光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第152話 ~クソみたいな国王~

公開日時: 2023年12月16日(土) 19:13
文字数:5,755


 壁門から出てきたのは意外にもびしょびしょに濡れた半裸で海パン姿の剣だった。

 超人級の共鳴強化を持つルココの突きも弾くフランツの硬化の秘術。だがその上位である化物級である共鳴強化を持つ剣には無意味だったらしい。そして流石のフランツも予測不能の剣の剛腕に油断していたようだ。見事に鳩尾を打ち抜かれては身動きが取れない。

 そして突如現れバンカー王国の親衛隊隊長であるフランツを敵と認識したあたり、雪花を通してセレナ経由で剣に情報が行っているのだろう。


「剣、青桜刀が壁に刺さっちゃってさぁ。取ってくれない?」


 丁度いい所に剣が現れたと、茜は腕を伸ばしても届かない壁に刺さった青桜刀を指さして言う。


「全く……」


 こんな状況で何をやっているんだと、剣は溜息だ。

 だが茜の頼みを剣は断れないみたいだ。剣はジャンプ一番、青桜刀を掴んで抜き取り、雪花の上にいる茜に渡してやった。剣くらいになると青桜刀の重さも気にならないようだ。


「サンキュー剣、そろそろ来る頃だろうと思ってたよ」

「ああ。まさかバンカー王国が裏切るなんてな」


 そう言って剣はマリーを横目に見る。


「あはは……剣君ってそんなに強かったのね」


 その剣の視線と強さにマリーは苦笑いだ。この二日間ずっとだましていたのだからばつが悪いだろう。更に一つ手前のギリー島で様子を見ようと切り出したのはマリーだった。それもキックス犯罪集団に手を出させない為、マリーが画策していたに違いない。

 だが剣は目を瞑り、プイっと視線を外す。裏切ったとはいえ今マリーは恋人の仇をとろうとバンカー王国まで裏切っている。敵の敵は味方。だから文字通りマリーの行いには目を瞑るのだろう。


「それで、壁の外の状況は? キックスと王国の兵士がいただろ?」


 青桜刀を貰った茜は雪花に肩車されながら剣に現在の状況を聞く。

 

「ここに泳いでくる間、キックスの手下の船がいたから全員倒しておいた。壁の向こうにいる奴らもな。ライアンも手足をいくつか折っておいたから身動き取れないだろう」

「バンカー王国国王は?」

「いなかった。俺は北の方から上陸して来たからな。ここから西の浜は見ていないから恐らくそこに居るんだろう」


 その剣の報告に茜もツクモも感心したように頷いて賞賛している。雪花はライアンの手足をいくつか折ったという台詞に自分がやられたわけでもないのに痛そうな顔をしていた。

 バンカー王国国王はマリーに撃たれていた為、係留した船で治療を受けているのだろう。そしてフランツが制圧したころを見計らい、またここに戻って来るに違いない。

 だから後はツクモ達を裏切ったバンカー王国の国王、アヴェルを捕えれば終わりだろう。

 だがここで苦悶の表情を見せていたフランツが息も絶え絶えに顔をあげ、口を開く。


「お前達っ……こんな事をしてどうなるかっ、分かっているのかっ!?」

「驚いたな、銃弾が効かないって聞いたからそこそこ本気で殴ったんだが……まだ話せるのか」


 フランツの負け惜しみの言葉に、剣は違う意味で驚き、感心しているようだ。

 だがその話し方だとまだまだ本気は出していない様子。それには流石のフランツも苦悶の表情が更に曇っていく。


「あの、茜さん。この人は誰ですか?」


 そこへキリカがルークの手を引いて走り寄って来る。


「この子達は例のギカ族の子供か」

「そうそう。キリカ、この半裸の男は剣。私達の仲間だ」

「そうなんだぁ! とても強いんですね!」

「そ、それ程でもないが……」

「カッコイイなぁ~、筋肉も凄いですね! 触ってもいいですか!?」

「鍛えてるから……触ってもいいぞ」


 キリカは羨望の眼差しで剣の差し出された逞しい上腕筋を掴んではしゃいでいる。

 茜達がかすり傷も負わせられなかったフランツを剣は一撃のもとに付したのだ。強い男性に惹かれるのは世の常。まだ十四歳の少女であるキリカであれば一目惚れしてもおかしくはないだろう。

