている。創作物の題材としてもセレナ達への時間稼ぎとしても使えない題材だ。

 セレナは溜息をついて目を細める。


「……戯言を聞きに来たわけではありませんよ」

「そう思いたきゃそう思ってればいい」


 と、フードの女は投げやりな言葉を吐いて笑う。


「でも本当の事さ。あんたも地上に住む人間も全員死ぬ!」

「……ではそれが本当だとして、それを食い止めるために悪魔の力を集めていると?」

「そんなの、いくら集めたところで世界は終わる」

「では何の為に集めているのでしょうか?」

「……」


 と、ここでフードの女は口を閉ざす。

 ここから先は根幹に関わる事柄なのだろう。

 であれば先日セブンアイズから得た重要そうな情報をセレナは口に出してみた。


「もしかしてSG計画なるもの、ですか」

「っ!?」


 フードの女は跳ねるようにセレナの瞳を凝視する。

 開いた口、見開かれた瞳。

 そこから導き出される事実は、シェリオの言ったSG計画は間違いなく彼等が推進している計画という事。

 その反応にセレナは目を丸くする。

 そしてフードの女は閉まったとばかりにそっぽを向くのだった。


「そうですか。それはどんな計画なのか、お教え願えますか?」


 そんな事教えるはずがない。だが意外にもフードの女は口を開く。


「それは……」

「それは?」


 幾分フードの女に突き付けた剣先が下がり、良く聞き出そうと前のめりになるセレナ。


「お前達が死んで……」


 その時、フードの女は胸に手を突っ込んだ。


「私達が生き延びる計画だよ!」


 フードの女が叫ぶ。

 恐らく胸ポケットにワープ装置のスイッチが入っているのだろう。そこに手を掛けるフードの女。

 まずい、と天照が思った時にはもう遅かった。

 セレナが既に刀を振り切った後だったのだ。


「つっ!?」


 フードの女の手首は宙を舞い、ポトリと地面に落ちたのだった。


「うああぁ……」


 そしてフードの女は呻いて苦悶の表情。


「出血多量で死にたくなければその手を拾って切断面にくっつけて下さい。上手くいけばヒーリングを行わずくっつくかもしれませんよ」


 そう言ってセレナは天照を見る。

 手錠をはめろという事だろう。


「ではまだあなたには色々と答えてもらわなければいけない事がありますので大人しく捕まって下さい」

「くうぅぅ……誰がっ」


 フードの女は立ち上がろうと膝を突く。


「では両足を切断致します」


 セレナが刀を掲げ、躊躇なく振り降ろす。フードの女は諦めたのか、眉間に皺を寄せて目を瞑る。

 だがセレナの刀は途中で止まっていた。


「へ?」


 フードの女が目を開けると目の前には同じフードを被った人物が。セレナの手首を掴んで止め、フードの女の前に立ちはだかっていた。


「彼女を傷つけることは私が絶対に許さない」


 それは男の声。

 フードの下から垣間見える瞳はフードの女と同じく、白銀に輝いていた。それがセレナを鋭く睨みつける。

 そんなフードの男に天照は目を見開いた。

 何故ならさも当然のようにそこに居るフードの男の存在を、天照が共鳴力で感知する事が出来なかったからだ。

 その男に反応できていないセレナもまた同じ境遇だろう。

 だが男の鋭い視線にセレナは表情一つ変えずに問う。


「どちら様でしょうか?」

「この子達の保護者……とでも言っておこうか」


 日和の国の軍を壊滅させ、皇宮護衛官の天照を苦戦させた悪魔憑きとフードの女を「この子達」と称する男。

 その言葉は、彼等よりも力が上だぞと脅しているようにも聞こえる。


「成程、ではあなた方が今しがた切り刻んで殺した方達の責任は全てあなたにある。そういう事でよろしいでしょうか?」

「ならばどうする」

「切る脚が四つになりますね」

「それはご免被る」


 そのセリフを皮切りに、男が掴むセレナの手、その皮膚を突き破って何かが出現した。それは驚くことにフードの女と同じクリスタルだった。しかもそのクリスタルは黒い。


「これは……」


 セレナの刀を握る右腕は肉が千切れ、骨が見えてしまっている。もう使い物にならないだろう。


「共鳴同化ですか……」


 共鳴同化は自分の共鳴力を相手の体内に流し込む。

 相手の体に流し込んだ共鳴力でクリスタルを発生させたのだろう。


「その腕ではもう刀は持てないだろ?」

「そうでしょうか?」

「なに?」


