光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第32話 ~人質救出~

公開日時: 2023年7月26日(水) 09:02
更新日時: 2023年7月26日(水) 17:26
文字数:5,841


 一行は大エレベータに乗り込み、飛空艇アシェットの最下層へ移動する。そこにも手すりや柵のようなものは一切ない。メインエレベータという名のただの金属板だ。

 昇降路の壁は剥き出しになっており多少の隙間ができている。屋上から最下層まではかなりの距離があるはずだ。隙間から足を滑らせれば硬い金属に体を打ち付け、ただの肉塊に変わる。

 薄暗く寒い中、一行はメインエレベータで最下層のベースフロアまで降りた。ベースフロアは荷物を運び入れる用のフロアだからだろう、意外にも明るかった。

 最下層は中央部が吹き抜けとなっていて、それを突き抜けるように運搬用のクレーンがあちらこちらに設置されている。

 目の前にはアシェットに乗り入れた船が水の上で停泊している。その甲板には例の大きな鉄製の箱が鎮座していた。


「あれをさっさと開けろ」

「よっし、皆やるぞ」

「うぅ、思ったよりも寒いな……」


 部下達は寒さで震えながらメインエレベータから機材を運び出していく。


「お前は休憩してる奴等を呼んで来い」

「はい」


 ダニアが指示を出したのは屋上で待たされていた部下。

 ダニアは茜と雪花に視線を移し、更に指示を出す。


「この人質はどうします?」

「部屋に閉じ込めておけ」

 

 そう言ってダニアは無線機を取り出した。地上の誰かと連絡を取っているのだろう。

 茜は考える。今後のハイジャック犯の動きと、自分達がどう動くべきかを。

 分かっている事はハイジャック犯達は古代の遺物を金属の箱から出すらしいという事。

 会話から推測するに、恐らく黒幕となる人物が深海まで出向き、古代の遺物で何かするのだろう。

 黒幕となる人物はまだ来てはいない。バブルエレベータが海上に戻っていったのだからそこから来る事は間違いない。

 茜としては人質として捕らわれたまま時間を稼ぎ、誰かが降りてきたら何が行われるか様子を伺い、折を見て制圧したい。海上にも人質がいるがそこはセレナが二人、要員を用意する事なので大丈夫だろう。その二人とは茜や剣の同僚で間違いない。


「じゃあ、お前も一緒について来い」


 雪花に優しくしてやっていた男が呼ばれ、二人で人質となった茜と雪花を連れていくつもりらしい。


「俺も行く」


 と、そこに入り込んだのは剣だった。

 人質となっている二人を放っておくわけにはいかないと思ったのだろう。連れて行かれて何をされるか分からない。

 だがそんな剣の提案は直ぐに却下される事となる。


「ん? そんなにいらねぇよ。機材降ろすの手伝って来い」

「いや、でも」

「あ、お前もしかして」


 茜と雪花を見やった後、視線を剣に向けて男はニヤリと笑う。


「はっはーん、お前って奴はスケベだなぁ……そういうのはもう少し後でだ。確かに、この二人の人質は可愛いが」

「いや……そういうわけでは」

「うーむ、いや待て、確かに可愛いし胸もでかいな」


 そのハイジャック犯は雪花の胸に顔を近づけ、ニヤニヤ笑う。その流れで茜の顔を見るや否や目を丸くしてまじまじと見つめていた。雪花は睨み返し、茜は何故か微笑み返す。


「うん、か、可愛いな……でも駄目だ。急ぐらしいし」

「……わかった、わかったよ」


 あまり無理強いしても怪しまれる。剣は両手をあげて降参の意を示し、背を向けて機材を降ろしに向かう。

 茜はそこでがくりと肩を落としてしまう。

 茜としては剣にここで口八丁手八丁で人質に無理やりにでもついて行き、ダニア達に見えないところで残りを制圧して欲しかった。そして古代の遺物で何が行われるのか、ゆっくり観察すればいいと思っていたのだ。それを簡単に引き下がるのだから呆れてものが言えない。

 だが何か言ってやりたい茜は関係を疑われず且つ剣を貶める言葉を思いついた。

 

