光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第165話 ~頭を直撃する物~

公開日時: 2024年2月3日(土) 08:00
文字数:4,152


 茜達の乗った昇降機は落ちるように下へ。

 上を見れば天空の監獄の床に昇降機用の穴がぽっかりと開いていた。

 茜はその穴を名残惜しく見ていたのだが、横からの雑音ですぐに視線を音源へ向ける。

 雪花が目を細めて茜をネチネチと攻めてくるのだ。

 

「全く……信じられないわ」

 

 ルココに譲歩しろと言われたにも関わらず、大吾に憎まれ口しか叩いていない茜を。


「素直になればいいのに、このままじゃあんた一生仲直り出来ないわよ?」

「あいつが土下座して許しを請うなら検討する事を検討してやるよ」

「あんたねぇ……いつか天罰が下るわよ?」

「天罰ねぇ……この世に神なんかいない。いたら母さんも死んでないだろ?」

「……神様も忙しいのよ」

「なら天罰も忙しくて出来ないな」

「もうっ、ああ言えばこう言う……」


 言い訳や憎まれ口しか叩かない茜。だが口で雪花が茜に勝てるわけがない。と、雪花は諦め、両の手の平を天に向けた。


「あーあ、本当に茜に天罰でもくだら――」


 その時、雪花の頭に衝撃が走る。


「なっ!?」


 その衝撃は凄まじく、雪花は背を丸めてしゃがみ込み、昇降機の床に額を付けて頭を押さえて悶えている。


「いったぁ……」


 それを見て茜は吹き出してしまう。

 先程まで天罰だなんだと抜かしていた雪花が天から落ちてきた何かに頭を小突かれたのだから。


「あはは、雪花! 罰が当たったなっ」

「な、なによぉ……いたいぃぃぃ」


 その物体はころりと茜の足元へ転がって来た。


「お、これだこれだ」

「え~? なに? 神様はなにで私の頭を強打したのぉ?」

「石ころ」


 雪花が涙目になって首をもたげ、茜を見る。

 茜は短く言って拾い上げた小石を握って拳を作り、天空の監獄を見上げていた。その表情に笑顔は既にない。

 雪花も立ち上がって見上げればそこには小さくなって分かりにくいが天空の監獄が傾いてグラグラと揺れている。


「ええ!? 揺れてる!?」


 大吾の言うように天空の監獄は落ちる。その予兆だろう。


「ていうかここって天井ないの?」

「みたいだな」


 どうやら壁は側面だけらしく、昇降機と監獄は直接繋がっているようだ。そして監獄が傾き小石が昇降機の穴に落ちて雪花の頭に直撃したのだろう。

 グラグラと揺れている天空の監獄。中にはまだ茜の父、大吾がいる。


「だ、大丈夫よ。いざとなったらワープ出来るんでしょ?」

「……親父が間抜けならワープする前に落ちたりしてな」

「あはは、そんな間抜けなお父さんには見えなかったけど」

「だといいけど」


 心配しているのか、それとも憎まれ口を叩きたいだけなのか。茜の表情は冴えない。

 やがて昇降機は地上へ到着する。


「さあ、早く逃げるわよ! 茜!」

「ありがと雪花」

「え?」

「ついて着てくれて」

「ああ、いいのよ別に……私はただ」

「ただ?」


 セレナが怖いだけなのだった。


「い、いいから行くわよ」


 雪花は茜の手を握って何処にもいかないように引っ張っていく。


「なんだか手を掴まれてると補導されてるみたいだな」

「ある意味そうよ。この非行娘がもうどこにもいかないようにね」


 茜を放っておくと危なっかしいのだろう。ルークを助けた時もそう、雪花の代わりに連れて行かれた時もそうだ。


「心配性だな。あ、そうだ。これ宝物庫で見つけたんだけど」

「え!? なになに!? 宝石!?」

「やるよ、これ、あっ」


