光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第150話 ~すりおろしハンド~

公開日時: 2023年12月11日(月) 13:10
文字数:5,115


 しゃがめというツクモの静かな命令はこの混乱した中、傍にいる雪花達にしか聞こえない。

 ツクモはこれから穴でも掘るのか、手にシャベルを出現させる。恐らく収納石からだろう。それをツクモが振りかぶり、一気に振り抜いた。


「ぐっ!?」

「がっ!?」


 ツクモからかなり離れた国王の親衛隊の兵士達が数人、体をくの字に曲げて吹き飛んでいく。

 それはツクモのシャベルによって。

 驚くことにツクモの手に持ったシャベルが伸び、バンカー王国の兵士達が薙ぎ倒されて行ったのだ。

 

「はっはっは! どうだね! ファウンドラ社開発の万能シャベルは!」


 ファウンドラ社開発の伸縮自在のシャベルに兵士達は反応出来なかったようだ。

 そしてやはりツクモもレゾナンスだった。兵士達を五、六人巻き込んで絡めとり、吹き飛ばしていく剛腕の持ち主のようだ。


「な、何なんですかそのシャベル!?」


 屈んでそれを避けた雪花が問うとツクモは得意げになって応える。


「ああ、ファウンドラ社からの贈り物さ。共鳴力を込める事で伸縮出来る万能シャベルさ。いやぁ遺跡探検にピッタリだよ。穴は掘れるし高いところは登れるし」


 伸縮自在のシャベルならば下に掘る事も上に登る事も出来る。更に武器にもなる為、敵の多い考古学者にとってこれほど便利な道具もないだろう。

 茜はもちろん万能シャベルの性能は知っている為屈み込み、巻き込まれるへまはしない。

 

「ほら、もういっちょ」

 

 そう言ってツクモはもう一度シャベルを振り切る。だがそのシャベルはあるところで止まった。


「そこまでだ! ツクモ教授!」


 それはマリーの父フランツの硬化した腕によって。

 複数人を絡めとったシャベルとツクモの剛腕もフランツの硬化能力には無力だったようだ。

 フランツはそのシャベルを掴んでツクモを引き寄せようとする。だがツクモの手がぱっと開かれ、万能シャベルはどこかに飛んで行ってしまった。

 

「調子に乗り過ぎたか」

「何で手を放しちゃうんですか!?」


 飛んで行ってしまった万能シャベルを見て雪花がツクモにもっと耐えろと視線を送る。


「フランツに力では勝てないからね」

「あの人、そんなに強いんですか!?」

「彼はバンカー王国一のレゾナンスであり硬化能力の使い手だ。かなり強い。敵にはしたくない相手だよ」


 鍛え抜かれた兵士五、六人を吹き飛ばすツクモの剛腕。フランツはそれを凌ぐ使い手らしい。

 だとしたらこの不自然な状況にも納得がいく。マリーの口ぶりでは前王にフランツは仕えていた。その兵士を現王のアヴェルがそのまま配下に置いておくのは不自然だからだ。

 配下、しかも親衛隊に配属させる程の強さを持っているに違いない。

 一方、フランツといえばツクモ達の暴走を鎮圧したい所だろう。だが目の前には銃口を王に向けるマリーの存在がある為動けず、ツクモの万能シャベルを取り上げるのでやっとだ。

 そんな中、更に背後から兵士達の悲鳴が聞こえてくる。


「何!?」


 フランツが振り返れば三人の兵士が吹き飛ばされ、壁に激突している。その体には複数の刺し傷が。


「あなた達、皆殺しよ」


 兵士達を一気に戦闘不能に陥らせたのはルココだった。茜の一閃を皮切りに連動したツクモの薙ぎ払い。それに便乗し、ルココはレイピアを出現させ飛び出していたのだ。


「くそっ! この女!」


 ルココの背後、国王の兵士が自動小銃を手に迫る。


「おっと、お嬢様には指一本触れさせませんよ?」


 そして今まで姿を隠していたフォンが現れる。


「な、どこから――」


 銃口を掴んで押し上げ、そのまま回転させ腕をねじり上げる。そして容赦なく、ボキボキと音と悲鳴を鳴らして腕の骨を折った。


「ナイスよフォン」

「恐れ多いです」


 恭しくルココに一礼するフォン。

 更にルココは茫然とする兵士達に向かって突撃していく。

 自動小銃を向ける兵士達だが接近戦でルココのレイピアに勝てるわけがなかった。ルココは自動小銃ごと貫いて兵士達を次々と戦闘不能にしていく。


「くっ……退避! 退避だ! 王を安全な所へ!」

「了解!」


 混乱する現場にフランツの声が響く。

 そして残りの兵士達がのたうち回るアヴェルを担ぎ上げ壁門から出て行った。


「皆殺しだ! フランツ! こいつらを皆殺しにしろ!」


 と、捨て台詞を吐きながら。

 その時、茜といえばキックス犯罪集団の団長、ライアンに青桜刀を突き付けて、奪われたネックレスを取り返そうとしていた。


「ネックレスは?」

「くっ……青髪っ、よくもっ」

「早く出して。じゃないとこの斬り落とした手の切断面を地面ですりおろす」


 そう言って茜は拾い上げたライアンの手の切断面を砂まみれの地面に押し当てようとする。こんな地面に断面をすりおろされたら雪花でも手を元通りにくっ付ける事は容易ではない。

