光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第155話 ~メテオライトキャノン~

公開日時: 2023年12月27日(水) 14:59
更新日時: 2023年12月28日(木) 23:35
文字数:3,798


 その茜の言葉に皆一様にごくりと唾をのむ。そしてしばしの沈黙。


「そろそろ砲弾が来るぞ!」


 その沈黙へ半裸の男、剣が壁門から中庭へ飛び込んでくる。

 そこで茜が肩に担ごうとしている大砲を見て剣は「成程」と一言呟いた。その武器を見て何をしようとしているのか理解したようだ。

 更に城壁の上からは既に黒く大きな塊の先端が頭を出している。


「ではっ、私めがこのメテオライトキャノンで奴を打ち砕いっ、てっ」


 そう言って茜は肩に担いだ大砲の重量に耐え切れず後ろに倒れ、それをツクモ教授がやれやれと言った表情で支えた。

 先程まで偉そうにうんちくを垂れていた茜の体たらくにツクモは呆れ顔だ。


「私が代わりに撃とうか?」


 そして見かねた雪花がそんな提案をするが茜は首を横に振る。


「私が撃つ! というか撃ちたい!」


 雪花の申し出を断ったのはそんな子供じみた理由。それに雪花も呆れ顔だ。


「だって……あんたそれで狙えるの!?」

「狙えるかどうかじゃない、狙うんだよっ」

「ここに来て精神論? もうあんたには皆呆れてものも言えないわ……」

「じゃあ口を閉じて黙って手伝えよっ! 重いんだから!」


 雪花と口論する茜はまだツクモに支えられている。だからか、茜を後ろから支えていたツクモが後方の筒を持って支えてやった。


「では私が後ろを支えよう」

「さっすが教授! 雪花とは順応性が違いますねぇ」

「むぅ……」


 茜の嫌味に雪花は頬を膨らませる。

 雪花も茜を手伝ってやろうかと思った時だった。更にフランツが砲口側の筒を支える。


「では私が前を!」

「あ」


 そんな雪花を尻目に、フランツは砲口を空に向かって持ち上げる。


「フランツさん、ありがとうございます! 間違っても砲口に手を被せないように!」

「分かっている!」


 前をフランツに、後ろをツクモに支えてもらい、茜がグリップを握りスコープを覗き込見ながら指示を出す。

 

「フランツさん! もちょっと上上!」

「こ、こうか!?」

「そうそう! ツクモ教授は下下! あ、行き過ぎ!」

「なかなか難しいな……」


 大男に挟まれた少女という、傍から見れば何をしているのか分からない光景。戦艦を撃ち抜こうというのになんとも間抜けな砲台だ。

 更に茜の低身長に合わせなければならない為、フランツもツクモも背中を曲げ足を曲げ辛そうな体勢。加えてフランツは剣に腹を撃ち抜かれダメージを負っている状態。

 だが茜はそんな事お構いなしに鬼の指示を出す。


「もうちょっと上!」

「ていうか茜、フランツさんかツクモ教授に撃って貰ったらよくない?」

「駄目だ。これも生体認証が入ってるから私達意外が撃とうとすると電撃が走る」

「じゃあ剣でいいじゃない」

「剣は砲弾が飛んできたときの為の保険だ。盾に使う」

「じゃあ私が」

「断るっ」


 その断固たる態度が気に入らなかったのか茜の頬を雪花が強めに摘まみ上げる。


「いふぁい、いふぁいっ」

 

 そんな時、またしても機械音声が聞こえてくる。

 

『チャージ完了まで十秒』

「よひ!」


 茜がスコープを覗きながら筒の上部にある透明のカバーを跳ね上げ、その下にある赤いボタンを押した。


『真空バレル展開しました』


 その機械音声を皮切りに、宙に浮く戦艦の砲口が茜達を向いた。

 それを視認した剣が茜達の前に立ちはだかり、共鳴力で体を強化し叫ぶ。


「おい! まだか!?」

「後五秒! 皆、衝撃に備えろ!」


 茜の警告に皆体を寄せ合って身を低くする。



◇その頃、戦艦・スカイゲイザー内


「国王様! フロイ王子の姿を視認しました!」

「よし! 全砲門をフロイ王子に向けろ! くれぐれも城に当てるな!?」


 アヴェルが叫んで指示を出す。眼下にはもうフロイ王子のいる中庭が覗けていた。


「全砲門、フロイ王子に照準!」


チャージ完了まで五秒前


「完了しました!」


 アヴェルがにっと笑う。


四秒


「よーし!」


三秒


「全砲門」


二秒


「フロイ王子に向けて」


一秒


「放てええええ!」


◇島


『チャージ完了。ターゲットに照準を合わせ、これから死にゆく者へ、哀悼の意を』


 そんなふざけた機械音声の直後、茜は吹き出しそうになるのを我慢しトリガーを引いた。

 宙に浮く戦艦・スターゲイザーとほぼ同時、茜による対戦艦ライフル・メテオライトキャノンの砲撃。

 茜が撃ち放った砲弾は発射から五百メートル地点で空気とぶつかり、白いリングを広げた。隕石と同等の速度で進むフレキサイト弾は空気と擦れて熱を帯び赤く染まる。伸びる一本の灼熱の軌跡は宙に浮く戦艦の先端に破壊の橋をかけていた。

