しどろもどろになって突飛な行動に出る茜を雪花がどうにか落ち着かせた所でセレナが口を開く。
「そう言えば茜さん、どうですか? 剣君に告白させる作戦は?」
落ち着きがてらコーヒーを口に運んでいた茜の手が止まる。
茜としては自分の容姿に自信があった。だから自分で考えた作戦も直ぐに終わると思っていたのだ。
だが結果は何も進展していない。
「あー……なんかあまり一緒にいる時間が無くてですね……」
色々あって剣と共に行動する機会があまりなかったのも事実。だがそんな事、元トップエージェントである茜にとって些細な事。セレナの前では言い訳にもならない。
「剣の反応も悪いし」
あまりの剣の朴念仁ぶりに茜は心が折れかけているようだった。
「ていうかもう面倒……もとい人の心を弄ぶって駄目だなって思ってきたというか、告白してくる奴らを見ていたたまれなくなりまして」
以前、セレナが言ったように、茜はその作戦が人の心を弄ぶ最低の行為だと気づいた。それは告白ラッシュの経験を経て。
だから茜はもう剣に告白させる作戦は無かったことにして打ち明けよう。そう考えていたのだ。
だがその茜の弱気な発言に、先程までの柔和なセレナの表情が一変する。
「は?」
そして出てきた言葉はそんな冷たい言葉。
茜はコーヒーを口に運んで目を背ける。
「初志貫徹してください。あなたをそんな半端なエージェントに育て上げた覚えは無いですよ?」
「はい……」
セレナは冷たく、そして厳しく言い放った。
一度やると言い出したことは何が何でもやり遂げる。それがセレナの教育方針だった。
しかも人の命がかかっていない、告白させるなどという簡単な任務。これくらい出来なければトップエージェントとして失格だと。
だが茜も納得できていないようだった。
茜は立ち上がってセレナに前のめりに抗議する。
「でもこの見た目で告白してこないとか有りえます!? 学校の男共は血相変えて追いかけてきたのにっ」
「茜さん」
「はい?」
セレナは肘を突いて手を組んで目を瞑る。
「恐らく剣君は例のあれなのではないでしょうか?」
「例の……あれ……とは?」
そこでセレナはかっと目を見開いた。
更に真剣なまなざしで茜を睨むように見つめる。
「イノセントボーイシンドローム、なのではないでしょうか?」
「はっ……」
そこで茜はうなだれて机に突っ伏した。
「イノセントボーイシンド? なんて?」
「そうか……そうだったのか……確かに女に耐性無いですもんね」
「茜! 説明を求む!」
剣は女性への耐性がない。
女性への耐性がないお年頃の青少年がかかる病気がセレナの言う「イノセントボーイシンドローム」なのだ。
何のことか分かっていない雪花にセレナが答えてやる。
「自分に自信がなく、好きな異性にどれだけ近づかれてもアプローチされても告白できない、お年頃の男子がかかる病気です」
「それってただの奥手男子の事ですよね?」
「そうとも言います」
「……ていうか、あんた気づかなかったの? あいつめっちゃ奥手じゃん」
「くっ……ずっと一緒にいるから気づかなかった……」
近くにいたから気づかなかったのか、男だったから気づかなかったのかは分からない。だが雪花には分かっていたようだ。
そんな茜にセレナは溜息を禁じ得ない。
「何かないのですか? 例えば剣君のタイプの女性とか」
「イノセントボーイシンドローム」の剣を責め落とすにはまず剣を知らねばならない。
ずっと一緒に行動してきた茜であれば分かるだろうと、セレナは尋ねる。だが茜は机の上で伸びたまま不満げに口を開く。
「男同士でそんな話あんまりしないしなぁ……せいぜい胸が大きいかくらいで」
と、茜は胸の話題を出す。
当然、胸の大きさでは定評のある雪花がここで声を上げた。
「え? あいつまさか大きいのが好きなの?」
「そう言ってたな」
「もしかしてあいつ……私を狙ってるんじゃ?」
「雪花以外って言ってた」
「あいつ今度あったら蹴るわ」
一瞬色めき立った雪花は不満げに眉を歪ませるのだった。
茜は考えた。剣が好きな女性のタイプをどこかで言っていなかったかと。
「あ、そう言えば夏祭りの前の日に話したことあったな」
「夏祭り……ですか?」
それは天空都市が襲撃するより以前の話。
◇桜之上小学校、グランドにて。
「なぁ剣」
光が鉄棒に足だけでぶら下がりながら訪ねる。
剣は鉄棒のポールにもたれかかりながらけだるそうに「あ?」と返して来る。
「イケメンの池面はさあ、彼女作って明日夏祭り行くらしいぞ」
「そうか……羨ましそうだな」
「まあな……」
その二人の目の前には唯が友達とボール遊びに興じている。
