光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第76話 ~舐めてもいいのよ?~

公開日時: 2023年9月8日(金) 09:44
文字数:5,850



 その頃、ファウンドラの支部ルシャワ大学附属病院の地下ではセレナが様々な雑務を行っていた。

 飛空艇アシェットの報告書や共鳴識層を測定する機器発明者を探る依頼書の作成、更には茜を襲った男の捜索依頼など。

 

「あ、セレ姉。お疲れ~」


 そこへギャリカが一仕事終えて戻って来た。


「お疲れ様です。ギャリカさん」

「アジトらしいところはあったけど痕跡が何もないわ。駄目ね」


 ギャリカはバドルと接触したフードの女の痕跡をハウンドと共に探していたのだ。

 殺害されたハウンドのカメラに映った場所。そこから捜索範囲を広げていき怪しい場所を全て探っていたのだ。

 

「流石、ブラッドオーシャンといったところでしょうか。抜け目がないですね」


 だが既に痕跡はなく、拠点と思われる部屋や通信機器は全て爆破または燃やされ、現地警察に火事や事故として処理されてしまっていたのだ。これではトップエージェントであるギャリカもお手上げだろう。


「あら、剣君からメッセージが」

「剣が? 珍しいわねぇ。あいつ何だって?」

「茜さんが……風邪をひいたそうです」


 今までセレナは座ってバソコンで何やら作業をしていたのだが、突如席を立つ。

 セレナの表情はいつものクールな表情ではない。焦りと動揺が見て取れる。


「茜? ああ、光ね……セレ姉、どうしたの?」

「医者がそう診断したそうですが症状がきつすぎるから風邪じゃないかもしれないと」

「は? 医者が診断したなら風邪じゃん」

「ど……」

「ど?」

「どうしましょうギャリカさん! 茜さんは死ぬんでしょうか!?」


 セレナはギャリカに詰め寄って肩を揺さぶる。


「ええ!? 落ち着いてセレ姉っ、風邪如きで人は簡単に死なないよ?」

「そうなんですか!?」

「え? セレ姉風邪ひいたことないの?」

「ありません……ギャリカさんはあるんですか?」

「無いけど」

「じゃあ分からないじゃないですか!」


 ファウンドラ社に努めているエージェントは皆超人だった。

 そして誰一人として風邪の症状の普通が分からない。だから茜の風邪の真偽が分からない。


「とりあえず剣君にイヤーセットをつけてもらってこちらで指示するしかありません」

「指示って、何をどう指示をすんのさ?」


 風邪を経験したことが無い者達が何をどう指示できるのか。的確な指示を出せるわけがないと、ギャリカは思う。

 セレナは茜に甘い。茜の事となるとたまに冷静さを欠いてしまうのだ。


「ギャリカさんはネットでどうすればよいか調べてください!」

「りょ、りょーかい!」


 セレナは大慌てでイヤーセットの準備をし、ギャリカは風邪の対処法をネットで検索する。

 因みにここは病院の地下であり、病気の専門家は大勢いる。だがその事に気づかないくらいにセレナは焦っているのだ。

 