「どスケベ」

 

 その一言に剣がとっさに振り向いた。

 言ったのは他でもない茜。とても不満そうな表情で。皆に聞こえるような大きな声ではっきりと。


「……なんでだよ」

「おい兄弟、あまり落ち込むなよー!」


 だがそんな茜の気持ちを剣が分かるはずもなく、しぶしぶといった感じで剣は機材を降ろしに向かうのだった。


「ほら行くぞ」


 先行してバブルドームを形成したのはせいぜい五人程だろう。それくらいであれば剣なら周囲にバレず制圧できるのだが。

 茜と雪花は一つ上のフロアに連れられて行く。そこは乗船員達が飛行時間中に寝るだけの船室だ。

 そこへ続く通路には防水シャッターが備え付けられていて、それがこじ開けた跡があった。横の壁とシャッターの接地面にえぐったような。シャッターはぐにゃりと曲げられ、人一人が身を低くして跨いで通れるくらいの穴が開いている。


「ここ通って」

 

 そこを通り一つ目の部屋の扉を開くと二段ベッドが両サイドに二セットずつ並んでいた。そこにハイジャック犯の仲間と思われる男が五人、毛布にくるまってい横になっていた。

 しかし寝てはおらず扉を開いたことで五人の視線がそこに集められる。


「ダニアさんが着いた。さっさと来いってよ」

「やっとか」

「はぁ……寒いんだよなぁ」


 屋上にいた男が言うと、男達は愚痴もそこそこに欠伸をしながらベッドから降りる。そして背伸びをしたりして体を慣らし、扉から出ていった。

 

「ん? 何だ、このお嬢ちゃんたちは?」

「ああ、人質だよ。ここに閉じ込めておけって」

「へー………へへっ」


 周りのハイジャック犯より一回り体格のいい茶髪の男が、雪花と茜を見定めるように顔を近づけてきた。そして下卑た笑いを浮かべる。


「おい、この人質は俺達が見ててやるから、お前は下で手伝ってろ」


 屋上で出迎えた男はやれやれとばかりに肩をすくめる。そして「なんて説明しよう」と呟いて元来た廊下を帰っていった。

 茶髪の男はすぐ後ろで同じような笑みを浮かべていたスキンヘッドの男の肩に手を掛ける。


「さて、俺達はお楽しみタイムといこうぜ」

「ああ」


 仲がいいのか、それともこの傭兵団の中で序列が高いのか、二人はやりたい放題だ。


「それとお前」


 と、スキンヘッドの男が顔をニヤつかせて視線を向けたのは、まだ目出し帽を被っている新人のハイジャック犯だった。


「俺? 何ですか?」

「お前、新人だったな」

「ええ、まあ……」

「外見張っとけ。もし逃げ出したらぶん殴って捕まえろ」

「分かりました」


 茜と雪花は船室に通され、新人のハイジャック犯は扉のすぐ前で待機する事になった。茜達が逃げ出せば取り押さえるつもりだ。

 男二人は人質二人と扉の間に陣取った。逃げ出せないように。


「さて、俺達は海に潜って体が冷えてしまってるわけよ」

「おまけに寒い。何をしたらいいか分かるよな?」


 ニヤニヤしながらいやらしい表情で男は茜達に迫り、尋ねる。

 この状況下で男二人が何をしようとしているか、鈍感な雪花でも分かる。

 

「な、何したらいいか分からないです! 近づかないで下さい!」


 雪花は茜の前に立ち、気丈に振舞う。

 そんな様子に男達からは乾いた笑いが返ってきた。

 ハイジャック犯は顔を見せている以上、生きて返す気はないだろう。そこへ見た目超絶美少女の茜が連れてこられればどうなるか。ハイジャック犯の欲求を満たす為、なぐさみ者にされるのが相場だろう。

 

