空港からほど近いホテルに無人タクシーで到着した茜達。
そこでチェックインをして部屋に向かうのだがここで問題が発生した。
「じゃあ、一人部屋がいい人手を上げて」
茜が言うと三人が三人、真っ直ぐに手を上げた。
手違いでホテルに空きがなく、二人用と一人用の部屋しか用意できないとの事だった。
これは偶然か、はたまた剣に告白させる作戦をセレナが補助したのかは分からない。
だが女二人、男一人のこの場面で全員が手を上げる事に剣が苦言を呈す。
「なんでお前ら手を上げてんだよ。寮では二人で過ごしてるだろ」
と。
だが普段二人で居ようといまいと、それが仲が良かろうと良くなかろうと、人目を気にした行動をしなければならない。
だから茜は剣に抗議する。
「たまには一人になりたい……そういう時ってあるだろ?」
「今はその時ではないだろ」
そんな茜に剣は冷静に突っ込むも、雪花が言葉を重ねる。
「アホなの剣? 折角世界有数のリゾート地に来たのに女同士で一緒の部屋なんて。このロマンチックなひと時を楽しませなさいよ」
「何満喫しようとしてるんだよ……ここには仕事で来てんだからな?」
「じゃあ雪花は剣と一緒の部屋になればいいじゃん。男と女が一つ屋根の下。ロマンチックだろ?」
そんな雪花の理由に茜がそんな言葉。
雪花は茜を睨みつける。剣に告白させたい茜が何を言うのかと。
「あんたねぇっ」
それを察した茜が雪花から顔を逸らそうとするが雪花に頬を掴んで引っ張られる。そして剣から見えぬよう引き離し、聞こえぬように小声で茜に囁いた。
「あんた馬鹿なの? これはまたとないチャンスじゃない。これだけアシストしてあげてるんだから二人部屋に行きなさいよ」
自分が一人部屋になりたい。更にそれを茜に恩着せがましく言い聞かせてくる雪花。
「お前分かってるのか? 男が男を誘惑する労力を! しんどいし辛いんだぞ!? 精神的に! しかもあいつはイノセントボーイシンドローム! 何をやってもなびかない!」
「奥手って言いなさいよ! そこを何とかするのがあんたでしょ! 面倒くさがってんじゃないわよ! セレナさんに言いつけるわよ!?」
「くっ」
茜はセレナを出されると辛い所がある。
仕方ない、と茜は剣に歩み寄った。
「剣」
「ん? 俺が一人部屋でいいだろ?」
女二人に男一人。どう考えても自分が一人部屋。
剣はそう考えていた。
だが茜はもう剣誘惑モードに入っている。
頬を赤らめ、剣を潤んだ瞳で見上げて。
「雪花が一人部屋になりたいって言うから……」
「え?」
「仕方ないから私が剣と一緒の部屋になってあげる」
「なっ」
駄々をこねる雪花を理由に茜は剣と同じ部屋になる。それを少し上から目線で言い放つ茜。
剣はどういう事だと、雪花を見た。
雪花は茜の今の発言のイントネーションと意味から考える。茜の意図するストーリーを。
そこで雪花は結論付けた。これは茜によるツンデレ式誘惑だと。
だから雪花は茜が有利になるように、剣に一つウィンクを送る。素直になれない茜の背中を押し、剣と一緒になる大義名分を与えてやったぞというように。
雪花の意図が伝わったのか剣は声を掛けず、茜に向き直る。
「しかし……」
「なに? 私と一緒は嫌だって言うの?」
「い、いや! 全然! そんな事は……」
茜の口調が全然変わっているのだが、女性に耐性がない剣にはすべて同じこと。気にしない、というよりも気にする余裕はなかった。
だがそこで二つ返事でオッケーしないのがイノセントボーイシンドロームの厄介な所だ。
「で、でもいいのか? 男と女が二人……い、一緒の……部屋で」
そんな野暮な事を聞いてくる剣。
だから茜はもう一押ししなければならない。男を誘惑しなければいけない茜にとってこれほど面倒な事は無いだろう。
だから茜は角度的に見る事が出来ない真後ろの雪花を横目で一つ見る。そして剣にしか聞こえない声で呟くように言う。
「剣なら……いいよ」
ツンの後はデレ。
茜は雪花に見えぬよう、剣だけの笑顔を載せて言う。
こんな事を言われたら、大抵の男はイチコロだろう。更に茜のような超絶美少女であれば陥落しない男はいないのだ。
「わ、分かった。じゃあ……行くぞ」
「うぃ」
と、直ぐに茜は素に戻る。
雪花はそれが面白かったのか吹き出そうとするが我慢したのだった。
部屋に入ると最初に見えるのが大きな窓。そこから入って来る日の光で部屋はとても明るい。
その大きな窓から切り取られた景色は真っ青だった。白波もたっていないエメラルドグリーンのオーシャンビューが広がり、一枚の絵画のようになっている。
「いい眺めだなぁ」
茜は感慨深くそう言うと剣も「そうだな」と後に続く。
中に入れば木製の椅子と机。横にはカーテン付きの二つのベッドが並べられている。
そしてベッドの上にはそれぞれ一つのジェラルミンケースが。がんばれば茜が入れそうな程に大きい。