『こちらセレナ、剣君ですか?』

「はい、剣です!」

『これからこちらの言う通りに動いてください!』

「分かりました!」


 剣はセレナの指示通りに用意したタオルを下に敷き布団が汗で濡れてしまわないようにする。

 そして茜のおでこに放熱シートを貼り付けていく。


「やりました! 後は!?」

『ギャリカさん! 後は!?』

『ええとねぇ……パジャマが濡れ過ぎてたら脱がして体を拭いて新しいパジャマに変えろって』

「え? 脱がす? パジャマを?」


 そのギャリカの言葉に、剣は色めき立つ。

 この部屋には茜と剣、二人しかいないのだ。であれば茜の服を脱がす事が出来るのは剣しかいない。

 美少女の汗で湿ったパジャマを剣が脱がせなければならない。


『剣君! 出来ますか!?』

「や、やってみます!」

『やったじゃん剣。でも茜の体を普通の女と思ったら駄目よ? あれはスタイル良すぎるから勉強するだけに留めておきなね?』

「べ、勉強!? な、何を!?」

『弱ってる茜の服を剥いて体の隅々まで舐めまわすように汗を拭くんでしょ? やりたい放題じゃん?』

「言い方気を付けろ! 俺は寝込みを襲うレイプ犯か!」

『ちょっとギャリカさん! 時と場合を考えた発言を――』


 何やらイヤーセットの向こうでセレナとギャリカが騒いでいる。

 それを尻目に、剣は茜に近寄って容態を確かめる事にした。


「茜……大丈夫か?」


 茜の息は荒く、さっきよりも辛そうだ。

 剣は先程茜を支えた時に確認していた。少しだけ茜のパジャマが湿っていた事を。

 ギャリカの言う事を聞くのであれば茜のパジャマを脱がさなければならない。


「茜、今着てる服、気持ち悪いか?」


 剣の問いに茜は薄目を開けてコクリと頷いた。

 茜は剣の家の風呂を無断で使用するくらいには綺麗好きだ。少し湿っていても気持ち悪いようでこのまま布団で寝たくはないだろう。


「セレナさん、パジャマは少し湿っていて、茜も気持ち悪いようです! 脱がした方がいいと思いますが!? いや脱がしましょう!」


 いつもの剣より、若干語気が強くなっている。心なしか息遣いも荒い。

 剣も男の子だったという事だ。


『そ、そうですか、パジャマは近くの棚に――』


 セレナはそんな剣に若干の恐怖を覚えつつも現場には剣しかいないのだ。的確に指示を出していく。

 剣はパジャマを出して置いておく。後は茜のパジャマを脱がし汗を拭わなければならない。

 

「あ、あ、茜……これから汗を拭かなきゃいけないんだが」


 茜は黙って上半身を起こすが踏ん張りが効かないのか、その勢いのまま前に倒れてしまう。


「おい、茜? 大丈夫か?」


 剣は茜の肩を支えてやる。

 そしてその肩を掴んだ手は茜のパジャマの状態をはっきりと把握した。

 やはり湿っている。脱がせるしかない、と。


「茜、ボタンは外せるか?」


 茜は返事をせず、胡乱な目でパジャマのボタンを探り当て手をかける。だがなかなか外せない。

 先程のお粥を救ったスプーンもまともに持てなかったのだ。無理もない。


「が、頑張れっ、茜っ」


 剣は応援する事しかできない。だがイヤーセットからまたセレナから指示が。


『剣君、ボタンを外して脱がせてあげて下さい』

「え? でも女子の服を脱がすなんて……」

『大丈夫大丈夫っ、茜はそんな事気にしないから』


 と呑気なギャリカ。


「お、俺が気にするんだよ!」

『ヘタレねぇ、大丈夫。茜はほら男……というか、そのー……ねぇセレ姉』


 ギャリカは茜の中身が男だと知っている。だから多少手が体に当たった所で何とも思わない。

 だがそれを言えるわけがなく、ギャリカは言葉に詰まってセレナに助けを求める。


『ボタンだけ外し脱ぐ時だけ後ろを向いてあげて下さい』


 セレナは努めて冷静に支持を出す。

 剣は了承して茜を見据えた。


「茜……今から服のボタンを外していくからなっ? ……変態とかいうなよ?」


 剣の言葉に茜は頷いた。そして辛いだろうに、苦しそうに口を開き、ひねり出した言葉が、

 

「……変態」


 だった。

 茜は言って軽く笑っているので冗談なのだろう。


「全く……外すぞ」


 剣は手早く茜の襟を掴んでボタンを外す。すると茜の華奢な鎖骨の全体像が露わになった。

 茜は辛いのだろう目を瞑ってなされるがまま。

 そんな茜のパジャマのボタンを外す剣は多少の罪悪感が襲う。まるで寝込みを襲って服を脱がすようなそんな罪悪感に。


「つ、次行くぞ」

 

