「くそっ……やられた……」
獄道魁人を護送している車の運転手の兵士は左腕を欠損していたもののまだ息があった。
だがその護送車は運転席と助手席を分けるように半分に切られていた。
互いに互いの体重を支え合うように、しかし真ん中で着れている為、互いの車体が中央に傾いてしまっている。
『こちら上空ヘリ! 何があった!? 生きていたら応答しろ!』
と、無線から声が。
重要人物を運ぶにあたり、ヘリも護送に参加していたようだ。
「無線は……生きてるっ」
胸に装備した無線を右手で掴み、助けを呼ぼうとする兵士。
「こ、こちら――」
突如、護送車のフロントガラスの前にフードの男が張り付いた。
そして窓に唾を吐きかけると銃弾を弾くフロントガラスがが一瞬にして溶け、消え去った。
「なっ、なんだっ!?」
続いて激痛が兵士の右手の甲を襲う。
「ぐあぁ」
兵士は苦悶の表情。そして無線機はカラカラと落ちていく。
「くっ」
兵士が右手を確認すると何かが刺さっている。
それはナイフでもく、針でもない。鳥の羽のようなものが刺さっている。
更に、信じられない事に右手の甲が石のように固まっていく。
「な、なんだこれは!」
その石化はやがて肩から全身へ広がっていった。
そして十秒もしない間に全身が石で固まって動かなくなってしまったのだった。
フードの男はそのまま獄道玄と魁人がいるであろう車内へ。だが人が入るには少し狭い切れ間。
「ふんっ」
フードの男は頑丈な造りであろう護送車の厚い扉をまるで紙でも破るように蹴り破った。
「よお、助けに来たぜ」
フードの男が中に入ると獄道玄と魁人がいた。玄は右手首から先が無くなっただけで済んだようだ。魁人も右足首から先が無くなっているだけ。
「ぬ、お前はもしや……あの方達の!?」
「ふん……随分荒いお迎えだな」
痛さでだろう、余裕がない表情の玄と魁人。
「すまんな。今その手錠を解くから安心しろ」
フードの男は魁人の対レゾナンスの手錠を解いてやる。すると魁人の欠損した足が再生した。
「ふう、出血多量で死ぬかと思ったぜ」
「後でほうれん草くえよ」
「相変わらずのヴィーガンかよ」
「ああ、それでこいつだが」
「早く助けてくれ! 今なら手も付く!」
玄は切れて落ちた手首を持って懇願する。
だがフードの男から突き付けられたのは黒く硬い塊。
先程の兵士から抜き取っておいた拳銃だった。玄の頭に銃が付きつけられる。
「色々話されると面倒なんでな」
「え、う……貴様っ」
玄はフードの男を睨みつける。
だが玄も分かっている。フードの男、ブラッドオーシャンとしても鬼のついた魁人以外、利用価値がない事を。
「か、魁人! ワシを助けろ!」
だから自分の息子、魁人に助けを求める玄。
血の繋がっている息子なのだから親を助けるのは当然。玄はそう思っていた。
「親父、あんたはここまでだ」
だが魁人から出てきたのはそんな酷な言葉。
「なっ……お前を育ててやったのはワシだぞ!」
「こんな俺を育てたのはあんただろ」
「な、なんでだ!」
「だそうだ。じゃあな獄道玄」
銃声が二発、鳴り響いた。
「良かったのか?」
「ああ、親父の、人を人として見ない性根が伝染しちまったのさ。それにあんたらを敵に回して勝てる気がしねぇ」
前者は親と子の複雑な事情でフードの男は分からない。だが後者に限っては十分な理由だ、とフードの男は納得する。
「そうかい、じゃあさっさと出るぞ」
二人は護送車を出る。そしてフードの男は無線機を手に取る。
「こちらシリウス。獄道魁人を確保しました。玄は死亡」
『分かった、今すぐ離脱する』
その無線機からは女性の声。
恐らく先程怒鳴り散らしていた女だろう。
「了解です」
