光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第160話 ~天空の監獄と仮面の男~

公開日時: 2024年1月16日(火) 16:26
文字数:5,619

 城の裏手に視線を向けるポルトに茜が尋ねる。


「天空の監獄?」

「ええ、終末の悪魔の残滓が封印されている監獄なのですが……まさか」


 そして決定的なポルトの言葉。

 茜達が既に二度目にしている終末の悪魔の存在。数万人を殺したと記録されていた凶悪な悪魔だ。

 そんな悪魔を封印した監獄からの衝撃。ポルトの表情が正らぬものに変わっていく。


「ちょっと様子を見てきます。兵士の方々も天空の監獄へ!」

「おー!」


 兵士達は先行しポルトはその後を追って奥に構える玉座の脇にある扉へ向かう。しかしその扉が狭い。多くの兵士達が一気に押しかけたせいで詰まってしまっている。

 そんな光景をくすっと笑いながら茜も口を開く。


「雪花、私達も行くぞ!」

「え? う、うん」


 茜の言葉に怖気づく雪花も渋々ついて行く。剣はと言えば既に茜の前を走っていた。海パンで。

 そして茜はツクモ達の前を通り過ぎ様についてくるなと釘を刺しておくことにした。


「ツクモ教授達はここで待っていて下さい。それと財宝の開放はポルトさんと話はついていますので地下へはご自由にして下さい」

「ああ、わかったよ。ありがとう。君も気を付けて」

「はい」


 そう言って茜を送り出すツクモ。

 茜は地下から上がってくる際、財宝については既にポルトと交渉していた。全て開放してくれと。ポルトは肩透かしにもならない程あっさりと了承してくれたのだ。

 

「茜さん……」


 その横には心配そうにルークを抱きしめるキリカがいた。

 今この島には終末の悪魔とブラッドオーシャンという危険がある。ここからはファウンドラ社の領域だ。一般人を巻き込むわけにはいかない。

 茜は脚を止め、それに雪花が顔面から突っ込んでしまい非難の声。だがそれを無視して茜はキリカに微笑みかけ口を開く。


「キリカ。地下には抱えられないくらいの財宝がある。戻った時にギカ族を驚かせてやりたいだろ?」

「え? まあ、はい……」

「ルークも」

「うん」

「だから地下から持てるだけの財宝を持って上がって来てくれないか?」

 

 茜らしい思考回路だと雪花は溜息だ。

 だが察しの悪い雪花でもキリカ達を安心させるための方便だということがわかる。それはキリカ達にも分かっただろう。

 財宝はもう開放されていてツクモやキリカ達の目的は達成されている。キリカ達が危険な目に会う必要はないのだ。

 だから茜はキリカの頭を撫でてやり、もう片方の手でルークの頭を撫でてやる。


「分かりました……」

「よろしいっ、じゃあ――」

「茜さん!」


 ルークの頭を撫でた手を放し、身を翻そうとする茜。その手をキリカが掴み取る。


「え?」

「それって茜さんも行かないといけない事なんですか?」


 とは終末の悪魔の残滓の事だろう。

 心配そうに茜を見つめるキリカ。

 茜はそんな意外な言葉を吐くキリカに目を瞬かせる。同じくらいの背丈の為か、キリカは別れを惜しむ彼女のようにも見えなくもない、と元男だった茜は思うだろうか。

 キリカは吹き荒れる竜巻から身を挺してルークを守った時の事を思い出しているのだろう。また茜が無理をして次こそは死んでしまう事態に陥るかもしれないと。

 茜はキリカ達を安心させるために一度柔らかな視線と表情を送る。

 

「なーに言ってんだ。私を心配するなんて十年早いぞ」

「でもさっき悪魔って……」

「だからだ」

「え?」

「私は正義のヒーローだからな。悪魔を退治するのが私の仕事なんだよ。お前ならわかるだろルーク?」


 それは昨日、茜がルークに言った言葉。

 ルークはばつが悪そうな顔をしたが渋々といった具合に首を縦に振る。

 それに茜は少し苦笑いだが今は急ぎの用事がある。


「じゃあ。島に戻ったら盛大な宴を開こうなっ」


 そういって茜は走り出す。キリカとルークのまとわりつく視線を引きはがすように。

 茜が玉座の脇の扉から出ると庭があり、その中央を貫く石畳の道。そこを兵士達、その後ろをポルトと剣がついて行く。茜と雪花もその後を追いかける。


「あれ、そう言えばルココいなかったな?」


 ツクモとキリカ、ルークには釘を刺しておいた。だが肝心のついてくるなと言えばついて来そうな、ついて来いと言えば文句を言いながらついて来そうな一番厄介な一般人、ルココがいない。


