銃声は背後の城門から。
「全員動くな」
静かに言う男の声。
金髪に長袖長ズボン、プロテクターを付けた男。茜達にRPGを放った男の風貌に似ているが同じ人物ではない。顔のしわや髭から少し年齢が上だ。
その男にマリーが腕を締め上げられ、顎に拳銃を突き付けられている。
更にその後ろには同じような服装で自動小銃を武装した男達が十数人程。
「え!? 誰!?」
雪花が茜の後ろへ近づいて隠れ、問いかけてくる。
「なんだ、お前資料見てないのかよ。キックス犯罪集団団長のライアンだろ」
「ああ、どっかで見たなと」
「ていうか」
そう言って茜は雪花を前に引き出した。
「プロテクター装備しているお前が前に出ろよ」
「ええ!? ちょっ」
茜の服は防弾ではない。だからこれが一番合理的なのだ。
茜のみならず、ツクモやキリカ達、ルココまでも雪花を盾にして背後に隠れた。
「ま、マリーさんを放しなさい!」
雪花は焦りながら銃を取り出し、震える声で言って構える。
現状、茜達の中で銃を持っているのは雪花しかいない。
マリーも戦えるとは言っていた為、銃は持っているかもしれない。だが既に捕まってしまっている。現状では雪花が最大戦力だ。
そんな雪花の構えは腰が引けていて、撃てば反動で倒れてしまいそうな程。これでは素人丸出しだ。
それを見抜かれたのか、ライアンは余裕綽々といった表情で雪花を鼻で笑い口を開いた。
「おーっと、撃てばこの女が死ぬぞ? いいのか~?」
「み、皆……ごめんなさい……」
マリーは顎を銃口で突き上げられながら申し訳なさそうに雪花に謝った。
「うぅ……どうするの茜!?」
「任せる」
「はぁ!?」
無責任にそう言い捨てる茜。
何を言っているんだと、雪花は茜を振り向いた。
「任せるって!? 撃ってもいいって事!?」
「任せる」
「ええ!?」
撃てばマリーが殺されるかもしれない。
だが茜達が身を置いている場所は人の命は軽く散っていく世界。マリーの命も軽く見ているのかと、雪花は体を反転させて茜に迫る。
「じゃああんたが撃ちなさいよ! 銃はあげるから! ほらっ」
「何言ってんだよ、こんな経験二度とないぞ? この窮地を華麗に脱して見ろよ」
「何言ってんの!?」
「なっ、ちょっ、やめっ」
雪花はそんな無責任な茜を掴んで前に引きずり出そうとするが茜が抵抗する為取っ組み合いになってしまっている。
「いきなり実践で人を撃つのは良い経験じゃなくてトラウマになるかもしれないじゃない! 私がトラウマになるかもしれないじゃない!」
「そうやって人は成長するんだよ、騙されたと思って撃ってみろっ」
「騙されないわよ! それに私は心は治せないの! 体は治せるからあんたが行きなさいよ! 今なら撃たれ放題よ!」
「なんだよっ、撃たれ放題って!」
コソコソとライアン達に聞こえぬよう、雪花と茜は言い争う。
それを見かねてか、ライアンの後ろからもう一人、資料で見かけた人物が姿を現した。
「へへっ、お久しぶりです。ツクモ教授」
薄笑いを浮かべて出てきたのは眼鏡をかけた茶髪の男。猫背だからか、その背丈はライアンと比べてかなり小さく見える。
その男の登場にすぐさま反応したのはツクモだった。
「おや、これはこれは、誰かと思えば私のデータから宝の在処を盗み出したコソ泥、カーターじゃないか」
その薄ら笑いを浮かべた男はツクモの元助手、カーターだった。宝の在処を記したデータを持ち出してキックス犯罪集団に売り渡した人物だ。
ツクモは情報が漏れないようデータを大事に保管していた。だが身内に裏切者がいるのだとしたらどうしようもない。
「まんまと騙されましたよ、教授。まさか偽の情報を掴ませて僕達を出しく抜くとはね」
それはズレバー島にキックス犯罪集団を釘付けにし、本命のこの島に一番乗りした事を言っているのだろう。
だがそれはカーターの思い違いだ。この島はツクモの情報とキリカや茜達の努力によるものだ。
だからツクモは目を瞬かせ、頬を掻く。
「あー……まあ、君もこれで少しは私を見直しただろ?」
そう言うしかないツクモ。
そんなツクモが面白かったのか、茜は雪花と取っ組み合いをしながらバレないように吹き出してしまう。
