光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第128話 ~秘技・サプライズ返し~

公開日時: 2023年10月30日(月) 18:32
更新日時: 2023年10月30日(月) 18:42
文字数:4,622


 各々、ホテルに戻り寝る事にした。

 だが一人、目が冴えてしまった男がいた。


「ね、寝れないな……」


 それは剣だった。

 剣が先にシャワーを浴び、今は茜が入っている。

 部屋には備え付けの垂れ流しの湯があり、長くなりそうだった。だから茜を置いて先に寝る事にした剣。

 だが否が応でも意識してしまう。茜が今風呂に入っている事を。同じ部屋の風呂で、美少女である茜が一糸纏わぬ姿で、壁一つ挟んだ向こう側で。

 それが剣の寝れない原因だった。

 剣は経験している。自分の家で茜が勝手に風呂に入り、そして出てきたときにはワイシャツ一枚という煽情的な恰好をしていた事を。

 ではこの南国のリゾート地で開放的な気分になっている今、茜がどんな恰好をして出てくるのか。剣は一目見たいと思っていたのだった。


「いやいや、寝ろ剣っ、馬鹿な事を考えるなっ、嫌われるぞっ」


 剣は自分に言い聞かせて目を瞑る。

 先日、運命の相手だと言われた茜の背中を剣はもう少しで舐めてしまいそうになっていた。茜の記憶ではなかったことになっているものの、それがバレれば剣は嫌われてしまうだろう。

 だから剣はイノセントボーイシンドロームを余計に拗らせてしまっていたのだった。

 だが目を瞑れば思い出してしまう。

 部屋割りの時の強烈な場面を。茜が我儘を言う雪花をダシに剣と一緒の部屋に行ってもいいと申し出てきたあの心が躍る情景を。恥ずかしがりながらツンツンした態度をとるとてもいじらしく可愛い茜を。