「ここにいるわ」

「うぉ!? ルココ!?」


 茜のすぐ後ろ、雪花の陰に隠れるようにツインテールを揺らしながら駆けるルココの姿があった。


「何考えてんだ!? 城に戻ってろよ!」

「私は私の意思でここに来たの。だから私の勝手。でしょう?」

「い、いやいやいや、今回は本当に危ないかもしれないっ、守り切れないかもしれないだろ!?」

「守らなくて結構よ。それよりあなた、放っておくとすぐ死にそうだから」

「わかるっ、ほんとそれ! 迷惑極まりないのよね!」


 横から割って入る雪花。

 何やら茜の事で馬が合ったようでルココもうんうんと頷いている。

 セレナに茜を守るよう命令されている雪花。その茜が危険ばかり犯すものだから気が気ではないのだろう。


「皆心配性だなぁ……」


 そう言う茜だがルココの身の安全に関しては大丈夫だろうと思っていた。ルココ自身も強いし今は剣もいる。

 茜が心配なのはブラッドオーシャンに接触してしまうかもしれないという事だ。ラブア王国、バンカー王国、そして獄道組やアシェリタ運送等、幅広い勢力を持っている。そんな組織をルココが知ったとなれば口封じに殺される可能性がある。ルココ自身はもちろん、エクレールグループも何らかの被害を受ける可能性があるのだ。

 だが言っても引き返しそうにない為、絶対前に出るなよと言えば返って来た答えは「状況によるわ」だった。

 頭痛がしそうな返答を茜は溜息にして吐き出し前を走るポルトに声を掛ける。


「ねぇ、ポルトさん。その終末の悪魔について知っている事は?」


 何万人もの犠牲を出したという悪魔。

 茜の父である葵大吾が付き従っている男の目的が悪魔だとしたらその全容を知っておく必要がある。最悪の場合はその対策も。


「正確には終末の悪魔の残滓ですね。世界を滅ぼした悪魔の残り香と言ったところでしょうか」

「その悪魔の残滓が天空の監獄に?」

「私もよくは知らないのですが例の悪魔の残滓を二人の英雄、マグナス様、そしてグラッセ様。この両名によって天空の監獄に封じられたと聞き及んでおります」


 それは地歴の紀元前の話。しかもそこからさらに過去にさかのぼらなければならないようだ。


「封じられた悪魔の残滓って数万人を殺したって聞きましたけど、どんな方法かは分かっているんですか?」

「昏睡です」

「昏睡?」

「はい。一鳴きするだけで周辺一帯の人間を昏睡させると。だから悪魔の残滓の名前は昏睡羊と名づけられました。多くの人々が昏睡羊を倒そうと押しかけたようですが耳を塞いでも無駄らしく、全員昏睡させられ、加えて天高く浮いており近づけず、死に絶えたと……」


 数万人を殺した方法が暴力的ではなく昏睡だと聞いて雪花はホッと胸を撫で下ろす。大方激しい戦闘にならなくていいと思って気を緩めているのだろうが耳を塞いでも眠ってしまえば何も出来ずに救援を待つしかない。激しい戦闘よりも厄介なのだ。

 だからか、茜の顔がすこし曇る。


「そんな凶悪な悪魔をどうやって倒したんですか?」


 不安そうな茜の問いにポルトの口から出てきた言葉は茜達の身近にある能力だった。


「共鳴心動、というのを御存じですか?」


 それはバンカー王国の広場でルークがヴァイオリンを奏でた時に見せた現象。レゾナンスの言葉や歌、奏でる音が人心を動かす現象だ。


「昏睡羊の鳴き声は共鳴心動で人心に作用し人々を昏睡させます。しかし我々ギカ族もまた共鳴心動を扱え、耐性も兼ね備えている。そこに目を付けた英雄両名により我々ギカ族の先祖達が招集され、悪魔に対して捕獲の罠を仕掛け、天空に浮かぶ昏睡羊を監獄に封印した、とのことです」

「なるほど、しかし悪魔は殺しておいたほうが良かったのでは?」

「ええ。ですが英雄両名の提案で何かに利用できないか、という事で長年そのままにされたようですね。そこで思いついたのがこの島の防衛です。この先住民であるディアン族が倒された場合に限り封印を解き、略奪者を昏睡させると。しかし現状を考えると茜様の言う通りそうした方が良かったのかもしれませんね」


 そのポルトの説明に茜は得心がいった。

 防ぎようのない昏睡する鳴き声を武器に出来ればこの島の防御は鉄壁となり、一種の守り神となる。だからバンカー王国で羊が神として崇め奉られているのだろう。

 最終的にギカ族さえ居れば昏睡羊の力によってこの島にある財宝を守る事が出来る。


「その昏睡羊って誰かに取りつかせるとかではないんですか?」

「取りつかせる? というと?」

「誰かの体に悪魔を入れる、とか」


 茜達は飛空艇アシェットで実際にその現場を見ている。古代の遺物に描かれた文字が赤紫色に光り、そこから発行するクリスタルが現れその中に悪魔がいたのだ。それを数少ない触媒体質の持ち主、元キルミアの軍人バドルが取込み力を得たのだ。

