茜は作戦を開始するにあたり、いくつかの依頼をセレナに出した。
セレナは茜が提案した作戦に同意してくれたようで、いくつか出した依頼も快諾してくれた。
そして茜の提案と報告は全て終わり、通信を着ると思われたがここでセレナが追加で二つの報告があるようだ。
『良い知らせと悪い知らせが一つずつ。まず良い知らせです。あなたを襲った小野畑隆が昨日見つかりました』
小野畑隆と言えば茜が桜之上市に来た夜に襲ってきた青年だ。
「随分と時間がかかりましたね」
と、茜は意外そうにそう言った。
茜が小野畑隆に襲われて四日も経っている。
それはファウンドラ社の捜査員の調査能力が低いとかそういう事を言いたいのではない。
ファウンドラ社の情報網をもってしても四日も逃げおおせる事が出来る小野畑隆が異常なのだ。
「で、奴は今は何処に」
『恐らく遺体置き場ではないでしょうか』
遺体置き場。
そこに小野畑隆が隠れていた、というわけではないだろう。
「……え?」
『死亡推定日時はあなたが襲われた六月十一日。そのすぐ後です』
「そんなっ……馬鹿なっ」
小野畑隆は既に亡くなっていたようだ。しかも茜を襲い、剣に撃退されたその日に。
『彼は家庭にトラブルを抱えていました。幼少期にも虐待があり、学校ではイジメられ登校拒否となっていました』
だから茜を襲いレイプしようとした、と言われればそれまでだが、それで納得できるわけがない。
一般の青年が元トップエージェントである茜を圧倒出来る体術があるわけがない。あまつさえ幻覚を見せるという異質な能力を使役できる訳が無いのだ。
しかも家に引きこもっているだけの青年が茜の精彩を欠く程の威圧感を発することも考えにくい。
そしてあの落ち着いたセリフ回し。これまでも何人か殺してきたとも言っていた。
どう考えても自殺するような青年には見えなかった。
「それって他殺ですか?」
『警察の見解では恐らく自殺だろうと。頬に打撲創がありましたが死に至る程ではない、死因は首を吊った事による窒息死と断定されました』
その打撲創は剣が殴りつけたものだろう。死なない程度に手を抜いた為その程度で済んでいるようだ。
そして発見が遅れたのは取り壊し予定の廃屋の中で首をつっていたから、という事だった。
「あいつが自殺するなんて……」
茜は信じられなかった。
自分を圧倒し、服を剥いでレイプしようとした青年だ。中身が男なだけに相当屈辱的だったのだろう。
『詳細が分からなくなってしまいましたね』
「今度会ったらリベンジしようと思ってたのになぁ」
『やはり……』
セレナには接触は避けるように言われていた。にもかかわらず茜の心は復讐の炎で燃え上がっていたようだ。
茜は慌てて取り繕い悪い知らせをセレナに促した。
『キルミアの共鳴識層を測定する機器発明者ですが既に亡くなっていました』
またしても死亡報告だ。
以前バドルの事について考察した結果、悪魔を体に宿す事が出来る体質、触媒体質を共鳴識層で特定することが出来るのではと、茜達は予想を立てていた。
「あら、まあ三十年も前ですもんね」
『亡くなったのは六月十一日』
「え?」
それは奇しくも小野畑隆が死んだ日と同で
『もちろん今年の』
同じ年。
飛空艇アシェットにて悪魔を宿したバドルを消し飛ばした日でもあるという事だった。
「まさかもうブラッドオーシャンの手が回ったと?」
『恐らくは。キルミアでは交通事故として処理されたようです』
事件の直後にブラッドオーシャンは動いたという事だろう。あまりの早業にさすがの茜達も舌を巻くしかない。
悪魔を宿したバドルを第三者に認識される。バドルはキルミアの人間でレゾナンスで共鳴識層を測定した事がある。そして測定する機器を開発した者が調査される。そんな流れをブラッドオーシャンがいち早く察知したのだろう。
ブラッドオーシャンの方が一枚上手だったという事だ。