 更にその後の衝撃な一言。雪花に聞こえぬよう「剣ならいい」という特別感を醸し出した言葉を。

 全て茜の演技ではある。だがその演技は一流だ。イノセントボーイシンドロームに罹った剣は茜の掌で踊らされているに過ぎない。

 その後は雪花に邪魔されたものの今は部屋に二人きり。そして茜は風呂に入っている。

 この状況でお年頃の一般男子は寝る事など出来ないのだ。


「ふぅ、いい湯だった」


 そして茜は出てきた。バスタオルを首に掛けただけの格好で。

 その姿は以前、剣の家で入った入浴後とは比にならぬ煽情的な恰好。


「おっと、しまった。こんな格好で出てきてしまった」


 とわざとらしく言って茜は剣を見る。

 これは茜によるサプライズだった。これによってあたふたする剣を見て楽しむ為の。

 だが返事がない。

 お年頃の一般男子であれば「見ていないっ」と手で顔を覆ってその隙間から見るだろう。だが剣はトップエージェント。どんな状況でも眠れるように訓練されている。

 茜が耳をすませば代わりに聞こえてくるのは寝息だけ。


「寝てんのかーい!」


 これでは茜が用意した美少女が裸で登場、というサプライズは全く意味をなさない。

 だから茜は大人しく寝る事にしたのだった。



 翌朝。七時頃、剣は目を覚ます。

 カーテンの隙間からは外が明るい事を示すように光が漏れ出している。

 灯りを全て消しているにもかかわらず、部屋の内部は明るい。

 そして剣が目を覚ましたのはアラームではなく、息遣いだ。

 それは茜のものではある。だが寝息ではなく、短く吸って長く息を吐き出すような息遣い。


「お、剣、おはよ」

「……おはよ……何やってんだ?」


 剣は寝ぼけ眼を擦り、茜を見る。

 茜のベッドの天幕はかけられている。だが薄く、何をしているかくらいは分かる。

 どうやらいつもの朝のストレッチをしているようだ。


「起こしちゃったか?」

「いや……そろそろ起きようと思っていたところ……だ!?」

「ん?」


 剣はいつもパンツとTシャツ姿で寝るのだが、茜がいる為、一応ホテルが用意した部屋着で眠っていた。

 だが剣の目に飛び込んできたのはパンツとTシャツ姿でストレッチしている茜だった。寮で雪花に注意されたにも関わらず、その時と変わらない姿で。

 剣への配慮は何もなかった。


「お、お前! なんて格好でっ」


 天幕で良くは見えない。

 だが茜の履いているショーツの色は黒だ、という事くらいはトップエージェントの剣には分かる。

 そんな剣に茜は天幕をかけても分かるほどにニヤついて一言


「剣だから……いいかなって」


 剣を容易に誘惑出来る一言。

 だがそんな言葉をしばしば投げかけていれば耐性が付くというもの。

 更に今は朝。

 血圧も低い。

 寝起きの剣の心にあまり響かなかったようだ。


「……そ、そんな事の言い訳に、その言葉を使って欲しくないな」


 特別であり、ドキッとする言葉を汚されたとばかりに剣は溜息をつく。

 剣の言い分も最もだが、負けず嫌いの茜はそんな言葉にむっとする。誰のせいでこんな言葉を吐かなければいけないのかと。

 だから茜は朝からもっと血圧の上がる言葉をかけてやる事にしたのだ。


「あー、朝から本気のストレッチしたら汗かいてきたなぁ」

「そうか」

「風呂でも入るかなぁ」

「ま、まだ時間はある。入って来いよ」


 ツクモとの打合せでは午前十時頃、このホテルに迎えに来るとの事だった。

 それまであと三時間程。風呂に入るくらいの時間はある。

 そして剣は少しドキッとした。上手くいけば茜の風呂上りの姿が見れるのではないかと。

 それは茜にとってもいい状況だ。

 上手くいけば美少女が風呂上りに裸で登場サプライズ、を成功させることも出来る。

 

「剣」


 だが茜はそんなに甘くない。

 その甘くないというのはサプライズをしない、という事ではない。裸で美少女登場サプライズ以上の事を剣に仕掛けてきたのだ。


「一緒に風呂でも入るか」

「いっ!?」


 そんな茜の言葉に剣は驚き、固まり、言葉が出ない。

 それを茜はケラケラと嘲笑う。

 だが茜は元男。そんな事、本当にするわけが、


「ふふん、なーんちゃっ――」


◇風呂


「――ったよ……」


 今現在、茜と剣は一緒の風呂に入っているのだった。

 部屋に備え付けの垂れ流しの湯。そのお風呂は二人部屋なだけあってかなり広い。

 茜はその端で湯につかる。そして逆側の端では剣が湯につかっている。


「あいつどうして一緒に入るって言ってきたんだ……」


 茜は小さく呟きながら剣を横目に見る。

 茜が冗談で誘ったお風呂に剣は意外にも一緒に入ると返答してきたのだ。

 茜は確信していた。美少女と一緒の風呂に剣が入る度胸などないと。

 だが一緒に入るかと聞いた手前、茜も引っ込みがつかなくなり、剣の返答を承諾したのだった。

 風呂へは茜が先に、剣が後から入って来た。

 二人共一糸纏わぬ体で。

 剣は風呂場に入る時、茜に見えぬよう後ろを向いて。

 

「恥ずかしいなら一緒に入らなきゃいいのに……」


 と茜は呟いて。

 と言いつつも茜も恥ずかしくないわけではなかった。

 膨らんだ胸、痩せ細った体、そしてつるつるの股間をまじまじとは見られたくはなかったのだ。


「やばい……何やってんだ俺……」


 と、剣は茜と一緒の風呂に入って初めて気づいた。今自分はかなり凄い事をしているという事に。

 剣は茜を見ると茜は目を逸らす。

 すると湯に髪が浸からないようポニーテールにした茜のうなじが目に飛び込んでくる。乳白色の湯が玉になってくっ付いており、日の光で真珠のように見える。

 更に茜の肩は自分のそれよりもかなり細く小さい。そして乳白色の湯で最後までは見えはしないものの、茜の透き通るような白い肌が膨らんだ胸とその谷間を妖艶に演出している。更に濁って見えないからこそ、想像してしまうのだ。乳白色の湯に隠された茜の体を。


「犯罪じゃないよな……」


 そう剣は呟いて視線を天に向けて目を瞑る。

 剣は奥手というイノセントボーイシンドロームを患っていた。

 そんな剣が何故、茜を追い詰める程の大胆な行動に出たのか。それはセレナのアドバイスが原因だった。

 


