光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第50話 ~お姉様って呼べ~

公開日時: 2023年8月13日(日) 08:59
文字数:3,872


 自分で自分を抱きしめてはしゃぐ雪見に、茜は鋭角に切れ込んだ。

 それは先程までの温かい空気を一瞬で凍り付かせるには十分だった。

 そんな状況に雪花はやはりか、と咀嚼を止めてしまう。更に雪見も目を瞬かせて茜をみる。


「やめた方がいいって……どうして?」


 そんな雪見の返しに、先程まで笑っていた茜は笑顔そのままに顔を俯ける。


「感謝されたって、英雄って呼ばれたって光君は喜ばないと思います」


 雪見はそんな茜の真意が分からず目だけで雪花を見る。

 雪花は申し訳なさそうに首を傾げて目を逸らす。

 こんなに険悪になった原因は雪花が雪見に四年前の事を話してしまったからだ。ばつが悪いのだろう。

 雪見は首を傾げて訳が分からない様子だったので更に茜は口を開いた。


「だって、それって自分の母親を殺してまで自分達を救ってくれて……ありがとうって意味ですよね」

「茜ちゃん、知ってたの?」

「聞きました。光君から」

「そう……」


 茜の今の姿はただの少女。光ではない。

 だからか、茜は第三者として光の姿では言いにくい言葉だろうとなんだろうと発言することができるのだ。そして光から聞いたとすれば先程の助言も、ただの小娘の戯言では済まなくなる。


「そうね」


 雪見は茜の表情を見て一つ目を瞑り、天を仰いで考える。


「でもね、救ってくれたのは事実だから……だから同時にごめんねも言わないとね」

「ごめんね?」


 そんな雪見の言葉の意味が茜には分からない。茜は逆に首を傾げてしまう。


「本当は私達大人が追い払わないといけないのに、まだ子供の光君にさせてしまった……そればかりか自分の母親を殺させてしまったから」


 数多いる桜之上市民の中から、当時十二歳の少年が被害を最小限にとどめて街を救った英雄となった。

 であば他の大人たちは何をしていたんだ、という事になる。

 だがその雪見の反省も茜にはお気に召さなかったようだ。


「それも……やめた方がいいと思いますけど」

「え? それも?」

「無理にやらされたわけじゃないし、光君自身が自分の意思でやった事だから」


 思ったことを何のためらいもなくスラスラと話せるのは少女の姿になって初めて役に立ったことかもしれない。

 茜は誰かに頼まれて天空都市を退けたわけではない。自分で決めて自分の手で平和を勝ち取ったのだ。

 家には母は仕事でほぼ返ってこない。兄も友達の家を放浪していてろくに帰ってこなかった。だから茜は人一倍自立心が強いところがある。

 だから母を殺した責任は光にあり、雪見に謝る権利はない、というのが茜の見解だった。

 

「成程ね」

 

 雪見は感心したように茜を見て真剣にうんうんうんと頷いている。


「って、私が思った感想なので別に深く考えないで下さい」


 自分で勝ち取った平和であれば褒められてもいい。それで自分が怪我をしたのであれば、謝罪も受け入れるし大した事ないと笑い飛ばすことだってできる。

 だが今の平和は自分ではない人の命を犠牲にして掴んだ平和なのだ。その犠牲は実の母なのだ。たいした事ないと笑い飛ばす事なんて出来ない。

 真剣に聞き入る雪見に耐えられなくなったのか、茜はおどけるように笑う。

 雪見の申し出はありがたいが素直に受け取れるものではないのだろう。


「謝りたいなんて私のエゴって事か~……厳しいな~、でも何かしたいのよね~……感謝したいし謝罪もしたい私の気持ちはどうしたらいいのかなぁ?」

「それは……わからないです」


 光の気持ちをまるで聞いてきたかのように語る茜が何でも分かると思ったのだろう。

 だが雪見の質問には茜も明確に答える事が出来なかった。

 茜自身、何をして欲しいのか分からない。代弁者を語って言いたい放題できる今でも。


「あはは、そうよね。ごめんね」

「お帰り、でいいんじゃない?」


 そこへ沈黙を決め込んでいた雪花がそんな単純な言葉を吐いてまた唐揚げを一つ端で掴む。


「感謝も謝罪も何もいらないなら普通にお帰りって言えばよくない?」


 特別な何かが不要であれば普通の言葉をかけてやればいい。

 雪花は面倒くさそうな顔をして茜を見つめている。恐らく適当に言っただけなのだろうが雪見はいくらか目を瞬かせ雪花の頭に手を置いた。


「雪花、あんたたまにはいい事言うわね! 頭よしよししてあげる!」


 雪花は唐揚げを頬張りながら雪見の手を鬱陶しそうに何回も手で払う。


「何恥ずかしがってんのよっ」

「もう鬱陶しいなぁっ」


 その様子を見て仲がいいなぁと、茜は先程までの冷たい笑みに少しだけ暖かさが足された。そのような親子関係を茜も母としたかったのかもしれない。

 それを雪花は見逃さなかった。

 何か思いついたように立ち上がり、茜を持ち上げる。

 茜の体は小さく軽い。強制的に席を立たされた茜は雪見の前に運ばれる。


「何すんだ雪花っ」

「今のうちに練習しておけば?」


 驚く雪見に雪花はそんな事を言う。


「練習? って何を?」

「丁度さ、光の気持ちがすごーく分かる茜がいるんだし。お帰りって言ったらどんな反応するか見れるんじゃない?」


 茜と雪見は雪花に向けていた視線を互いの目に向ける。

 これは雪花の、正体が光であることを隠して好き放題言っている茜への仕返しだった。


「阿保らし……さっさとはな――」

「来なさい光君!」

「えっ?」


 突如茜の本名を呼ぶ雪見。

 雪見は腕を開いてウェルカム体勢だ。

 

