防衛線を超えると徐々にだがギカ族の家々が姿を見せ始める。
田畑に囲まれて時折白い石造りの平屋が目の前を通り過ぎていく。やがて木々が生い茂る丘に囲まれ、時折見せる斜面には階段のように広がる棚田が。
「のどかな所だなぁ」
茜はその綺麗な景色と溢れでる自然に目を泳がせて呟いた。
「昔は観光スポットになっていたみたいよ」
と、ルココが傾いた日差しに目を細めながら言う。
「良く知ってるなぁお嬢ちゃん。昔ここら辺は観光客でごった返していたもんだ。道路に良く飛び出して来るもんだから轢きかけたなあ、いや轢いたかもなぁ」
「やっぱり十年前の紛争で?」
「ああ、そうだよ」
茜の問いにサミーは寂しそうに頷いた。
棚田は観光スポットの一つとしての役割を得ていたが、今ではただの農業用地でしかない。それは茜の言うように十年前起きた王族と先住民の間で起きた紛争のせいで。
「この子達の親もその時にね」
「そうか。それは……寂しいよな」
茜はルークを見る。
茜と同じく、ルークとその姉のキリカも両親は既に亡くなっていたようだ。
茜の父は行方不明とはなっているが生きている可能性は低い。それは人類未開の地であるドアナ大陸に開拓使として派遣された者達の中で生還した者はいないからだ。
同情するような茜の視線にルークはあっけらかんとして茜を見上げてくる。
「僕は……よくわからないです」
「へ?」
「ああ、私達の両親はルークが生まれてすぐ死んじゃったから実感がわかないんだと思います」
ルークは十歳。紛争が終わったのは十年前だから両親は紛争が終わるころ亡くなったのだろう。
そう話すキリカの表情は意外にも暗くはない。変わらず、明朗快活にハキハキと喋っている。
「キリカは平気そうだな」
「私も両親の事は覚えてるけど、安全で離れた場所にいたし記憶も曖昧でよく覚えてないです」
そう言ってキリカは困ったように笑う。
両親の死を悲しむべきなのだろうがキリカは幼かったし放れていた為実感がわかない、と言ったところか。両親の死が実感できないのであればそれは幸せな事だ。だが世間的に見て両親の死は悲しむべきなので困ったように笑うしかないのだろう。
「あ、あれが私達の家です」
そんな辛気臭くなってしまった雰囲気の中、キリカが言って指をさす。
そこには立派な石造りの門構え。
その前に車を止めて茜達は降りドアを閉める。ルココは閉めるドアがない為出やすそうだった。屋根の上にいただろうフォンはもう姿を眩ませている。ルココの邪魔にならないように姿を消しているのだろう。
「サミーさん。車ごめんなさい」
「ああいいよいいよ、どうせぼろだ。風通しが良くなったわい」
「いいえ、後でちゃんと弁償するわ。ここに連絡を」
そう言ってルココは手に財布を出現させる。
そこから名刺を取り出してサミーに渡していた。
財布にも収納石を仕込んでいるのだろう。それだけでも一万ウルドはする筈だ。だがそれで手ぶらで歩けるのであれば金持ちにとってはコスパがいいのかもしれない。
門をくぐると綺麗に刈り込まれた芝生。それに囲まれた大きな平屋が姿を現した。
二人の家は道すがらに見えた石造りの家ではなく、黒く塗りつぶしたような木製の家。竹を編んで出来たような壁は風通しがよさそうで、広く大きいのに視線が貫通し、裏手にある真っ青な海が見え隠れしている。
「ちょっと人を呼んできます」
家の前に茜とルココを待たせ、二人は開け放たれた玄関から家の中に入っていった。
人を呼んでくる、という事はそれなりのおもてなしをしてくれるという事だろう。家も大きいのでそのおもてなしに期待は高まるというものだ。
「何が出てくるかなぁ」
「見た目はまあまあね。小物もいいわ」
茜はおもてなしに、ルココはテラスに置いてある木組みの机や椅子の出来に頷いている。
「お」
すると家の端から男が顔を出す。
そして茜達の姿を見るや否や近づいてきた。
「おお、今度の女はかなりの上玉……いや、めっちゃ美少女。しかも二人」
