「どういうことですか? 隊長がクソ親父を隊長と呼ぶって」
セレナは茜達が所属するファウンドラの特殊部隊の隊長だ。その隊長が大吾を隊長と呼ぶ。
その理由を茜は分からなかった。というよりもこの場にいる全員訳が分からないだろう。一人を除いて。
「あれ、あの人って国境なき救済団の……」
それはルココがカフェで出会ったセレナにそう名乗られたから。だがそこはルココ、茜達が一般人ではないと結論が出ているのだからセレナもその類だとすぐ推察したらしい。理解し口をつぐむ。
そして茜と同様に大吾もまた驚いていた。現に胸に飛び込んで来た女性をどうしたらよいか分からず困惑している。しかし何故か茜がセレナの名前を呼んだことで状況は一変する。
「おめぇ、セレナっつったか?」
「はい」
そしてその名に覚えがある様子の大吾。
大吾の問いに頷くセレナ。
「桃色の髪……まさかおめぇ! あのセレナか!?」
「あのセレナです。隊長」
大吾はまるで旧友と再会したように顔をほころばせ胸に飛び込んで来たセレナを強く抱きしめる。
「そうかそうか!」
そしてひとしきり抱きしめた後、いったん引き離しまじまじとセレナを見つめた。
「でかくなったなぁ、おめぇ!」
身長だろうか、それとも胸だろうか。恐らく前者だろう。
しかしどちらにせよ、喜ぶ大吾に茜は目を細める。
「親父……まさかっ」
何故なら男と女が抱き合う場面には並々ならぬ感情があるというもの。
父親である大吾が母とは違う女性と抱き合うその現場を実の子供である茜が見ればどう思うか。
「あ? なんだよ」
だが大吾は鈍かった。だから茜のまさかの意図が分からない。
だから茜の隣で目を丸くした雪花の喉から堰を切ったように言葉が出てくる。
「不倫だ!」
「へ?」
「浮気! 不倫! 不潔!」
「お、おいおい、雪花ちゃん。誤解だ。これはだなぁ――」
「流石俺の女とか言って母さんの事を褒めたと思えば! その舌の根も乾かぬうちに!」
「待て待てぇ!」
雪花に同調するように実の子供である茜の言葉も追撃してくる。雪花は本気だが茜は半分面白がっているだろう。
「てことは茜が持ってた青桜刀も」
「はい、私が茜さんに」
「そうか」
「青桜刀? 親父と何か関係が?」
「はい。青桜刀を隊長も扱えるのです。茜さんが青桜刀を扱えた時は驚きました。親子なんだなぁって」
しみじみというセレナ。その表情は昔を思い出してか、笑顔が見られる。
そう言えば大吾は青桜刀を白刃取りしていた。ディアン族で親衛隊長を務めていたフランツさえ受けるのに苦労していた青桜刀の一閃を。それはつまり、大吾は青桜刀の重さを感じないという事だ。
「セレナさん……別に人の色恋沙汰にどうこう言いませんが」
「おめぇ、さっきどうこう言ってたよな?」
「それよりセレナさんはクソ親父とどういうご関係で?」
「隊長は……あなたのクソ親父は私を救ってくれた、命の恩人……私のヒーローです」
「ヒーロー?」
セレナは屈託のない笑顔で茜に微笑みかける。
大吾はドアナ大陸に開拓使と派遣され死にかけフードの男に拾われてこき使われていた。とすればセレナはドアナ大陸で命を救われた可能性が高い。つまりセレナはドアナ大陸出身である可能性があるのだ。
「あー……話から察するにセレナ、おめぇはこいつらの上司ってところか」
「ですね」
「ならこいつに言ってやれっ! 命を粗末にするなってなっ! 自分を犠牲に俺を残そうとしやがった!」
「雪花さんから聞き及んでおります」
そのセレナの言葉に雪花は首を傾げる。
雪花達はここに来るまでの間、どうして茜が自分の命を投げ出す行動を取ってしまったかの経緯を話していた。それを雪花のイヤーセットを通して聞いていたのだろう。
大吾に言われ、セレナは茜の前へ。
子が親の命を守るために犠牲になりかけたのだ。親である大吾としてはたまったものではない。そして大吾が先程、茜の頬を二度叩いて説教したものの反省の色がない。逆に大吾に反発し斬りかかり、あまつさえ剣に甘やかされる始末。
だから茜の上司であるセレナがしっかりと茜を教育する必要があるのだ。
「茜さん。まずは宝探し、ご苦労様でした。ツクモ教授も感謝してましたよ」
「それ程でも」