「なんだ、こういうのは始めてか?」

「そっちの小さなお嬢ちゃんはどうしたらいいか分かるな?」


 向けられる質問に茜は少し思案したかと思うと恥ずかしそうな表情をして少しうつむき加減になる。

 そして頬を蒸気させて口を開く。


「体を重ねて互いの体温で暖め合う、かな?」


 少し困ったような表情で、白い息を吐きながら上目遣いに答える。

 生娘のような表情をしながらギャリカのような言葉を吐く茜。雪花は顎が外れるくらいに口を開けて呆然と茜を見る。

 それとは対照的に満足気な表情を浮かべる男達。


「そう! そうだよ! へへっ、分かってるじゃねぇか」

「抵抗はしない方が身の為だ。分ったな?」


 スキンヘッドの男はいかつい腕で拳を作って暴力を連想させる。年端もいかない少女に卑劣な脅し方極まりない。

 そして二人の男は手をわなわなさせて近づいてくる。


「よし雪花、あいつら倒せ!」

「え?」


 突如倒せと言われた雪花は茜を見て真意を確かめる。不敵に笑い、冗談でもない表情で頷いてくる。

 男達も茜を一度見て、次に指示された雪花に視線を移す。雪花も同時に茜から男達に視線を向けると目が合った。


「ちょっとどういうこと!?」

「だから倒していいって事だよ、どうぞ」


 その茜の言葉に一瞬、沈黙が流れた後、男達は大笑いだ。


「おいおい、お嬢ちゃんそれは何の冗談だ」

「それとも何か? 押し倒せって事か?」


 まだ男達は大笑いしている。

 雪花はセレナに言われたことを思い出す。自分に与えられた任務は茜を守る事だ。


「まあそれもいいか。よし、俺の胸に飛び込んで来いよ!」


 茶髪の男は手を広げてウェルカム体勢だ。

 雪花は震える手で拳を作る。


「て、ていやああ」


 情けない掛け声とともに雪花は茶髪の男の腹に拳を打ち込んだ。

 屈強な男の腹に十六歳少女の鉄拳がめり込んでいく。

 しかしそんな攻撃が効くはずがない。と、そう思っていたのは男達だけであった。

 雪花の拳は男達の予想を裏切り、どんどんめり込んでいくのであった。ついには男の腹筋で覆い隠され見えなくなる程に。


「ぐはっ」


 雪花の拳は的確に男の鳩尾にめり込んでいた。

 男はたまらずに膝をつく。


「お? おいおい、お前何やって」


 茶髪の男は腹を手で押さえて悶え、透明の液体を吐きだした。

 そこでスキンヘッドの男も何が起こったか理解しただろう。

 雪花は見た目通りのか弱い女の子ではない。こう見えても一応レゾナンスだ。

 練度は低いがバドルのように身体を強化する事が出来る。

 そして強化された拳は、完全に油断していたとはいえ一撃で屈強な男を倒す程らしい。それが分かったスキンヘッドの男は雪花を睨みつける。


「この女っ、レゾナンスか!」

「ひっ、ごめんなさい!」

「ふざけやがって! このっ!」


 怯える雪花。

 鬼の形相でスキンヘッドの男は雪花に迫る。

 左腕は雪花を捕まえようと、そして曲げた右腕は拳が握られている。

 

「い、いやあああ」


 雪花は男の左手を取って捻る。

 雪花は一応ファウンドラで訓練は受けているのだ。軍人くらいには戦える体術と技術を持っている。

 だが臆病なので実戦はこれが初めてだった。雪花は目を瞑って無我夢中で腕を捻り続ける。同時に聞こえてくるのは男の声にならない悲鳴と、ボキボキボキと腕の骨が折れる音。


「ぐあああああ!」


 男は腕を抑えて床をのたうち回る。

 だが雪花は冷静ではない。体を何度も回転させ、フォークダンスを彷彿とさせる動きで何周にもわたって男の腕を捻り倒している。これ以上やったら腕が千切れてしまうのではないかと思うくらいに。

 そしてそのフォークダンスの相手はその激痛に耐えられなくなったのか、気を失ってしまっている。


「ゆ、雪花……もうそれくらいにしてあげて……」


 若干引き気味の茜が言う。はっと我に返った雪花は力なく頭を垂れる茶髪の男に短く悲鳴を上げて飛び退き、茜に抱き着いた。

 そしてその男の曲がりくねった腕を見て一言こういった。


「やばっ、怖っ」

「怖いのはお前だよ? 鬼かよ……ちょっと放れてくれる?」


 茜の突っ込みの直後、腹を打ち抜かれた茶髪の男が立ち上がる。どうやらフォークダンスが長すぎたようだ。

 恥をかかされたとばかりに顔を真っ赤に染め上げ、雪花に怒りを込めた眼差しを向けてくる。


「くそっ、この女!」


 男は腰に備え付けられていたナイフを引き抜いた。

 

「許さねぇ!」

「ひぃいい! ごめんなさい!