それは値踏みするように顎をさすり、茜とルココを下から上へ舐めまわすような視線を這わせる男。
褐色の肌に黒く長い髪。それを後ろに束ねた男は三十代後半と言ったところ。
タンクトップに半ズボン、サンダルと言った出で立ち。筋肉隆々の腕には刺青が掘られており、顔はいかつく強面だ。
そしてその後ろから同じような服装のギカ族たちが次々と現れて茜達を取り囲んでいく。
「これは高く売れそうだなぁ」
「確かに!」
「めっちゃ美少女じゃないっすか!」
男は言ってニヤつき、周囲の男達もそれに猛烈に賛同した。
ギカ族は十年前の紛争で茜達が居た賑わう街での商売は禁止されている。その為金はない。金がなければ犯罪に手を染めるしかない。そしてこの男の言動からして茜達は人身売買の為に攫われてきた観光客、と言った所だろう。
茜がそう判断しルココを見るとルココも察し、溜息交じりに茜に視線を向けてくる。
自分達はキリカ達に招かれた客人であり、命の恩人でもあると、言う事は簡単だ。
だが茜は人を驚かせることに命を懸けている。驚かせるにはまず種を忍ばせねばならない。だが現時点でもう男達は茜の事を人身売買の売り物だと勘違いしているのだ。あとはそれに乗っかって遊ぶだけ。
茜は綺麗な脇を惜しげもなく見せつけ、手をあげる。
「あのー、私実は男なんですっ」
と、ニヤつく男に向かって茜が言うとルココはそっぽを向いて男達にバレぬようクスリと笑う。
茜の虚と真実が入り混じる言葉に男は首を傾げ不満げな顔。
「はあ? 何言ってんだ? おめぇみたいな美少女が男なわけないだろ!」
男は少しどすを利かせた声で凄み、茜に顔を近づけて睨んでくる。
強面の男に凄まれ、顔を近づけられれば茜くらいの少女であれば腰を抜かしてしまうだろう。だが茜は見た目通りの少女ではない。男の睨みに何の反応もしなかった。
それに男は舌打ちを一つ。
「あんまり舐めてっと――」
と、男が言葉を続けているとルココも悪乗りしてくる。
茜と同じく、綺麗な脇を惜しみなく見せつけて。
「私も男でーす」
そんな言葉をすまし顔でほざくルココ。
「ああ!?」
茜に顔を近づけていた男は面倒くさそうにルココを睨みつける。
「だからおめぇみたいな……」
そこで男は言葉を止め、視線を止める。その視線の先はルココの胸。
茜のワンピースを押し上げる程の胸に比べ、ルココのそれはスットン胸だ。
「その……え? マジで?」
「……は?」
茜に乗っかったルココの言葉。
男はルココの胸を見てその言葉の真偽を見抜くことが出来ずにいた。
対するルココはそんな言動と視線に不快感を露わにし、男を見る目に光が消えた。
「おいお前ら! こいつらの服脱がして男か女か確かめろ!」
「はい!」
「喜んで!」
周囲の男達は一斉に茜達に向かって飛び込んでいく。
だがその時、男達の動きがぴたりと止まる。
それはルココが先程のレイピアを手に出現させたから。
「うわっ、こいつ武器持ってる!」
「誰だこいつら連れてきたやつ!」
「身体検査しておけってあれほど言っただろ!」
ざわつく男達。そこへルココが口を開く。
「いいの? それで」
「いいのって……何のことだ!?」
「遺言はそれでいいのかって聞いているのよ」
そんな騒ぎを起こしていると家の中からルークとキリカが慌ててやって来た。
「何々!? なにかあっ……」
キリカが見たものは数人の男達が打撲や刺し傷を体に負い、血まみれになって茜達に土下座している光景だった。
「エドガーさん!? 何してるの!?」
「まじでずびばぜんでじだ……」
その場はキリカが治め、とりあえず中で話を聞くことにしたのだった。
「なぁんだ。坊ちゃん達の命の恩人とはつゆ知らず、とんだ無礼を、すまんすまん」
刺青の男はフォンに治療されながら笑顔で茜達に謝ってくる。
「いえいえ、うちのルココがとんだご迷惑を」
机を囲んで椅子に座り、隣のルココの頭を手で抑えて下げる茜。
