光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第68話 ~天使か~

公開日時: 2023年8月31日(木) 09:23
文字数:5,850


 昼食後、剣は実技教科に顔出しに行くと言って別れた。

 現在、雪花がトイレに行くというので茜は中庭のベンチで一人、アイスを咥えながら横になっていた。

 夏の日差しを遮ってくれる屋根付きのベンチ。周囲には生徒がチラホラと座っている。

 本を読んだり雑談したり、昼寝をしている生徒もいる。寝そべっている茜のスカートの中をちらちら覗こうとする生徒も。


「はぁ、兄貴の奴、何で分かったんだろ」


 呟いて目を閉じるとポケットの中身が震える。

 それは茜のスマコン。取り出すとそこには雷地からメッセージが来ていた。


『放課後、ふ頭で会おう』


 と、雷地は正確な場所の位置情報を送信してきた。

 見れば茜が宿泊している寮の裏手にあるようだ。

 茜は電話し、自分と雷地の嘘の関係を言い聞かせておいた。

 放浪生活をしていた茜が日和の国に寄って少しだけ雷地のライブに来た。それだけの少女だという事にしておいてくれと。

 文面を送信しないのは証拠が残ってしまう為。雷地は快く了解してくれたようだった。

 茜はスマコンをしまい、実が無くなったアイスの棒を近くにあったゴミ箱に吹いて飛ばし入れ、目を閉じる茜。


「ちょっとあんた」


 と、誰かに声を掛けられる。女の声だ。


「ん?」


 見れば見知らぬ女子生徒が傍に立っていた。

 髪は金髪に染め上げ、浅黒い肌。目にはいかついごてごてとしたマスカラと眉間に皺を寄せて茜を睨んでいる。

 その後ろにも女子生徒が三人程。


「はいはい、何でしょうか」


 茜はけだるそうに体を起こす。


「ちょっと面かしなよ」


 とは、不良が人目のない所に連れて行き、殴るけるの暴行を加えて相手をシメる時の常套句だ。

 恐らくジュリナの手下達だろう。雪花と剣が居なくなる時を狙われたようだ。


「ええと、ご用件は?」

「いいから来いよ」


 茜が分かり切っている事を聞くが女子生徒は問答無用のようだ。

 それにしても、と茜は思う。女子生徒でまともな言葉遣いは唯くらいだったなと。セレナが聞いたら鬼の形相で汚い言葉を禁止したリングを手に掛けに来るに違いない。

 そんな女子生徒に茜は苦笑いを禁じ得ない。


「全く……私は群れから離れた小鹿かよ」


 そんな事を呟きながらベンチから立ち上がる茜。

 連れていかれたとしても茜自身が強い為さほど問題ではない。だが茜としては面倒ごとは出来るだけ避けたいところ。


「どこ行きゃいいの?」

「ついてきなよ」


 そう言って茜を囲んでいた女子生徒が振り返った瞬間だった。

 

「へ?」


 一人の女子生徒が気づいた。そこに茜の姿はもうない事に。

 横目に、茜が消えた事に気づいて一人の女子生徒が声を上げる。


「逃げた!」

「え?」

「何ぃ!?」


 女子生徒達は周囲を見渡した。不幸にもそこは見晴らしがよく、隠れられる場所はない。

 

「あ、いた!」


 茜は全力でダッシュし、校内に逃げ込んでいた。

 

「あのクソチビ! 皆で捕まえるよ! 連絡しな!」

「はい!」


 金髪の女子が指示を出すと傍にいた女子がスマコンを取り出し何やらメッセージを打ち込んでいる。


「ふぅ、まいたか?」


 茜は校内の教室に入り壁に背を付ける。そして窓から顔半分を出して様子を伺うと茜を探してるであろう女子生徒達が走って前を通り過ぎていった。無事やり過ごしたようだ。

 茜が安堵の溜息をついたのも束の間、背後に座っている生徒達がざわめき始める。


「ねぇ、あの子って」

「うん、青い髪の女の子」


 雪花はジュリナがこの学校をシメた番長だと言っていた。ジュリナの息がかかった生徒は先程の女子生徒達だけではないだろう。

 茜がそーっと振り向くとスマコンに何か打ち込んでいる。


「これは……面白くなって来やがった」


 茜が呟くと前と後ろの扉から女子生徒達が押し寄せてきた。


「いた!」

「捕まえろ!」

「挟みこむよ!」


 もう逃げ道は無いぞと、女子生徒達は前後から茜に歩み寄ってくる。

 だが甘かった。茜は教室の窓に足をかけて外へでる。

 