それを見つめる光を見かねて剣がある提案をする。
「唯を誘ってみればいいだろ」
「……誘ったけど、孤児院の子供達と一緒に行くらしい」
「それは……仕方ないな」
「……お前はどうなんだよ? 誘いたい女子とかいないのか?」
「いるわけないだろ」
「お前ってさ……誰が好きとかないの?」
「……これだって思う女はいないな」
「お前……」
光は不安そうな顔をして自分の頬に手の甲をつけて指を伸ばす。
「もしかしてこっち系?」
「なわけないだろ!」
「じゃあないのかよ、どんな女がタイプとか」
「タイプか……可愛い子がいいよなぁ、やっぱ」
「そりゃな」
「あとは強い子がいいな」
剣の好きな女子のタイプは強い子のようだ。
当時から剣は強かった。だから剣よりも強い女子なんているわけがない。
「お前……馬鹿なの?」
「なんでだよ」
「お前強いから助けを待つお姫様タイプが好きなのかと思ってた」
「うーん……でもそれって疲れないか? それよりも一緒に戦ってくれるような」
「桃レンジャーみたいな?」
「そう!」
「はぁ……その他には?」
「やっぱ心に芯のある女子がいいなぁ」
光はここで剣の言う好みのタイプに心当たりがあった。
それは目の前でボール遊びに興じている女子。
「お前まさか……唯の事を好きなのか!?」
「いや、違うが。それもなんかぴんと来ないな」
◇現在
「と、こんな感じでした」
「何だかあやふやですが……しかし茜さん。少なくともあなたには当てはまっている所はありますね」
セレナの言う通り、可愛いはもちろんの事、強さも道場で示せている。
「今度の依頼で剣君に告白させることが出来たらいいですね」
「はぁ……」
セレナはニコリと笑い、茜は溜息のように頷くのだった。
「そう言えば、夏祭りで思い出したけど茜ってマザコンよね」
「マザコンですか?」
「何をいきなり……」
雪花が突如茜をマザコン呼ばわりしてきたので茜は眉をしかめる。
「だって私達が茜を誘っても母さんと行くって言って一緒に来なかったし」
「それって小学校低学年の話だろ?」
「小三! 中学年よ! 折角誘ったのに。でも結局お母さん仕事で帰って来なくて一人家出留守番してたって。これってマザコンですよねセレナさんっ」
「恥ずかしい事を言うなっ……ってどうしたんですかセレナさん!?」
ここで茜は驚いてしまう。
何故ならセレナの目から大粒の涙が落ちて来ていたからだ。
「なんて……健気な……」
と、どうやら茜に同情しての事らしい。
「ええ……何も泣く事ないような」
「やっぱり、セレナさんって茜に甘いですよね」
「そうか?」
セレナは茜をトップエージェントにまで育て上げた師匠たる存在。だから愛着も湧くだろう。
それに加え、セレナは茜の事を頼むと雪花に秘密裏に頼んでいた。
それを知らない茜は首を傾げるだけ。
そんな中、茜はセレナ越しに見知った顔を発見した。
「あ、剣!」
剣がカフェのテラスへ入って来る所だった。
「面談をするって言われてきたんですが」
と、剣はセレナに背後から話しかける。
茜がセレナを見るともう涙は乾いていた。
「剣君、どうぞお座り下さい」
「切替はやっ」
剣は空いている椅子に座りコーヒーを注文した。
その剣を茜は睨みつける。
「な、何だよ」
それは昨日、茜が男子生徒達に追われている時の事。
茜は剣に偽の彼氏役を頼んだのだが一方的に通信を切断されたのだ。だから茜は剣を睨みつけている。
「お前、昨日はよくも私の提案を反故にしてくれたな!」
「あ? 俺は行ったぞ?」
「え?」
「でもお前が女子に膝枕されて寝てたから解決したんだと思って帰ったんだよ」
「あ、そうなの?」
剣は彼氏役をしてくれと言われ馬鹿にするな、と茜を無視したのではなかった。
むしろ全力で走って学校まで行ったのだった。
「ではこれからは剣君と二人で面談致します。茜さん達はお帰りになって下さい」
と、セレナは茜達には席を外すように指示する。
茜はてっきり一緒にトレジャーハントの依頼について打合せでもするのかと思っていたのだがそうではないようだ。
そして何故セレナは剣と二人きりで面談するのか。その茜の疑問に答えるようにセレナは一つウィンクを贈った。
「成程」
そう言って茜は放れる。
つまりこれは茜の為に「イノセントボーイシンドローム」を発症した剣にセレナが何か入れ知恵するつもりなのだろう。剣が茜に告白するよう仕向ける為に。
だがこれが後に茜を窮地に立たせることになるとはまだ誰も知らなかった。
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