 そして女性に耐性の無い剣は照れて赤くなっている。それに茜は顔をニヤつかせた。


「おやぁ~、剣君~、モテモテですなぁ。まんざらでもない様子」


 それを茶化して茜がそんな事を言う。茜とその下にいる雪花、揃って顔をニヤつかせながら。


「なっ、違うからなっ!? 俺は別にっ」

「ふぅん~」


 茜と雪花のニヤニヤが止まらない。

 そんな茜達をよそに、マリーは片膝を突いてまだ地面に突っ伏している実の父、フランツに肩を貸そうとする。


「お、お父様、大丈夫ですか?」


 だがフランツは片手でマリーの手をすぐさま払いのけた。


「私に触れるな! マリー……お前は今、何をしているのか分かっているのか!? 激情に駆られて……お前はとんでもない事をしでかしたのだぞ!」

「お父様……」


 切迫した表情を見せるフランツに対し、先程に増してばつが悪そうな表情のマリー。

 実の父に冷たくあしらわれるマリーを見かねて茜が親子喧嘩に水を差す。

 

「フランツさん。安心してください。私達を裏切った国王はこちらで適切に処分します。剣が」

「あ、ああ、当然だ」

 

 ファウンドラ社から受けた依頼はキックス犯罪集団の壊滅と財宝を探し出す事。だがその状況に応じて茜達はその依頼内容を変更できる。ギカ族の加入も然り、裏切りによる処罰もまた然りだ。それが国王と言えど例外は無い。


「だからフランツさん。あなたもこちら側に寝返える事を提案しますが?」


 そしてそんな事を提案する雪花上の茜。妖艶な笑みを見せて地を這うフランツを見下ろして来る。

 バンカー王国の現国王が今この島にいるのだ。護衛の数も減っている。最高戦力のフランツが寝返れば抑える事は更に容易なるだろう。

 そして頭を押さえれば下につくものは自然と無力化できる。しかも十年前に出てきたポッと出の国王。バンカー王国国民の支持を得る事も容易い。むしろ諸手を挙げて喜んでくれるだろう。


「馬鹿な事をっ……万が一上手くいったとして次の王がいない。それでは、バンカー王国が混乱してしまうっ」

「ああ、その事ですか。それなら私に一ついい案が――」


 その時、壁門の方から複数の足音。

 バンカー王国の兵士達かと思われたがどうやら違うようだ。

 

「お、いたいた」

 

 それは褐色の肌に黒く長い髪、ギカ族。


「エドガーさん!」

「お嬢! 坊ちゃん!」


 先頭にいたのはキリカとルークの世話役でありプルアカ村の村長代理であるエドガーだった。続いて先日、村長の家で、会議の場にいた男達が五人程、ライフルで武装して入って来る。


「いやぁ、無事で何よりでした。しかし、やりましたね! 本当に宝の在処を探し当てるなんて!」

「うんうん、あのぼろ船を貸した買いがあるってもんだ」

「これで人身売買をやらなくてすむな」


 同郷の者が現れ、ほっとしたのだろう。エドガーに走り寄り、抱き着くキリカとルーク。

 

「そして茜のお嬢も……少しボロボロで、ルココのお嬢は倒れてる!?」

 

 慌てるエドガーに茜が大丈夫だと説明してやっていると、壁門からまた一人入って来る。それは左目に眼帯をした白い肌と赤毛の男。十年前の紛争でギカ族に助けられたというロイだ。