 茜はポケットから青い物体を取り出した。だがポケットから取り出した時に引っかかったのか落ちてしまう。


「ちょっと! 何落としてんの!?」


 ころころと転がる青い物体を雪花が追いかける。茜の手を放して。

 宝物庫で見つけたもの。それは青く丸い。雪花は転がるそれをウキウキしながら追いかけて拾い上げる。


「なんだろうなぁ~、うわっ、パンツだっ」


 それは茜が履いていた伸びきった青いパンツを丸めたものだった。

 雪花は以前と同様に伸びきった青いパンツを投げ捨てる。


「もう! パンツがお礼になるのは剣か兵士の人達くらいだって言ってるのに!」


 その雪花に気づいたルココと剣。

 フォンが出て来て剣の足に手を当てている。代わりに剣の足を治療してやっていたのだろう。


「あ、皆! 天空の監獄が落ちるらしくて! ここから離れた方がいいわ!」


 すると治療中の剣がおもむろに立ち上がる。


「雪花!」

「え?」

「後ろ!」


 茜が昇降機に乗って扉が閉まるところだった。


「は?」

「ごめん雪花。ちょっと上行って来る」


 雪花は慌てて戻りボタンを押すが反応しない。


「ちょっと茜!」


 焦燥にも似た雪花の表情。

 あれだけ強く握っていた茜の手を放してしまった。

 

「何してんのよ!?」

「ちょっと用事」

「はぁ!?」


 いつ落ちてもおかしくない監獄に一体何をしに行くというのか。雪花には分からなかった。


「止めなさいよ! もうすぐ落ちるかもしれないんだよ!?」

「分かってる」

「分かってるって……ちゃんと帰って来るんでしょうね!?」

「……ああ」

「な、何なのよその間は!? あ!」

 

 無情にも昇降機は茜を載せ、凄い速さで上昇していく。

 

「茜! あかねぇえええ!」


 雪花の怒鳴るような、それでいてすがるようなその叫びは南国の青空に響いて消えたのだった。

 だがその叫びは茜には届いていた。それを聞いてか、茜は申し訳なさそうな陰鬱な表情で手の平にあるある物を見つめている。

 それは大吾が十年以上大事に持っていた、赤く所々に金の装飾が施された陶器製のペンダントだった。

 




◇少し前、天空の監獄内部


 大吾は赤いペンダントを懐かしそうに見つめていた。それは擦り過ぎてだろうか、金の細工が所々薄くなって白く剥げてしまっている。

 そして悪魔が出てこないよう、もう片方の手では床に刺さった剣を握っていた。


「しっかし、いつまで持ってりゃいいんだ? もう下から突き上げる感覚もねぇし放してもいいよな?」


 大吾は刺さった剣から、そっと手を放してみる。するとなんの異変もない。剣はただ静かに床に刺さっているだけ。赤紫色の光も弱々しく輝き、もう数分も経てば消えてしまいそうな程。


「おおっ、いけるなぁ。さっさとワープするか? いやしかし……」


 すぐそこでくすぶっている悪魔は何万人もの命を奪っている。万が一、悪魔が召喚でもされたらその被害は甚大だろう。

 だから大吾はまだ離れられないのだが、剣の柄頭に手の平を置くだけに留め、もう片方の手で赤いペンダントをころころと弄ぶ。どうやら手持ち無沙汰のようだ。

 大吾は未開拓のドアナ大陸に好奇心を掻き立てられ開拓使に志願した。じっとしていられない性格なのだろう。

 その時だった、今まで平静を保っていた天空の監獄が大きく揺らぐ。


「うおぉ!?」


 それは立っていられない程の傾き。

 悪い事に大吾は油断し、剣を握っていなかった。バランスを崩した大吾は二転三転しながら茜達が降りていった昇降機の穴に向かっていく。

 だがホールインワンとはならなかった。なんとか穴の縁に手と足をかけて落下は免れたのだった。

 

