光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第7話 ~光 VS 傭兵団団長バドル(後編)~

公開日時: 2023年7月1日(土) 00:00
文字数:4,971


「何だ古めかしいという割に、お前も同じ穴のむじなではないか」


 刀を出した光にバドルがニヤついた。


「嬉しそうだな」

「その刀、お前も超越した者だということだろう!」


 バドルが話し終わる前に、光の目の前には鋭い矛先が迫っていた。


「いっ」


 光は寸でのところで躱すが、第二第三の突きが次々と襲う。

 全て急所を狙い一撃で仕留めようと繰り出される突きは早い。だが光は軽快な足さばきで体を反転させて避ける。


「ほう、なかなかの動きだ!」


 更にバドルは楽しそうに笑い、突きを高速で繰り出してくる。だが光にはかすりもしなかった。

 

「いつまで遊んでるつもりだ。そんなんじゃ一生あたらないぞー」


 光は光で楽しそうに挑発を繰り返す。その挑発は突きを避けるポーズにまで波及する。空気椅子、バク転、更に棒高跳びのような背面飛びで躱していく。


「成程! やはり只者ではないらしい! ならばっ」


 バドルも初めから全力で光を倒しにはいっていない。まだまだ小手調べだろう。

 一度バドルは突きを止める。槍の切っ先は光に向けたまま息を吸う。

 そして長く息を吐き出す。

 

「出し惜しみはせんぞっ」


 先程よりも低く重い声。眉間に更に深い皺が刻まれて威圧感が増す。

 次の瞬間には、光の足元に矛先が迫っていた。


「うぉっ!?」


 光はとっさに飛び上がって躱し、事なきを得た。だが先程よりも格段に早い突き。

 そして突かれた足元の鉄製の床がまるで紙のように引き裂かれている。

 しかしこれだけでは終わらない。飛び上がって躱した光の体を二の突きが襲う。

 空中ではもうよけようがない。槍の矛先が光の体を貫かんとする時、光は槍の矛先に刀の刃をあてがい、突きの軌道を逸らそうとした。

 

「くっ」

 

 だが鉄製の床をも簡単に引き裂く豪の槍だ。

 威力は凄まじく槍の軌道は変わらない。逆に光の体が流されて吹き飛んでしまう。


「はははっ! よく避けた! やはりこうでなくてはな!」


 バドルはここにきて初めて笑顔を見せ豪快に笑う。

 一歩間違えれば死と隣り合わせの近接武器での戦闘。それをバドルは純粋に楽しんでいるように見える。

 そして生意気な光を吹っ飛ばせたからか、はたまた先程の一撃を光が交わしたからか、バドルは心底楽しそうに笑った。

 光は弾き飛ばされたものの受け身を取って床をゴロゴロと転がって止まり、身構えた。

 

「その一撃で死ななかったのはお前が初めてだぞ! 小僧!」


 先程とは打って変わってバドルの身体能力が上がっている。それはおよそ人の力とは呼べぬ程に。

 膝の汚れを払いながら光は立ち上がる。


「やはりレゾナンスか」


 とは先程バドルが使った身体機能が格段に上がった能力の事だ。

 この世には共鳴力というものがある。大気中にある力を自分の力として取込み力を得るのだ。彼等は一般にレゾナンスと呼ばれている。

 

「ほう、分かるか?」


 そんな超常現象のような威力の突きに物怖じせず、冷静に言い当てる光をバドルは不敵な笑いで見据える。

 バドルは言って槍の矛先とは逆の石突を床に押し当てて楽な姿勢をとる。

 

「つまりは貴様もその類の者なのだろう。そうでなければ先程の突きで死んでいた筈だからな」


 レゾナンスの特徴としては厳しい鍛錬を積めばバドルのように人を超越した力を行使することができる。

 加えて基礎身体能力も多少上がる他、動体視力の向上や察知能力も向上する。更に若干ではあるが寿命が長くなるという研究結果も得られている。


「貴様の言う通りだワシはレゾナンス。先天性のな」


 バドルは誇らしげに言って不敵に笑う。

 レゾナンスは先天的に扱えるものと後天的に能力が発現する者がいる。

 そしてどちらのレゾナンスの練度が高いかと問われれば、時間的なアドバンテージがある先天性となる。

 

「確かに相当の練度だ」


 バドルは無駄に年を取っているわけではなかった。

 レゾナンスは共鳴力をいくら鍛えたところでせいぜいが一般人がトップアスリート並みの身体能力に落ち着いてしまう。

 ところがバドルは鉄製の床を槍で引き裂く常人離れした力を見せた。レゾナンスの中でも類稀な共鳴力の持ち主であることは間違いない。


「戦意喪失か? 小僧」


 バドルは少し残念そうな表情を浮かべてため息をついた。

 