『更に家は火事で全て焼け落ちてしまっていました。しかし収穫もあります。三十年間で約三億人が共鳴識層を測定し、その内バドルと共鳴識層が一致する人物は一人。シリウス=トーバという男性です』
「その男ってもしかして?」
『失踪しています』
よし、と不謹慎ではあるものの予想が的中し茜は頭の中でガッツポーズをする。
失踪したという事はブラッドオーシャンが接触し連れ去ったかバドル同様に仲間に引き入れられたかのどちらかだろう。
それが分かっただけでも成果としては十分だ。茜達の立てた仮設は正しかったという事なのだから。
だが三億人が測定し、二人だけというのは少なすぎる。それだけ悪魔を宿す触媒体質は希少なのだろう。だから目を付けられているバドルを潜水艦まで動員し連れてきた。
その元締めであろうフードの女は取り逃がしてしまったが都市伝説の組織が現実味を帯びてきたのだから手応えはあったといっていいだろう。
『これから私は共鳴識層測定機を使用している国からその名簿の一覧を入手しようと思います』
「分かりました」
『では』
「あ」
二つのお知らせを終えたセレナが通信を切ろうとしたところを茜がとっさに止めた。
「そう言えば小野畑が言っていた悪戯するとガジルが来るぞって何だったんですかね?」
『悪戯をする子供に言い聞かせる、よくある歌です。聞いた事がなかったのですか?』
意外そうに話すセレナだが茜は全く知らなかった。
「はい、一度も。セレナさんはどちらでそれを聞かれたんですか?」
『……秘密です』
「ええ……それも老会に?」
『そうです。ですが時を見て、いずれ話します。では』
と、茜の胸の突っかかりを新しく作ってセレナは通信を切ったのだった。
◇学校にて
次の日、茜は雪花とは別々で登校した。昨日の春子や夏子のように茜を脅す女子生徒がいても巻き込まれないように。
茜は正門をくぐると案の定、二人の女子生徒が立ちはだかった。今度は昨日とはまた別の二人の女子生徒。
一人は春子と同様、ほんわかしている顔だが黒く長いストレートの髪。目が細く感情がうまく読めない。もう一人は少し強面の女子生徒。
その二人に茜はやはり人気のない場所へ連れて行かれた。
そしてまた学校に来るな等と脅されると思いきや、少し様子が違う。
いきなり茜の両肩を鷲掴みにしてきたのだ。
「あんたのせいだからね!」
ほんわかしてそうな女子生徒が開口一番そう言った。
「え? 何が?」
「あんたが春子と夏子と仲良く話したりするから退学させられることになっちゃったんでしょ!?」
「お前のせいだからな! どうしてくれんだよ!」
鬼気迫る女子生徒の表情と言葉。
これはただ事ではないと茜はその理由を聞く。
「つまりどうゆうこと?」
「……昨日、春子と夏子から連絡があって……今月いっぱいで退学させられるって」
「聞いたら警察に言ったって無駄だし、弁護士に言っても無駄だって……理由なんて教えてくれない」
と二人は悲しそうな表情。二人は春子と夏子の友達なのだろう。
以前茜を脅しに来た二人の女子生徒、春子と夏子は茜と打ち解け友達のように中庭で話していた。
それをジュリナの関係者に見られていたのだろう。しかしそれを快く思わなかったジュリナが手を回したようだ。
ジュリナの親は獄道組。恐らくこの学校にも獄道組が入り込んでいるのだろう。
この学校の土地も獄道組が買い取り、学校を運営する出資者に安く貸し与える。学校の運営は出資者に口を出す権利がある。そこへ土地の所有者である獄道組が口を挟んだ形だろう。生徒の一人や二人を退学にすること等造作もないだろう。
「あんたがいるせいで皆不幸になるんだよ! 春子と夏子は私達の幼馴染だったのにっ」
「もうこの学校を搔き回すのやめてくれないかな……マジで、なぁ!」
そう言って女子生徒二人は睨みつけてくる。
その表情にはどうしようもない怒りと憎しみと少しの悲しみと、少々の涙が見て取れた。
