茜達が連れてこられたのは海に伸びる一本の桟橋。それに丸い建物が枝に生る果物のように点々と繋がっている。
たまに来る金持ち用のホテルで今は全て空室。だからそれを茜達用に準備してくれたようだった。
茜達には新鮮な海産物、色鮮やかなフルーツが振舞われ、どうせならとキリカ達と一緒に食べる事にした。キリカやルークの事を聞きながら。
金持ちに売られて行ったクルシュカは芸達者なようでルークにヴァイオリンを、キリカには歌を教えてくれたのだという。そして普段二人は家畜の世話や野菜を育てたり、海に潜って魚を捕まえたりしているのだそうだ。
食後、キリカ達と明日会う約束をして別れ、茜は風呂に入ることにした。
「ルココ」
「何よ」
「……覗くなよ?」
茜はルココを睨み、忠告しておいた。
もう剣と風呂に入るような愚行は犯さない。更にルココは来いと言ったら薄汚れた水路にも来てしまう素直な性格だという事がわかった。だから釘を刺して置いたのだ。
茜の行く先を調査し、ここまで付いてきたルココ。良く言えば積極的、悪く言えばストーカーだ。だから茜がいる風呂に入ってくるかもしれなかった。
「覗きなんて、そんなはしたない真似はしないわ」
ルココは茜の自分に対する態度が気に入らないのか、そう言って茜を睨みつける。
いくらルココでもそんな事はしないだろう、と茜は頷いて風呂に入る。
備え付けのお風呂は海に面した開放的な場所にあった。壁もガラスもなく、すぐそこに海が見え、いつでも飛び込んで泳げそうだ。
今は暗く、良く見えないが昼間であれば真っ青な海と空を臨みながらの開放的な入浴時間になるだろう。
茜は乳白色の湯につかり手足を伸ばしてリラックスだ。
更に耳を摘まんで口を開く。
「セレナさん、こちら茜です」
茜はイヤーセットを装備していた。
ホテルを出る時からずっと。
『こちらセレナです』
「作戦B、始動しました。現在ギカ族の村で風呂に入っています」
茜の言う作戦Bとは宝が見つからなかった時の作戦。
ギカ族に接触し情報を得て、宝を探すのだ。
『プルアカ村ですね』
「はい、キックスの部下らしき者達がやってきましたのでその流れで」
『良いタイミングでしたね』
「ですね」
これは怪我の功名だった。
茜が湯あたりしていなければキリカ達はキックスに攫われていただろう。
「それで雪花達の動向は?」
『雪花さん達はズレバー島の一つ手前の島にいます』
「手前?」
セレナが言うには雪花達はマリーの提案でズレバー島の一つ手前、ギリー島にいるらしい。
そこでキックス犯罪集団の動向を探っておき、宝を見つけたところで横取りすれば宝探しの労力を省ける、との事だった。
「成程、合理的ですね」
それではどちらが悪党なのか分からないが茜は合理的だと、そのマリーの案を肯定する。
『雪花さんは鳥型ドローンで練習がてらキックスの動向を探り、ツクモ教授は壁画の解析、剣君は漁をしているとの事」
「漁?」
『ズレバー島の手前、ギリー島は無人島です。どれくらい滞在するのか分からない為海に潜って食料となる魚を取りに行っているようですね」
「何やってんだあいつ……」
『そして茜さんの予想通り、キックスはまだ宝を見つけられていない様子』
「でしょうね」
だからキックス犯罪集団はギカ族であるキリカ達を狙ってきたのだ。
『茜さんの方はどうでしょうか?』
「ディアン族が宝の守り人、ギカ族が宝の導き手との事でした。明日、プルアカ村周辺を探ってみます」
『承知しました』
そこで部屋の方から足音が。
茜は素早く通信を切ってその方向を見るとタオルで体を隠しながら浴室に入って来るルココが居た。だがタオルは小さく、全く隠すつもりがない。
「の、覗くなって言っただろっ」
茜はそう言ってそっぽを向く。
今茜は女性の裸体を見ても立ち上がるものがない為何とも思わない。
だが中身は男なのだ。当然それを知らないルココは無防備。そんなあられもないルココの裸体を茜が見るわけにはいかないのだ。
更にこれが雪花にバレれば厄介な事になる。女性であるルココと一緒にお風呂に入ったなんて知られれば茜は変態扱いされてしまうのだ。
「私は覗いてるんじゃないわ。一緒にお風呂に入ってるだけよ」
