得意げに言うキリカに案内された場所は島の端。目の前には大きな岩石があり、その下の地面はキリカが言うように確かに硬い。
「それで? 硬いのは分かったけど、ただの岩のような?」
茜はサンダルでこんこんと踏みしだいて口を開く。
目の前の岩石に繋がった岩が足元に埋もれているだけなのだろう。ルココ達もこんこんと音を鳴らしてみるが何の変哲もないただの岩だと、残念そうな視線を茜に向ける。
「キリカもこっち側か」
というのは先程結成した役たたーずの事だろう。
「ちゃんと良く見て下さい! 何か妙に平らなんですよ! 人工的な何かを感じませんか!?」
「言われてみれば確かに」
キリカに言われ、茜達は試しに足元の岩の上にある砂を払ってみた。
「これはっ」
すると平で円形の岩の上であることが判明する。
「茜さん! これ見て下さい!」
そこでキリカがまた何かを見つけて茜を呼ぶ。
行って見れば円形の岩の中央、そこにはまた円形の溝のような切れ目があった。
「これは当たりかもしれないな」
「え!? 本当ですか!? いやぁ、やっぱり私って出来る女ですかね!?」
「ああ! お前は役たたーずじゃない! リーダーもキリカを見習えよなっ」
「いつから私がリーダー……」
役たたーずのリーダーであるルココは疲れたように溜息だ。
「それで? これからどうするの?」
「どうするんだ? 出来る女、キリカ」
「え……」
茜が問いかけるもキリカからは何も返ってこない。
「キリカ……」
茜はキリカの肩をポンと叩いて役たたーず入団を勧めてくる。
「い、いやっ……」
キリカは首を振って断固拒否する構えだ。
だが正直言って役たたーず筆頭のルココも茜もその先は分からない。
鍵穴から覗いた鍵は恐らくこの岩でできた円形の足場なのだろう。だがその鍵の使い方が良く分からない。
それも仕方ない事だった。茜達が持っている情報は鍵を見つける方法と壁画だけなのだから。
しかし茜のバックには考古学者であるツクモがついている。
「よし、ちょっとツクモ教授に連絡とってみる」
何か力になってくれるかもしれないと、茜は皆から少し離れ、スマコンを取り出し、取り合えず雪花に連絡を取ってみる。
『もしもし、茜?』
「あ、雪花? どうだドローン操作は。慣れたか?」
セレナの話では雪花の仕事はドローンでキックス犯罪集団の動向を探る事。
『まあまあね、鳥型のドローンで空から見張ってるんだけどちょっと楽しいかも。戦わなくていいし楽でいいわ』
茜が雪花の調子を尋ねるとそんな明るい言葉が返ってくる。
臆病な雪花らしいと言えば雪花らしい反応だ。
だがファウンドラ社の依頼は何も戦う事が全てではない。偵察する事もまた大切な要素の内なのだ。
「そりゃよかったな。それで、そっちに今ツクモ教授いる?」
『近くにいるわよ』
茜は雪花に言ってツクモ教授と代わってもらう。
今はチェントロ遺跡の壁に描かれた他の文章を解読している筈だ。何か情報が増えているかもしれない。
『こちらツクモだ。君は今ギカ族の村にいるらしいな』
茜の動向はセレナが情報を取捨選択し、雪花や剣に伝えている。そこからツクモも茜の動向を知ったのだろう。
「ギカ族の人達と協力して鍵穴を見つけました。それを覗いた先に一つの島があったので今その島に」
『なに! それはでかした!』
鍵穴を見つけたという茜の言葉にツクモはにわかに色めき立つ。
『だが私に連絡してきたという事はまだ鍵が見つかっていないという事だな?』
宝を見つけたのであれば雪花にその場所へ来るように言えばいい。だがわざわざツクモを指名した、という事はそう言う事だと察してくれたようだ。
「恥ずかしながら。ただ人工的な円形の硬い足場を見つけました」
『足場……ふむ』
そこでツクモは黙り込んでしまう。
さすがのツクモも人工的な足場だけでは分からないだろう。
茜が耳を澄ますとガサゴソと資料を漁る音がする。きっと足場についての情報が無いか調べてくれているのだろう。
『すまない……よくわからないな』
「そうですか」
だが残念ながらツクモでもまだ分からないようだ。
「他に何か分かった事はありますか?」
『ああ、いくつかね。壁に書かれた文章の中に気になる文句があった。宝は強固なる防壁に守られている。そして防壁を破るにはギカ族とディアン族の存在が必要であり、それが天空人を導く、といった内容だ』
ツクモからの新情報が茜に伝えられる。
だがその新情報は宝の場所が分かった時の話。宝の位置も分からないのに宝を守る防壁を破るも何もない。
「でもそれはまだ――」
『ああ、今はその前段階……恐らく壁画に描かれていた絵が何かしらのヒントとなっていると思うのだが』