「分かったよ」
茜は諦めたようにそう言うと、胸元につけたリボンを抜き取り、ブラウスのボタンを上から一つずつ外していく。
「ちょ、あんた何してんの!?」
「こんな所で何で脱いでんだよ!?」
茜の谷間が覗いた所で茜の両の手を女子生徒二人が掴んで止めた。
「何してるのって、ジュリナに言われたんだろ? 退学を取り消して欲しかったら私をボコれって」
ジュリナは恐怖で女子生徒を支配しているようだった。
だから春子と夏子の退学をネタに二人をゆすって差し向けた。茜はそう考えていたのだ。
「本当にボコられるのは勘弁な。でもほら、ボコられて服がはだけた所を写真撮ってきましたとか言えば取り消してくれるよ。きっと」
そんな茜の説明に二人は口を開けたまま動かない。
「ん、何だ。これじゃ不服か? そうだ、ならパンツも――」
茜がスカートに手を入れてショーツに手を掛けた時だった。
「ちょっと待ちなさい!」
「そんな事をしに来たんじゃないから!」
茜が半分ほどショーツを下げた所で二人が慌てて止める。
丁度膝に黒いショーツが引っかかって止まった所だ。
「へ? じゃあ何しに来たんだよ」
茜は腕を組んで仁王立ちで首を傾げる。
「と、とりあえずパンツ履いて」
茜が話を聞けば二人の名前は秋子と冬子。
春子と夏子とは幼馴染であり親友らしい。二人は春子と夏子と同じく、ただ単に茜を学校から追い出そうとしに来たようだ。
「何だ、それだけ?」
と、茜は拍子抜けしたようにそう言ってため息をつく。
そして春子と夏子が退学になったというのに茜はドライだ。
「何だとはなによ!」
「二人が退学になったのはあんたのせいだろ!」
そんな言い方に女子生徒二人は激昂し茜を責め立ててくる。
「え? 私のせい?」
「そうでしょ!? あんたのせいじゃない!」
「お前以外誰がいるっていうんだよ!」
またしても茜を両肩を掴んで壁に押し付け、二人は鬼の形相で迫る。
だが茜の表情は飄々としていて何も響いていない様子。あまつさえ良く分からないといった表情を見せてくる。
そして一言。
「退学の指示を出したのはジュリナだろ?」
と、二人の痛い所を突く茜。
だから自分を責めるのはお門違いだと言わんばかりに二人に目を向ける。
「そ、そうだけどさ……その原因はあんたが作ったじゃん!?」
「お前がいなけりゃ二人は退学にならずに済んだんだから! お前のせいだろ!?」
茜を攻める二人の言葉が淀む。
二人はなんとなく茜が言いたいことを察したらしい。
茜は何も悪い事をしていない、という事はこの女子生徒二人も分かっているのだろう。
だから茜はもう一度問う。
「それは本当に私のせいか?」
と、今度は少しだけ睨みを聞かせて。
冷静になって状況を見つめ直せと言わんばかりに。
「それは……そうよ」
「お前の……せいだよっ」
さらに二人の勢いがそがれていく。
分かっているのだ。本当に悪いのは誰なのか。だがどうしようもなく、何も変わらないと分かっているのに茜を攻めているだけなのだ。
「友達と親しげに話すだけで罰を受けるのか? それは本当に退学させられるような事なのか? いじめを止めたらいじめを受けるのが当たり前の世の中なのか?」
茜がその歪んだ現実を言葉にしてやると秋子と冬子、共に言い返す事が出来ず、悔しそうに俯いたのだった。
「仕方ないというか……」
そして秋子がポツリと呟いた。
「それが……ここでは普通なんだよ」
そこに冬子も続く。
それに茜は腰に手を当ててやれやれと溜息をついて口を開く。
「普通がなんのかは置いておいてさ。私に凄んで、脅して、一体何が変わる? 私はてっきり春子と夏子を取り返す為に勇猛果敢に凄んで来たのかと思ったよ」
その通りであれば茜はショーツを脱ぐことすらやぶさかではないと思ったのだろう。しかしそれは茜の買いかぶり過ぎだったようだ。
