茜は田畑で囲まれた見通しの良い道を歩いて帰っていた。
普段は青く気持ちの良い空も、夕日に焼かれ徐々に茜色に侵食されて行く。
そんな綺麗なグラデーションの空を楽しみながら茜は歩く。
そして森島達が見えなくなった所で茜はイヤーセットでセレナに連絡する。
「あ、もしもし茜です」
『お疲れ様です。茜さん』
「獄道組組長の獄道玄は逮捕、獄道ジュリナはセブンアイズによって射殺されました」
『了解しました』
イヤーセットはずっとつけていた。だからセレナもある程度の事は分かっている。細かな説明は不要だ。
「それで剣の方はどうなりました?」
『獄道魁人を無力化し対レゾナンスの手錠で拘束したとの事です』
これには茜は感心した。
腕を切断しても頭を飛ばしても再生してくる青鬼をどう無力化したのか。
「方法は?」
『剣君が数百発殴り青鬼が気絶。人の姿に戻り、これを拘束』
と、セレナは言う。
打撃に効果があった事はバドルの件や森島が赤鬼を殴りつけた時に呻いていたので分かっていた。
だが気絶するまで殴ると元に戻る、という事は新情報だ。これでバドルや赤青鬼と言った終末の悪魔の対処法が一つ出来たというもの。
そして警察には対レゾナンス用の拘束具がある。腕に嵌める事で共鳴力を打ち消すリングや手錠等様々だ。
レゾナンスキラーもその応用で作られたのだろう。
空間全体の共鳴力を打ち消す空間共鳴逆位相装置、というものもあるが効果範囲が半径五メートル程と狭く、外に出られると意味がない。更に体に共鳴力を溜める共鳴強化型のレゾナンスには即効性が低く使えない。
「数百発って……サンドバッグじゃないんだから」
茜は呆れるように言って笑った。
再生を繰り返す怪力の青鬼をサンドバッグのように殴りつけるとは、剣もさぞや殴りがいがあったに違いない。
『セブンアイズはどうなりました?』
「二人共、車で現場を離脱して――」
そこで茜が報告を中断したのはあるものが近づいてきたから。
それは車のモーター音と小石を潰しながら進むタイヤの音。
茜が振り返ると先程見たセブンアイズが乗り込んだ白い高級車。
「やはり、私のところへ戻ってきました」
茜は何となく分かっていた。
セブンアイズが茜に接触してくるという事を。というよりもファウンドラ社の組織の人間に。
セブンアイズは全てを見通す目を持っていると言われている。茜が女子高生の装いで二人を追っていた事に驚かなかったのも恐らくファウンドラ社の人間だと気づいていたからだろう。
『分かりました。念の為、セブンアイズは犯罪者であるという事をお忘れなく』
「ありがとうございます」
『では後ほど』
白い高級車は茜の右横に並ぶとぷっぷーと警笛を鳴らして止まる。
そして扉が開く。中には先程の男性警官だろう男が制服はそのまま、帽子を脱いで不敵な笑みを浮かべ、後部座席に座っている。茜用だろう、スペースを開けて。
そして帽子を目深にかぶっていたから気づかなかったが色素の薄い金髪だった。見た目は意外と若く、二十歳前後という顔立ち。
男は茜の方を見もせずに口を開く。
「乗っていくかい? 送るよ」
開け放たれたドア。乗り込むも逃げるもそちらの自由という消極的な誘い。
「ではお言葉に甘えて」
その消極的な誘いに茜は何の躊躇いもなく、積極的に乗りこんだ。
助手席には先程の警官の制服を着た黒髪の女。運転席には見知らぬ黒髪の男。
その運転手の男がミラー越しに茜を覗き見てくる。
「最近の女子高生はそんなに警戒心が薄いのか?」
運転席の男が半分笑いながらそんな事を言ってくる。
どちらかといえば悪名が勝っているセブンアイズ。セレナも警戒しろと言っていた。
その車に一人で意気揚々と乗り込む茜の気持ちが理解できないらしい。もう少し警戒心を持てとお説教するような口調。
そこへ見た目がか弱い女子高生の茜が口を開く。
「女子高生は皆ミーハーで流行に流されやすい人種ですよ。セブンアイズのネームバリューに勝る好奇心なんてそうはないでしょ?」
自信満々の視線をミラー越しに返し、茜はドアを閉める。
その茜に運転手の男は笑う。
「成程、確かに」
運転席の男はそう言ってミラー越しの茜から目を背けた。
しかしその背けた先は金髪の男。
運転席の男は茜の言葉に納得したのではなく、茜を迎えに来る理由として納得した、という事だろう。そして茜に会いたいと願ったのはその視線の先の金髪の男に他ならない。
車はゆっくりと走り出す。夕日に焼かれた、長く続く田園風景を臨みながら。
「あの、送迎してくれる理由を聞いても?」
そして茜が口を開く。
何の為に自分が迎え入れられたかは何となく分かる。だがその建前は何なのか、と。
だがその建前はとてもありきたりだが茜にとっては少し不快なものだった。
「君がいかにも声を掛けて欲しそうな背中をしていたのでね」
その意外な返答に茜は目を瞬かせる。
男のそんな言い方では自分が構って欲しくてそうしたみたいだ。
茜は言ってやりたい。その背中が見えるまで待っていたのは何処の誰だと。
だが実のところ、セブンアイズの建前もあながち間違いではない。
茜は好奇心が旺盛だ。犯罪組織でありながら日和の国民の支持を得るセブンアイズに会ってみたいと思っていた。だから車で三十分もかかる帰路を徒歩で帰っていたのだから。
ここで茜はシートに背を預け、不満げな表情で茜はため息をつく。
「……否定はしません」
