三人は一路パシフィックトレインでシェンチェンの南東へ。
雪花は一安心だった。ディランと茜が見た目ほど仲が悪くなくて。
と、思っていた翌朝だった。
「おいディラン! マジでふざけんなよ!」
そんな茜の怒号で雪花は目を覚ます。
「仕方ねぇだろ! 急いでたんだからよぉ!」
どうやら雪花の安心は露と消えたようだ。
何故なら茜とディランが言い争いをしているから。
「もう……うるさいなぁ……朝っぱらからなぁに?」
備え付けのパジャマ姿の雪花は欠伸をしながら起き上がる。
同じくパジャマ姿の茜に話を聞けば今回ハニートラップを仕掛けるターゲットであるレナードについての事で怒っているとの事。
「あいつを落とさないといけないのに見てみろよ! このレナードの情報を」
「ん~……なになに、既に男のいる女性を奪い取ることに愉悦を覚えている……略奪愛って事?」
茜が昨日のタブレットを押し付けてきたので映っているレナードの情報をそのまま読む雪花。
どうやらレナードは歪んだ性癖の持ち主のようだった。
だがこれを見て雪花は茜が何に怒っているのか分からない。だから首を傾げていると茜が不満そうに教えてくれた。
「だから! 娘役の使用人はお前じゃなくて剣にしろよって話だよ!」
「へ?」
やはり雪花は訳が分らず宙に視線を泳がせる。
茜の言葉とレナードの趣味趣向を考えてみる雪花。数舜悩む雪花だったが、はっと何か思いついたように「ああ」と納得が言ったように何度か頷いた。
今回の任務ではレナードを誘惑出来ない場合、即ヘイブン島から追放され、氷結の魔術師の元まで行きつくことが出来ない。その為、レナードの女性への趣味はとても重要な要素となる。それが例え歪んでいたとしても。
だから茜は使用人を雪花ではなく剣にし、仲睦まじいお嬢様と使用人を演じさせればレナードが食いついてくると考えたのだろう。
だが攫われてきたのは雪花で女性。
ディランは選択を間違えたのだった。
「はぁ~……つっかえねぇ奴」
「リリィがいたし列車の時間もあった。お前は雪花と一緒に居るっていうし仕方ねぇだろ」
「仕方なくない! ちゃんと情報見てりゃこんな事にならなかったんだよ!」
「んな事言ったってもう遅い。今あるもんでなんとかするしかねぇだろ。覚悟決めろよ」
「こいつっ……」
と、ディランはへらっと笑い、怒る茜から目を背けて知らん顔。
「あ、じゃあさ、ディランさんと茜は父親と娘設定なんだからファザコン設定にして――」
「断る! こんなクソ野郎とイチャこらしたくない!」
「右に同じだ。日頃、他人の父親を見てどんな感じなんだろう、とか思ってる奴の期待に応えられそうにないしな」
それはバンカー王国での事を言っているのだろう。茜は父が死ぬと勘違いし恥ずかしい心情を吐露してしまった。そしてそれは雪花のイヤーセットから筒抜けである。それをディランが聞いたのだろう。
ディランは茜の青い閃光を避けつつ雪花に目を向ける。
「雪花」
「へ? なんですか?」
「胸を削ってみないか?」
「ちょっとそこまで、みたいな感じで軽く私のアイデンティティ削ろうとしないでくれません?」
解決策が出ないまま、結局茜の可愛さでなんとかする、という方向で決着がついたのだった。
そして名前や年齢、趣味等色々な打ち合わせを行った。
「じゃあ茜から」
「私はモニカ=ウォーカー、十七歳。趣味はダンスを少々。性格は明るく誰にでも分け隔てなく接する八方美人です。って、これリリィには無理じゃね?」
茜が言っているのは性格の事だろう。融通の利かないリリィには演技とは言え少々無謀な性格だ。
「次、雪花」
「私はシャーロット=ドゥールゴールデン、モニカ様の使用人をしております」
と、これは雪花が考えた名前。
それは安直で欲望が詰まったような名前だ。
それに茜とディランは流石に渋い顔になって雪花を見る。
「な、なんですか!? 好きに考えろって言うから好きにしただけですけど!? あー、やだやだ、いるんですよね! 自由にしろって言って後から文句言って来る人!」
そんな雪花に茜とディランは目を合わせて仲良く溜息だ。
「だってお姫様みたいな名前で可愛いじゃないですか!」
と、雪花は抵抗するが茜がもう一度溜息をつく。そして何が駄目なのか分かっていない雪花に教えてやった。
「いいか雪花、自由ってのは他人の自由を阻害しない範囲での自由だぞ?」