「うーん……」
それは羽の生えた天空人に人が跪いている壁画で、その二人の間にはFのような羽根が多く飛び交っている様子。
だがこれだけでは謎は解けない。
『そう言えば以前、飛空艇アシェットに乗り込んだのは君達らしいな、雪花から聞いたよ。その時に紐の悪魔と遭遇したとか』
分からないからか、ツクモは突如話を変える。
古代の遺物に書かれた終末の悪魔の名称をツクモが解読し教えてくれたのだ。
これ以上情報がないのであればそれに準ずる会話でヒントを探すしかない。古代の遺物とチェントロ遺跡に描かれている文字は両方アズール文字だ。
茜もその話に乗って口を開く事にする。
「そうです。ただ彼らは紐の悪魔ではなく傭兵からは包帯の悪魔と呼ばれてましたよ」
アズール文字を解読して教えてくれたツクモ。しかし紐は紐でも包帯の悪魔だった。
『それは本当か? だとしたら……』
それを茜が指摘するとツクモは何やらぶつぶつと呟き始める。
『じゃああれは飾りではなく修飾語……細いではなく平なって……だとするとあの文章は……』
そんな言葉を呟くと突然スマコンの向こうからドタバタと走ったり、荷物を漁る音が聞こえてくる。
「教授? どうかしましたか?」
『ちょっと待ってくれ! 茜!』
慌てた様子のツクモ。
そして「あった!」と何やら資料を探し当てた後しばしの沈黙。そしてツクモが口を開く。
『なるほど、天空人を包むではなく羽根が天空人を包むだったか』
「羽根?」
『ああ、あの壁画に描かれた絵の横に書かれていた文章だ。意味のない文章だと思って見逃していたっ』
「羽根が包むって何だか変じゃないですか?」
『ああ、私もそう思う。だがあのFのような造形は羽根以外の何なのか……茜。君はギカ族といるのだろう? 何か突出した特徴はないかな? 例えばディアン族は守り人であり、体を硬化させる特性があるようだ』
「それは明鏡共鳴の一種ですか?」
『分からない。だがマリーもその力を使う事が出来るらしい』
明鏡共鳴はレゾナンスが自身の生まれ持った資質を自分で認知し開花させる共鳴力のこと。火を出したり、セレナのように光を放つことができる。未だよく分かっていないがマリーもまたその類なのかもしれない。
そんな資質がギカ族であるルークとキリカにあっただろうかと、茜は思い出す。
「そう言えば……今ギカ族の子供二人といるんですけど、弟はヴァイオリンが得意で共鳴心動で聞く人達を引き寄せてました」
昨日、キリカとルークにお金を稼がせる為、ルココが考えた海沿いで行われた小さな演奏会。
茜とルココはストリートピアノを弾き、ルークがヴァイオリンを弾いた。すると多くの観客が集まり、一時騒然となったのだ。
それはルークの奏でるヴァイオリンから発せられた音と、それに載せられた共鳴力によって引き起こされた共鳴心動によって。
ただ共鳴心動は明鏡共鳴とは違うと言われている。レゾナンスであれば訓練すれば出来る、という研究報告もある。
ただツクモは確信したように唸った。
『共鳴心動……それかもしれないな』
「え?」
『もしかしたら私達が羽根だと思っていたのは音符なのかもしれない。音が天空人を包む、であれば』
二人の間を飛び交うFの文字は音符に見えなくもない。
「成程、分かりました。やってみます」
茜はツクモにお礼を言ってスマコンを切る。
そしてルーク達の元へ。
「あ、茜。何か分かった?」
「ふふん。まあな。ルーク」
「は、はいっ」
茜はルークを呼んでヴァイオリンを持っているか聞いてみる。
するとポケットからエメラルド色の綺麗な石が。いつも肌身離さず持っているようだ。
「何でもいいからここで弾いてみてくれない?」
「うんっ」
ルークはヴァイオリンを取り出し、顎当てを顎に付けて弓を弦にあてがった。そして弓を引く。
それはやはり綺麗な音色だった。最初の一引きで周囲の心を鷲掴みにする程に。
南国の青い空の下、さざ波に混じるヴァイオリンの音は格別だ。
沸き上がる皆の心と鳥肌。
「心地よい音色ですね。ルココ様」
「ええ」
その音色に目を閉じて耳を澄ますフォンとルココ。
すると次の瞬間、地面が小刻みに揺れて足元の砂が小さく跳ねだした。
「な、なにっ!?」
そして多くの沸き上がる物と同時にある物体が姿を現した。
「おぅっ?」
「す、すごっ」
それは茜とキリカのすぐ横。円形の足場の中央から台座が一つせり上がって来たのだ。
その光景に、ルークも演奏を止める。
せり上がった台座の上には壁画で描かれていたような丸い玉。その玉は無色透明の水晶玉だった。
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