茜達は当初、西側から浮上した島に向かっていた。だが竜巻に巻き込まれた茜は上陸予定の真裏、東側に飛ばされていたようだ。
中央には大きな山があり、岩肌丸出しの崖となっていて登れない。だから二人は並んで砂浜を歩き、島を南から回り込んでいく。
その雪花は不機嫌そうに目を細め、茜を睨みつけてくる。
「あんた馬鹿じゃないの? せっかくお父さんに会えたのに……」
雪花は親子の感動の再会を期待していたのだろう。だが茜の煮え切らなさに未練たらしくぶつくさと文句を言ってくる。
「別に、今まで会ってなかったんだし。何が変わるってわけでもないだろ」
茜は煩わしそうにそう言い放つ。
「でも一瞬迷ってたじゃない」
「わ、私は迷ってない!」
手を広げる大吾に一瞬茜は顔を上げていた。それは少しでも心が揺らいだからだろうと、雪花は思っていた。
更に必死に否定する茜の態度がそれを証明しているのだが、茜は早歩きで距離を取ってしまう。
「強情ねぇ」
そして雪花はその後ろを追いかけるのだった。
「ていいうかさ、なにか変だと思わないか?」
「ふふん、私ももうトップエージェント。もちろん気づいているわ! あんたが黒以外のパンツを履いているなんて変よ!」
何を言い出すのかと思えばと、茜はがくりと肩を落とす。
茜の履いていたパンツの色は青だったと。だがそれは昨日ルココが茜を見かねて差し出したパンツ。
「違うっつーの! この島の事だよ! パンツエージェント!」
「パンツエージェント!?」
不名誉な仇名を付けられつつも雪花は考えてみる。この島の違和感を。
だが見る限り普通の島。特に違和感などない。
「何が変なのよ?」
「この島は海底にずっと眠ってたんだろ? その割に砂浜は乾いてるし、木も普通に生えてる」
だが茜にとってその違和感のなさが違和感だったのだ。
海底にあったのであれば砂浜だけではなく中央に見える岩肌も濡れていないとおかしいのだ。遠目に見ても濡れているか乾いているかくらいの違いは分かる。
「そう言えばそうね。ずっとバブルで覆われてたとか? バブルドームみたいに」
「ここら辺を嗅ぎまわったディアン族揉みつけられない程深く沈められてたんだ。日の無い所で木は育たないだろ」
以前の飛空艇アシェットと同じく、バブルドームで覆われていたとしても日の光が乏しい海底ではすぐに枯れてしまうだろう。
その茜の疑問に雪花はすぐに考える事を止めた。
「まあ。あれよ。古代の叡智よ」
「叡智ねぇ」
考えても分からない事は考えても無駄だと、雪花は早々とリタイヤした。
その雪花を見習って茜も思考を変える事にした。
「それで? ツクモ教授たちは何処だって?」
雪花は今からツクモ達と合流すると、先程連絡を入れていたのだ。
「あんた知らずに歩き出したの?」
「だって……あいつと同じ方向に進みたくないし」
「ああ~分かる~。嫌な人が通学路で一緒になった時、少し遠くても違う道から行きたくなるわよね~」
「……なんか嫌だなぁ、その例え」
長年生き別れの父とそんな身近な例えを一緒にして欲しくないと、茜はしかめっ面で雪花を睨みつける。
「教授とマリーさんは一足先に西へ向かったわ。ここに来る時にお城みたいなものが見えてね」
「城?」
「うん。青い屋根のお城。島の西側ね」
「ふーん」
二人のいる位置からはまだその城は見えない。大きな山に隠れているようだ。
これは後ろから攻められないようにだろう。
島を浮上させる仕掛けに、ギカ族やディアン族の協力がなければ突破できない防壁。かなり厳重だ。この様子だと大きな城壁もあるかもしれないと茜は考える。
「あれ、雪花……」
「ん?」
そこで茜は雪花を見て何かに気づく。
「お前コルドー18カービンはどうした?」
茜が気づいたのは雪花の軽装だった。
雪花の体には南国の島には暑苦しい、プロテクターや防刃防弾の長袖が着込まれている。
だが肝心の武器が腰に巻かれたベルトに一丁の拳銃しか見当たらない。ファウンドラ社標準装備の「クローグ6000」のみだ。