 剣は二つ、三つと外していくと茜のふくよかで形の良い乳房が顔を出す。大事な所は見えてはいないのだが、肌が白すぎる為、血管が浮き出て見えている。

 そして全て外すとはらりと茜のパジャマが左右に分かれた。

 パジャマの前が開き、前面部を露わにしたことでだろうか、茜がびくつくように息を一際大きく吸って吐きだした。


「よ、よし、全部外したぞ、茜」

「うー……」


 茜はふらふらと上半身を揺らして今にも倒れそうだ。

 剣は外し終わったら後ろを向けと言われていた。

 だが剣はその魅惑的な光景に抗えず、改めて前面部がはだけた茜を見る。

 普段隠れている茜の前面の肌はやはりとても白く、それを満遍なく覆う汗が光沢を与えている。

 更に鎖骨に溜まっていた大粒の汗がこぼれ、茜の体をつたって落ちていく。半分見えている乳房から鳩尾、そしてヘソへと汗の雫が軌跡を描いていく。

 茜の胸と起伏の乏しいお腹は荒々しい息遣いで柔和に膨らんではへこみを繰り返し、妙な艶めかしさがある。

 剣はそこで固まってしまう。それは煽情的な茜の体に視線を釘付けにされたからに他ならない。オルカと茜が名付けたエロティックソードの異名は伊達ではないのだ。


「……あ」


 そこで剣は何かに気づく。

 茜の露わになった前面部を食い入るように見ていた剣に何かが突き刺さっていたのだ。今まで目を瞑って苦しそうにふらついていた茜の目が半分開かれジトリと睨む、その視線が剣に突き刺さっていたのだ。

 茜としては裸を剣に見られることなんてどうって事は無いだろう。しかし前面のボタンを全て外した、あられもない恰好のまま男に見つめられる、というのは何とも言えない不快感があるようだ。

 茜は何か言いたげだがそんな元気もない。真っ赤な顔と潤んだ瞳で剣をジトリと睨みつけるだけ。

 そんな突き刺さるような視線も今の茜では男を惑わすそれに見えなくもない。女性に耐性がない剣ならなおさらだ。

 顔を赤くした剣はこのままではいけないと魅惑的な茜の体から無理やり視線を逸らす。


「ええと、ボタン……全部外したからな」


 剣は乾いたタオルを茜に手渡してやる。


「あ、後は自分で脱いでタオルで拭け……終わったらこのパジャマに着替えたらいいから」


 剣は着替えのパジャマとタオルを置いて後ろを向いた。

 その頃、セレナとギャリカと言えば詳細な様子が分からず、聞き耳を立てているだけしか出来ずにいた。


「剣、大丈夫かな?」

「では少し覗いてみましょうか」

「え? それって盗撮?」

「いえ、監視用カメラを隠して設置しているだけです」

「……じゃあ大丈夫ね」


 謎理論にギャリカが納得し、セレナがカタカタとキーボードを弾くとモニターに茜の寝室の画像が映し出される。

 茜はぐしょ濡れの上下のパジャマをやっとの事で脱ぎ去ったところだった。パンツ一丁のまま、まず足を拭いてズボンを履き替える。続いて上半身の前面の汗を拭う作業に入った。


「大分参ってるみたいね」

「とても辛そうです……」


 茜は上半身の前面をタオルで拭っているのだが、肩で息をしており、手に持ったタオルも何度か落としてしまっている。

 モニタ越しにも茜の辛さが伝わってくるというものだ。

 ギャリカとセレナは心配そうにその様子を見守っている。

 続いて茜は背中を拭こうとするが手に力が入らないのか、なかなか拭けないようだ。

 だからセレナは剣に指示を出す。


『剣君。茜さんの背中を拭いてあげて下さい』

「え? でも」

『茜さんには後ろを向いてもらって下さい』

「りょ、了解です」


 剣は意を決して茜に話しかける。

 

