光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第83話 ~茜、銭湯に行く~

公開日時: 2023年9月15日(金) 08:59
文字数:3,574


 茜達は孤児院から出て海沿いに五分程歩いたところにある銭湯にやってきていた。


「来たねチビ共」


 番台には高齢の女性が座っており、茜達を見るや否や笑顔でそんな言葉を吐いてくる。

 笑顔で対応してくれれる辺り孤児院に協力的な人物のようだ。


「おや、今日はいつもの黒髪の子じゃないんだね」

「はい、今日の引率は私が代わりに」

「ふーむ、これまたえらいべっぴんさんじゃないか」

「はあ、ありがとうございます」


 茜は嬉しくもないお世辞に取り合えずお礼を言う。

 そして子供達の数を数え、全員いる事を確認した。


「じゃあ、あんたらは女湯を使いな。今は誰もいないからゆっくりしておいで」

「はーい。聞いたかお前らっ、女湯へごー!」

「おー!」


 女性専用の更衣室に入ると誰もいない。

 だから茜は安心して着替える事が出来る。雪花に覗きだの変態だも言われないで済むのはありがたいだろう。


「じゃあさっさと服を脱いで風呂入るぞー」


 茜と子供達は服を脱ぎ捨て裸になる。

 そこで風呂場へ行こうとした時に茜はあるものを見つけた。


「ランドリーあるじゃん、ここ」


 見れば洗濯乾燥機が何台か置かれている。

 そして茜達の服は本気のサッカーで泥まみれだ。


「よーし、皆、ここに服放り込め!」

「へ? いいの!?」

「やったー!」


 と、子供達は色めき立つ。

 汚れた服を綺麗になった体で誰も着たくはないだろう。

 そして恐らく持っている服が少ないのだろう。

 見れば子供達の服はいくつも補修された後が見受けられる。一枚の服を大事にしている、と言えば聞こえはいいがあの孤児院んの経済力ではこれが限界のようだ。

 


