午後二時頃、雪花と茜が唯のいる孤児院に到着した。
前面には海を臨み、道路を挟んでアルドマン孤児院があった。
「いらっしゃい、二人共!」
唯は孤児院の門の前に立ち、笑顔で出迎えの儀式を行ってくれた。
「ちょっと……ボロボロだけどちゃんと掃除してるから」
気まずそうな唯の表情。
そういう唯の横にある門は片方のスライド式。だがレールはあるものの扉自体が無くなってしまっている。門にかけられた鉄製の表札も傾いたままだ。
中に入るとすぐ、遊ぶ為なのだろう、広大なグラウンドが広がっていた。そこには既に帰宅したであろう小学生や中学生達がサッカーをしたり縄跳びをしたりして遊んでいる。
「ここが私が住んでいる孤児院だよ~」
二階建ての孤児院は白を基調とした壁なのだろうが日に焼けたように黄ばんでいる。
窓の大半にはひびが入っておりガムテープで修復されている。割れていない窓を見つける方が難しいくらいに綺麗な窓が一つもない。
「ちょっとボロくなったけど昔と変わってないわね」
「ちょっとか? 凄くボロいような」
雪花や茜が小さい頃に遊びに来た時にはそれほどボロボロではなかった。
経年劣化によるひび割れも目立つが放置しっ放し。もう少し修復とか改装工事とかすればいいものを、と茜は思ってしまう。
そこで茜は気づく。唯の足にしがみつき、茜を見ている子供の存在があった。
唯の後を付けてきたであろう子供達が茜と雪花を興味津々といった具合で見つめている。
「みんなー、今日は私の友達が来てくれたよ~」
「わー遊ぼー!」
「サッカーしよう!」
唯に抱き着いた子供達は茜の顔を見るや否や飛びついてくる。
見ず知らずの人が来ているのに警戒心が全くない。
唯の友達という事だからだろう。唯はよほど信頼されているようだ。
茜は雪花の背中にポンとタッチして走り出す。
「じゃあ雪花、いっちょこいつらと遊んでくるわ」
「え?」
茜はサッカーボールを蹴りだし、ドリブルを始めた。
「よーし! 私のオーバーヘッドシュートを見せてやる! ついて来い!」
「すごーい! 見せて見せて!」
茜は子供に引っ張られるようにサッカーをやっている子供達の中に入っていった。
「こんなにいっぱい子供がいると、大変ね」
子供達は視界に入るだけで五十人はいるだろうか。あちこちで走って笑って泣いて、とても騒がしい。
「そうでもないよ。みんな可愛くて毎日楽しいよ?」
「そう? あ、あいつ制服でサッカーしてる……」
雪花が茜に目をやるとミニスカートのままオーバーヘッドを繰り出しゴールネットを揺らしている。だが穴が開いていたのだろう、そのままゴールネットを突き破って後ろにボールが飛んでいってしまった。それを子供達が追いかけている。
「あいつスカートなの忘れてない?」
ファウンドラ開発の絶対見えないスカートではある。だがそれをいいことに茜はやりたい放題。少年たちの視線を独り占めだ。
雪花はそんな茜の振る舞いに呆れるばかり。
「世界のどこにミニスカでオーバーヘッド決める女子高生がいるのよ……少年達の教育にも悪い気が……」
「茜ちゃんって不思議な子だよね。同じ女子なのに女子じゃないみたい。あ、悪い意味じゃなくて」
女子に女子じゃないみたいと言ってしまい、唯は慌ててそんな事を言う。
だが中身が男なのだ。女子じゃないみたい、という唯の感想は当然の事だろう。
「あはは……そうね。てか子供達と遊んでどうするのよ。唯と遊びに来たのに」
「ううん、遊んでくれるとすごく助かるの。ここはいつも人手不足で」
「孤児院なら世話役の人いるんじゃないの?」
「今、孤児院でお世話してるの院長しかいないんだぁ。だから、私も手伝ってるくらい」
現在、孤児院で子供達の世話をしているのは一人のようだ。
子供が見えるだけで五十人以上いるのにそれはどうかと雪花は眉をひそめる。
「ほら、みんなでボール取ってみな!」
「皆いけ―!」
「おー!」
「うまっ」
「とれないー!」
茜は子供達とボールの取り合いをしている。茜に子供達が群がるが茜は巧みにボールをコントロールし子供達に触らせもしない。
そしてそれを怪しく見つめる三人の少年達が。
「おい、唯の友達のあの女」