「あ、茜。背中拭いてやるから後ろ向いてくれ」

「え」

「あ、嫌ならいいんだが……」

「その……はぁはぁ……妙に優しいなと……思って」


 剣はてっきり男に体を拭かれるなんて嫌だと言われる思っていた。

 女から見たら引きそうな剣の提案も、茜から見れば単に自分に優しい友人になる。

 剣も茜が男であればここまで優しくはしないだろう。だが相手は女で美少女。大手を振って優しく扱うだろう。


「あ、当たり前だろっ、お前は病人なんだから」


 本心を覆い隠すように言って聖人君子を語る剣。

 

「じゃ……頼むよ」


 剣が振り向くと茜は背中を露わにして座っている。

 これは剣にとって初めての経験だった。上半身に一糸纏わぬ姿の茜を目の当たりにするのは。

 とても華奢な茜の背中。そしてやはり汗ばみ、光沢のある背中。

 剣はその艶めかしい光景に生唾を飲む。そして同時にまた何か悪い事をしているのではと考えてしまう。

 茜が病気なのをいいことに服を脱がせ、じろじろと見てしまった。更に汗を拭く名目で美少女の背中をタオル越しに触れる行為を。

 

「いいんだな……本当に」


 罪悪感がそんなセリフを剣に吐かせる。

 これは明確に茜の意思なのだという免罪符が剣は欲しかった。少しでも罪悪感を減らしたい一心で。


「はぁはぁ……いいから早く」


 茜は正直さっさと拭いて欲しいと思ってそう吐き捨てる。

 だが、ここで茜は本来の目的を思い出す。

 よく考えれば今の状況は、剣に告白させる目標を達成するにはうってつけの場面、という事に気が付いたのだ。年頃の男女が急接近する。しかも片方は弱り、艶めかしい姿。これ以上のシチュエーションがあろうか、と。

 茜は片唇を釣り上げ、辛い病体を押して口を開く。


「剣……」

「え?」

「お前以外だったら……断ってたし」


 そして肩越しに剣を見て微笑んだ。

 これは茜にとって剣が特別な人です、と宣言したようなものだ。捉えようによってはあなたは無害です、と言っているともとれるが剣は女性に耐性がない。だからここまでの茜の魅力あふれる恰好にまともな思考回路は崩壊していた。

 茜は運命の少女。更に誰がどう見ても美しい少女。そんな茜に剣は特別な存在だと宣言されたのだ。


「え? それって……」


 剣はタオルが手の握力で千切れるのではないか、というくらいにタオルを握りしめ、顔を赤く染めている。更に剣の呼吸も少々荒くなっている。

 茜は茜で剣に見えぬようにほくそ笑んでいた。


「じゃあ……よろしく」

「え? ああ、そうだな……」


 だがいつまでもそのままではいけない。早く背中を拭いてやらないと茜の体が冷えて風邪が悪化してしまう。

 剣は恐る恐るその背中にタオルを持った手を伸ばす。

 そんな光景をセレナとギャリカが観察していた。


「なぁに、意外とやるじゃない、光の奴」

「このままいけば光さんが剣君に正体を明かすのも時間の問題でしょうね」


 剣が茜に告白すれば茜は自分の正体を明かす。そういう作戦だ。


「セレ姉、私い―こと思いついちゃった」

「はぁ……何でしょう?」


 ここでセレナ部隊の問題児、ギャリカが何か思いついたようだ。

 それにセレナは訝しげにギャリカを見つめる。何故ならギャリカは性の感情に無頓着な所があるからだ。

 現在、上半身裸の少女と女性に耐性のない青年が狭い部屋の中で二人きり。この状況でそんな問題児が思いつく「良い事」など不吉の予兆でしかない。

 ギャリカは自分の首に巻き付けられているチョーカーをいじっている。

 これはファウンドラ開発の変声期だ。チョーカーの正面に付いている星を押しながらそのチョーカーにあるボタンをいじれば声帯を刺激し、声を変更できる。


「あーあー、あー……セレ姉、これ茜の声になってる?」

「ええ、なっていますが……何だか嫌な予感が」

「まあまあ。見てて」


 そう言ってギャリカはモニターを指さす。

 セレナがモニターに目を落とすとほぼ同時、ギャリカがありえない事をイヤーセットを通して剣に言い放った。


「舐めても、いいのよ?」


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