「バンカー王国という島国を知っていますか?」
「はい! 知ってます! 最近テレビで特集やってました! 海とビーチが綺麗でホテルも豪華だって!」
雪花は目を輝かせてセレナを見つめそう答える。
バンカー王国とは人口百万人程の小さな島で二つの部族が住んでいる南の国だ。雪花の言うようにリゾート地で有名な常夏の島となっている。
だが茜の表情は冴えない。
「どうせまたナインコードなんでしょ?」
「話が早いですね。今回は雪花さんと剣君、三人で任務にあたってもらおうと思っています」
茜の問いにセレナは満面の笑みで応える。
それを聞いて雪花の表情は固まって、そしてゆっくりと無表情になった。
ナインコードに雪花はいい印象がない。深海六千メートルに引きずり込まれ、死にかけたのだから。
しかしここで一つ問題が。
「雪花は良いとして、剣にどう説明を?」
剣と雪花は既にファウンドラ社のセレナの部隊に配属されているから良いとして、茜は一般人の設定。それを剣にどう説明するのか。
「今回の獄道組の件で強く度胸もある事が判明した。理由は茜さんは世界を回る為、特別な訓練を受けていたから。そう説明しました」
だから茜を任務に同行させても支障はないと既に剣には説明済みのようだ。
「更に頭もいいし可愛いので何か役に立つかもと」
そんなセレナに「可愛いは重要ですか?」と雪花が尋ねるとセレナからは「当然です」と返って来たのだった。
「あとは茜さんの護衛だけにかまけていられないと、トップのエージェントであれば護衛しながらの別の任務もできなければ、とも」
ファウンドラ社トップの実力を誇るセレナの部隊。
その一人をいつまでも茜の護衛に使える程ファウンドラ社は暇ではないという事だろう。
「相変わらず、剣には容赦ないですね」
「愛の鞭です。詳細は桜之上学園で近日考古学の特別授業を予定している、ツクモ教授にお聞きください」
茜はその名前に覚えがある。
古代の遺物に記載されているアズール語を解読し「紐の悪魔」と伝えてきた人物の名前だ。正しくは「包帯の悪魔」だった事からまだ完全に解読出来たわけではないだろう。
だが天空人が使用したアズール文字を解読できる考古学の権威として有名な教授だ。現在はファウンドラ社付属の大学で教鞭をとっているとの事。
「あ、あの~……考古学の教授が絡んでいるって事は、人と人との殺しあ……闘いはあまり無いんですよね……」
と、雪花はもう怖い思いはしたくないと、セレナに尋ねるが「ありますよ」と即答されて机に顔を伏せった。
「今回はバンカー王国で出土した古代の遺跡から、国を買える程の財宝が眠っているとの情報を得たようなのです」
その言葉に雪花は顔を上げ体を起こし、目を見開いた。
「成功報酬はその一パーセント程となっております」
「国を買える程の……一パーセント? 日和の国の国家予算が一兆ウルドだからその一パーセントで百億ウルド!? それを三人で分ければ一人三十四憶弱ウルド!」
「弱ウルドってなんだよ」
と、茜はつまらなそうに雪花に突っ込む。
日和の国の国家予算を計算に当て嵌める事を置いておいて、そんなお金何に使うんだと突っ込みたくなる茜。
そんなつまらなそうな茜にセレナは不敵な笑み。
「今回の宝の中には真実の鏡という代物も眠っているようですよ」
「真実の鏡?」
「はい、そこに自分の体を映すと元の姿に戻ることができる。たまに昔話で出てきますよね?」
というのは醜悪な魔物に変えられた王が国を破壊し、周辺国を恐れさせた。その王に隠された真実の鏡を勇者が奪い取り、元の姿に戻す、と言った有名なおとぎ話だ。
「またオカルトですか」
「そうです。ですがそのオカルトが現在猛威を振るっているわけですが」
「まあ、そうですね」
それはもちろん茜達が煮え湯を飲まされた古代の遺物に記載され、現実となった終末の悪魔の存在。
それらと同じアズール語で書かれた古代の遺跡からの情報。もしかしたら茜も元の姿に戻ることが出来るかもしれない。
「それよりもルイスの所在はまだわからないんですか?」
「はい、皆目見当が尽きません」
セレナは言ってニコリと笑う。
そんな軽い返答に本当に探してくれているのか不安になる茜。だがルイスは神出鬼没と言われている存在。ファウンドラ社もルイスが飛空艇に乗り込んでいる情報を持っていなかったくらいだ。そう簡単につかめる情報ではないだろう。
「あ、あの、聞いている限りだと全然危なくなさそうですが、何がそんなに危険なのでしょうか!?」
たまらず雪花が尋ねる。
本当は危険などなく、いつものセレナの妙な言い回しなのではと、雪花は期待しているようだ。
だがセレナの言葉が雪花の淡い期待を打ち砕く。
「実はこのお宝の情報がキックスという犯罪組織に漏れたようで、一刻も早い宝探しが求められるようなのです」
「キックス……は、犯罪そし……」