「しかしそれはそれ、これはこれ。命は粗末にするなと日頃からお伝えしていると思いますが、お忘れでしたか?」
セレナも日頃、命を投げ出してでも任務を全うせよ、などとは命じた事はないだろう。だからそれを言われると茜は辛い所がある。
そして茜の愚行を許してしまった雪花はセレナに合わせる顔がないのか、一歩二歩と下がってゆっくりと剣の後ろへ隠れる。
「……覚えてます」
消えそうな程小さな茜の声。
「では、覚悟はできているという事ですね」
セレナはそう言うや否や右腕を振り上げた。
茜は言いつけを破った。忘れたわけでもなく意図的に。
目を瞑ってモフコを強く抱きしめ、衝撃に備える茜。かくして、乾いた破裂音が城の中に響く。
それは大吾が茜の頬をひっぱたいた音よりも強く重い。
だがその衝撃で跳ね上がったのは青い髪ではなく、黒い髪。
「いってぇ!? うぉい! なんで俺を叩くんだよ! 蚊でもいたのか!? そんなベタなボケいらねぇぞ!? そして無駄に重てぇ一撃食らわせやがって……」
意外な事に、セレナの愛の鞭の犠牲となったのは大吾だった。
「そもそも隊長がワープ装置を落としさえしなければあんなことにはならなかったのです」
「うっ……それは、そうだがよぉ……」
「茜さんは仕方なく父であるあなたを助ける為に登っていったにすぎません。父想いの、よくできた娘さんではないですか」
そんな娘さんの頬をどうして叩くことが出来ようか、とセレナは頬を赤くして涙目になる大吾に微笑んだ。
「つってもよぉ……あいつ反省なんて――」
「セレナさん、ごめんなさいっ」
「あぁっ?」
大吾が目を向けると、そこには背を丸めて俯いて反省の意を表明している茜がいた。
ただでさえ華奢な茜の体が更に小さく、儚く見える。
「良いのですよ、茜さん」
そう言ってセレナは茜の背に両手を回し引き寄せる。まるで自分の娘を抱きしめるように強く。
「でも今後はお気を付けくださいね」
「はいっ」
セレナが抱きしめたその娘の返事は元気いっぱいだった。
「このやろっ……猫被りやがって……つーか部下に甘すぎやしないか? その教育方針、父親としては心配だぜ? そして」
大吾はセレナが抱きしめる娘の表情を隙間から見つけ出す。
それはとても邪悪な笑顔。更にセレナの脇から伸びる拳には中央から一本、細く白い指が天に向かって伸びている。そして悪魔のようにせせら笑う茜。
「これが父想いのよくできた娘か!?」
「うふふ、可愛いものです」
「いや、可愛いは可愛いんだが、邪悪すぎるだろっ」
「私には見えません」
「見ようとしてねぇからだよ! 見ろっ! 現実を!」
「さて、少し説明をしたいので隊長を借りてもいいでしょうか」
そう言うセレナの意図を茜は直ぐに理解する。
セレナはここまで大吾の名前を出していない。
そして茜や雪花も大吾の名前を出していない。
そこから葵大吾と推測され、それを父と呼んでいる茜が光だとバレるリスクがあるからだ。
更に今までドアナ大陸から生還した物はいない。それが世間の認識だ。だが大吾の素性がバレてしまえば大事になってしまう。ドアナ大陸へ向かった開拓使の唯一の生還者だと。
だからそれを大吾に説明し自分を別人だと偽ってもらう必要があるのだ。
「どうぞ、どうぞ」
「ちゃんと返しますから」
「むしろ引き取って下さい」
と、茜は言うが恐らくはそうなるだろう。このまま素顔を晒しながら茜と共に行動するのは危険だ。
「うふふ、寂しくないですか?」
「全然。別に二人でイチャイチャしても私は止めませんよ。セレナさん」
冗談めかして言う茜。
だがあながち冗談でもないのだろう。茜はセレナに育てられたと言っても過言ではないのだ。
そして先程のセレナによる胸への飛び込み。セレナは間違いなく大吾に好意はある。であれば茜はセレナの子供になる可能性がある、というのは飛躍し過ぎだろうか。
セレナは自分が母親だと思われるのは嫌っていた。だが茜は考えざるを得ないだろう。セレナが自分の母になった場合の事を。
大吾もそんな茜を呆れて視線を動かしていた時だった。突然、茜の目の前が桃色で埋め尽くされた。
「うぅっ」
同時にセレナのうめき声。