 セレナは掴まれている手から落ちる刀を左手で受け止める。そしてすかさずフードの男へ斬りかかった。

 男はセレナの鋭い一閃を躱し、フードの女を担いでセレナから距離を取る。


「まるで獣だな。流石は桃色の悪魔と言った所か」

「不愉快ですね」


 そう言ってセレナはフードの男を追う。

 だがまたしても地面からクリスタルの柱が出現する。今度は黒いクリスタル。


「こんなものっ」


 と、セレナは刀を振って砕こうとするが砕けない。


「……これは?」


 現在セレナは利き腕が使えない。

 だとしても以前の無色透明のクリスタルの硬度であれば破壊できたはずだ、とセレナは少し意外そうに目を開く。

 だがセレナは諦めない。共鳴放出の力を刀に纏わせて黒いクリスタルを打ち砕いた。

 

「逃がしませんよ」


 セレナは二人を追う。そして天照もその後を追う。

 するとフードの男は不思議な事に逃げる事をせずその場にとどまった。


「いや、我々はここで退散させてもらう」


 だが口ではそんな言葉。


「逃げ切れるとお思いですか?」

「君一人では我々が逃げ切る事は不可能だっただろう、だが」


 フードの男はセレナの後方を見てにっと笑う。

 セレナはその視線の先に意識を向けるとはっと目を見開いた。


「天照さん!」

「へ?」


 と、気づいた時にはもう遅かった。

 次の瞬間、天照を黒いクリスタルがドーム型のように覆い隠す。

 

「な、何だこれは!?」


 天照が共鳴力で強化した拳を放つがびくともしない。

 更に黒いクリスタルのドームから次々と先の鋭いクリスタルが出現し天照を襲った。


「ぐっ」

「天照さん! 大丈夫ですか!?」


 セレナは叫ぶも中の様子が分からず、天照の反応もない。

 そんな黒いクリスタルドームの中がどうなっているか、フードの男が説明してやった。

 

「中は針のむしろだ。だが彼はまだ生きている。見たところ君は彼の保護者、と見受けられるが?」


 と、保護者同士の挨拶でもするかのように笑うフードの男。


「子を見殺しにする親はいないだろ?」


 お互い傷ついた子供を持つ親同士。

 ここで互いに引く。という落としどころをつけたいのだろう。

 

「あなたを殺せばまだ助かるのでは?」


 だがセレナはその取引を聞き入れない。天照だけを見ればもっともな言い分なのだが、それを護衛する者達もかなりやられている。それではわりに合わないだろう。


「成程。確かに君とやり合えば私達では勝てないかもしれない」

「であれば――」

「だが負けもしない。無駄に戦い、犠牲者を増やすか、ここで引いて彼を助けるか」


 男の言う通りだった。

 現在セレナは利き腕を失っている。ヒーリングで元に戻るだろうが治療している暇もない。

 更にフードの男はセレナ達に気づかれることなく近づける実力の持ち主。実力は拮抗しているか、フードの男が上の可能性まである。そして戦闘が長引けば天照は確実に死んでしまう。

 つまるところ手詰まりだった。


「これ以上、死人を出したくなければ彼を先に出してやる事だ」

「今更死人が一人増えたところで問題ありません。あなたを拘束する事が彼らの命に報いる事ではないでしょうか」


 だがセレナもまた重要な任務を背負っている。

 獄道魁人を護送し急襲したブラッドオーシャンを捕まえる。

 そんなあきらめの悪いセレナの言葉。それを聞いてフードの男は意外な表情。困ったように眉をしかめたのだ。


「……勇猛果敢なのは結構。だがそれは蛮勇の類だぞ? 多くの死者を出したことは申し訳なく思う……だが助かる命を前に退かぬは騎士の恥と心得よ」


 どこか中世の騎士のような言い回し。

 大昔にいた騎士は騎士道という茨の道を行く事で大成する、と言われている。そしてその道の傍で助けられる命があれば見過ごすことはしないのが騎士道だ。

 そんな現代にそぐわぬ言い回しに、セレナは溜息交じりに返す。


「騎士……ですか。生憎、私は騎士ではありません。しかし……」


 セレナは黒いクリスタルで出来たドームを横目に溜息をつく。

 そして左手に持った刀を収納石に収める。


「これ以上、死者は出せませんね」


 と、降参の意を示したのだった。

 それにフードの男は満足そうに頷いた。


「それでいい。どうせ世界は終末に向かう」

「また終末……ですか」

「僅かな時を大切な者との時間に費やすがいい」


 そしてフードの男と女は姿を消したのだった。

 