「剣。これ」
「あ、えーっと」
剣はそれが何か分かったようだ。それを茜にどう説明するか悩んでいる様子。
だが茜はこれが何か分かっていた。
その時、ドアがノックされる。
剣が開けると雪花が焦るような表情で同じ銀色のケースを持って入って来た。
「ちょ、ちょっと! ヤバいもの入ってるわよ!」
そう言って雪花は机の上にケースを置き、指紋認証リーダーに人差し指をあてて開く。
すると中から出てきたのは黒塗りの拳銃と弾丸、手榴弾に張り付け型爆弾と起爆装置。自動小銃に5.56ミリの弾丸、サイレンサー等々。
「クローグ6000の拳銃に、コルドー18カービンか。最新の銃揃ってるじゃん」
「茜……お前何でそんな事知ってんだ?」
「基礎知識」
「基礎? ……基礎?」
茜はすぐさまそう言って剣の疑問を散らす。
剣は基礎の定義が良く分からなくなり首をひねるだけ。
「わ、私達、武器密輸の部屋に入っちゃったんじゃないの!?」
「じゃあどうして雪花の指紋で開くんだよ?」
焦る雪花に茜はため息交じりに突っ込んでやる。
確かにと、雪花は一度固まって頭を整理する。
「あ、この部屋にもある」
そして二つのベッドの上に置いてある同じケースに気づく雪花。
「これは装備コード007くらいあるな」
と呟く剣。
犯罪組織キックスはもちろん武装している。それらと相対するにあたり丸腰では死にに行くようなもの。
これはファウンドラ社から支給された茜達専用の装備だ。
依頼の難易度によって支給される装備品の質は左右される。装備コードは001から009まで存在し、今回は九段階ある内の七段階目という事になる。
「なんなの? 私達戦争でもするの!?」
「に、近い事をするんだろ?」
犯罪組織キックスは百人程度の規模。
それを潰すのだから戦争に近いと言っていい。
茜が一言そう言うと雪花は固まり、剣は訝し気に茜を見る。
「随分物分かりがいいな。茜」
「え?」
茜は今回晴れてファウンドラ社所属のセレナ特殊部隊に配属された。
その茜があまり驚かないので剣は疑問に思っているのだろう。
「まあね」
「銃を見ても驚かないのか?」
これで茜が光だとバレる事は無いだろう。だが何故そんなに驚かないのか、剣の疑念を払拭する為、説明する必要があるだろう。
それに茜は冷静に対処する。
「ふふん、剣。言っただろ? 私は世界を回っていたって。銃くらいじゃ驚かないし撃った事もある」
「そ、そうなのか?」
茜は世界を回っていたという設定になっている。だがそこで何をやっていたかはその場その場で都合のいいことを言えばいいのだ。
そんなものか、と剣は何度か頷いて事なきを得る。
「撃ち合いになったりするのかなぁ……」
「状況による」
「えええ!? 剣が一人で全員倒せば良くない!?」
「まあ、そのつもりだが」
「あ、そうなの? じゃあ私は後方支援で」
今までの戦いを見れば剣なら犯罪組織の一つや二つ、銃がなくとも潰せそうではある。
「でも人数が多いから後ろから撃ち抜かれるかもなぁ」
茜がそう言うと嫌な顔をして茜を睨みつける雪花。
「そうだ雪花。これ来てみろよ」
と、防弾チョッキやらプロテクターやらを装備して見る雪花。
「どうよ」
「ぷふっ」
と、茜は笑ってしまう。
「何笑ってんのよ!」
「だって、腹出して脚も素足だしっ」
雪花の服装は惜しげもなくヘソを出し、生足を出した全力リゾートスタイル。
薄着の上に重装備はあまりにも不釣り合いだ。
そこに茜は笑いを見出し笑ってしまうのだった。通常はその下にも防弾防刃のインナーを着用する。
そこで雪花がある物を見つけた。
「あれ、このコインみたいなのは?」
丁寧にガラスケースに入れられた少し大きめのコイン。
コインの円に沿うように盛り上がった星が五つ程象られている。
「ああ、これは支給品を要請するコインだ」
これには剣が答えてやる。
茜も知っているが今は知る由もない知識。だから黙っている。
「支給?」
「ああ、この装備でも足らない場合に追加で要請する」
「へぇ……要請したらどうなるの?」
「ここの近海にはファウンドラ社の無人補給船が待機している。そこから補給物資を打ち上げてくれるんだよ」
それは雪花でも何となく分かる。
雪花は紛争地域で怪我人を直してきた。そこは補給路が確保できない地域もある。そういう時はヘリやドローンで物資を補給してもらうのだ。
まるで紛争地域のようなやり取りに雪花の表情が青ざめていく。
「……何だか大事になって来たわね」
雪花は目を細めて改めて自分の置かれている状況を把握する。
そしてリゾート気分が一転、生死を掛けた地獄へと早変わりしたのだった。
「こいつ……一体何しに来たんだ」
そんな雪花に茜は肩を落とすのだった。
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