光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第142話 ~宝島への道標~

公開日時: 2023年11月21日(火) 19:51
文字数:3,724

「あとはこの玉に手を添えるだけだな」


 茜はそう言って玉に手を伸ばす。

 壁画では跪いた人の前に天空人が台座の上の玉に手を載せていた。茜が天空人かはともかく、試してみなければ始まらない。


「茜、気を付けなさいよ……」


 それを見てルココが心配して声を掛けてくる。

 ツクモが言うには防壁が宝を守っているとの事。更に宝は国が買えるほどの価値がある。であれば二重三重の防壁という罠が仕掛けられていてもおかしくはない。


「電流が流れたりするかもしれないわよ?」

「こ、怖い事言うなよ」


 ルココに脅されて茜は少し不安になってしまう。

 電流が流れるのは手首にあるリングだけで十分だと、茜はゆっくり玉に手を載せた。


「うわああ!?」


 玉に手を載せた瞬間、茜の体は跳ね上がって短い悲鳴。

 それにルココとキリカがびくついて茜を注視する。

 

「茜!?」

「茜さん!?」


 茜は悲鳴と同時にバランスを崩し、地面に倒れてしまうところをフォンが間一髪、滑り込んだ。


「茜様!」


 茜をフォンがしっかりと受け止めて心配そうに覗き込む。

 更にキリカとルーク、ルココが駆け寄って来る。


「茜!? しっかりしなさい!」

「茜さん!?」

「あかねおねえさ……ん?」

「……茜様」


 見ればフォンに抱きかかえられた茜は舌を出して照れるように笑っている。


「あなたは悪いお人ですね」

 

 どうやら茜の悪い癖が出たらしい。

 飛空艇アシェットでクリスや雪花を驚かせたように、これも他人を驚かせるサプライズだったようだ。

 茜の演技は群を抜いている。それが可愛いからか、フォンは「お茶目な人ですね」と笑い飛ばす。そして茜も笑いつられてキリカとルークもクスクスと笑いだす。南国の開放的な空に笑い声が響いて消えていったのだった。

 だがルココには笑ってごまかすその方法は通用しなかったようだ。


「さ、気を取り直してやるわよ」

「お、おう」


 茜は頭に一つ、ルココからプレゼントされたこぶを作り再度、玉に手を載せてみる。


「……ん? 何か変わった所は?」


 茜が手を載せてしばらく経つが何も起こる気配がない。

 ルココ達は当たりを見回してみるが何も変わった所は無いようだ。

 

「私が触れば動くかもしれないわ」


 ルココが触ってみるがやはり何も起きない。

 その後、代わる代わるフォン、キリカ、ルークと玉に手を載せていくが何も起こらず。

 そこで茜は壁画を思い出す。音符が飛び交う中で天空人は玉を触っていたと。


「ルーク、もう一度ヴァイオリンを」

「はい!」


 茜は再度ルークにヴァイオリンを弾かせてみる。


「お」


 すると目に見える反応があった。

 台座の上の玉が赤く輝き、ゆっくりと点滅し始めたのだ。上空から降り注ぐ太陽光に比べればか弱い光だが確かに点滅している。

 やはりギカ族の共鳴心動に反応するようだ。


「よし、じゃあ気を取り直してもう一度」


 赤は一般的にいって警戒色。玉に触れたものが何かしらの害が加わるとしたら今だろう。

 茜が赤く点滅する玉に触れようとすると、前回、心配してくれたルココが横目で睨みつけてくる。


「今度驚かせたら容赦しないわよ」


 と、ルココは茜の心配などしてくれなかった。


「わ、分かってるよ……」


 容赦とは一体なんだと拳骨を食らった茜は思うものの口には出さなかった。

 そして茜は赤く点滅する玉の上に手を置いてみる。


「……ん? 何か変わった所は?」


 茜が手を載せてしばらく経つが何も起こる気配がない。

 

「デジャヴね」


 先程のやり取りに既視感を覚えつつ、ルココは言う。何も変わった事は起きていない。

 茜はあの壁画を思い出してみる。天空人の前で跪き、口を開ける人物を。

 そこで茜は思い出す。昨日、広場で歌を唄おうかと言っていた人物がいたなと。


「キリカ」

「え? あ、はい! なんですか茜さん!」


 茜はキリカを呼んだ。

 壁画にあるようにFは音符、そして跪いて口を開ける人物はギカ族。今はヴァイオリンを引いているがもしかしたらギカ族本人から出てくる声の方が共鳴心動は強いのかもしれない。茜はそう考えたのだ。


「歌を唄える?」

「歌えます!」


 キリカは快諾してくれた。もしかしたら唄いたくてうずうずしていたのかもしれない。

 そこでキリカはルークを見る。キリカが唄う曲とルークが奏でる曲を合わせているのだろう。

 そしてルークがヴァイオリンを弾き始める。それはやはり心を震わせる心地よい音。

 キリカを見れば背筋を伸ばし少し上向いている。喉の通りを良くしているのだろう。そしてキリカが口を開く。


「おお……」

「いい声だわ」


 キリカの歌声に茜とルココは目を見開き、感嘆の声。

 それは普段の元気なキリカからは想像できない程、繊細で美しく透き通った声だった。真っ青な空を突き抜けて、天界に住む神に届きそうな澄んだ声。

 加えて、流石は姉弟と言ったところか、ルークのヴァイオリンにキリカの歌声が合わさって美しい調和を奏でている。

 