「成程、これがバンカー王国に伝わる秘密……綺麗な城だ」


 ロイは目の前にある城を見上げて感慨深そうにそう吐いた。

 ロイが昨日話していた。バンカー王国には秘密があり、それを守るのがディアン族。秘密に導く鍵となるのがギカ族だと。その秘密がまさか話した翌日にお目に掛かれるとは思ってもみなかっただろう。

 

「茜さん。やりましたね」

「余裕でしたっ」


 茜は雪花の頭に肘を置き、歯をむき出して二っと笑った。


「あんたは竜巻で吹っ飛ばされてたじゃん」


 ばらすなと、茜は雪花の頬をつねり、それを喜んでいいのか分からず、ロイは苦笑いだ。

 だが人伝で聞いた都市伝説のような秘密を実際に目で見ることが出来たのだ。嬉しくないわけがない。

 そしてその視線を横に向けるとロイはある人物に目を止めた。


「君は」

「え?」

「マリー?」

「どうして私の名前を?」


 そしてマリーの名前を呼んだ。


「やはりマリーか!? 十年も経っているのだから無理もないか……そこで地に伏せっているのはフランツ!?」

「そ、その声は……まさかフロイ!?」


 ロイが右目を見開き、信じられないとマリーに歩み寄る。


「いやはや……十年ぶりだね、マリー」

「本当に……フロイなの?」


 マリーも目を丸くし、それを涙でにじませる。そしてロイの両頬を手で包み込んだ。そしてペタペタと幽霊ではないかというように、実体を確かめるように触りたくる。


「ああ、私だ」


 その無遠慮なマリーの手を取ってロイはマリーをそっと抱き寄せる。抱き寄せられたマリーの目には涙が溢れ、そしてマリーもロイを抱きしめた。


「え、どちらさま?」


 雪花は茜を見上げて尋ねる。

 二人の関係は恐らく恋人関係だろう事は分かる。だから恐らく、マリーが現国王を撃った原因となる人物なのだろう。

 関係は分かったがマリーが呼ぶ、フロイとは何者なのか。雪花やツクモは訳が分からないというように首を傾げるばかりだ。

 そしてキリカとルークは顔を見合わせる。マリーと抱き合っている男の名前はロイではなかったのかと。

 だから茜は答えてやる。


「あれはフロイ=オグスト。前国王の子供だった人」


 その光景を生暖かい笑みで見詰めながら。

 

「ええ!? てことは王子様!?」

「って事でいいんですよね? ロイさん。いや……フロイ王子」


 茜がニヤニヤしながらロイに尋ねると肩眉を下げて恥ずかしそうに問い返して来る。


「まさか最初から分かっていたのかい? 恥ずかしいなぁ」

「いえ、ただ貰った情報にあなたに似た人物がいたので少しだけ調査を」


 実は茜は昨日からその事実を知っていた。

 事前にファウンドラ社が調査した資料に亡くなったとされる前王族の顔写真はあった。更にギカ族に助けられ、村長代理である粗暴なエドガーが丁寧な対応を取るロイ。その存在が気になっていたのだ。だからルココが風呂から出た後にセレナに調査を依頼したのだった。


「驚いた。ギカ族の住む村に逃げ込んだが殺されたと聞いたのだが」


 フランツも目を丸くして驚いている。

 実際、ロイが言っていたように逃げ込んだ先であるプルアカ村のギカ族に助けられたのだろう。そして十年間、フロイをかくまっていた。


「フランツも、苦労したみたいだな」

「ええ、まあ……」


 そこでフランツはヨロヨロと立ち上がる。まだダメージが抜けていないのか、腹を抑えながら。


「フロイ様も、我々が至らぬばかりに……」


 フロイの左目の痛々しい眼帯を見てフランツは言う。

 それはフランツがフロイ達を守れなかった事の証なのだ。王族の護衛をやっていた身としては体裁が悪いのだろう。

 その体裁の悪さを利用して、茜が口を開く。

 

