その頃、獄道玄・獄道魁人を載せた護送車はパトカー数台で囲まれて移送されていた。
更に日和の国の軍が用意した軍用車両のジープが前後に四台ずつ。更に装甲車両がパトカーの前に一台。いずれも武装し、襲撃に備えられている。
「なあ」
「ん?」
その先頭を行くジープ内では日和の国の兵士が緊張感もなく、悠長に駄弁っていた。
「護送って明日じゃなかったのか?」
兵士はハンドルを握ることなくジープは自走し、何事もなく進んでいく。
「ああ、何でも今運んでいる犯罪者が重要人物とかで、どうしても早くトネリコ監獄に移送したいらしい。失敗は許されないからって政府が他の組織にも協力を要請したようだぞ」
しかし寝ているわけにもいかない。
兵士達は暇で会話に興じているのだ。
「ふーん、誰に?」
「さあな。でも自分達の失態なのに部外者に出しゃばられたらメンツ丸つぶれだろ? だから部外者を出し抜いて出発したらしい」
「メンツの為にそこまでねぇ……ま、平和の国日和に何が来るってんだか」
先頭車両はやがて高速道路に入る。片側四車線の広い道路だ。
「その情報は完全非公開らしい。護衛をする俺達にも」
「もしかしたらあの伝説の組織だったりしてな。ほら、何とかオーシャンって言う」
「ブラッドオーシャンな。百年以上前から続く組織らしい」
「確かミリタニアで重力制御装置を開発しようとした科学者を、一人残らず殺したとかいう組織だったな」
「ああ。犯人はまだ捕まっていないって……ん?」
その時、背もたれに全体重を預けてリラックスしていた兵士の一人が何かを見つけ前のめりになる。
「どうした?」
「防音壁の上に誰かいる?」
通常住宅を通る高速道路には6メートル程の防音壁が備え付けられる。
「は? 高速道路だぞ、ここ」
もう一人の兵士が薄暗い中、目を凝らしてみると確かに人のようなものが立っている。しかも複数人。見えるだけで四人。
視認出来たものの、ここは高速道路。その人影は直ぐに通り過ぎてしまった。
その直後、
「うわっ」
「何だ!?」
目の前に巨大なクリスタルが道路から出現する。
天を貫くような高さの、ごつごつとした柱が地面からせり出してきたのだ。
ガラスのように無色透明。一本で一車線をほぼ通せんぼできるような太さ。
しかもそれらは一本や二本ではない。何本ものクリスタルの柱が四車線全てを塞ぐ。
「くっそ――」
先頭車両は減速が間に合わず、けたたましい衝撃音と共に激突して車体が宙に浮く。そしてクリスタルの柱を反転して転がって登り、やがて垂直に下山した。
「な、何だあれは!?」
先頭車両の大破でそれ以降の車両は何とか止まり難を逃れる。
「こ、これは……何が起こってるんだ!?」
「こちら先頭A-2車両! 敵襲! 敵襲! 後退しろ!」
先頭車両のすぐ後ろにいたジープの兵士が無線で後退を呼びかける。
そしてジープの二台に備え付けられている機関銃に付いて戦闘準備を整えた。
これで敵を迎撃し、護送対象を逃がすのだ。
『こちらB-4車両! 後ろにクリスタルの柱出現! 後退不可! 後退不可!!』
と、焦るような声が無線から返ってくる。
ジープの荷台に備え付けられた機関銃に付いた兵士が振り返ると十メートル以上はあろうか、というクリスタルの柱が逃げ道を塞いでいる。
そして両端には高い防音壁が。
「な、なにぃ!?」
これでは袋のネズミ、逃げ場がない。
『全員その場で迎撃態勢を――』
とその時、一瞬オレンジ色の閃光がいくつか宙を走る。
直後、流れてくる音声が突然途切れた。
更に機関銃に付いている兵士にも異変が。
「へ?」
突然視界が天を仰ぐ。
更に浮遊感に襲われると同時に背中に衝撃が。
「うっ!? なんだっ?」
兵士は何故か踏ん張りが効かず倒れ、天を仰いでいる。そして下半身の感覚がなく、立ち上がることが出来ない。
「どうなって――」
そしてその兵士は衝撃的な光景を目の当たりにする。
首をもたげて見たものは半分に切れた下半身。
「は?」
そして視線を泳がせてみると自分の腹から下が無くなっていた。
つまり目の前で立っている下半身は自分のもの。体が切り離されている
「は……なん……だ……どうなって」
後続の車両を何とか見るとそこは悲惨な光景だった。
「う……」
兵士はもがいて何とか立ち上がろうとするがどんどん力が抜けていく。
喋ることすらままならない。
