「よ、さっきぶり」
雷地がエリナたちの背後からやって着た。
その後ろには十数人の取り巻き達。人気が出過ぎて、まくことができなかったのだろう。
「よう」
茜も手を上げて雷地に挨拶する。その顔からは少し元気が抜け落ちていた。
「じゃあ、ちょっと皆外してくれるか?」
茜が光だと誰かに聞かれるわけはいかない。その為、雷地はこんな人気のない場所を選んでくれたようだ。
「行くぞ、茜」
「うん……」
歩き出す雷地の後に茜が続く。剣やエリナ達を置いて。
「しっかりね」
雪花が言って茜の背中をポンと押してやる。その茜の後ろ姿は少し小さく見えたのだった。
二人は海に向かって真っ直ぐ伸びた係船岸を二人きりで歩いていく。空を赤く焼いた夕日に向かって。
夏の日差しに焼かれたコンクリートの上を無言で進む。聞こえるのはコンクリートに打ち寄せる波の音だけ。風は強くもないし凪いでもいない。二人を後押しするように優しく背を撫でる。
やがて係船岸の端に到達すると夕日を背にした雷地が振り返り茜を見据える。
「やっと二人っきりだな」
と雷地が切り出した。
その言い方に、浮かない顔をしている茜は思わず笑ってしまう。
「その言い方だと恋人か、命を狙う暗殺者みたいだな」
「はは、なんだそりゃ。ていうか何でこんな可愛い姿になってんの?」
「実は」
茜は雷地には全てを話した。
ファウンドラ社に所属している事、任務の事、その途中で女になってしまった事。剣には話せないが雪花には話している事を全て。
これには流石の雷地も面食らったようだった。最初は半信半疑で聞いていたが詳細に茜が話し、女になった経緯を語ると納得したように溜息をつく。
「成程……だからそんな可愛い姿になって、茅穂月茜と名乗って剣には隠してるわけか」
茜の経歴も女になってしまった経緯も作り話にすることもできるが剣は光が行方不明になったと思っている。
雷地にその事情を話して且つ、慈善事業を光がしている事にする、と説明すると複雑になってしまうのだ。複雑になると必ずぼろが出てしまうもの。一般人の雷地にその演技力はないだろう。
であれば雷地が変な事を口走らないように全てを伝え話を合わせてもらう方がいい。下手に隠すと嗅ぎまわられる可能性もある。そうなると雷地が何らかの事件に巻き込まれる可能性があったのだ。
だからセレナにもこの事は事前にはなして了承済みだ。
「そしてバレないだろうと意気揚々と、正々堂々と俺の前に姿を現した。けどバレちまったと」
それに茜は恥ずかしそうに俯いてしまう。
今まで桜之上市に帰ってこなかったのは雷地に会うのが怖かったから。だが少女の姿になった今、名前も変わってバレるはずがないとそう踏んで戻ってきていたのだ。それがバレてしまったのだから茜は雷地に合わす顔が無いだろう。
「意気揚々じゃないけど……」
「正々堂々でもなかったけどな」
そう言って雷地は意地悪く笑う。
雷地に見つかりそうなった時、雪花の胸に顔を埋めて隠れていたのだから正々堂々もないだろう。
「しっかし、相変わらず危ない事してるな」
相変わらずとは四年前の事を言っているのだろう。茜は四年前天空都市に剣と雪花と三人で侵入していたのだ。そして現在も世界の平和を守る為日々暗躍している。
兄としては止めて欲しいだろうが、既に四年も従事している。本人がやりたいのであれば諦めもつくだろう。
「それが私の役目かなって」
「役目……か」
平和を守るためには力がなければならない。
茜には力がある。茜色の奇跡という桜之上市を救った力が。だが力の使い方を間違えれば大事なものを失う事もある。
そこで沈黙が流れようとしたが茜がそれを遮った。
「あ、兄貴も夢だった歌手になれてよかったじゃん」
「……まあな。てか剣に話してやれよ、可哀そうだろ」
「嫌だよ、あいつ絶対笑うし……ていうか何で分かったんだよ? 私が光だって」
まず話はそこからだと言わんばかりに茜は雷地に問う。
名前も姿も性別も違うのに何故分かったのか。ばれないと高を括っていたのに何故、と。
そして返って来た答えは何とも肩透かしの内容。
「なんとなく」
だった。
「……は? なんとなくでいきなり抱きつかないだろ!」
そんな適当な答えに納得がいかない茜は雷地にひと蹴り入れる。
「あはは、悪い悪い。でも本当に最初はなんとなくだったんだ」
「マジかよ……」
「あとさ、昔からお前の周りにオーラが見えるんだよな」