「え? どういうこと?」
「お前は私の使用人だ。モニカ、シャーロット、どちらがお嬢様っぽい?」
「……もに……シャーロット」
「だろ? 名前に優劣をつける気はないけど、響きも大事だからな。お前の名前に食われたら雪花がレナードに食われる事も……」
「それはまずいわ。じゃあどうする?」
「じゃあシャロで。色々略してシャロ=ドゥーデとか」
「分かったわ! それでいく!」
「う、うん……ふふっ」
「決まりだな。じゃあそれで登録してほっ……おく」
何故か茜は最後に笑い、ディランも表情には出さないが少々息が抜けてしまう。
それに雪花は首を傾げるのだった。
「ほぉー良いな」
「うんうん、似合うぞ雪花」
「そ、そう?」
雪花の服はディランが持ってきたファウンドラ社開発のアパレルボックスで作成した。
服を着る人物の情報と服を指定すればその場で作成してくれる優れものだ。雪花の服は黒を基調としたメイド服となった。
「な、なんだかコスプレしてるみたいで……恥ずかしい」
「そんな事ないぞ雪花。カチューシャも出来てた」
茜は雪花にカチューシャを差し出すと素直に受け取り頭に装着する。
「ほぉ、中々いけるじゃねぇか。間違えてこっちにレナードが来るかもなぁ」
「ああ、巨乳メイド爆誕だな」
「それセクハラだから」
ディランも茜も感心しきりだ。
そんな雪花もまんざらではなさそうで鏡でクルクルと回ってどんな感じなのかを確かめている。
「確かに……これはバズる!」
「ああ~、写真なんか撮んなよ? 一応今は作戦中なんだからな」
「あ……はい」
ディランに注意され、雪花は出しかかったスマコンをしまう。
そしてディランは黒のスーツ。茜は半袖で城のブラウスに膝下まであるおとなしめの紺のスカートとなった。
「それでディラン、パーティは間に合うのか? 明後日みたいだけど」
鏡で自分の前後を確認しながら茜が問う。
資産家を招待した日の昼にパーティが開催される事になっている。
「それがな、データの改竄やらお前を迎えに行くのに手間取ってな。ヘイブン島行のフェリーが出るのは今日の夜しかない」
「は?」
茜達はパシフィックトレインが終点である港に着いた後、特別に用意されたフェリーに乗ってヘイブン島に行く予定となっている。パシフィックトレインは明日朝、港に到着。その後、フェリーで二時間程で着く予定となっていた。
だがディランの言葉通りだとするとパーティに参加するしない以前にヘイブン島に向かう特別フェリーがもう無く、上陸する事すら出来ないという事になる。
別の船で行こうにもヘイブン島は硬い防衛システムで覆われている。戦闘機でさえ撃ち落とされる程の。
「私達なんの為にここまで来たんですか!? 唐揚げも諦めたのに! お母さんに言い訳するのも大変だったんですよ!?」
「まあ最後まで聞けよ。幸運な事に、ハリケーンが直撃するみたいでな。今日の夜のフェリーは欠航予定だ」
「ハリケーン? ああ、台風の事ね」
「そうだ。そのせいでパーティの予定も遅れるだろうし大丈夫だろ。俺達はハリケーンが過ぎるまでホテルにでも――」
パシフィックトレインは翌朝、終点に到着し茜達はそこから更に移動し夜、フェリー乗り場に到着していた。
そこは暴風が吹き荒れ、高い波が打ち付ける、という事は無かった。
「綺麗な星空だなぁ」
「あ、あれ天の川じゃない?」
空は星で埋め尽くされ、風は凪ぎ、波は穏やかだった。
茜と雪花は夜空を指さして天体観測。
その横では黙ったままのディランが震える手で煙草をふかしていた。
「……やべぇ」
唖然とするディランが持つ煙草の煙も手の震え意外の歪みはなく、夜空に消えて行ったのだった。
話を聞けば何故か台風は消え去ったとの事。他の客達は皆、前日の欠航予定だったフェリーで先に行ってしまったらしい。
それもそうだろう。世界有数の企業であるレナードが開催するパーティに時間ギリギリに向かう客などいない。
「誰かいますか~!? ヘイブン島行でーす! この予備便が最後ですよー! お早く!」
「ぬぉっ!?」
だが幸運な事に、台風を考慮して予定をずらした客の為にだろう、予備の便が用意されていたようで茜達は急いで乗り込んだのだった。
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