「というわけで、次期国王も決まったしこちらに寝返ってもらえますよね。フランツさん」


 現国王のアヴェルはファウンドラ社の茜達が処罰する。バンカー王国国王不在の憂いもない。

 大人しくこちら側について勝ち馬に乗れと、茜がフランツに進言する。

 だがフランツは首を縦には振らなかった。


「そういう事ではないのだ……君達がどれだけ強かろうと、我々が……私が裏切ればどうなるか」


 全ての事が解決したにもかかわらずフランツは苦しい表情。


「どういう事か話してもらえますか? フランツさん」

「……分かった」


 フランツが現国王を裏切れない理由はこうだ。

 バンカー王国を乗っ取った王族はフランツ達が自分達に危害を加えれば国民を虐殺すると脅していたのだった。


「十年前、バンカー王国を乗っ取ったアヴェル国王陣営は兵士達の数が圧倒的に不足していたのだ。しかし我々はその紛争に負けた。その原因は奴らがこの国に持ち込んだ兵器……戦艦だ。国民を人質に、我々は敗北を喫し、更にはフロイ様達王族を殺されてしまった……そして現在、我々が裏切った場合、海洋に待機させている戦艦を起動して国民を殺すと」


 だからフランツは現王族に下ったのだった。国民を殺されない為に。そして国民を顧みず、自分の仇討ちしか頭にないマリーに激怒したのだ。

 しかし自分の国の民を人質にするなど常軌を逸している。そんな非人道的な行いに雪花が口を開く。


「自分の国なのにどうしてそんなことを!?」


 平和な日和の国に住む雪花には考えられない事だった。

 だがフランツは冷たく言い放つ。


「乗っ取った国の民に愛着が無いのだろう」

「そんなっ」


 そこへ茜が補足の一言。


「それに財宝が見つかればこの国にいる理由もないだろうしな」


 それにフランツも頷いた。

 茜も世界の闇の部分を多く見てきた。特段不思議な事でもないのだろう。


「それって王族がここに帰って来た理由は財宝の為だけだったってこと?」

「石油も出ないこの国にそれ以外の魅力なんてあいつらにはなかった。それだけの話だろ」


 この王国を乗っ取った際に起きた紛争が十年前。その時にギカ族の村や周辺の島を探っていた。しかし見つからなかった為、遺跡を出土させツクモを呼び、助手のカーターを裏切らせて宝を独り占めしようとしたのだろう。

 

「クソみたいな国王だな」


 許せないと憤る雪花の溜飲を下げる為か、茜は口汚く国王を罵ってやった。


「茜とやら、国王が聞いているかもしれん。滅多な事は言うもんじゃない。君も処罰されてしまうぞ」

「ふふん、ここには国王側の人間はフランツさんしかいませんよ」

「……それもそうだな」


 どの道茜達、ファウンドラ社側は裏切られた制裁を加えるつもりなのだ。処罰など何も怖くはない。


「フランツさんも言ってやりなよ。クソみたいな国王だって。溜まりに溜まった不平不満をぶちまけちゃえばいいんじゃない?」


 そして茜は妖艶に首を傾げてフランツを見る。

 更にマリー、フロイ、エドガー達もフランツを注視する。その発言をフランツがすることでマリーも救われるというもの。そしてこの国、バンカー王国の次期王候補のフロイもすんなり王の座につけるというものだ。


「あの方は……」


 そこでフランツは一度口をつぐみ「いや」と言い直す。


「あいつは人でなしでろくでなしのクソみたいな国王だ」


 先程までの丁寧な物言いのフランツからは想像できない程の口悪さ。

 だがその口悪さに、みんな一様に笑顔になり、ギカ族達は歓声をあげ、雪花は笑顔でぱちぱちと手を叩いている。

 これでフランツは茜達の側に寝返ったという事だろう。


『おい、フランツ』


 その時、どこからともなく国王アヴェルの声が。


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