 だがポルトには首を傾げられた。


「申し訳ありません。ちょっと存じ上げないですね」


 バドルと同じく、茜は触媒体質を持つ者でないと悪魔の能力が使えないのではないかと思ったのだが、その現象についてポルトはよくわからないようだ。


「そうですか」


 茜はポルトをじっと見つめるが隠している風でもない。

 触媒体質の者がいないと本体が出てくるのだろうか。であれば制御が出来なくなるのだろうか。等と考えを巡らせているとポルトがある物に気づく。


「あ、あれは!?」


 ポルトの視線に茜も合わせると、そのある物は宙に浮きぐんぐんと空高く浮き上がっていく。


「なにかが上がってく?」

「あれが天空の監獄です! 誰かが起動したのか……まずい! やはり悪魔の残滓が狙われています!」


 そのある物とは青い石で作られた長方体。飛空艇アシェットに運び込まれた古代の遺物を格納しても有り余るほどの大きさだ。

 これが天空の監獄と言われる所以だろう。見上げるともう点になってしまう程、高く浮かび上がってしまっている。

 そしてさらに信じられない光景が目の前には広がっていた。

 茜達は石畳の道が終わってちょっとした広場に出る。するとそこの地面にはいくつも穴が開いていて元々あっただろう石畳の地面が見る影もない。

 更に鎧を着たディアン族の兵士達が大勢倒れている。皆鎧に穴が開いたり、体が潰れたりして既に息絶えているようだ。


「ここで一体何が!?」


 ディアン族という事は硬化の秘術が使用できるはずだ。なのに何故こんな事になっているのだろうかと、その悲惨な光景を目の当たりにし、茜達は立ち尽くしているとどこかから苦しそうな声。


「ポルト……さん」

「どうされました!?」


 地面に倒れていた兵士が苦しそうに声を上げる。それをポルトが優しく抱き起してやった。


「大きな氷塊が飛んできて……ほとんどの兵士がやられてしまいました……」

「氷塊?」

「まさか氷結の……」


 茜が呟いたそれは茜の父、葵大吾が「氷結の野郎」と呼んでいた、付き従っている男の呼称だ。見れば地面に空いている穴の中心には茜程の体もある氷塊がめりこんでいる。


「奴等……天空の監獄を……昏睡羊を開放する気です」

「奴等とは? 敵は複数いるのですか!?」

「氷塊を飛ばすフードの男……黒い剣を持った仮面の男が……」


 その時、先行した兵士達の声が聞こえてくる。

 少しの歓声と悲鳴。


「あのクソ親父かっ」


 茜が静かに呟いて走り出す。


「あ、茜様! 危険です!」


 ポルトが警告し立ち上がろうとするも兵士が呻いたので動きを止めてしまう。

 だがその後を剣、そして雪花とルココが追う。

 果たして広場の端にその人物はいた。先行した兵士を全て薙ぎ倒して。兵士達は全員生きてはいるがべこべこに鎧はへこみ、壁に叩きつけられている者や腕を欠損している者が多く全員戦闘不能となっている。

 そしてその惨状を作り出したであろう仮面の男が壁を背に、黒く大きな両刃刀の剣を地面意に突きさして一息ついていた。

 氷結の男に続き仮面の男もディアン族の硬貨の秘術を打ち砕く程の力を持っているようだ。

 その仮面の男は茜に気づいて手を振って来る。


「よぉ、ひか……」


 と、ここで一度口を閉ざして言葉を口内で入れ替えるように嚥下し、再度口を開く。


「よぉ、茜。着替えたのか? そのワンピース似合ってるぞ」


 光を茜と言い直し笑って言う仮面の男は茜の父、葵大吾に他ならない。

 大吾は光が女になって茜を名乗っている事は知っている。そしてそれを秘密にしている事も。だから気を利かせてくれたのだろう。

 だがそんな優しさなど、この惨状の前では火に油だった。

 茜は顔を歪ませ怒声を発する。


「あんた……何やってんだよ!」


 茜が怒るのも当然だろう。

 この島の守護者である兵士達を叩きのめし、平然と笑みを浮かべているのだから。しかもそれは茜の実の父親。身内の非行はたとえ自分の父親であっても許容できるものではないのだ。

 一触即発のような親子に雪花はゴクリと息をのむ。

 だがそんな茜と仮面の男の関係を知らない剣とルココは訳が分からないと言った様相でその様子を見守っているだけ。


「あー……俺は誰もここを通すなと言われてる」


 それは氷結の男に言われたのだろう。逆らえば大吾の命はない。だからこの惨状は仕方のない事なのだろう。

 茜は大吾の状況は分かっている。だがこの惨状も許容できるものではない。


「あんた……自分が何やってるか分かってるのか!?」

「……まあな」

「このままじゃ悪魔が召喚されるかもしれないんだぞ!」

「かもな」

「くっ……」


 互いに互いの状況を分かっている者同士が話しても手詰まりだ。だからそこへルココが茜に声を掛ける。


「茜。あいつ知り合いなの?」

「……別に」


 そして手にレイピアを出現させ茜の前に出るルココ。

 仮面の男が敵であることは明白だ。ルココは大吾を倒すつもりなのだろう。

 だが相手は硬化の秘術を簡単に打ち破る程の力を持つ。


「待て」


 短い言葉でルココを止め前に出るのは剣。


「俺がやる」


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