不意に、セレナがバランスを崩し態勢を整えようと体を起こすと歯止めが効かないように逆方向へ体が傾いていったのだ。
倒れ込むセレナを大吾が片手で受け止め、肩を大事そうに支える。
「ど、どうしたセレナ!?」
「セレナさん!?」
そして茜もセレナを支えようとしたところでセレナは手の平を向けた。茜だけに向かって。
「だ、大丈夫ですっ」
そこで茜は弾かれるように手を引っ込めた。
それは以前、病院の地下で髪を切った時の事。セレナに怒鳴られた過去を思い出したからだ。
「あ……はい。触りません……」
茜は両手を上げて触れない意思を示す。
そんなおっかなびっくりの様子で体を仰け反らせる茜の横をすり抜け、雪花がセレナを支えた。
「セレナさん! やっぱり何処か悪いんじゃ!?」
「雪花さん……ありがとうございます。でももう、大丈夫です」
セレナは大吾と雪花の腕を掴んで体を持ち上げ、一つ深呼吸。
セレナの後ろに控える集団も訳が分からず、おろおろとざわついている。
そんな中、何事もなかったかのように乱れた髪と服を整えるセレナ。
「では」
セレナは一つ深呼吸してそのまま大吾を連れて行ってしまった。
その間に黒い集団は茜達に了解を取り、地下に続々と降りて行く。雪花が言っていた鑑定師団なのだろう。
茜はセレナと大吾が出て行った城門を見つめていた。溢れんばかりの南国の日差しが城門の内側まで侵食している。まるでそこが異世界にでも繋がっているかのような眩しさだった。
「茜」
そんな茜の肩を雪花が叩く。
「私達も行くわよ」
「ああ」
その返答は小さく、少し弱々しい。
大吾が連れて行かれた事もあるだろうがセレナにまたしても拒絶された事がショックだったのだろう。
そう思った雪花が茜の頭を「よしよし」と撫でてやると煩わしそうにパッと払いのけられたのだった。
浜辺につくともう既にセレナ達はいなかった。その代わりにツクモ達が出迎えてくれる。
キリカとルークは茜を見るや否や安心したようにまたしても飛びついてきた。
「茜さん! 良かった無事で! 大丈夫でした!?」
「ああ、全然、問題ない」
安心させる為にそう言った茜の言葉に雪花とルココが顔を見合わせて肩をすくませる。どの口がそんな事をほざくのかと、軽い溜息を交えて。そこで突っ込みを入れないのは雪花とルココの優しさだろう。
茜は心配してくれた二人をよしよしと抱き留めるのだが、きつく抱きしめると何か硬いものが体に食い込んでくる。
「いった……なんだ?」
「あ、ごめんなさい茜さん、これ、茜さんにもあげる」
言って離れたキリカはズボンのポケットに手を突っ込んだ。
よく見ればキリカやルークのズボンのポケットが膨らんでいる。茜の体に食い込んだものはこれだろう。
「金貨とか宝石が一杯あったんだぁ~」
「ぱんっぱんだな」
地下から取って来た財宝だろう。茜の言いつけを守って持てるだけの財宝を持って上がって来たらしい。
茜の手にジャラジャラと金貨や宝石を載せ、雪花やルココ、剣にも配っていく。
それに目を輝かせる雪花だがじっと見つめて何やら懐疑的に見ている。
「青い宝石……パンツではないわね」
「パンツ?」
「あ、あはは、なんでもないのよキリカちゃん」
茜の両手に載った財宝これだけでも数十万ウルドはくだらない価値があるだろう。
だが茜はそこで一つの違和感を覚え一枚の金貨を摘まみ上げる。
「どうしたの? 茜さん」
「あ、いや、なんだか……ずいぶん綺麗だなと」
「時が止まってるって聞いたよ?」
このミロワール城は兵士が言うにはまだ地歴が出来ていない頃に出来たもの。その当時の金貨にしては綺麗すぎる。
だがキリカが言うように埃をかぶる暇もなく、時が止まったのだろう。
だが茜が言いたい事はそう言う綺麗さではない。
「それはそうなんだけど……形が綺麗な丸だなと」
「え? 金貨だから普通じゃないの?」
「気づいたか茜」
首を傾げて眉をしかめるとその様子を静かに見守っていたツクモが前に出た。
「ポルト氏に話を聞いたのだがね、これが格納されたのは天空歴一万三千年。つまり地歴で言うと紀元前三千年だ」
流石は考古学者であるツクモ。茜がツクモに後で尋ねようと思っていた天空歴を知っていたようだ。
だがキリカ達にはピンと着ていない様子。だからツクモは「今から九千年前の金貨だよ」と説明すると納得がいったようだ。