 するとライアンは顔面蒼白となり、すぐにポケットからネックレスを取り出し茜に突き出した。


「こ、これです……どうぞ」

「ん、苦しゅうない」

 

 茜に解放されたライアンは放り渡された手を持ち、地面を情けなくは居ながら壁門を出て行った。

 ネックレスを無事取り返した茜はそれを首に巻き付け、更に地面に落ちたクローグ6000を人差し指で何度も突っついた。まだ電流が流れていないかを確かめているのだろう。茜は一発で気絶してしまう電流を手首にしたリングで二回も受けているのだ。その苦い体験から慎重にもなるだろう。

 雪花と言えば身を低くし、キリカとルークを瓶を持った女性の彫刻の後ろへ避難させていた。

 

「二人はここにいてね」

「はい!」

「うん」

 

 そして雪花は茜達の元へ走る。

 そんな中、まだマリーとフランツの親子喧嘩は続いていた。


「王族を守る事が我々の使命! 前とか今とかは関係ない! 王族を守るのが我々の仕事なのだ、マリー!」

「前の王を守れなかったくせに!」

「それは仕方がなかっただろ! 我々はその場にいなかったのだ! それに国政に我々軍人が口を出してはいけない事くらいお前には分かるだろ!」

「だからみすみす見殺しにしたの!? それでも親衛隊隊長なの!?」


 フランツに向かって叫ぶマリーの目には涙が浮かんでいる。

 仕える王族と恋人を殺され、その仇討を実の父に止められたのだ。やるせない気持ちで一杯だろう。


「こんな時にまだ親子喧嘩か……仲がいいのか悪いのか」


 そんな光景を見て茜は呆れて一言。

 茜は壁に背を預け、壁門から敵が入って来ないようにライアンから奪った拳銃で威嚇射撃を行っていた。


「あんたが言わないのっ」

「お、来たか雪花」


 キリカ達を避難させた雪花が応援に来てくれたようだ。茜の元へ脚って滑り込み、壁に背を付ける。

 その雪花に茜はクローグ6000を突き出してやった。だが雪花は訝し気に見てそれをすぐに掴まない。


「こ、これ大丈夫よね?」


 とはカーターを気絶させた電流を見てだろう。


「雪花が登録されてればな」

「ええ!? されてるわよね!?」

「大丈夫、登録し忘れなんてほとんどないから」

「ほとんど!? たまにはあるの!?」

「たまには無い。稀にあるくらいだ」

「は?」

「あるないあるないないがたまに、ないないないないあるが稀だ」

「……は?」


 雪花が首を傾げる中、茜が何かに気づいたようにフランツの方へ視線を向ける。


「いいから言う事を聞け! 私が国王に話す! 今なら――」


 マリーと親子喧嘩をするフランツの首元にきらりと光るレイピアの白銀の剣先。

 雪花が茜につられて視線を向けるとそれはルココだった。後ろからレイピアの刃を突き付けている。


「何のつもりだ小娘?」

「え? ルココちゃん?」


 フランツはその剣先に視線だけを向けて静かに問う。


「あなたを倒せばここは静かになるわ。そうよね茜」


 フランツは今親子喧嘩の真っ最中で今すぐにどうにかしなければならない対象ではない。

 だから茜は親子喧嘩に水を差さなかったのだが、ルココはその懸念事項を排除しておきたいようだ。

 

「まあ、そうだけど」


 その茜の言葉にルココはニヤリと笑う。

 現在の敵対勢力は城壁の外にキックス犯罪集団とバンカー王国の兵士が数十人。全員武装している。他にもレゾナンスはいるだろうが親衛隊隊長をやっているフランツが最高戦力に違いない。

 内側にはフランツのみ。更にフランツは弾丸を弾く程の硬化能力を持つ。

 対して茜達は全員がレゾナンス。その内、戦えるのはキリカとルークを除いた六人。フランツを倒せば後は茜達で片が付くだろう。

 