 瞬きする間もなく、それは既に起こっていた。

 映画の大事なワンシーンを飛ばしていきなりラストシーンをみてしまったように、前段の無いその光景は全てを置き去りにする。

 空高く浮かんでいた戦艦・スカイゲイザーは元の重厚な姿からは想像もできない程、哀れな姿に成り下がっていた。ねじれて曲がり、原形も留めないくらいに形を変えて。

 音速を打ち破った爆音が無残に変形した戦艦の爆発シーンとかみ合い、迫力ある映像として映し出される。

 そこへ砲弾が戦艦に命中した衝撃が大気を震わせて伝い、茜達を襲った。


「うわっ」

「ぐっ」


 その衝撃はすさまじく、空気の塊に体当たりされたかのよう。

 軽い茜の体は耐えきれず吹き飛ばされツクモの体に激突していた。そのツクモもあまりの衝撃に茜を抱えたまま後ろに転がっていく。

 更には遠目にでも分かるくらいに海面がへこんでいた。

 そして浮力を無くした戦艦は引き寄せられるように海へ落下していく。

 壮大な水しぶきを上げ、海へ飛び込んだ戦艦は、最後の難敵が徐々に姿を消すように、大きな水流と泡を生み出しながらゆっくりと沈んでいく。その間、人影が一つも見えない事がメテオライトキャノンの威力を無慈悲なまでに物語っている。


「お、終わったのか……?」


 一連の衝撃を立ったまま受けきったフランツが呆然と立ち尽くし一言。


「終わりましたね……」


 ツクモに背を預けている茜がずり落ちながらそう答えてやる。


「あれじゃ誰も生きてなさそうね……」


 吹き飛ばされた雪花もよろよろと立ち上がり、壁門から覗く無残な戦艦の残骸を見て一言。

 鋼で出来た戦艦を一瞬で変形させる衝撃の中、生存者が居たら奇跡だろう。

 身を低くし衝撃に備えていたエドガーやフロイ達も次々に立ち上がり壁門から海を覗き沈みゆく戦艦を呆然と眺めていた。


「まさか本当に……あの戦艦を撃ち落とすとはな」


 マリーの肩を抱き寄せながら言うフロイの表情には柔らかな笑みが伺える。

 バンカー王国から出て行った王族であるアヴェルに国を奪われ、左目を失ったフロイ。十年間身を潜めていたのだから思う所があるのだろう。

 

「まさかあの子達がこんなに強かっただなんて思いもしなかったわ」

 

 そして恋仲だったマリーもまた感慨深そうにその光景を見つめていた。

 そのマリーの一言でこの案件に茜達を派遣したのは成功だったといえる。

 茜達が子供だとマリーが実力を見誤っていた為、それを通して伝えられる情報でキックス犯罪集団やバンカー王国の王族達は油断した。不用意にファウンドラ社のトップエージェントである茜達に近づき、裏切り、そして返り討ちに合う羽目になったのだから。


「こりゃぁたまげたなぁ……」

「凄いねぇ……」

「うん……凄い」


 エドガー達も壁門から覗き込み、戦艦の姿が完全に消えるまで呆然と眺めていたのだった。

 エドガー達もまさか茜達が戦艦を一発で破壊するような凄い武器を持ち出すとは思ってもみなかっただろう。

 そこでパンっと手を叩く乾いた音が鳴り響く。呆然と立ち尽くす皆の視線の先がそこに集まった。


「では改めて、メインディッシュといきましょうかっ」


 手を叩いたのは茜だった。

 静かな笑顔を見せる茜の後ろには青い城が聳え立つ。

 そよ風に吹かれて南国の空を映したような青くふわふわの髪をなびかせ、更に肩紐が千切れてはいるが純白のワンピースをなびかせる。そしてとても楽しそうな笑顔だ。

 全ての抵抗勢力は排除した。残るはバンカー王国に眠ると言われる財宝だけ。


「行きましょう! 財宝の眠る城へ!」


 皆にそう呼びかける茜。

 そして城に眠る財宝の中には今回の茜の一番の目的、真実の鏡があると言われている。これで元に戻れるかもしれないのだ。早く城に向かいたいところだろう。

 そこへフロイが胸に手を当て軽くお辞儀する。


「仰せのままに、茜様」

「あ、茜……様って」


 バンカー王国次期王のフロイが言って茜が思わず苦笑いで問い返す。

 戦艦を一撃で葬り去った美少女の笑顔。それは王子であるフロイでさえ身震いするほどの心地よい恐怖心が植え付けられたのだった。


「お嬢、坊ちゃん、俺達も茜様に続きましょう!」

「おー! 茜様に続けー!」

「うん……茜様に……」


 そしてそれはエドガー達も例外ではない。キリカは悪乗りし、ルークもそれにつられて様を付ける。更にギカ族の男達も「茜様ー! おー!」とライフルを掲げて連呼してくる。


「なんだか馬鹿にされてる気分だな……そして恥ずかしい」


 そう呟く茜は少し頬を染めている。


「さ、行くわよ茜様」


 雪花は完全に馬鹿にして茜の横を通り過ぎていく。だが茜がそんな事を言う雪花をそのまま逃がすわけがない。あろうことか雪花の背中めがけて飛びついたのだった。


「きゃっ、ちょっと! なにするの!?」

「そう呼ぶならもう一回肩車しろよ! 頭が高いぞ!」

「い、いやよ! あんた漏らすもん!」

「漏らした事なんてない!」

「絶対漏らす!」


 そんな雪花は茜をどうにか振り落とそうともがきながら財宝が眠る青い城へ向かうのだった。


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