「若さ故の無謀、若さ故の虚構の自信。どれも貴様のような若者が持ち合わせていなければいけないものだぞ?」

 

 勝負は始まってみないと分からない。だから始まる前は何とでも言える。それが急に相手を認める発言をしだしたのだからバドルからしたらさぞかし興を削がれたに違いない。

 そう、バドルは思っただろう。


「戦意喪失というのならそうだろうな。それがお前の本気だというのなら少し失望した」


 その光の一言に、輝きを失いつつあったバドルの目が見開かれ輝きを取り戻す。


「ほう……今の時代、常人も銃で武装すればレゾナンスと同等以上の力を得られる。故に口の利き方もなってない、銃の使い方しか分からぬ無知な若造が多すぎる」


 銃を持っただけで力を得たと勘違いした若者を何人も見てきたのだろう。彼らがどうなったかはバドルの口調から想像はつく。


「しかし! 貴様はそうではないというのだな!?」

「正解だよ」


 そう言って光は刀の切っ先をバドルに向ける。


「はははっ! いいぞ若いの! 久々に手応えのある獲物なのだ! せいぜいワシを楽しませてみろ!」

「生憎、老人介護はやってないんでね」


 バドルも槍の切っ先を光に向けるや否や身を低くして突進する。

 

「ぬかせぇええ!」


 バドルの豪快な咆哮、それとは不釣り合いな程に繊細で冷静な足の運び。亀の甲より年の劫、無駄に長く生きてきたわけではないようだ。

 対する光は何を血迷ったのか、迎合するように光もバドルに向かって走り出した。一般的に槍と刀のリーチ差は一目瞭然だ。そこへ正面から飛び込むのは愚策となる。

 バドルは一瞬目を見開いて驚いたものの、光の無謀な飛び込みに敬意を表して不敵な笑みを浮かべる。


「ゆくぞ!」


 バドルの気合のような短い一言とほぼ同時にバドルは一際強く一歩を踏み出した。床がへこみ、振動が光にも伝わる程。

 そしてほぼ同時、光がバドルの槍の間合いに入る。

 音速と同等の速さと鉄を引き裂く剛力を秘めた突き、その軌道は光の頭を的確に捉えている。

 光は身を低くして躱そうとするがそれを追従するように矛先が光の頭を捉えて放さない。

 隠して高威力の突きは振り抜かれ、空気が割れる爆発音と一瞬霧のような白いもや、更に衝撃が鉄の床や壁を奔走する。

 しかし肝心のバドルの槍の矛先は空を貫いていた。光は身を低くして更に刀の剣先でバドルの矛先の起動を逸らしたのだ。

 

「ぬ」


 かくして光はバドルの槍の間合いに侵入する。

 更にバドルと同じく、光も金属の床を一際強く踏み鳴らし進撃する。

 槍は突きだしたままでは隙だらけだ。バドルは槍を引くが光は更にその先に一歩踏み出している。

 槍の基本は突きだ。しかしその攻撃が外れれば当然大きな隙ができる。

 更に一歩、光があと一歩踏み込めば光の刀の間合いだ。


「全く」


 あと一歩の間合いに光が迫ったが、バドルは冷静だった。

 光の進撃の速度を超えて槍が高速で戻っていくのだ。

 槍の使い手はその大きな隙を埋める為、突きよりも引手が早くなる事もままあることだ。

 バドルはあえて光を近くに引き寄せていた。勝利を確信し、油断した光の体を貫こうと。

 いくら懐に潜り込もうと槍を引く速さを超えなければそこは槍の間合い内になる。

 

「馬鹿が多くて困る」


 ついにバドルの槍は光を追い越し、再度光を迎え撃つ体制となった。


「な!?」


 だがそこに迎え撃つ筈の対象がない。

 先程までノロノロと進撃してきた光の姿がどこにもなかったのだ。

 まさか光の進撃速度もフェイクで更に加速したのだろうか、とバドルは一瞬思った。だがそうであれば光の刀でバドルは既に斬られている筈だ。


「どこに――」


 それは光が姿を消したのではない。人智を超えたバドル自身の身体能力が光を消してしまったのだ。


「策士策に溺れるってやつだ」


 それは光の声。その光の声はあろうことかバドルの背後から聞こえてくる。

 

「ば、馬鹿なっ」

 

 それは光を貫こうと引き戻し、構えた槍の方向から。

 全身から噴き出す汗と荒々しく立ち上がる鳥肌。それはバドルの死への恐怖に他ならない。

 