「うそ!」

「窓から出やがった!」

 

 しかし窓から出た廊下の両脇にも茜を追う女子生徒達が。


「あいつだ!」

「ぞろぞろと来やがったなっ」


 茜は更に廊下の窓から中庭へ飛び出したのだった。


「ああ! クソ!」

「中庭通ってD棟方面に走ってっいったぞ!」

「じゃあね、お嬢さん達~」


 茜は飛空艇アシェットのカメラに向かってやったように、振り向きざまに二指敬礼をしてやった。


「あのガキィ!」

「ぶっ殺す!」


 当然、十代の女子生徒達に茜の煽りに耐えうる精神は無い。

 烈火の如く怒り狂い、茜を追いかけてくる。

 そんな中、一人の女子生徒が茜を真似て窓から外へ出ようとする。

 しかし同じことを考えた女子生徒がいたようだ。同時に窓から出ようとして体がつっかえ、そのまま窓の外へ転げ落ちた。


「ちょ、何してんの!? 私が出てるでしょ!?」

「それはこっちのせり――」

「うわっ、ちょっとまだいたの!?」

「え!? どいてどいて!」


 窓の外へ転げ落ちた女子生徒二人の上から、同じように窓から中庭に出ようとした女子生徒達が次々と落ちてくる。


「うわっ、ちょっと」

「痛い痛い!」

「痛ーい! 何でまだそこに居るのよ!」


 下にいた女子生徒を踏んでしまって体勢を崩して転倒し、その上からまた女子生徒が降ってくる。そして皆一様に短いスカートを履いている為、通りすがった男子生徒のいい的だった。それに気づいた女子生徒の一人がスカートをただし声を張り上げる。


「見てんじゃねえぞ! キモイんだよ!」


 そんな迫力のある汚い言葉に男子生徒はたじたじだ。

 だがそんな事をしている間に身軽ですばしこい茜はもう逃げおおせてしまっているだろう。

 

「あ、くそっ、あのチビは!?」

 

 女子生徒が頭を振って茜の姿を探すと案外直ぐに見つかった。

 件の茜は腹を抱え中庭の芝生の上で何やらうずくまっている。

 

「あいつまだあんなところにいる!」

「え? あいつ何だか」

「笑ってない?」

 

 そう、茜は腹が痛くてうずくまっているのではない。窓からの飛び出しを失敗し、団子状態になった女子生徒達を見て笑いを堪えきれずうずくまっていたのだった。茜は笑い上戸なのだ。

 続いて笑いの限界に達したの廊下、茜は芝生で出来た地面を横にコロコロと転げてまわりだす。そしてD棟の入口に差し掛かると急に起き上がって走って逃げ込んだのだった。


「あいつっ……私達を笑うだけ笑って逃げやがった!」

「逃がすかぁああ!」

「あ、あれ?」

「ん? どうしたの?」


 見ればD棟の中庭に面する窓から足をかけて出てくる茜の姿が。

 何故わざわざ戻って来たのか分からず、女子生徒達はその場で茜の様子を見守った。


「窓から体を出して?」

「中庭に出て?」

「こけて……いや、ふりをしただけ?」

「そして仰向けになって……」

「笑ってやがる! あのガキ!」


 茜は先程の女子生徒達の醜態を自分で再現し、自分で笑っていたのだった。


「ぶっ殺す!」


 その女子生徒の言葉と共に茜はさっと起き上がり、D棟に入っていった。


「おい、ジュリナさんに連絡しろ! D棟はどこの棟とも繋がってない。袋のネズミだ!」

「分かったわ!」


 そう言ってD棟に入った茜の後を女子生徒達が十数人追いかけていく。

 茜は茜で楽しそうにD棟の階段を駆け上がっていく。

 だが女子生徒達が言うようにD棟は他の棟と繋がっておらず、さほど広くもない。

 茜は今日この学校に来たばかり。地の利は女子生徒達にあるだろう。

 