「あ、あぶねぇ」

 

 天空の監獄に繋がる昇降機に天井はない。このまま転がり落ちれば茜達の真上に落ちてしまっていただろう。

 その時、大吾の手から赤く丸い物体がこぼれ落ちる。

 

「あっ、やべっ」


 それはワープ装置のチップが入った赤いペンダント。

 昇降機の縁を掴んだ時に手を放れたのだろう赤いペンダントは縁にバウンドして小気味よい音を立てて宙を舞う。


「くそっ!」


 大吾は慌てて手を伸ばす。

 だがその手は赤いペンダントの直前で空を切った。


「マジかよ……」


 赤いペンダントは緩く回転しながら昇降路を真っ直ぐに落ちていく。そして太陽の光でだろう、一瞬金細工に反射して煌いて見えなくなった。

 大吾はそれをため息交じりに見送ってよじ登ると天空の監獄の傾きは次第に緩くなり、やがて元の傾斜に戻る。


「なんてこった」


 ペンダントの中にはワープ装置のチップが入っていた。これではもうワープが出来ず、やがて落ちるこの監獄で死を待つだけだ。

 

「そうだ、昇降機のボタンを」

 

 大吾は昇降機を操作するボタンを探す。だが見当たらない。先程まで光る石の壁があったのだが消えてしまってるのだ。恐らくフードの男が送り込んだ共鳴力が弱まっているのだろう。先程の傾きがそれを証明している。


「くそっ」


 大吾は壁を殴って悪態をつくがないものはない。

 大吾は脱力して床に転がって背を預ける。そして天を見上げた。その先には南国の青い空ではなく、無機質な石造りの天井だけ。唯一の救いはその石の色が空と同じ青色な事だろうか。


「まあ……いいか……どうせ死んだ命」


 そう自分に言い聞かせる大吾。

 大吾が呟くそれは十年ほど前の事。ドアナ大陸で死にかけた時の事だ。その際に拾った命を今落としてしまっただけだと。

 だが大吾には一つ心残りがあった。


「最後に、あいつを抱きしめてやりたかったなぁ……」


 大吾は目を瞑り、しみじみと呟く。

 あいつとは茜の事。つい先ほどまで手の届くところに自分の子供がいたのに抱きしめる事が出来なかった。出来た事といえば醜い言い争いだけ。

 地上で茜は親父が居たらどんな気持ちなのかと口走っていた。茜も大吾の事を完全に拒否しているわけではない。だから大吾は後悔する。

 

「無理矢理捕まえて、抱きしめておけばよかったぜ……」

 

 と。

 自嘲気味に笑う大吾だが、茜は野生の猫のように威嚇しその手をすり抜けて去って行ってしまうのだ。無理に抱きしめでもしたら手ひどい引っかき傷を負う羽目になるだろう。

 それでも大吾は思う。引っかかれても噛みつかれても、無理矢理、きつく、抱きしめてやったら良かったと。

 だがそんな事はもう叶わないと、大吾は目を開ける。自分にはやらなければならない事がある。

 大吾は重い体を起こす。そして死を待つだけの棺桶と化した監獄に捕らえられている悪魔が出てこれぬよう、床に刺さった剣に向かって歩き出した。

 悪魔が召喚されると茜達まで被害が及ぶ可能性がある。大吾は剣に手を伸ばしたその直後だった。

 石を叩くような金属音がしたのだ。


「ん?」


 振り向くと昇降機の穴から一本のワイヤーが天井に伸びている。その天井にはワイヤーの繋がった短剣の刃。


「な、なんだ?」


 するとその穴から勢いよく、一人の少女が引っ張り上げられ、監獄内に飛び込んでくる。


「うぉお!? なんだ!?」


 それは空のように澄み切った青い髪を持ち、クチナシの花のワンピースを纏った超が付く程の美少女。


「ふぅぅ……死ぬかと思った」


 それは大吾の実の子供、茜だった。



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