「ああ、重くて船に置いてきちゃった」
「マジかよ……」
茜は雪花の言葉にうなだれてしまう。
「なによ、撃ちたかったの?」
「そうじゃねぇよ……まあ久々に撃ちたい気持ちはあったけどさ」
「その気持ちはあるんだ。じゃあ何が不満なのよ」
「お前はここに何をしに来たか覚えているか?」
「宝探しでしょ?」
「はぁ……」
雪花の言いたい事は分かる。今までずっとドローンで見張るだけだったのだから。
だがその宝探しの障害となるキックス犯罪集団を潰す事も目的の一つだ。それを雪花はすっかり忘れていた。
雪花はその事を茜に指摘され、はっとしたように目を見開いた。
先程の自信と、島が浮上するという大掛かりな仕掛け。それにキックス犯罪集団が気づかないわけがない。現にバンカー王国本島からは大吾を連れてやって来ていた。宝があったと予想していたズレバー島からも向かってきているに違いない。
「その拳銃一丁でキックスと戦うつもりか?」
「それは剣が……あ」
剣は今南国の海で漁の真っ最中だ。
「や、やばい?」
「私は別に。お前がやばい」
茜は別に一人でもやられはしないだろう。青桜刀とショットナイフがある。時間はかかっても負けはしない。
しかし雪花には拳銃一丁のみ。多少の格闘術は心得ているが相手は犯罪集団で人数も多い。多人数で銃を手に襲撃されたらひとたまりもない。
「だ、だって! 合流する為にあんたの位置をモニタしてたら凄い速さで円を描きながら飛んでいくんだもん! じっとなんてしていられないじゃない!」
雪花は茜のリングの軌跡を見ていたようだ。茜が尋常ではない速さで尋常ではない動きをすればそれは心配にもなるだろう。
そして茜に何かあれば雪花はセレナに申し訳が立たない。更にどぎつい説教をされるかもしれないという恐怖から雪花は必至だったのだ。
「そ、そっか」
どんな思惑があろうと必死になって自分の元へ駆けつけてくれた雪花に、茜は何だか嬉しくなってしまう。
「行ってみたら大男があんたを襲ってるし、二人共半裸だし! 南の島だからってハッスルし過ぎって思って!」
「ハッスルって……まあ、あれは助かったよ……その」
茜はまだちゃんとしたお礼を言っていない事に気づく。
「……ありがとう」
若干の気恥ずかしさで茜は俯いてお礼を言った。
「……くぅ」
すると雪花は変な声を出して呻く。
だから茜はすぐさま「どうした?」と尋ねた。
「いやぁ、やっぱあんた可愛いわ……そんなふうに言われると抱きしめたくなっちゃうわぁ」
茜は美少女なのだが女性であるセレナや雪見も抱きしめていた。もしかしたらそれは小動物の類の可愛さを見出しているのかもしれない。
「ふふん、抱きしめてもいいんだぞ?」
「それはいい」
茜が許可を出すも雪花はきっぱりと拒否してくる。
「なんでだよ」
「だってあんた私の胸に顔うずめてくるんだもん」
「ちっ、バレてたか」
そうこうしていると右手に青い屋根の城が見えてくる。三、四十メートルの高さがあるだろうか。かなり大きい。
そしてやはり茜の予想通り、堅固な外壁が城を囲っている。
その外壁を伝って進んでいくとやがて大きな壁門があり、そこにはツクモとマリー。更に見知った顔が三人。
「あ、茜!」
「茜さん!」
「茜おねえさん!」
そこにはルココとキリカ、ルークがいた。
「おー、皆無事だった――」
茜が笑顔で手を振って駆け寄るとルココ達も茜に向かって駆け寄って来る。そして茜の無事を確認して嬉しさのあまりか、次々に飛びついてきた。
ルココが頭。
「茜の馬鹿!」
「ぐっ」
キリカは茜の胸。
「心配したんですよ!?」
「ぐはっ」
ルークは茜の腹に。
「っ!」
「げほっ」
それぞれ頭突きをくらわせるように飛びついた。
「他人を助けて自分が死んだら助かる命は一つでしょ!? 他人を救うならまず自分の命を確保しなさい!」
そしてルココから第一声がそんな言葉。
流石はルココ、ビジネスライクな考え方だと茜は思うだろうが茜の言葉が出てこない。
「あれ、茜さんの意識がない!?」
