二発目のミサイルもバブルトンネルに沿って綺麗に上昇していった。
そんなミサイルの煙はバブルトンネルの中心に一筋の軌跡を描いていく。
「おーい剣! ミサイルを打つには早すぎたんじゃないかい!?」
二発目のミサイル発射でようやく気付いたクリス。
それは当然の疑問で四人の命がかかっているのだから心配にもなるというもの。海上まではまだ半分の距離はあるのだから。
茜のお尻に反応し、つい発射してしまった剣はしどろもどろになりながらもなんとか答える。
「あ、ああ、大丈夫……だと、思う」
「思うって本当に大丈夫かい!?」
「一発目がちょっとだけ……だが、早すぎた感はある……でも撃ってしまったものはしょうがない」
「しょうがないだって!? このままじゃあ破片が降ってくるんじゃないかい!?」
クリスは早すぎるミサイル発射のリスクを理解している。
これはごまかせないと、二発目を発射した茜が振り返って助け舟を出してやる事にした。
「まあまあクリス、破片が降ってきて当たってミサイル打てなくなる方がやばいから」
「それは、まあ、そうなんだが……」
そもそも一発目が余計だったのだが、美少女である茜を女性慣れしていない剣の膝の上に載せたのが運のつきだった。だがそんな事を今更言ってももう遅い。大事なのはそこからどう動くかだ。それを踏まえれば発射した二発目のミサイルは妥当な判断だ。
クリスが根負けした事を確認し、茜は笑って居ずまいを正す。
すると、茜が何かに気づいたようにお尻を上げて剣を見上げた。怪訝な表情で。
「な、なんだよ?」
「お前……」
茜は剣を見上げた後、視線を落とす。
「確かに、私は美少女で、気持ちは分かるけどさ……こんな時に――」
「ちがっ、これはそのっ」
剣も男だ。頭ではいけないと思っていても体は言うことを聞いてはくれないのだ。
茜も元男。気持ちは分かるだろうが複雑だろう。元男だけに。
気まずい雰囲気。剣は気恥ずかしい気持ちで頭がいっぱいになり顔を真っ赤に染め上げる。
何とか言い訳をしなければと、思考を巡らせるが女性になれていない剣には荷が勝ちすぎた。だがそんな剣に光明が差す。
次第に周りが明るくなってきたのだ。
「あ、光が見えてきたぞ?」
「お、おう!」
海上が近くなり、太陽の光が届くようになったのだろう。
そして次の瞬間、辺りが更に明るくなり、続いて振動が機体を襲う。恐らく一発目のミサイルが着弾したのだろう
ホールの床にミサイルが着弾し、爆破されたのだ。
フェリーから一旦離れ、海上の警備艇で待機していたディランとギャリカもその様子を見守っていた。
耳をつんざく爆音と共に窓という窓が内側から破壊され、そこからガラス片と共に爆炎が噴き出していく。
フェリーが揺れ、海面も揺れる。
「もう一発来るぞ! 構えろ!」
ディランが叫び爆発の衝撃と降り注ぐ破片に構えさせる。その直後、二発目のミサイルがホールの天井に着弾した。
先程と同様の衝撃が辺りを襲う。
一発目が爆発が吐き出した黒煙が一瞬、吸い取られるように歪んで一気に膨張する。
先程とは違い、天井の板だろう鉄板が幾枚かに割れて真上に吹き飛んだ。クルクルと舞い上がり不規則に揺れて落ちていく。
「ねぇディラン! 触手野郎はまだ来てないんだけど!?」
「俺もまだ見てねぇ!」
バドルはかなり前にバブルトンネルを触手で掴んで凄い速さで登っていったはずだ。海上には既に到達していて、フェリー内部に隠れているのか、それともミサイルの発射を見てバブルトンネル内で様子を見ているのかは分からない。
ディランとギャリカの目にも補足できていないようだ。
そしてついに茜達の乗った戦闘機がフェリーへ間もなく到着する。
「見えたっ、あれ出口だ!」
そう叫ぶ茜の目の前にはバブルトンネルの最果て。