ルココはぬけぬけとそう言って軽く体を流し、湯船へ。ただ朝入った湯船よりも少し小さい。
「とっ」
ルココが入った時に茜に肩が軽く触れると茜は少しずれて離れる。更にルココの裸体を観ぬようにそっぽを向いて。
「はぁ~、いい湯ね~。それに外は……真っ暗ね」
「ああ……まあ」
茜は思った。ルココの裸体を見ないように、さっさと体を洗って出よう、と。
今一緒に入浴しているのは剣ではなくルココ。相手が女性であれば好奇の視線で見つめられることもない。茜としても恥ずかしくはないだろう。
茜がまとわりつく乳白色の湯を伸ばしながら腰をあげたその時、ルココが口を開く。
「あなた、お宝探しにしては用意周到よね。二人に接触を図ったり、ギカ族の事を知ってたみたいだし」
そして急にそんな事を言い出した。
「あなたやっぱり組織的な何かに属してるわよね?」
ルココは茜を疑っていた。
それも当然だろう。キリカ達の行動パターンやギカ族の立ち位置などを一般の女子高生が知っている訳が無いのだから。
「そして以前、あなたと戦った時に一緒にいたおっぱいのでかい子も仲間ね。あと剣っていう男子も」
ルココの言っている事は全く正解だった。
それは茜の行く先を調べる際に日航に聞いたのだろう。
茜は湯船から足を出し、口を開く。
「ただの友達だよ」
茜はそう言ってルココの追及を躱す。
ルココは以前、駅前のカフェで獄道組に誘拐されていたのは茜だと睨んでいた。その際、茜は言った。これ以上踏み込めば友達を止めると。
だから茜はルココの追及を止める為に一番最適な言葉を吐く。
「お前もな」
と。
追及されれば友達は止める。だがルココは友達だ。だから追及は無しだという事。
ルココの追及を止めるにはこれ程効果的な言葉はないだろう。
「……分かったわよ」
諦めるルココを背に茜は表情を緩めて腰を下ろし、椅子に座って髪を洗い始める。
髪が終わり、次は体を、と思っていたらいつの間にかルココも体を洗い始めていた。
茜はルココを見ぬよう顔を逸らし体を洗っていると背に何か柔らかいものが当たる。
「ひぃ!?」
思わず変な声を出してしまう茜。
そして後ろから抱きしめられた。それはもちろん全裸であるルココしかいない。
茜の頬に頬をくっつけながらルココは口を開く。不遜な表情で。
「背中を洗ってあげるわ。感謝なさい?」
そう言って体に泡を付けた体で茜の後ろから抱き着いたルココ。
「お、お、お前はなにをしてるんだ!?」
「ふふん、恥ずかしいの? 友達同士なんだから背中を洗うくらいしてあげるわよ」
ルココは泡まみれの体で茜を後ろから抱きしめて離れない。
ルココは痩せ型で少々骨が当たるが二の腕や胸は女性特有の柔らかさがある。
だが元が男である茜はたまったものではない。
この事がもし雪花に知られたら茜の代名詞が変態となるかもしれない。更に男に戻り、それがルココにバレてしまった場合、最悪、エクレールグループの総力をもって殺されるかもしれないのだ。
「いやっ、そうじゃなくて!」
そもそも論だが背中を洗ってくれるのは茜としてもありがたい事。女性同士でもする者はいるだろう。
だがその方法がおもいきり間違っている。
ルココはお嬢様だ。世間知らずであり、友達とは確執もあった。だから友達どうして風呂に入ったのは初めてだろう。
であればそんな洗い方を伝授したふとどき者がいるはずだ。
「体くっつける必要なんてないだろっ、誰から教わった!?」
「フォンだけど?」
「あいつっ」
犯人はいつもそばにいて世話を焼いているフォンだった。
茜を「我が愛しの」、等と言ってくるフォンだ。茜は何となく得心がいった。
「え? なに? なにか変だった?」
「あ、ああ……その、落ち着いて聞けよ? この方法で洗っている人達ってさ……私が知っている限り――」
茜は自分の知っている知識内でそうやって洗う人種をルココに教えた。
「っ!?」
ルココは声にならない悲鳴を上げて茜から飛びのき、顔を真っ赤に染めて風呂場から出て行った。
その後、ルココのフォンを呼ぶ声が何度も何度も風呂場にまで響いてきた。だがその日、フォンは姿を見せなかったという。
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