確かにジュリナは獄道組というヤクザだで一般人からすれば恐怖の対象となる組織に他ならない。だから退学を取り消すようにジュリナに働きかけろというのは酷だろう。それは茜も分かっている。
そこにきて秋子と冬子が凄んで責め立ててくるのだから、茜は勘違いしてしまったのだ。
「だって……」
「ジュリナは怖いし……」
二人は先程までイジメようとしていた茜の顔を見もせずにそっぽを向いて俯いている。
ジュリナが怖いのはそうなのだろうが親友を救うための交渉は何一つしてこなかったようだ。
「お前達の幼馴染なんだろ? 親友なんだろ? 助けたいとか思わなかったのか?」
「そ、そんなことができたらとっくにやってるよ!」
「できないからこうやって――」
「こうやって、私に八つ当たりか? お前ら」
茜は眉間に皺を寄せて凄む。
「ふざけてんのかよ?」
その睨みに二人共少したじろいでしまう。
茜は正義の名のもとに活動するファウンドラの裏組織に所属している。だから悪は絶対に許さない。
だがその悪に何も出来ず、その鬱憤を弱者へ向ける者もまた許せないのだ。あまつさえ茜への理不尽で無意味な行いを正当化しようとする人間達がそれ以上に許せなかった。
「だ、だったら……だったらどうしろってのよ! 警察に行けっていうの!? そんなの獄道組の名前出しただけで何もせずに逃げていくのよ!?」
「学校関係者だって獄道組が入ってる! 私達じゃどうする事も出来ないんだよ!」
秋子と冬子は自分ではどうする事も出来ない。
茜のいう事は分かるがどうしようもない。そんなつまりに詰まった想いが出てきてしまったように言葉が流れ出てくる。目からは涙がこぼれ落ちてきた。
その流れ出した言葉をせき止めたのは他でもない茜の言葉。
「私がなんとかする」
茜はそう吐き捨てると二人は一瞬固まってしまう。
何とも頼もしい言葉だが、その小さな体と細い腕と細い脚で一体何が出来るというのか。そんな華奢な体で何が出来るのかと、懐疑心から二人は涙を流しながら笑うしかない。
だが茜の華奢な両肩に掛かる秋子と冬子の手を軽く握って降ろす。
「だから泣くな。私に任せろ」
その堂々とした言葉に、二人は笑うに笑えなくなってしまう。
そして二人の気持ちの整理がつかないまま、茜は踵を返して去ろうとする。
「あ、ちょっと! どこ行くのよ!」
「何をする気だよ!?」
「獄道組を潰すんだよ」
茜はそう一言。
それはファウンドラ社からも受けている依頼なのだ。その作戦が上手くいけば春子も夏子も退学は自動的に取り消される事だろう。
「は? な、何言ってんの?」
「お前正気か!? 獄道組に手を出したら……」
「少し準備期間はあるけどね。じゃ」
そんな傍から見れば冗談のような茜の言葉。
だがそれがどうも真実味を帯びているような言葉に聞こえるのは茜がそれ相応の実績を積んでいるからこそだろう。二人には茜の華奢な背中が大きな壁に見えた事だろう。
実績を積み上げてきた者の言葉には説得力が生まれるもの。その説得力が二人に必要な説明を省き二人に希望を与えるのだ。
「ちょ、ちょっと」
「待って!」
「な、なんだよ、せっかく格好良く立ち去ろうとしてたのに」
茜の前に回り込んだ二人の目には少しの涙と、何かを決意したような力強さがあった。
「私達に何か出来る事何かない?」
「退学が無くなるなら何でもする!」
先程まで弱者だと思っていた茜に凄む事しかできなかった二人。
それが協力を申し出てきた。二人はもう茜が許せない類の悪から脱却したという事だろう。
申し出はありがたいが一般人である二人に出来る事などそうそうない。だがここで二人を邪険にする程、茜は冷たくない。相手は大人数なのだ、動かせる駒は多い方がいい。
その二人に茜はにっと笑った。
「じゃあちょっとだけ、協力してもらおうかな」
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