だが雪花には丸見えだ。こんな時に笑うなんて不謹慎にも程があると、雪花は目を細める。
「どうですかねぇ、権威ある教授だと思ってついて行けば移動移動の繰り返し。ついた先じゃあそのほとんどが泥遊び……全く、嫌気がさしますよ」
「おいおい、考古学の基本はまず発掘する事だ。そのほとんどが地味な事の繰り返し。その積み重ねが大発見を生む。テレビで見たような洞窟に入って落とし穴やら、転がり迫る大岩でも思い浮かべたのか? だとしたら的外れも甚だしいぞ?」
ツクモはやれやれと腕を組んで溜息だ。
ツクモの言うそれは映画観賞が好きな物であれば宝探しと聞いて脳裏に映し出されるであろう映像。だがそのほとんどの時間は土をいじったり難解な文字を解読したりに費やされることになる。冒険や財宝と言ったロマンはその土台の上に成り立つのだ。
「もういい、そんなあんたの説教は耳にタコだ。聞き飽きたから今こうしてここにいる」
その土台部分だけを積み重ねるツクモを見て離れたカーターには理解できないのだろう。
「まあ、考古学にはロマンもあるが裏切りも多い。お前みたいな輩は多く見てきた。今更驚きはしないさ。消えた同胞も数知れない」
考古学のロマンは色々ある。語り継がれる歴史との乖離や誰も知れなかった歴史を解き明かしていく喜び。
だがそこへ財宝が絡めば一気に権謀術数の世界へ迷い込む。その世界で消える者も少なくない。そしてかくいう茜達も今、その窮地に立たされている。
「消えない為に私達がいるんですけどね」
「頼もしい言葉だ、茜。だが」
壁門の外にはキックス犯罪集団の十数人の部下達。
「こう囲まれては」
更に茜達のいる場所は壁に囲まれて逃げ道がない。
そしてマリーが人質になっている為、下手には動けない。全滅を防ぐ為、マリーを犠牲にして急襲してもいいが次はキリカやルークが危険になってしまう。
茜達には拳銃が一つにプロテクター等の装備を付けた雪花。更にレゾナンスで超人級の共鳴強化の使い手であるルココとどこかに隠れているであろうフォン。
資料によればツクモもレゾナンスではあるのだが詳細は不明。裏切りは日常茶飯事と口に出していたので荒事には慣れているだろうが、ファウンドラ社に協力を要請するくらいなので過信は出来ない。
「そう言えば教授はこんな時、どう切り抜けていたんですか?」
「そうだなぁ。従順に従うふりをし、ここぞという所で敵を倒してさっさと逃げる。これに限るな」
「あはは、違いないですが」
雪花に隠れ、こそこそと話をする茜とツクモ。
ここぞという時は何処だと、雪花が思うのとほぼ同時、ライアンが口を開いた。
「おい、そこの青髪!」
「へ?」
そこでライアンが茜を呼んだ。
「白髪の女が持ってる銃をカーターに渡せ」
キックス犯罪集団は茜達を囲っているとは言えまだ雪花が銃を持っている。その懸念事項すら取り除きたいようだ。
「仕方ない……」
茜は雪花からファウンドラ社標準装備のクローグ6000を取り上げる。
だがそこで待ったをかける人物。それはルココだ。
「茜、私が代わりに持っていくわ」
ずいっと前に出てそう言うルココ。
友達想いのルココ。先程の竜巻でもあったように、もう茜を危険な目に会わせたくないのだろう。
ルココは茜の手から拳銃を掴もうとするとライアンに止められた。
「お前はダメだ」
「な、なぜ?」
「気が強そうだからだ。趣味じゃない」
「んなっ」
ライアンのその物言いが面白かったのか、茜は思わず鼻から息が漏れてしまう。
そしてルココを見上げて安心させる笑みを向けた。
「心配するな」
「茜っ……」
「ふふん、美人は得だな」
茜は拳銃を持ってライアン達の元へ歩み寄る。
「いい子だ。そこで止まれ」
ライアンと雪花の丁度中間で茜は止まる。
「ネックレスを外して俺に投げて渡せ」
茜の武器である青桜刀はキックス犯罪集団にバレている。それがネックレスにある収納石にあるであろうことも。
茜はしゃがんで雪花から取り上げた拳銃クローグ6000を一旦地面に置いてネックレスを外す。
「あれ」
そこで先頭にいた雪花が何かに気づく。
「どうした雪花?」
そんな雪花にツクモが尋ねるが「いえ」と雪花は言って茜を見守る。