◇回想:セレナとの面談。


 ブラッドオーシャン急襲後、雪花と茜が話をしていた後、剣も同じカフェにてセレナと面談していた。

 

「剣君、最近はどうですか?」

「はぁ、まあ暇ですね。任務もないし」


 剣は頼んだプロティン入りバニラミルクを一口飲む。

 剣は茜のボディガードを引き受けた当初は嫌がっていた。それは他の任務を受ける事が出来無かった為。それは自分の能力が活用されないから。

 だがセレナが聞いているのはそうではない。


「私が聞いているのは、茜さんの事についてです」

「え? 茜の? 別に何も……」

「茜さんの事、どう思っているのですか?」


 言い淀む剣はミルクに逃げるがズバリセレナが斬り込むとそれをのどに詰まらせ咳き込んでしまった。


「ゲホッ……どうしてそんな事……聞くんですか? あいつは護衛対象であってそれ以上でも以下でもありません」

「そうですね任務で私情は挟まない。ですがそんな事どうでもいいです」


 護衛のいろはを叩き込んだはずの上司であるセレナが身も蓋もない事を言い出し、剣は信じられないとばかりに口をぽかんと開けてしまう。


「茜さんは剣君に救われ、とても感謝しているそうです」


 剣はそう言われて正直に嬉しかった。

 任務とは言え感謝される事は嬉しいもの。それが美少女である茜であれば尚更だろう。


「そして茜さんは剣君に対してよい印象を持っています」

「え? それってどういう」

「そこまで言うと不公平でしょう」


 そこで茜は剣の事を好きである、という程セレナは茜に甘くない。

 そしてそれはそうだと、剣も頷いて黙る。

 セレナは一つ、ふふっと笑って両手を組み、顎を置く。

 

「それはそうと、次の任務は南の島。茜さんも共に行動する予定です」

「らしいですね」


 そしてセレナは少し視線を上げて遠くを眺める。


「南の島……いいですよね。そこでは女性は解放的な気分になるものです」

「はぁ」

「見ず知らずの男が少し甘い言葉を掛けるだけで、女性はころりと気持ちが揺らいでしまうもの……つまり」

「つまり、護衛を怠るな、という事ですね」


 剣は真剣な顔で、セレナを見つめ力を込めて言い放つ。

 絶対に茜を守る。その意気込みが感じられる程に。

 そんな剣を、セレナはまるで生ごみでも見るような冷たい目で見つめ返す。そして口を開いた。


「違います」

「え?」

「もし剣君が茜さんの事を少しでも気になっているのであれば攻め込んでみては、という事です」

「茜に攻め込む? でも俺は男で茜は女。力の差が――」

「アホなのですか? 君は?」

「……え?」


 少し遊びのあるセレナの言葉では真面目な剣は遊ばれてしまう。そして遊ばれて困るのはセレナの方だった。

 セレナは頭を押さえて溜息だ。


「……成程、茜さんが苦労するわけです」

「え?」

「いえ、なんでも。私が言いたいのは南の島で開放的になった女性は落としやすい。そう言う事です」

「どこに落とすんですか?」

「本気でいっているのでえすか?」

「へ?」


 剣の頭の中では本当に茜を落とし穴にでも落とす絵面が浮かんでいる事だろう。

 そして本気で勘違いしている剣にセレナは怒るに怒れない。


「つ、つまりですね、茜さんが好きなら告白するチャンスだと言いたいわけです」

「こ、告白!?」


 セレナは茜に初志貫徹で剣に告白させろと言った。だがあまりに長引くとそれはそれで面倒なのだ。

 セレナとしては早く茜に告白して欲しい所。だが茜には折れて欲しくない。その二つの感情がせめぎ合っているのだ。

 だが一番の理由はセレナは病院のエレベータ内で言っていた事。他人の色恋沙汰程、面白いものはない、というのが本音なのだろう。


「大胆な行動でもいいです。南の島という地の利はあなたにあります! ここぞという場面で攻めて攻めて攻め落とすのです!」

「はぁ……でも」

「わ・か・り・ま・し・た・か!?」

「ぜ、善処します!」

「善処では駄目です! やるのです!」

「はい!」


 こんな事があった為、剣は攻めたのだ。茜の冗談の隙をついて攻め、一緒に風呂に入るという大胆な行動に出たのだった。


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