そしてやっとの事で荷台から顔を出すと先程まで運転していた兵士の頭がごろりと転げだしてきた。
「う……そ……」
そこで兵士は力尽きる。
この高速道路はまさに地獄絵図と化していた。
先程地面からせり出したクリスタル。そこからオレンジ色の閃光が放たれたのだった。
前後のクリスタルから放たれたオレンジ色の閃光はジープ、パトカー、装甲車を全て切り刻んだ。中の兵士達は言うまでもない。
生きている者も何人かいる。だが皆、体のどこかが欠損している状態。
そして護送車も縦半分に切られてしまっている。
「おい……あいつ、死んでないか?」
「大丈夫です。どこか取れてても手錠を外せば元に戻ります」
「頭が取れてたらどうするんだ! 馬鹿者!」
「すみません……」
男の声と女の怒鳴る声。
先程防音壁の上にいた内の二人だろう。護送車両に近づいていく。
「さっさと回収して離れるぞ」
「はい」
そんな惨状が起こっているともつゆ知らず、茜はセレナに急いで連絡を取っていた。
そしてそんなセレナは高級護衛官の男の運転する車に居た。
『セレナさん! 聞こえますか!?』
「はい、どうかされました?」
セレナは直ぐに茜の通信に応じた。
そして焦る茜に対し、セレナは特に焦る様子もない。
『護送車が既に出発済みらしいです! 知ってます!?』
と、茜は急いでセレナに知らせる。だがセレナはそれを承知済みのようだった。
「そのようですね。茜さんとお茶をしている時にはもう既にもぬけの殻だったようです」
『ということは』
「はい、今全力で追っています」
『そ、そうですか。それならよかっ――』
「しかし、ついさっき音信不通となってしまいました」
『ええ!? 大丈夫なんですか!?』
「不明です。全く……困ったものですね」
セレナは呆れた声調でそんな事を言い放つ。ただしその声色からは怒りの色が見え隠れしていた。
『ですね……では、お気をつけて』
「はい、報告ありがとうございます」
セレナはそう言って茜との通信を終える。
セレナは茜とのお茶の後、警察署に立ち寄ったのだ。そして既に護送部隊は発ったと報告を受けた。
だから今現在、急いで護送車の元へ向かっている途中だったのだ。皇宮護衛官の男の運転で。
「セレナ様、今のは?」
皇宮護衛官の男の名前は天照省吾。
日和の国のトップである天皇の護衛を任されている。その中でも五本の指に入る強さだ。
「ああ、私の弟子といったところです」
「よく気が付くお弟子さんですね」
「はい、とても優秀で可愛らしくて、ぎゅっと抱きしめたいくらいです」
と、セレナは笑顔になる。
それに天照はフフッと笑う。
「とても大事になさってるんですね」
「分かりますか?」
「先程までの不機嫌そうな表情が一変しましたからね」
「それは……」
「あ、前はちゃんと見て運転していますからね」
「……申し訳ありません。でした」
「あはは、まあ気楽にいきましょう。悪いのはあちらなので」
悲惨な事態が起こっている事を知らない為、二人はとても呑気だ。
そこへぴぴっと機械音が鳴る。天照への通信だ。
耳に備え付けたイヤホンに触れ通信に応じる天照。
「はいもしもし、こちらあまてら……はい、先程報告したとお……え? ですので現在追跡中で、は? 何ですかそれは! 私のせいですか!? 違いますよね!? 見切り発車した警察のせいですよね!? なんですかその言い方! 悪いのはこっちですか!? そーですか! 責任の所在!? 知ったこっちゃないですよ!」
そこまで話して天照は再度イヤホンに触れて通信を切った。
恐らく天照の上司だろうがその話し方はとてもじゃないが丁寧とは言い難い。皇宮護衛官と言えばお堅い印象だろうが、そんな事もないのかもしれない。
そして天照は一つ咳払いし深呼吸した後、口を開く。
「御見苦しい所を……今のは」
「大体分かります。先程までの笑顔が一変しましたから」
さっきの天照の言葉をそのまま引用し楽しそうにセレナは笑う。
それに呼応して天照も照れるように笑った。
「ですよね。それより、もうすぐ着きそうです。発信機によると高速道路上で止まり、その後通信が途絶えたようなので」
高速道路上で止まるとなればそれはもう異常事態に他ならない。
だとすれば何が来たのか、分かり過ぎる程に分かる。
「来ましたか」
「そのようで」
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