それは最初に茜の事を光だと見抜いたセレナが言っていた事と一致する。更にディランやギャリカも同様に。
「紫の?」
「お? おお、そうそう。ぼやぼや~っとな」
雷地はセレナと同じように両手でもやを作る動作。
「なんで見えるか分からねぇけど、昔から見えたんだよなぁ、お前の周りに」
「でも……それだけで?」
「いや」
他にも茜を光だと特定した事はあったという。
雷地が言うには茜を挟んだ左右に昔からよくつるんでいた雪花と剣がいた事。その真ん中に光と同じ紫色のオーラを放つ少女がいた事。
だから直感で飛びついて、抱き着いて囁き、答え合わせをしたら茜の表情が百点満点をくれた、というわけだった。
「そんな事で……」
茜はまだ信じられなかった。
逆に茜が逆の立場だとしてもそこまで確信を持てるか甚だ疑問だった。
セレナの場合は紫のオーラに加えてボスと呼んでしまったり、お婿に行けないなどと口走ってしまった。材料が多くあった為まだ理解できるというもの。
だが雷地にはそれがない。理由としてはまだ弱いのだ。
しかしまだあるようだ。雷地が茜を光と判断した兄弟ならではの材料が。
「俺はな、お前が俺の前から消えてずっと、考えてたんだ」
突如、雷地が空を見上げて、呟くように喋り出す。
「……何を?」
「もし、お前が……光が帰ってきたらどうするかをな」
「え?」
「母さんを殺したお前が、俺の前に姿を現したら何て言うか」
雷地は天に向けた顔を茜に戻す。
「どんな顔をするか……ってな」
雷地はその流れで俯いて、目を瞑り悲しげな顔。
夕日を背に受けて顔に影が落ち、その悲しげな表情に拍車がかかる。
「四年間ずっと」
雷地は目を開き茜を見る。それは何故か申し訳なさそうに笑っている。
恐らく雷地の想定していた行動を全て完璧に茜がこなしたことで光だと特定できたのだろう。茜と雷地は兄弟なのだから行動を予想するのもさほど難しくは無いのだろう。
「どうせおどおどびくびくしながら、目も合わせず口も利かず、終いには逃げてしまうかもって思ってたからな」
雷地の言うようにあの時、茜は雪花に抱き着いて目も合わせなかった。更に雷地に引きずり出されて手を振りほどき逃げようとしていた。だが振りほどけず、逃げる事が出来なかった。
「だからお前を逃がさないように熱い抱擁をお前にしてやったわけよ」
あの熱い抱擁はその為だったと、そのまま何の疑問も持たずに受け入れるには無理があると、茜は非難がましく口を開く。
「あれは熱い抱擁じゃなくてただのさば折りだったけどなっ」
雷地はニッシシと悪戯に笑う。
「いやぁ、しかしお前は可愛いし、柔らかいし、いい匂いもするし、間違ったらラッキーだったって事で」
そんな不純な動機に嫌そうな顔をして茜は溜息を一つ。
その表情が冴えないのは雷地の不純な動機からではない。
茜はずっと雷地に言わなければいけない事がある。だがそれを思うと気が滅入ってしまうのだろう。茜は冴えない表情のまま口を開く。
「……その」
「ん?」
「母さんの事だけ――」
そんな茜の言葉を雷地が遮り、更に拒否した。
「謝らなくていい」
雷地の予想通り、茜は雷地に謝ろうとしていた。
茜の冴えない表情で言いにくそうな事と言えば雷地も察しがつくのだろう。その証拠に茜は何も言えず口を開けたまま固まってしまう。
気まずそうな茜の顔を雷地が横目に見てクスクス笑う。
茜は自分と雷地の母親を殺してしまった。だからその謝罪はしなければいけないと四年前からずっと思っていたのだ。
「何で……」
「それでお前は俯いて何も言えず固まって動かなくなる」
雷地の言葉を体現するように茜は開けた口を閉じて俯き、動かなくなっていた。
それも四年前から雷地がずっと行ってきた茜とのシミュレーションに入っていたのだろう。
自分の動きを言い当てられたことに気づいて、茜が顔を上げると雷地は意地悪そうに笑っている。
「お前分かりやすいなぁ……俺はな」
悪夢にうなされながらも茜は母を殺してしまった事を雷地に謝罪していた。その雷地は茜の謝罪を受け入る事は無かった。逆に母を殺したことを恨み茜を殺そうとしていた。
だから今回も謝罪は受け入れず、殴られると茜は覚悟していた。
「お前を許さない」
雷地はそう言い放ったのだった。
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