「くっ」


 バドルが振り向けばそこには光が不敵に笑っていた。

 相当な研鑽を積んだバドルにとってそれは、あまりにも信じがたい光景だっただろう。バドルの槍を引く速さを超え、光がその背後に回ったのだから。

 だが瞬間移動のようなトリックの謎は直ぐに解かれることになった。


「まさか槍をっ!?」


 光の手には槍が握られていた。

 光は自分を追い越していく高速の槍を掴んで利用し、バドルの背後を取ったのだった。

 バドルは光を油断させた引きの緩急を逆に利用されたのだ。そしてその引きの速さを過信したが為、光の動向に気づけなかった。


「このっ」


 バドルは背後にいる光を振り払おうと槍を振り回すがもう遅い。光は手を放し槍を避ける。

 その一瞬、体勢を崩すバドルの焦燥の視線と光の勝利を確信した視線がかち合う。

 更にがら空きになったバドルの体の前面。

 二人のかち合う視線を切り離すように光の斬撃が放たれた。

 バドルの上半身前面の肉が音もなく裂け、申し訳程度の血しぶきが壁に飛来し、音を鳴らして赤い花が咲いた。


「ぐっっ」


 よろよろと、鮮血を滴らせながら壁際に後退するバドル。

 気迫かプライドか、崖っぷちで落ちない為に耐えるように、バドルはしぶとく倒れず踏みとどまっていた。

 しかし傷は深い。結局逆らえず、バドルは落ちるように鉄の床に身を投げたのだった。

 次にバドルが光を見た時、刀は既にエメラルド色の収納石に戻っていた。手の平でころころと弄ばれ、キラキラと輝いていた。


「じっとしてれば傷口は塞がる。大人しくしてなよおじいちゃん」


 光そう言い捨てて走り出す。カンカンカンと小気味よい足音を立てて悠然と立ち去って行く。

 

「ま、まてっ! 貴様っ、何者だ!?」

「俺? 俺は」


 光は止まり、振り返る。


「ただの正義の味方だよ」


 そんなキザな事を吐いて再度走り出す光。

 しかしこれはファウンドラが掲げる理念であり理想であり存在意義なのだ。


「くっ……」

 

 バドルは体を起こして光を追おうとするがその少しの揺れで傷口から血が噴き出してきた。

 激痛で唸り身を丸めてしまうバドル。光の姿はもうない。


「最後まで舐めた真似しおって……くそガキが」


 バドルは仰向けになって大の字になる。そして静かに暗い天井を見上げる事しかできなかった。



 病院にて


「へぇ、バドルか。珍しい奴がいたな」


 ディランが感心するようにそう呟いた。しかしそれは光がディランを倒したことではなくバドルを発見した事について。光がバドルを倒すのは自然だと暗示している。


「そのバドルって人有名なんですか?」

「ああ、キルミアの元軍人だ。確かキルミアの要人が誘拐されて、その奪還作戦中の事件だったよな」


 雪花が聞くとディランがさらりと答えてやる。

 そして首を振った。その先にはセレナ。その詳細はセレナに任せるという事だろう。


「その通りです。バドル・ハスキーの部隊は武装した誘拐犯をなぎ倒し、要人が監禁されている場所までたどり着きました。ですが、そこで部下を全員殺害し、誘拐された要人も殺害、その後姿を消したようです」

「えええ!? 仲間も!? 人質まで!? どうして……」

「動機は不明です。何故部下を殺したのか、何故人質まで殺したのか。十年前から未解決事件としてキルミアは未だ捜査しているようです。表向きは誘拐犯とキルミアの部隊が交戦し大勢の犠牲を出してしまい要人の奪還に失敗した事になっています」

「そ、そんな……知ったらいけない事を知ってしまったような」


 雪花は生唾を飲んで喉を鳴らす。

 雪花は光達とは違い一般人に分類される。そしてこれは一般人である雪花に公開して良い話ではない。怪訝そうに光はセレナを見つめその真意を探るがセレナは目をつぶって「他言無用に願います」とだけ話す。雪花は無言でうなずいた。

 

「まあそんな事はどうでもいい」


 この重要機密をどうでもいいと言い放つのはディラン。

 ディランの興味は既に他の事に向いているようだ。

 そしてまた首を振ってその方向を見る。そこには青色の毛玉が。


「お前が何でそんな毛むくじゃらのつるつるになったのかが俺は聞きたいね」

「ああ、大事なのはこの後だ。そしてその後でディラン……お前をぶち殺す」


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