そしてそんな一言を吐く、演技をして見せた。
そしてこれが正解の反応なのだろう。隣に座っている男は封を切ったように笑いだした。
「あはは、いやあ……君は面白いね」
笑う男に茜は不満げな顔を一変させてニヤリ。
それに男はまた大きく笑って「面白い」と頷くのだった
「君はファウンドラ社の人間だろう?」
「はい。あなた達はセブンアイズですね」
「そうだよ」
セブンアイズの名の由来は全てを見通す七つの目からきている。
それは七つの要素なのか、七つの要素を七人が持っているのかは未だ謎に包まれている。しかし監視カメラのない角度からいくつもの裏取引現場を撮影し、その動画を何本もネットにアップし、犯罪情報をリークしていた実績がある。そして様々な事件や汚職の現場を先程の言葉通り、白日の下に晒してきた。その手口から未来や過去を見ることができるとまで言われている。
「世界平和を行動理念とするファウンドラ社の人間と話してみたくてね」
「私も同じです。コンセプトも似ていますしね」
と、ファウンドラ社も裏では犯罪まがいの事をしている。それは平和の為。そしてセブンアイズも犯罪行為を繰り返した先にあるのは平和だ。今回の件のように。
だがここで男は天を仰ぎ、腑に落ちない様子を見せる。
「ふふっ……似ている、か」
そして男は一つ目を瞑り、笑う。
腑に落ちない男に茜も腑に落ちない。
「違いますか?」
何が違うのか分からない茜。聞き返すと男は天を仰いだまま呟くように口を開く。
「似て非なるものかな」
茜の言葉を肯定するわけでもなく、すべて否定するわけでもない半端な言葉。
男は茜に向き直り見つめてくる。
「僕達の目指すところは改革であって平和ではない。改革の結果、平和になろうが混沌とした世界になろうが僕達の知る所ではないんだ」
茜は男の言っている意味が分からなかった。
悪を暴いて現状を改革すれば平和が訪れる。そうではないのか、と茜は思う。
セブンアイズが昔やったように汚職事件を明るみにすればそれを起因として利権団体とその他の団体での争いがあった事はある。そこに何の関係もない国民が巻き込まれた事もある。
その事を言っているのか、と茜は頭を働かせる。
「今回だって桜之上市を根城にする獄道組を潰す為、世界にあの動画を流布させた。でも正直その後の事なんてどうでも良かったんだ。警察の事も、桜之上市民の事も」
セブンアイズが茜を拉致した動画を世界に流布させた時点で獄道組は事実的に終わっていた。
「でも君達はわざわざ桜之上市警察の機動隊を再結成しやって来た。これは似て非なるもの。そうは思わないかな?」
ファウンドラ社である茜は機動隊を率いて獄道組を潰した。それは桜之上市の警察が獄道組を潰したという事実が欲しかったから。それはこの後の事を考えての判断だった。
「確かに、似て非なるものという表現が妥当ですね」
腑に落ちたと茜はそう言って笑う。
「それにしてもセブンアイズは日和の国にはもう手を出さない、関わらないと宣言していた筈ですが何故今更?」
獄道組が桜之上市を事実上乗っ取ったのは四年前の機動隊突入が失敗してからだろう。
今獄道組に手を出すのであれば四年前に潰しておいた方が良かったのではと。
「それとも、セブンアイズでも四年前の件は把握できていなかったという事ですか?」
全てを見通せるのならば獄道組の悪行も見抜けなかったのか。
挑発にも似た茜の問いに、男ではなく、茜の前に座っていた警官の服を着た女が振り返り、怒りの目を向けてくる。
「おい! お前、失礼だぞ!」
そんな事を言われて黙ってはいないだろう。助手席の女性が茜を睨みつけながらそう凄む。
茜は試していたのだ。国民に支持を受ける犯罪集団のメンバーの反応を。
だが男は眉一つ動かさなかった。そして男は呟くように口を開く。
「数十年前、日和の国から僕達は出て行った」
男はどこか昔を懐かしむように目を細める。
だが茜は違和感を覚えた。セブンアイズが出て行ったのは六十年くらい前だ。
だがどう見ても男の年齢は二十、良くて三十代前半という印象だ。
何かの冗談かと、茜は肩眉を歪ませる。
「改革は済んだからね。そこから日和の国がどう成長するのか、それとも腐っていくのか。僕達の預かり知る所ではないんだ。ずっと見守っていけるわけじゃないからね」
と、男は挑発してきた茜に微笑みかける。
前方の女は激怒しているが隣の男はさらりとかわして来る。
そして先程のジュリナの件でもあったように茜をずっと森島が茜を護ってやれるわけではない。それは少女と警官、組織と国でも同じことなのだろう。
「じゃあ――」
「何故今、僕達が君達に手を貸し、日和の国にやって来たのか」
茜はそれを知りたかった。
何故手を出さないと宣言した日和の国を助けてくれたのか。
男はじっと茜を見つめる。
茜も男の目を見つめ返す。
だが男は黙ったまま。口を開くそぶりもない。
何故男は何も言わないのか。それは自分で考えろと、その答えはすぐそこにあり、少し考えれば分かる事だという事だろう。
茜は考える。
セブンアイズが何故わざわざ日和の国にやって来たのか。それは日和の国でしか出来ない事をする為。それは何なのか。今男がしている事と言えば茜を見つめる事だけ。
「え?」
そこで茜は答えに辿り着いた。
「私?」
「正解」
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