「何だ、お前ら服買ってもらえないのか?」

「買う?」

「どういうこと?」

「そこからか……」


 五歳以下の子供であればあれが欲しいやこれが欲しいと駄々をこねてせがむお年頃だ。

 孤児院にはお金がない為、買ってもらえない、ならわかるがその概念すらないとは茜は思わなかった。


「この服はおさがりって言ってた。おさがりってなに?」

「うーむさすが唯、そんな概念すら与えないとは」


 服を買うという概念を与えれば孤児院の経済状況を分からない小さな子供達は一斉に駄々をこね始めるに違いない。

 その点で行けば唯の教育は成功していると言える。

 そして洗濯乾燥機もただではない。服を入れ終えると茜がスマコンをかざして料金を払い起動させてやった。一応茜もお金は貰っているのだ。

 そして一行は風呂場になだれ込む。


「じゃあまず髪を洗います!」

「はい! お願いします!」

「……へ?」


 子供達は各自シャワーの前に陣取って動かない。


「お願いしますって……シャンプー出来ないのか?」

「シャンプー怖い……」

「目が痛い!」

「やり方わかんない」

「マジか……」


 これは唯の過保護が原因なのか、それとも子供達が幼過ぎるからか分からない。だがこれでは唯の負担は相当なものだろう。

 そこで茜は子供達に洗髪の仕方を教えてやる事にした。


「よし! じゃあ私が頭を洗うから見ておくように」

「はーい」

「えー、お姉さんが洗って~」

「目が痛くてできない~」


 茜に従う子供が半分、駄々をこねる子供が半分。


「いいか私をよく見ておけ!」


 茜は子供達の前に立って実演する事にした。


「はい!」

「あれ、毛が無い」

「つるんつるんだ」

「そこじゃない! もっと上!」

「唯ねぇより大きい!」

「ぷるんぷるんだ~」

「私も大きくなる?」

「もっと! もっと上!」


 唯とは違う茜の体に嫌がっていた子供も注目し始めた。


「まずは髪を濡らします! そしてそこにシャンプーをどーん!」

「濡らしました!」

「どーん!」

「どーんって! あはは!」

「そしてこねこねこねて泡を立てます!」


 子供達には細かい説明は伝わらない。実演と擬音語を織り交ぜると効率的なのだ。

 だがまだ駄々をこねる子供もいる。


「シャンプー嫌! やって!」


 だがそれもただの幼い子供。

 幼い子供の駄々を律することなど、トップエージェントの茜にとっては朝飯前だった。


「見ろ! カブトムシだ!」


 茜は自分の髪を泡で固めて二本の角を作る。それを駄々をこねている子供に向けた。


「か、カブトムシだ! どうやったの!?」


 駄々をこねていた子供はカブトムシに惹かれて急いで自分でシャンプーをし始める。


「続いてはクワガタ!」


 角を縦から横に付け替えただけなのだが子供達には大うけだった。


「できた! カブトムシ!」

「俺も出来た! クワガタ!」

「僕も!」

「私も!」

「最後はヘラクレスオオカブトだ!」


 などと茜が芸術作品を髪の毛で作成していく。

 子供達が真似して遊んでいるうちに駄々をこねる子供は一人もいなくなり、皆無事にシャンプーを終えたのだった。


「今度は体を洗うぞ! 皆で輪になって背中を洗ってやれ!」


 もう茜の命令に駄々をこねる子供はいない。

 子供達は茜の命令に従順だ。皆輪になって椅子に座り、前方の子供の背中を泡立てたタオルで洗ってやっている。


「うんうん、よろしい」

「お姉さんは?」

「あ、私も洗うよ」


 と、茜が椅子に座った時だった。


「お姉さんの背中、私が洗う~」

「おー、本当? ありがとう~」


 一人の子供が茜の華奢な背中を泡立てたタオルでごしごしと洗ってやる。

 背中を洗われて茜は気持ちよさそうだ。普段手の届かない所に手が届き、気持ちいいのだ。そう言えば背中と言えば何やら剣が頭に浮かんだが気持ちいいので直ぐに弾き出した。


「はぁ~、いい子だなぁ」

「えへへ、気持ちいい?」

「うん、気持ちいいよ」


 と、茜は素直に言葉を吐く。

 するとそれを見た子供達がタオル片手に茜に押し寄せる。


「僕もお姉さんの体洗う~」

「俺も!」

「あたしもあたしも!」


 茜は今や子供達の中心的存在。そこに子供達が集まってくるのは必然だった。

 

「え? いや、そんなには……洗うとこ無いだろ」


 集まって来た子供達は茜の背中を洗おうとする。しか何人もの子供達が洗えるほど茜の背中は広くはない。


「じゃあ俺は右手!」

「じゃあ僕は左手!」

「じゃあ私はおっぱい!」

「なんか介護を受けてる気分だな……あとおっぱいはやらなくていい」


 更に次々と子供達が押し寄せ、前後左右から茜を取り囲む。


「じゃあ私も」

「僕も僕も」

「あたしも」


 子供達が茜の全身を泡立てたタオルで洗い始めた。

 だが茜は裸。それを様々な角度から洗われればどうなるか。

 

「ちょっと待て、前は自分で――あははっ、ちょそこ弱いからっ、ひぃっ、ちょ」


 茜は脇腹やら首筋やらを責められ笑い転げて椅子から転げ落ちるがそれでも子供達の手は休まらない。

 茜の体は次第に泡まみれになってだんだん見えなくなっていく。辺りにはシャボン玉が浮かんでは消えを繰り返し、子供達の無邪気な笑い声と、茜の笑い声に似た悲鳴で溢れかえるのだった。


「はぁはぁ……」


 そして子供達の気が済んだ時には茜は泡で見えなくなっていた。

 聞こえるのは疲れた茜の息遣いだけ。


「あれ、お姉さんがいない」

「あはは、泡々お化けだ」

「皆でシャワーかけてみよう」


 かくして、泡から息荒く横たわる茜が出現した。

 泡が無くなると、むくりと起き上がった茜。そして悪乗りした子供を見つけるや否や、脇腹をくすぐらんと襲い掛かるのだった。


「全く……酷い目にあった」


 茜は子供達を湯船に入れ、自分も湯船でゆっくりしていると子供達が寄って来る。


「唯ねぇよりお姉さんの方がおっぱい大きいね」

「ねー」


 茜のふくよかな胸が珍しいのか、つついてくる子供達。


「乳はでないぞ?」


 乳飲み子という年頃はもう過ぎただろうと冗談めかして言ってやる。

 それにしても唯の名前を子供達は良く口にする、と茜は思う。何かにつけて唯の名前を出すあたり唯への信頼は厚いのだろう。


「お前らは唯の事好きか?」

「好き!」

「私は大好き!」

「俺も好き!」

「僕は……ちょっと怖いけど、でも好き」


 その子供達の唯への気持ちに茜は分かっているなと、うんうんと頷いた。


「私も唯の事好きだなぁ~」


 と、ポツリ。

 

「俺、お姉さんも好き」

「私も~」

「僕も」


 どうやら茜と子供達は打ち解けたようだ。

 茜への気持ちを惜しげもなく告白してくる子供達。

 そこで茜は一つ笑い、ある提案をしてやる。


「じゃあ私が今よりいい暮らしをお前達にさせてやろう」

「本当!?」

「ああ、本当さ。サッカーボールだって新しいの買えるし、服だってお洒落なの買えるようになるさ」

「お菓子一杯食べれる?」

「ああ、今のうちに買いたいもの全部メモしておくんだな」

「毎日、お腹いっぱいご飯食べれる?」

「毎日三食、腹が破裂するくらい食べれるようになる」

「でも、どうやって?」

「ふふん、まあ私に任せときなって」


 自信満々に茜はそう断言する。

 そこに一人の子供が目を輝かせ、茜に尋ねてくる。


「お姉さんって唯ねぇが言ってた正義のヒーローなの?」


 子供の言うそれはクララも言っていた事。クララが孤児院存続の期限を一、二ヵ月先に決めた理由でもある。

 それについては真偽が茜には良く分からないので「多分ね」とあいまいに呟いたのだった。

 


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