つまりこの犯罪組織を潰すか、出し抜いて古代のお宝を先に見つけ出さなければいけないようだ。
雪花は背もたれに体を預け、天を仰ぐ。
「また危険な事……なんですね……」
「という事で、後日詳細な資料とチケット等を送付します」
「はーい」
「はい……」
茜は呑気に、雪花は元気なく返事をしたのだった。
「あと、茜さんにこれを」
と、セレナが差し出してきたのは手の平には少し大きいであろう金属製の銀箱。
「これは?」
「収納石突きの箱です」
「ああ、それは助かります」
茜はセレナに礼を言うが雪花はよくわからず首を傾げ「これなに?」と問う。
すると茜は自分の首からネックレスを取り出し机に置くとエメラルド色の収納石が二つくっ付いている。
「ここにショットナイフと青桜刀があるだろ?」
「うん」
「これをこの箱に入れる」
「うん」
「二つの収納石を外して箱に入れる」
「うん」
「そして箱を収納石にしてネックレスにし、首に掛ける」
「で?」
「するとこんなふうに」
と、茜が手を伸ばすと青桜刀が出現した。
だが刀を出すと驚かれるので直ぐにしまう。
「いつでも取り出せるし、首には一つの収納石で済む」
「はぁ~、なんかゲームで言う所のバッグ拡張ね」
「そんな所。でもまだ二つですけどどうして?」
現在さほどかさばっているというわけでもない。なのに何故セレナはこの収納箱を茜に贈ってくれたのか。
「雷地君に貰ったペンダントを入れておくのにちょうどよいかと思いまして。肌身離さず持っておきたいでしょう?」
との事。
確かにずっとポケットに入れておくのももし穴が開いたりしたら落としてしまう。
首に掛けておけばよいかもしれない。だがもしそれを知っている人物に鉢合わせでもしたら茜の正体がバレる可能性もある。何故葵家の写真を茜が持っているのかと。
「ああ、確かに……って」
ここで茜は一つ疑問が。
「なぜセレナさんがその事を知っているんです?」
「なぜって、昨日……」
セレナが言うように雷地からペンダントを貰った事を話したのは昨日。
だがこの箱はそこらへんのスーパーで売っている代物ではないのだ。となればセレナがここに来る前に用意していた筈。
雷地にペンダントを貰った事を何故ここに来る前のセレナが知っているのか、という事が茜は疑問だったのだ。
「……まさか、隠しカメラを?」
「……はて……何のことでしょうか?」
セレナはすっとぼけた。
茜はジト目でセレナを睨み、セレナはそっぽを向く。
「はぁ……まあいいです。帰って探しますので」
「あ、あはは、あるといいですね」
「……一つ気になる事があるのですが」
「はい? 何でしょうか?」
「その……私が風邪を引いた時……映ってますよね」
茜は何故か言いにくそうに、そっぽを向きながら言う。
雷地が茜にペンダントを渡した所をカメラが録画している。
とすればそれ以前の場面が映っている筈なのだ。
「カメラがあるとすれば映っているのでしょうね」
「だったらその……剣が私の背中を拭ている所とか映ってませんでした?」
「え? あんた剣に背中拭かせたの?」
「だって拭きたいって言うから」
剣は正確には拭いてやると言ったのだが、茜はそれは伏せる。
「うわぁ……あんたその内襲われるわよ?」
「あの剣だぞ? 襲う度胸なんてないって」
「え~そうかなぁ。男は皆狼なのよ?」
と、話が逸れ、セレナがため息をついて一安心している所に茜が斬り込んだ。
「で、セレナさん。そこに何か大変な場面とか映ってませんでした?」
とは、剣がギャリカにそそのかされ、茜の背中を舐めようとしていた所だろう。
隣に雪花が居るので茜も「大変な場面」と、あいまいな事しか言えない。
「た、大変な場面とは?」
セレナは何のことか分かっている。
だが剣の名誉のためにそれは言えないのだ。
「大変な場面というのはその……剣が私に何か変態的な事をしていないかとか」
「はぁ……例えば?」
セレナは答える事が出来ない。だから茜にどんな変態的な行動なのかを尋ねる。
だがもちろん茜もそんな変態的な行動の詳細は言えるわけがない。言えばそんな妄想をした茜が変態となってしまうのだから。
「い、いえ……何でもないです」
と、茜の追及は終わったのだった。
その後に雪花が変態的な行動の詳細を茜に問うが茜は知らん顔だ。
「まさかっ! あんたパンツに血とかついてなかった?」
雪花のそんな言葉に茜はすぐさま否定する。
「ついてねぇよ!」
だが先程の雪花の言葉が頭をよぎる。
男は皆狼だと。
「……え? つ、ついてねぇよ! ついてねぇよなぁ!?」
「し、知らないわよ! あ、こんな所で確認してんじゃないわよ!」
などと、雪花の逞しい想像力に茜はしどろもどろでスカートをめくり上げ、確認しようとする。それを雪花が全力で止めるのだった。
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