「いやいや、茜、あんたが変な事言い出すからでしょ!」
茜の手に抵抗してルココは反論する。
もとはと言えば茜の遊び心でルココは男達を全員倒してしまったのだ。初めからキリカ達の命の恩人だと打ち明けていればこんな事にはならなかった。
「変な事は言い出したけど手は出してない。それにお前の胸が出ていればこんな事に……はならなかっ……ふふっ」
諸悪の根源はそれだと、茜は自分で言って自分で吹き出してしまう。
それにルココは茜の頬を引き延ばしつねり、更にひねりを加えるのだった。
「いふぁいいふぁい……」
「それで、あなた達はこの村の村長の子供達って事ね」
ルココが言うと、キリカ達は頷いた。
事前に資料で茜は目を通して知っている。キリカとルークはここ、プルアカ村の村長の子供達だという事を。
更に話を聞けば最初に出てきた長髪で刺青の男がエドガーというキリカ達の世話役兼、このプルアカ村の村長代理だという。
キリカ達はまだ子供の為、エドガーが村長をやっているとの事。
そして茜達を人身売買の商品だと勘違いしたのは実際にそれを行っているから。
「しかし人身売買なんていただけないな」
「おっと、この村の事に口出しは止めて下さいよ? あんた達部外者には関係ない話だ」
茜が人身売買に言及しようと口を開くと先程までへらへらしていた村長代理のエドガーが表情を真剣なそれに一変させ、そんな事を言う。
「口外もしないようお願いします。約束できないのであればあんた達をこの村から生きて返すわけにはいかなくなる」
「エドガーさん!」
「お嬢は黙っていて下さい。これはこの村の存亡がかかっているんですよ」
「でも……」
キリカがエドガーの失礼な物言いに苦言を呈そうとする。
だがエドガーはそんなキリカを遮断するように言い放つ。
命の恩人の茜達にそんな酷い事をと、キリカは思うが村の存亡がかかっている状態にキリカは何も言えず黙ってしまう。
人身売買は重罪だが金にはなる。だがそれだけでプルアカ村の全てを賄っているわけではないだろう。人身売買の取引先は大体が金持ちだ。だからその金持ちとの繋がりを悪くしたくはないのだろう。
「クズね……こんな犯罪村、潰れた方が世の為だわ」
ルココは席を立つ。そして手には先程のレイピア。
「て、てめぇ!」
「何するつもりだ!」
「やるかこの女!」
それに合わせて周りの男達も殺気立ち席を立つ。
ルココは法に触れず真っ当な商売を行っている。だから人身売買なんていう人を金で売る最低のビジネスにルココは我慢できなくなったらしい。
ここでルココが暴れれば茜が担当する依頼、ギカ族に協力を仰ぐことが出来なくなる。
だがこの人身売買という犯罪。正義の名の下に活動しているファウンドラ社所属の茜としては見過ごす事は出来ない。
そんな中、茜は一人の少年に視線を注いでいた。
それはこの村の長の子供、ルークだ。この騒ぎにも顔を俯けて動かない。
「ルークもそう思ってる?」
「え?」
ルココと男達が一触即発の直前。その嵐の前の静けさに、茜がすっと言葉を滑り込ませる。
「ルークも人身売買は村の為だと思ってる?」
茜は微笑みながらルークに問いかける。
その言葉にルークは顔をあげて見上げ、茜の桃色の目をじっと見つめた。
そしてルークは首を横に振る。
「じゃあこんな村、潰れたらいいと思ってる?」
「……」
その質問にルークはしばしの沈黙の後、やはり首を振った。
エドガーはルークを見て複雑な面持ち。
「……お前ら取り合えず座れ」
「うっす……」
「ルココ、お座り」
「……分かったわよ」
犬のような扱いを受けるルココだがここは茜の言う事を聞いて席に着く。
そして茜は机に両肘をついて身を乗り出し、手を組んだ。
その茜の表情は不敵な笑みに変わっている。
「私に一ついい案があるんだけど」
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