 少女に対して拳だけでなく、ナイフを出すなど恥の上塗りにしかならないのだが。さすがにナイフを出されると雪花でも荷が重いだろう。

 だがその場面で、次は茜が雪花の前に立ちふさがる。手には青桜刀が握られており、気づいた時には既に青い閃光がスキンヘッドの男を襲っていた。

 直後、キーンという乾いた綺麗な音が響く。

 

「な、何っ!?」


 すると男の手からナイフが消え去っていた。何故なら男が持つナイフの柄尻部分を茜が青桜刀で下からピンポイントで弾き飛ばしたのだ。上を見ればナイフは天井に突き刺さっていて落ちてこない。

 丸腰の男と対峙するのはレゾナンスの雪花とピンポイントでナイフの柄尻をピンポイントで打ち抜く青桜刀の持ち主、茜。どちらに分があるか一目で分かる。


「く、くそっ!」

「あ、逃げた」

「やばいんじゃないの!?」


 茶髪の男は雪花と茜の青桜刀とその技術に恐れをなし、背を向けて逃げ出した。

 外には見張りの新人の男がいるはずだ。その男に知らされ仲間を呼ばれたら不味い事になる。

 だがそんな雪花の心配は杞憂に終わった。

 茶髪の男が扉を開けた瞬間、その頬に分厚い拳がめり込んだからだ。


「うぐっ」


 蛙の潰れるような声と共に男は倒れ金属の床に打ち付けられる。

 男を殴り倒したのは言うまでもなく、扉を見張っていた新人のハイジャック犯だ。


「な、なんで……」

「言われましたから。もし逃げ出したらぶん殴れって」


 その言葉を最後まで聞いて、茶髪の男は廊下に頭をこすりつけ、意識を失った。


「君達、なにもされなかったかい?」

「へ? どうして?」


 雪花は目を丸くする。

 何故仲間である筈の男を殴り倒し、自分達を救ってくれたのかと。

 雪花は訳が分からず、茜を見ると特に驚いた様子がない。恐らく茜はこの男が誰であるか知っているのだろう。


「あんた……どういう事か教えなさいよ」


 茜は目出し帽を被ったハイジャック犯に近づいて見上げて微笑んだ。

 

「私もよく分からないけど多分この人は」

「この人は?」


 全く警戒心を見せない茜。その行動でハイジャック犯の男も察したのだろう。

 

「やはり……君には見抜かれていると思っていたんだ」


 男はニコリと笑い、目出し帽に手を掛ける。正体を明かすつもりだ。

 

「この人は、あいつらに代って私達とイチャイチャしたいって、思っていたんだと思う」


 真面目な顔をしてそう断言する茜に、男は目出し帽を引っ張って脱ごうとしたのを止めた。

 

「あれ? 違うなぁ……やっぱり見抜かれてはいなかったかも」

「やっぱり敵!?」


 雪花が再度構えたところで、ハイジャック犯は目出し帽を脱ぎ去った。

 

「違う違う! 僕だよ、ほら」


 その正体は雪花も茜も見知った顔だった。

 癖のある少し長めの金髪。目出し帽を取って少し乱れている。

 

「ああ! あなたはさっき、バーで会った人!」

「さっきぶりだね」


 目出し帽の下から出てきた素顔は雪花と茜がハニートラップをかけて遊んでいたクリスだった。


「やあクリス、いい天気だね」


 そして海底六千メートルの極地で茜はそんなジョークを炸裂させたのだった。


「もうやめて……」

「あはは」


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