だがそこからは爆破の黒煙しか見えない。加えて悪いことに爆破された床や天井の破片が次々と穴に降り注いでくる。
「剣! やばい! めっちゃ降ってきてる!」
バブルトンネル内は狭く、戦闘機が二台並べて飛べるかどうかの空間しかない。
だから避けようがないのだ。
「構えろ!」
「構えろったって……」
コックピット内部も狭く、構えろと言われても大きな破片がキャノピーのガラスを破って来たらどうしようもない。
落ちてくる破片が窓に当たってゴンゴンと音を鳴らして弾いていく。
その時、大きめの破片が直撃しキャノピーにヒビが入る。
「やばいぞ剣!」
更に大きめの破片が次々に直撃し、その度に窓のヒビが枝分かれしてを繰り返していく。それはまるで毛細血管のように無数に広がって目の前を覆いつくす。もうほとんど前が見えないくらいに。
細かいガラスが耐えられず、茜達の体に降り注いでくる。
その時、毛細血管のようなヒビの間から、ひときわ大きな破片が落ちてくるのを茜が視認する。
「剣!」
それを察知した茜が剣の名を叫ぶ。
剣もそこに意識を集中していた為見えていた。
「わかってる!」
大きさにして大人一人分程の金属片。それが真っ直ぐ戦闘機に向かって振ってくる。
さすがの茜もこれには生命の危機を感じたらしく剣にしがみつく。
剣はいつの間にかベルトを解いて立ち上がっていた。茜を後ろ手に抱えて。更に剣は拳を共鳴力で強化する。
「掴まれ!」
大きな金属片はキャノピーの分厚いガラスをまるで紙のように軽く押しつぶす。戦闘機のスピードと相まってかなりの衝撃だろう。
キャノピーのガラスが盛大に割れ、その破片が剣と茜の体をかすめていく。
クリスは自分の腕で意識のない雪花を守り防御態勢を作る。
剣が拳を突き出すと、何かがへこむような音と大きな衝撃音。
機体の横を大きくへしゃげた金属片が回転しながら通り過ぎていく。
剣が金蔵をうまく逸らし、直撃を免れたようだ。
「はぁ……君はなんて奴だ」
クリスが感嘆と尊敬の意を込めてそんな一言。
だがそんな一言をかき消すように、不穏なエラー音が鳴り響き、機体が激しく揺れ始めた。
「な、なんだ!?」
大きな金属片でも逸らすことは出来る。だがそれはコックピットに直撃する金属片だけの話だ。
他にも無数の金属片が降り注いている事を忘れてはいけない。当然、戦闘機の本体や翼に降り注いだ金属片が無数に突き刺さっている。機械部分が剥き出しになり、火花が散っていたり、火を噴きだしている箇所も多数見受けられる。搭載されたミサイルは跡形もなくもげてしまっていた。
「やばい!」
最後のとどめとばかりに、より一層大きな金属片が右翼に突き刺さった。
右翼が完全に切り離される。更に機体が大きく傾き、精細さを欠く。
その直後に黒煙の中に機体が突入し、一瞬何も見えなくなる。
「脱出しろ!」
そんな剣の叫び。
それはちょうどフェリーの最上階の屋根を黒い煙を引きずりながら通り過ぎたところだった。
穴が小さかったのか左翼が引っかかって折れ、火を噴いている。
更に機体が削られ燃料が漏れ始めた。
すぐに爆発しないよう、燃料にも工夫はされているのだが、爆発も時間の問題だ。
「一足先に!」
クリスは脱出レバーを引いた。
キャノピーの枠がはがれ、続いてクリスと雪花の座ったシートが排出される。高度はかなり高いが、すぐさまパラシュートが開き衝撃を和らげてくれるだろう。
問題は剣達だ。剣達は降ってくる破片に備えてベルトを外してしまっている。そして爆発が迫る今、ベルトを締めている時間はない為、脱出レバーを使えない。
剣一人であればこの速度で外へ投げ出されようが、この高度で海に落ちようが、フェリー上の甲板に投げ出されようが平気だろう。
だが小脇に抱えている茜がそれに耐えられるかどうか疑問だった。