「九千年も前の金貨だというのにこの造形は出来過ぎている。見たまえ」
ツクモが取り出したスマコンには約三千年前の金貨。
「うわぁ、ぐちゃぐちゃだ」
蝋を溶かして押しつぶせばそんな形になるのだろう。
キリカの言う通り、それは金貨というにはあまりにも形が歪だった。更にくすんでいて輝きが無く、道端に落ちていても気づかないくらいの地味さだ。
「そう。昔の金貨はこのように形が悪いものが多い。金貨を生成するための鋳型を作る技術が低かったんだろうね」
「つまり三千年前の人よりも九千年前の人の方が技術があったと?」
「可能性はある」
「可能性?」
つい茜は聞き返してしまう。
目の前に実物があるのだからそう言う事なのではないのか。考古学者であるツクモならその事実を受け入れるしかないと思うのだが。
「ポルト氏から時の民、という一族がいたと聞いた」
「ああ、だから時空を移動して未来の金貨を持ってきた、とか?」
時の民という時を操る一族の存在。
にわかには信じがたい存在だがこのミロワール城の存在がそれを証明している。
「その可能性もある。だが私は今までこんな金貨を見たことが無いし画像検索でも引っかからないのだ」
「へー、大発見じゃないですか! じゃあこの金貨の名前はキリカ金貨って名前にしますか!?」
はしゃぐキリカを横目にツクモは話を続ける。
「だから私は一つ仮定を立てた。このキリカ金貨は私達の前の文明で利用されていた金貨ではないかと」
「それはつまりこのキリカ金貨の文明は今と変わらないくらい高度だったけど滅びた、と?」
「あのすみません。やっぱりキリカ金貨無しにして下さい。恥ずかしい……」
縮こまるキリカを尻目に、ツクモはもう一歩ずいっと茜に近づいて一本指を立てる。
「そしてもう一つ。何故ポルト氏は現在、世界で共通語となった日和の言葉を話しているのか」
「ああ、確かに、盲点だった」
日和の言葉が世界共通語に認定されて百年も経っていない。なのに九千年前の人物であるポルトは共通語である日和語を喋っていた。
「ポルト氏は九千年以上前の人類。なのに何故か……こういう学説を唱えていた学者がいた。一万年より以前、我々と同じくらいの文明があり、突如滅んだ、と」
「その根拠は?」
「その学者は地質学の権威でね。その年代の地層を発掘したのだろうが……当時はただの戯言だと、都市伝説を本気で唱える学者だと馬鹿にされ、学会からも追放されたよ」
「その学者は今どこに?」
「亡くなったよ」
「え?」
「自殺さ。皆に否定されて資金援助も打ち切られてね」
その根拠が分からない以上、茜は本人に聞くしかないと思ったのだが死んでしまっては聞くことは出来ない。
だがここで脳裏にとあることがよぎる。キルミアで開発されたとされる共鳴識層測定機の開発者が飛空艇アシェットの事件後、交通事故で死んでしまった事だ。
その学者も、もしかしたら知られては困る誰かに自殺に見せかけて殺されたのかもしれない、と。
「そうか……でも文明が滅んだという事はそれで言語が一つになったと?」
「ああ、そうだと思う」
「え? どういう事ですか?」
「生き残った人々の人種が日和の国の人間で構成されていたとしたら、九千年前、世界中で日和の国の言語が話されていてもおかしくはない、とか。もしかしたら世界の共通言語に日和語が選ばれたのも偶然じゃなかったりして」
「うーん……じゃあどうして少し前までは色んな言語があったんですか?」
この言葉にはツクモは笑顔で答える。
「これはかなりの確度で予測が立てられている。天空人は日和語を話すらしい。それは四年前の日和の国襲撃で証明されているだろ? そして六千年前の天地戦争で地上の人々が天空人を退けた。だから侵略者である天空人と同じ言語から決別したのではとね」
「へー、歴史って面白いですね~」
「あのー、そろそろいいですか?」
ここでセレナ達が乗って来たであろうクルーザーの船主が茜達を呼んで乗るように促して来る。
そして一路茜達はバンカー王国本島へ向かうのだった。
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