「ふぅ……」


 セレナは天に長い溜息を吐いて黒いクリスタルドームへ歩み寄る。

 セレナは手の平をクリスタルに当てて自分の共鳴力をクリスタルに流し込んだ。しばらくするとクリスタルはいとも容易く砕けて消えた。

 中からは腹や肩、腕を貫かれた天照が倒れ込むように落ちてきた。

 それをセレナが支える。


「大丈夫ですか?」

「う……めんぼくない……です」


 天照は生きている。

 恐らくフードの男が取引材料になるよう、手加減してくれたようだ。


「動かないで下さい。今、治療します」


 セレナは天照を寝かして体の中心付近に空いた穴に手を当てる。

 セレナは強化型・放出型・同化型、と全ての共鳴力の型を持ち合わせている複合型のレゾナンス。雪花程とはいかないが多少の外傷であれば治療は可能だ。

 天照は体の自由が利かないのか、表情だけで申し訳なさを伝えてくる。そして周りを目だけで見回して敵の気配を探った。

 

「奴らは……もういないようですね」

「去りました。しかし手痛くやられてしまいましたね」


 残念そうな表情に、申し訳程度の笑顔を貼り付けて笑うセレナ。

 周囲を見ればアスファルトで固められた地面は大きな爪で引き裂かれたように裂け、車両は綺麗に取り分けられたケーキのように切り離されている。所々で火の手が上がり、一番大きな火災は墜落した武装ヘリだろう。

 そして護衛を任されていた兵士達は全滅したと言っていい。目に見える兵士達は皆一様に体が引き裂かれ既に息はない。

 更に天照は重症でセレナも右腕を負傷。


「私を人質に取られてしまったみたいですね……申し訳ありません」


 天照は周囲を見回した目を天に向け、目を瞑って謝罪する。

 

「いえいえ、彼らが一枚上手だった、という事です」


 ブラッドオーシャンはセレナ達の裏をかいて襲撃し、まんまと獄道魁人の奪取に成功した。

 

「私達は少し……彼らを侮っていたのかもしれませんね」


 そしてブラッドオーシャンの力を思い知らされる結果となったのだった。


◇翌日、放課後の駅前カフェにて


「とまあそんな事がありまして、かんかんになったセルジさんに怒られてしまいました」


 と、セレナは朗らかに笑い、そう説明する。

 セルジとはファウンドラ社の最高機関、老会とのつなぎ役だ。

 説明されるメンバーは茜と雪花。

 昨日の事を話されながら二人共パフェを突っついている最中だったのだが、あまりの内容に二人共手が止まっている。


「でも人質を取られたとはいえ、セレナさんが見逃すなんて珍しいですね?」


 茜がセレナに尋ねる。

 それはフードの男の取引に応じた事だろう。


「あの男の言葉にはなんというか……」

「なんというか?」

「上手く言い表せないのですが……何か感じるものがあったのです」


 そこで雪花が口を開く。

 それは年頃の女子高生であれば口をついて出てしまう言葉。


「それって恋じゃないですか!?」


 だがセレナは笑って首を振る。


「いえ、少し懐かしさを覚えたというか」

「はぁ」


 ますますわからない感情だと、茜と雪花も首を傾げるだけだ。

 そんな良く分からない空気を換えるように一つ、セレナは軽く手を叩く。


「それはさておき皆さん、夏のご予定などは?」

「今の所特に」


 と、茜。

 

「私も」


 それに雪花も続く。


「では南の島でバカンス、並びに宝探し等、いかがでしょうか?」


 そんな提案に雪花はぱっと顔を明るくし、茜は訝し気にセレナを見つめるのであった。







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