「聖歌かなにかかな?」

「聴いた事ないわね」


 聖歌は神を称える歌だ。

 世界には様々な宗教があり、それぞれ違う神を信仰している。それらを賛美する歌が多くあるのだ。茜やルココも把握しきれない程に。

 その時、台座の上の玉に変化が。


「うぉ!?」


 突如、水晶玉が太陽光を打ち消すくらいに強く、赤く輝きだしたのだ。茜達を赤く染め上げる程に。

 これはキリカとルークの共鳴心動に玉が反応している証拠だ。


「茜っ」

「ああ!」


 触るのであればキリカとルークが唄ってくれている今しかない。

 茜は赤く輝く玉に手を置いた。

 すると玉は赤い輝きを徐々に失っていく。しかしそれは無色透明に戻るのではない。南国の空、茜の髪の色と同じ、澄んだ青色に変わっていったのだ。

 その光景に茜達は目の色を青く染められていく。

 そして次の瞬間、予想外の事が起こる。

 

「うわっ」

「ちょっと! なにこれ!?」


 地面が割れんばかりに震え、揺れ動いたのだ。

 かなりの揺れに茜達は立っていられない。

 茜とルココは台座にしがみつき、演奏を止めたルークはキリカが抱き留めて守っている。

 バンカー王国は複数のプレートの境界線にある。その為地震は多い。茜達の日和の国も多いがこれほど大きな地震は中々出会う事は無い。


「あ、茜! あそこ!」

「え?」


 茜は目を丸くする。

 ルココが指し示す先には信じられない事が起こっていたのだ。

 茜達が上陸した島からかなり遠いが広範囲の白波が立っていた。水しぶきが風に乗ってか、空に立ち上って一本の太い柱のようになっている。

 更に信じられない事に、何かが海面から顔をだした。


「あれはっ……島か?」

 

 茜は手でひさしを作って目を細めてみる。

 立てない程の揺れの中、島のような物が海面から姿を現した。

 どれくらいの距離かは分からない。だが水平線上にそれは確かに浮上したのだ。

 人は地球の傾斜から五キロ程までしか見れないと言われている。しかし茜達のいる場所からでも分かるくらいにその島はかなり大きい。


「何なのあれ……どういう技術よ?」


 ルココも手でひさしを作り、信じられないとばかりに呟いている。


「こりゃあ見つからない訳だな」


 ツクモが予想していたズレバー島よりもやや南でバンカー島寄り。そこは入り乱れるプレートの境。恐らく違うプレートに乗って南西に移動したのだろう。そしてその島は海底に隠されていたのだから見つかるはずがない。

 十年前の紛争時に戻って来た王族も見つける事が出来なかったのも頷ける。


「位置はギリー島の南くらいか」


 茜はおおよその位置をスマコンで確認し確信する。あれが宝の眠る島だと。

 その時、誰かに手を掴まれる。


「茜さん! 行きましょう!」


 それは先程までルークを抱きしめて守っていたキリカだった。逆の手にはルーク。

 宝まであともう少し。二人共一様に笑顔でワクワクを抑えられないようだ。


「ああ!」


 キリカの言葉に茜は元気よく返事をする。ワクワクを抑えられないのは茜も同じだ。

 地震もいつの間にか静まっている。今船で向かえば一番乗りできるだろう。

 そして茜はルココを見る。


「いくぞ! ルココ!」


 そして茜は逆の手でルココに手を伸ばす。

 だがルココは茜の手をすぐに取らなかった。何故かその手を驚いたように口を開けて、更に頬を赤く染めている。訝しげな目で見つめながら。


「ルココ様。こういう時は手を掴むのですよ」


 と、フォンがルココに耳打ちしてくる。

 友達という関係に少しトラウマがあるルココ。だから茜から差し出された手がとても嬉しかったのだった。

 昨日の死と隣り合わせのスカイダイビングでは茜がルココの手を取ったが、それはパラシュートの仲介をしただけ。友達同士で手を繋いだ、というにはあまりにも親しみに欠ける。

 茜も普段、手など繋がないのだが今は別だ。何故なら目の前にお宝が眠る島が姿を現したのだから。胸躍る衝動、沸き上がる好奇心が茜をそうさせたのだ。


「わ、分かってるわよっ」


 ルココはおずおずとルココは手を伸ばし茜の手を取る。

 

「うあっ!?」

 

 すると頭が置いて行かれる程の力でルココは引っ張られる。

 それはルーク、キリカ、そして茜の抑えきれない流行る気持ちで。

 風を切って白い砂浜を駆け、透明度の高い海を掻き分け、船に走る。こけそうになりながら、躓いて海に飛び込んでしまいそうになりながら。

 南国の青い空の下、ルココの頬は恥ずかしそうに色付いて、しかしその表情には満面の笑みが張り付いていたのだった。


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