「では尋常に、勝負しましょう。フランツさん」


 茜ならばそんな宣言はせず、背後から斬りつけているところ。だがルココはスポーツマンシップに従い、真っ向勝負を御所望のようだ。

 そんなルココをフランツが振り返り、睨みつける。


「私は今、娘と話している。悪いが手出し無用だ」


 ルココの申し出を断り、親子喧嘩をさせろとフランツ。


「公私混同も甚だしいわね」


 フランツは国王の親衛隊隊長。それが敵である茜達の排除を放り出して親子喧嘩とはこれ如何に。ルココの意見も最もだといえる。

 敵対するルココにそんな事を言われ、フランツは眉間に皺を寄せて険しい表情。


「それに私、自分の理想を子供に押し付ける父親って許せないのっ」

「甘やかされて育ったか……生憎私は今、他人の子供を丁寧に叱ってやれる余裕がないぞ?」

「はぁ……なぜかしら」


 ルココは半身になって肩を落として腕を曲げ、ゆったりと構える。フランツに剣先を向けて。


「余裕がない大人ってどうしてこんなに魅力が感じられないのかしら」

「ほざけっ!」


 フランツが先に一歩踏み出した。

 それを迎撃するようにルココも踏み込み、剣を突き出す。

 フランツは無手。間合いの利はルココにある。ルココの一方的な突きがフランツを襲った。


「ぐっ!?」


 ルココの突きはフランツを的確にとらえた。だが呻くような声を上げたのはルココだった。

 車もを吹き飛ばす程の威力を誇るルココの突きをフランツは硬化した手の平でいとも簡単に止めたのだ。

 予想外の硬さ、そしてびくともしないフランツの重さにルココは呻いてしまう。フランツは共鳴強化型のレゾナンスのようだ。そしてそれはルココと同等かそれ以上の超人級。

 

「良い突きだルココとやら、だがディアン族に代々伝わるこの秘術はそう簡単に貫けんぞ」

「黙りなさい!」


 ルココは叫び、目にもとまらぬ突きを何度も放つ。

 空気をより分け、音を鳴らす剣先がフランツを襲うが、その全てをフランツの手の平が受け止める。更にルココは押し返され体制を崩してしまう始末だ。


「どうした? 反抗期はもう終わりか?」

「くっ……」

「怒られたら黙り込むタイプか……マリーの子供の頃にそっくりだ」

「黙りなさい!」


 フランツの挑発にルココは身を低くし、突進していく。

 フランツの硬い防御を貫かんとするルココの全体重を乗せた突き。 


「あっ」


 だがルココのその渾身の突きは空を突くことになった。

 フランツが挑発した理由がこれだった。大人のように見えるルココもまだ子供だったという事だろう。戦闘技術の全国大会優勝の実績はあれどあくまでスポーツ。実戦経験は乏しい。

 体制を崩すルココの背後に回り込むフランツ。そして大きな拳を握り、更に硬化させ振りかぶる。


「防ぐだけが硬さではない。覚えておけ」

「くっ」

 

 そして振り抜かれる拳。

 肉が擦り潰れ、骨が砕ける音。


「ぐっ」

 

 そして呻くような男の声。

 

「フォン!?」

 

 硬く大きな拳はルココではなく、ルココの執事兼護衛であるフォンの脇腹に命中したのだった。護衛対象のルココの身代わりにと、フォンがルココを押しのけ、フランツの前に飛び出してきたのだ。

 フォンは吹き飛ばされ、城壁に激突する。


「あの殴られ方はヤバイっ」


 茜が言うようにフォンの体はこれ以上ないくらいに曲がっていた。そして壁に激突したフォンは気を失っているが口からは血。

 だが茜は動けない。壁門から敵がなだれ込んでくるとこの状況がさらに悪化してしまう。


「雪花!」

「分かった!」


 茜が言って雪花にフォンを治療させに行かせる。見た限りかなりの重症だ。

 だが茜がフォンの容態よりも心配なのはルココだった。

 その理由はルココの抱える病気、狂化薄心症。追い詰められたり感情が高ぶったりすると発狂する病気だ。

 ルココは今、自分の攻撃が通用せず、更に執事のフォンを殴り飛ばされている状況。ルココの狂化薄心症はフォンが傍にいれば発症を防ぐことが出来ると言われているが、悪い事にそのフォンは気を失っている。

 ただ傍にいればいいだけなのか、それとも意識がある状態で傍にいなければならないのか。茜には分からなかった。


「ルココ!」


 だから茜はルココに呼びかける。

 発症していなければ一旦引かせ、フランツとマリーに親子喧嘩をしてもらうしかない。


「おい! ルココ!」


 茜は壁門の外に向かって威嚇射撃を一発。

 そしてルココを見る。


「あーあ……これはまずい」


 ルココの口角が上がっていたのだった。



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