「ノリノリ!?」

 

 雪花はニヤニヤと茜を見ているだけ。雪見はずっと腕を大げさに広げたまま動かない。


「遠慮しないで! さあ!」


 更に雪見は茜を煽る。

 もし本当に男の光が来たとして、今の雪見の表情は有り得ない。何故ならどこかのマスコットキャラクターに抱き着こうという類の、とろけた表情をしていたからだ。

 茜は誰がどう見ても美少女。それを単に抱きしめたいのだろう。

 茜はそんな雪見に一礼する。


「すみません」


 そう言って身をひるがえして逃げようとする茜を雪花が捕まえて反転させ、更に突き飛ばした。


「行きなさいって!」


 茜は小さな悲鳴を上げて雪見の胸に飛び込んだ。身長差から、雪花程ではないが柔らかな胸が茜の顔に押し付けられる。

 直ぐに離れようとする茜を雪見は逃がさない。ぎゅっと茜が潰れそうな程にきつく抱きしめて目を瞑る。そして耳元に顔を近づけて一言。


「お帰りなさい。光君」


 と、茜に優しく囁いた。

 約四年ぶりに会った雪見の言葉。天空都市襲撃からこっち顔も見せなかった。

 だが雪見はずっと心配してくれていた。

 茜は懐かしさと気恥ずかしさ、そして嬉しさでどんな顔をしていいか分からなかった。ただ顔は赤く染まり、それを雪花に見られまいと顔を俯かせる。


「ほーら光君、帰ったらなんて言うんだっけぇ?」


 雪花はニヤニヤとした表情で茜の本名を堂々と呼びながら顔を下から見上げてくる。目を細めてとても楽しそうだ。


「あれれ~、なんて言ったらいいかも分からないのかな~? お母さんは礼儀には厳しいわよ~? 言わないと放してくれないぞ~?」


 まるで小さな子供に礼儀を教えるような口調。

 茜は雪花を睨みつけるがその状況が好転するわけではない。


「睨みつけても何も変わらないぞ~?」


 恥ずかしさと、雪花への怒りで茜の顔は真っ赤に染め上げられる。

 だが雪見は放してくれない。それを解除する呪文は一つしかない。


「た、ただい……」

「え? 聞こえないぞ~?」


 この娘にしてこの親有りという事か。雪見まで茜を小さい子扱いだ。

 茜は舌打ちしたくなるのを抑えて再度口を開く。


「ただいまっ」

「はい、よくできましたね~」


 茜は雪花を再度睨みつけようとするがそこにはもういなかった。席に着き、もう目の前のおかずに夢中だった。


「はぁ~、このツンデレ美少女感……たまんないわ~」


 雪見は茜を抱きしめながらそんな事を言う。雪見は更にぎゅっと茜を抱きしめて頬ずりしてくる。


「しかもすべすべなお肌」

「……あの、もう放れてもらってもいいですか?」

「ええ~、もうちょっと抱きしめさせて欲しいな~」


 雪見は茜を抱きしめたまま、ゆらゆらと揺れる。茜は抵抗することなく、なされるがままだ。


「そうだ、茜ちゃん、両親いないのよね」

「そうですけど」


 いきなりなんだと茜は早く放してくれと願うだけだ。

 一応母は死亡、父は行方不明。という設定になっている。今現在両親はいないという表現は的を得ている。恐らく雪花が茜を運ぶときに説明したのだろう。


「じゃあいっそのことうちの子にならない?」

「え?」


 雪花が一つの唐揚げを口に放り込んだ直後、咀嚼が止まった。

 本気か、と茜が雪見を見上げると顔はとろとろにとろけている。茜の美貌は女性にも有効らしい。

 雪花の頬張る唐揚げが口内でいつ噛み千切られるのかと恐怖している中、更に聞き捨てならない一言が飛び出してくる。


「前から娘が欲しいなって思ってたのよ~」


 雪見は茜の頬に頬ずりしながら実の娘の目の前でそう吐き捨てる。

 唐揚げを頬張ったまま雪花は喋れず自分で自分を指さすが雪見は見もしない。

 雪見はたまにそんな冗談を言うのだ。

 茜が小さい頃、母に連れられて初めて雪見に出会った時も似たような事があった。

 前から息子が欲しかった。自分の息子にならないかと。今回もそんなノリで言ったのだろう。

 だから茜は慣れていた。

 

「私のお小遣い高いですよ?」


 だから返しもお手の物だ。


「そっかぁ、うち貧乏だからなぁ……」


 口惜しそうに言ってうなだれるが腕の力がなかなか緩まない。半ば本気だったのかもしれない。

 

「でも頑張っちゃうっ」


 などと、雪花を尻目に前向き宣言だ。

 茜は拘束される中ため息をつき振り向いて固まったままの雪花を視界に入れて口を開く。


「お姉様って呼べよ?」


 雪花の口の中の唐揚げが悲鳴を上げて切断され、肉汁が口の中一杯に溢れるのであった。


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