どうやら三人の突撃の衝撃で茜は伸びてしまったようだ。
「あーあ……」
そんな茜を雪花が優しく抱き起してやるのだった。
「全く……反省しなさいよね」
「生きてたんだから助かった命は二つだろ?」
ルココの説教に茜は反論する。
「それは結果論でしょ!? あのままだったらあなたが死んでたのよ!?」
「生きてるじゃん」
「だから――」
そんな問答が続いたところでツクモが咳ばらいをして二人の間に入る。
「まあまあ、君達落ち着いて。それに茜、この三人の気持ちも分かってやったらどうだ? 三人が三人、泣いて私にすがって来たんだ。茜の所在を訊きにね」
ツクモは笑ってルココ達の様子を暴露する。
だがルココは顔を赤らめてそれを必死に否定した。
「わ、私は泣いてなんかっ」
「あら、この子泣いてたわよ? ねぇ」
「はい、ルココさん、泣いてましたよ?」
「うん」
だがそれをマリーが笑って否定し、キリカとルークも否定する。
「ルココ……」
「いや、だから――」
「ぷっ」
「え?」
「泣き虫」
と、茜がからかうように言って笑うとルココが茜の頬を摘まむだのだった。
「さあ、お宝は目の前だ! この扉を開いて中に入ろうじゃないか!」
ツクモが待ちきれないとばかりに門を指さした。その意見に誰も異論はない。
そして目の前には重厚な金属製の左右に分かれた開き扉。
「この扉は私の力では開かなくてね。恐らくディアン族とギカ族で開く扉のようだ」
言ってツクモはマリーとキリカを見る。
「茜は無事だった。手伝ってくれるかい?」
「分かりました!」
ツクモの言葉に茜は首を傾げる。
「あなたがここにくるまで何もしないってルークが駄々をこねたのよ」
「ああ」
そんな茜にルココがその経緯を説明してやった。
雪花は歩いていく前にツクモに連絡を入れていた。茜と一緒に向かうと。
その後、ルココ達はツクモと合流し茜を待っていたのだった。
だからルークはツクモの要請を一時的に拒否したようだ。茜無しで宝を見つけたくなかったのだろう。姉のキリカもルークの意思を尊重したのだった。
「なんだ、可愛い事してくれるなぁ。ルーク」
茜が笑ってルークの頭をわしゃわしゃと撫でてやるとルークは恥ずかしそうだったが、無抵抗になされるがまま。少し嬉しそうだった。
そうこうしているとキリカとマリーが壁門に手を触れた。
すると扉が赤く輝きだす。
「あの玉と同じような光?」
「押してみましょう!」
「はい!」
一瞬気後れするキリカにマリーが言って押してみると音もなく、簡単に扉が開く。
「おお! やったぞ!」
その扉に、ツクモが真っ先に入っていく。
「お宝お宝~」
そしてルンルン気分の雪花と茜、ルココ、そしてキリカ達が入っていく。
目の前にはだだっ広い庭。
綺麗に刈り込まれた芝生に道をかたどる草花。
中央には水場があり、瓶を持った女性の彫刻。その瓶からは水が流れ出している。
今は丁度昼に差し掛かった時間帯。
真上から降り注ぐ太陽光。それを受けて輝く草木。そこはとてものどかで色鮮やかな蝶も飛び交っていた。
「うわ~、こんなになってるんだ~」
「綺麗に手入れされているわね」
雪花とルココはきょろきょろと辺りを見回している。
「ふーむ、実に興味深い……今まで沈んでいたというのに何故……」
「不思議ですよね」
ツクモも茜と同じ疑問を抱いているようだ。扉をくぐってすぐ眉をひそめている。
そして正面には青い屋根のお城。その壁も海に侵食されたように青みがかったレンガで作られている。
高くそびえ立つ青い城は南国の青い空と同化している。だが大陽光がそれを象って空に浮かぶ城のように見えた。
「綺麗な城だなぁ~」
「まるで茜さんみたいですね」
「うん」
茜の一言にキリカが言ってルークが頷いた。
「確かに髪の色が――」
各々が嘆美の表情で興味津々に眺めている時だった。
そこに居た全員が身をすくませるような一発の銃声が鳴り響いたのだった。
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