茜は言われた通り、エメラルド色の収納石を付けているネックレスを外しライアンに投げて渡した。
そして拳銃を拾い上げて歩み寄り、カーターに手渡す。
「お前が例の青髪の少女だな」
青桜刀の事を知っているという事は茜の所業も知っているだろう。
部下の手を切り落とし、車のタイヤを撃ち抜いて、ロケットランチャーを弾き返した。要注意人物に指定されているに違いない。
「うっ!?」
ブチッと何かが千切れる音。
それはライアンがその要注意人物である茜のワンピースの肩ひもを掴んで強引に引き寄せた為。
「うちの部下が世話になったなぁ。後で遊んでやるから楽しみにしておけ」
茜に顔を近づけ凄んで言うライアン。
だが茜が可愛すぎた為か、その顔には下卑た笑いが浮かんできてしまっている。
「お、お手柔らかに……」
ワンピースの肩ひもが千切れた茜を片手で強引に巻き取って銃をこめかみに突き付けるライアン。
「茜っ!」
「る、ルココさん危ないから!」
ルココが前に出ようとするところを雪花が片手で止める。
今出て行けば茜が危ない。それはルココも分かっている。だが茜への乱暴に怒りが抑えられないのか小さくぶつぶつと何かつぶやいている。
「あいつ……殺す」
「お、落ち着いてね……」
だがここで何かおかしい事に気づく。
ライアンは先程までマリーを拘束していた。
そのマリーはライアンの拘束から逃れ少し前に押し出される。そして自由になったマリーはすぐさま腰に装備してあった拳銃に手をかけて引き抜いた。
「マリーさん! こっちに!」
銃を構えるより先にこっちに来いと、雪花がマリーを呼ぶがどうやら様子がおかしい。
マリーは銃を構える。
だが驚くことに、その銃口は雪花達に向いていたのだ。
「マリー!?」
「マリーさん!? どうして!?」
「ごめんなさいね。教授、雪花ちゃん」
マリーはツクモにウィンクを一つ。
ツクモは天を仰いで分かりやすく落胆する。
トレジャーハントにロマンはあるがそこに男だけだと妙に暑苦しい。だが女性が一人でも加わればそこには爽やかな風が吹き、華やぐというもの。
美少女の茜は不在。雪花もいるがまだ子供。そこにマリーのような大人の女性がいればそれだけで現場は華やぐというものだろう。
「……成程、君も……いや、バンカー王国が最初からそちら側だったという事か」
だがその華が裏切者と分かるや否やツクモは落胆を隠せないでいた。
恐らくバンカー王国は最初からツクモに財宝を渡すつもりはなかったのだろう。財宝を見つけたところでツクモを殺し独り占めにするつもりだったのだ
「やれやれ、どうやら我々は権謀術数の世界へ足を踏み入れてしまっていたらしい」
「そう言う事ですよ教授。僕が盗み出したデータを最初に持ち込んだのはバンカー王国です」
元助手のカーターにバンカー王国側から接触したのだろう。金をやる代わりにツクモを裏切って情報を流せと。
お金は容易に人を変える。不満を持った側近を裏切らせるのは容易だったに違いない。
そして十年前バンカー王国を乗っ取った王族も財宝を探している節があった。だから出土したチェントロ遺跡にツクモを呼んで出資し、財宝を探させ、最後は独り占めするつもりだったのだ。
「ツクモ教授。あなたは私達の手の平の上で踊っていただけですよ」
ライアン達の後ろからまた別の男の声。
「よくやってくれました。ツクモ教授」
そんな労いの言葉を発する男は白い肌に赤毛の男。ディアン族だ。
服装はバンカー王国の民族衣装なのか、全身白地の長袖長ズボン。尻まで届く長い丈と太い線の入った純白の白い上着を纏っている。口や顎を隠す程の赤毛の髭。だがその髭には秩序があり、高貴さを形作っている。
「あ、あの人、見たことある!」
雪花が知っているというのも無理はない。事前に渡された資料で見た人物なのだから。
「あなたは……アヴェル国王陛下」
ツクモはその男を見据えて言った。
それは現バンカー王国の国王、アヴェル=オグストだった。
「あなたにはここで死んでもらいます」
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