すると大気を震わせながら上空に戦闘ヘリが飛来した。
『そこを動くな! 地面に伏せて手を頭の上に置け!』
薄暗い中、ヘリのライトを魁人とシリウスへ向けられる。暗い中、ヘリのまばゆい光に照らし出される二人。
そこでシリウスが叫ぶ。
「マイン、あれをやれ!」
「あいよ!」
魁人が振り向けばそこにはもう一人、フードの男がいた。シリウスよりも一回り背丈も体もでかいマインと呼ばれる男。
そのフードの男は半分に切れた護送車の下に潜り込んだ。
『おい! そこで何してる! 撃つぞ!』
そのヘリの警告の直後、護送車が浮き上がる。その下にはマイン。
「撃てるもんなら撃ってみろ!」
信じられない事にマインは反動をつけて、護送車の片割れをヘリに向けて投げ飛ばした。
「うおおおおお!」
マインの叫び。それは人と呼ぶにはあまりにも獣然とした雄叫びだった。
魁人が見ればマインの腕が変形している。
魁人は青鬼の為青く変色する。だがマインの腕は茶色く、動物のような毛がびっしりと生えている。
『な』
護送車の片割れはヘリに直撃し、更に半分ほど貫いた所で止まった。
それがプロペラに干渉する。そしてそのプロペラが炸裂音と共に粉々に破壊されヘリは落下した。
轟音と共に地に激突し、数秒後爆発した。
「とっとと撃ちゃいいものを……全く。平和ボケしてるから落とされるんだ」
と、呟く魁人。
日和の国は平和だ。だからやられたら実力行使、という考えが根強い。だが一発でやられてしまってはどうする事も出来ないのだ。
ヘリには三十ミリ砲が搭載されていた。装甲車であろうと簡単に打ち砕くことができる。悪魔を見に宿していると言っても剣の拳は効果はあった。であれば対抗は出来たはずなのだ。
「はっはっは、見たか獄道魁人とやら。俺の力を」
と、マインは魁人に向かって怪力を自慢する。
「ああ、すげぇ力だな」
護送車の片割れを軽々と持ち上げてヘリの高度まで投げてしまう怪力。
このマインという男も間違いなく終末の悪魔の力を宿している。
「おい、早くいくぞ。あの方がお待ちだ」
と、シリウスは二人を急かす。
だがあの方、という言葉に魁人は引っかかる。
「あの女も来てるのか?」
「ああ」
「じじいの口封じと俺一人を助ける為にえらく豪勢だな」
「ああ、先日のバドルの件でお叱りを受けたらしいぜ。これ以上、貴重な悪魔憑きを減らしたくないんだと」
それは茜達が行った飛空艇撃墜の依頼の事。
シリウスの言う悪魔憑きとは魁人のような事を言っているのだろう。
バドルに加え、バリーという赤鬼も機動隊によって倒されてしまった。
セレナの調べでは悪魔を身に宿す事が出来る触媒体質のレゾナンスは共鳴識層を調査した人数に対してかなり少ない。
だからブラッドオーシャンとしてもこれ以上、悪魔憑きの人材を失うわけにはいかないのだろう。
「あと……」
「ん?」
「桃色の悪魔がくるとの情報が入ってな。内通者に依頼して護送の日取りを前倒しにしてもらったらしい」
「桃色の悪魔? そいつも悪魔憑きか?」
「いや。だが悪魔よりも厄介な奴だと聞いて――」
そういう彼らの目の前に人影が。
更にまだその姿を見ていないのに背筋が凍る程の殺気が二人を襲う。
「あなた達がこれを?」
その丁寧な言葉遣い。
それが丁寧であればあるほど生命を手放せと言われているような感覚に陥る二人。
「おいおい……まさかこれが」
たじろぐことも、その場から動くことも出来ない魁人。
「こ、この髪の色は……まさかっ」
「そのまさかだ……」
長く艶やかな桃色の髪をなびかせ立つ女性。
「少々、おいたが過ぎるのではないでしょうか?」
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