茜は見た目一般の少女。だが中身はファウンドラ社のトップエージェントなのだが肉体はそうではない。見た目通りの普通の少女の肉体でしかないのだ。
飛び出すか否か、迷っていると剣の耳に聞きなれた人物の声が届く。
「剣君!」
剣は現在イヤーセットをしていない。つまりその声の主は近くにいるという事。
その方向に視線を向ければ桃色の髪をなびかせたファウンドラ特殊部隊の隊長、セレナがフェリー上の甲板に立っていた。
「了解です!」
茜の面倒はセレナが見てくれるという事だろう。
剣は茜をしっかりと抱え、戦闘機を蹴って素早く脱出した。その直後、戦闘機は爆発四散したのだった。
剣はその破片から茜を守るように抱えて包み込んだ。
高速で上昇する戦闘機の影響を受けながら、二人は放物線を描いて上空へ身を投げる。
目の前には晴れ渡る青い空。
二人は衣服をはためかせ、髪を振り乱しながら空を泳ぐ。
その光景は息をのむ程に美しい青と茜色のグラデーション。立ち上がる積乱雲は陰る日の光を浴びて茜色に染められている。
だがそんな光景も束の間。
上空二百メートルといったところだろうか、放物線の天井を迎えた二人は真っ逆さまに落ちるだけだ。
「投げるぞ!」
剣が叫ぶ。
投げるとは茜の事。
茜も頷いて了承する。目標はセレナのいるフェリーの上だ。
「お、お尻も触るがっ」
「何言ってんだよ今更っ! 手よりいやらしい所で触ってお――」
「そーれえええ!」
剣は間抜けな掛け声と共に茜の腰を支え、可愛らしい小さなお尻を鷲掴みにして思いっきりセレナへ放り投げた。
しかし空中ではあまり力が入らない。放り投げられた茜の速度ではフェリーには少し足りないのだ。
「お願いします!」
「承りました」
セレナはフェリーを勢いよく飛び出し、一息に茜の元へ到達した。そして空中に舞う茜を優しく抱きかかえる。
「茜さん、お疲れ様です」
セレナは茜に優しく微笑みかけ、労いの言葉を掛ける。
「セレナさんも来たんですか?」
通常セレナは緊急性がない限り隊員のバックアップに努める事が多い。
そのセレナがわざわざ出張ってくるのは茜にとって意外だったようだ。
「はい、失敗するわけにはいかない、とのことなので」
勝手に作戦を変更し、あまつさえ老会へ報告もしなかったのだから失敗は許されない。更に悪魔の予想外の力に居ても立っても居られなかったのだろう。実際、茜には荷が勝ちすぎていた。危うく命を落とすところだったのだから。
そしてそこはまだフェリーを飛び出した海上上空。
普通であればそまま海に落ちてしまうと所だがセレナと茜は空中で静止した。落ちもせず、浮上もせず、ただ空中に留まったのだ。
これも共鳴力の放出の一種。共鳴放出には多少の反動がある。自分の体重と同じ反動がある共鳴放出を常に行うことで宙に浮くことができるのだ。
かなりのコントロールと集中力が必要な為、こんな芸当ができるのはファウンドラ内ではセレナだけだ。
そのセレナがふと視線を上げる。
「直前であなた達の乗っていた機体にしがみついていたようですね」
セレナの視線の先には触手を編み込んで作ったであろう急ごしらえの巨大な羽をばたつかせて飛び去るバドルの姿が。
バドルはフェリーのすぐ下で、脱出する機会をうかがっていたのだろう。そこへ丁度、剣の操作する戦闘機が通りがかったので、ここぞとばかりにミサイルの黒煙に隠れて戦闘機にしがみついた、といったところだろう。
セレナは茜を抱きかかえ、空中を散歩でもするかのようにフェリーの甲板へ戻っていく。
それを確認した剣は海へ真っ逆さまに落ちて行った。
「放てますか? 奇跡を」
甲板に戻ると不意にセレナが呟くように茜に尋ねてくる。
奇跡とは四年前、日和の国を救い、母を失う原因となったあの力の事。
「いけます」
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