「ああ、見えそうで見えないね」
「じゃあ試してみるかい?」
その三人の少年達は怪しくニヤつきながら茜に向かって走っていく。
「ねえ、茜達の方に少年が三人向かってるけど」
「ああ、あの子達は私の三つ下の子達ね。可愛い悪ガキ達だよ」
そう言って唯は笑うが、雪花は心配そうだ。
「笑ってるけど大丈夫?」
「え? うーん……何するつもりだろ」
唯はその三人組が茜に何かしないか心配で見守っている。
雪花はその三人組が茜に何かされないか心配で見守っている。
「よし! テルオ! ウシマツ! ボール取ると見せかけてパンツ丸出しアタックだ!」
「おっけー、ガイ!」
「ああ、ガイ。了解した!」
少年三人組は茜に向かって猛烈な速度で疾走する。
「どけお前ら!」
テルオがそう叫ぶと群がっていた子供達が茜から離れる。
茜は声の方に目をやり、テルオの目を見る。
茜は元トップエージェント、その目を見るだけで何をするつもりなのか、テルオの意図を一瞬で読み取った。
「ボールは頂いた!」
テルオはそう叫びながら思いきり茜の足に向かってスライディングタックルを仕掛ける。
「ほっ」
茜はジャンプ一番それを躱す。もちろんボールも一緒だ。
だがそれで終わりではない。続いてウシマツが身を低くし、肩から茜に突っ込んでいく。
「空中では身動きできないだろ!」
ジャンプして躱した茜はウシマツの言う通り、かっこうの的だ。
勢い勇んでウシマツは茜に全体重をかけたショルダータックルを繰り出す。
「うぇ!?」
と、困惑の悲鳴を上げたのは意外にもウシマツだ。
茜はウシマツの襟を鷲掴みにし自分の体の下に引き込んだのだ。更に茜はその背中をコロンと転げて躱す。
「俺の背中を!?」
前のめりになっていたウシマツは成す術なく、バランスを崩してスライディングしてきたテルオの上に腹から倒れ込んだ。
「ぐえぇ!?」
「がはっ」
茜がウシマツの上を転げて地面に着地した時だった。
「そこだああああ!」
そこへ最後の少年、ガイが全体重を乗せたタックルで茜に迫る。
茜が着地から体を起こすところを狙うつもりだ。
茜はそれまでうまく躱していたが今度はもう避けようがない。
「ちょっとあんた達! 茜ちゃんに何してんの!」
その一連の流れに唯はもう気が気ではなく頭を抱えている。
だがもう遅い。ガイの全体重を載せた体当たりが茜に接触する。その寸前だった。
「あれ」
その時、少年は違和感を覚えた。
着地した茜が一向に体を起こさないのだ。
唯の三つ下と言っても皆茜よりも背が高い。
その茜が身を屈めたまま体を起こさない。それどころか、茜は股を開き、地面に手をついてガイを待ち受ける構えだ。
「いっ」
かくして、吹っ飛ばされたのは茜ではなくガイだった。
茜がやったのは着地と同時、小さい体を更に低く構え、ガイの懐に潜り込んだだけ。そして目測を誤って茜の背中に乗り上げたガイの体を下からポンと軽く突き上げたのだ。
「うわっ」
少年は短いうめき声と共に、宙に投げ出される。
そしてその落下地点は折り重なって倒れる二人の少年、ウシマツとテルオの真上だ。ガイはそこに背中から落下した。
「げはぁ」
「ぼぉぇ!」
「ぐはぁ!」
下敷きになった二人も潰れたカエルのような断末魔を響かせ動かなくなった。
「あーあ……」
雪花は悪い予想が当たったと顔を手で覆う。
唯は何が起こったのか分からなかったが茜に被害が無くて胸をなでおろしたのだった。
「参ったか? 悪ガキ共」
茜はそのずっこけた三人組の上に腰を下ろす。
そして足を組んで腕を組んで勝者の顔だ。
「ま、参りまじだ……」
「ずびばぜ……ん」
「ごべんなざい……」
茜が上に乗っている為、悪ガキ三人組は息も絶え絶えだ。
「全く、お前ら何でこんな事したんだ?」
「パンツがみだぐで……」
「でも全然見えねぇっず……」
「お尻……暖がいっず」
「おし……り……どうやら反省が足りないようだな」
茜は脚を上げ、全体重を自分のお尻にかける。
グラウンドには三人の嗚咽に似た悲鳴がこだましたのだった。
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