「馬鹿な奴!」

 

 女子生徒は勝ちを確信しただろう。余裕の笑みを持って階段を駆け上がっていく。

 だがここで問題が発生した。D棟はこの辺では一番高い棟。次第に女子生徒達の体力が尽きてきたのだ。

 

「ちょっと……はあはあ、あいつ早すぎっ」

「ま、待って……疲れたっ……」

「あいつ何であんなに元気なの……キモすぎっ」


 D棟は十五階。

 茜が十階に達した所でだろうか、次々に女子生徒達の足が止まっていく。過半数が歩いて階段を上っている状態だ。


「何だ? 情けないぞー! 運動不足なんじゃないか?」


 と、階段の上から女子生徒達の精神を逆撫でするような声が。


「気合だぞ気合! その先に理想の体型が待ってるぞ!」

「あいつっ……うっざ!」

「もういやっ、疲れた!」

「熱い! 汗かきたくない! 化粧が落ちる……」


 茜の熱のある指導。女子生徒達は暑苦しいその指導と遠回しに太っていると言われ鬼の形相だ。

 だがいくら鬼でも体は女子。動きが戻るわけではない。これが女子生徒達現実だろう。動けるのは運動部員くらいのものだ。

 

「あんたら、ジュリナに言いつけるよ!?」

「ジュリナに睨まれたらあんたらもう学校来れないよ? いいの!?」

「わ、わかったわよ……」

「しゃーないなぁ……」


 ジュリナはよほど恐れられているのだろう。先頭に立つ女子生徒がその名前を出したとたん、文句を言っている女子生徒は黙り、へたり込んでいる女子生徒まで立ち上がり歩き出した。


「お前ら情けないぞおおお! ジュリナがそんなに怖いのかあああ!?」


 相も変わらず、茜が上の階から楽しそうに叫んで煽ってくる。

 女子生徒達もジュリナという恐怖から体を動かすが限界があるだろう。なかなか足が上がらないでいる。


「あいつ何なの!? うざいし、キモイ! でもあいつ美人なのがマジむかつく!」

「そこはあんまり関係ないんじゃ……でも確かに可愛いよね」

「アイドルかなんかやってんじゃね? 芸能科かな?」

「えー? マジ? すごくね?」


 と、途中で止まって駄弁りだす始末。


「あんたらジュリナの前でそんな事言ったらマジで殺されるよ!?」


 それを女子生徒が一喝するとまた渋々といった具合に歩き始める女子生徒達。まるでゾンビのように足を引きずりながら階段を上がってくる。


「なんだ、もうへばったのか。張り合いないな」


 そして女子生徒達がへばっている中、茜がこれほどまでに元気なのは理由がある。

 茜は見た目通り、華奢な体で筋力もない。もしかしたら疲れ果てている女子高生以下かもしれない。なのに何故元気なのかというと、茜の履いている靴に理由がある。

 見た目はただの赤いスニーカーなのだが、これはファウンドラの開発したスニーカーだ。

 側面についている模様のようなものを長押しして一度かかとを鳴らすと茜の周囲の重力が変わるのだ。

 二分の一から無重力まで自身の重力を操ることができる。稼働時間は一分から五秒程と少し心もとないが十階くらいの階段であれば十分持つだろう。

 体重を二分の一にした茜は上に向かって更に駆け上がっていく。


「何なのあいつ……はぁはぁ、早すぎ!」

「いや、でもこの先ってもう屋上じゃん?」

「お、ジュリナさんもD棟に来たって」


 女子生徒達の言う通り、各フロアにはジュリナの息がかかった女子生徒達がいたようだ。


「あ、あの青髪の子」

「本当だ。青って珍しいね」


 茜を見つけるが追ってはこない。

 だが茜はフロアに逸れようにも逸れる事が出来ない。向かう先はもう屋上だけだ。そして屋上に行けばもう袋のネズミ。更にそこは十五階の屋上。飛び降りることもできない。

 D棟は一番高い建物。茜の履いているスニーカーも一度使うと次使用するまでには少しの冷却時間がかかる。その為、無重力で飛び降りる事もできない。

 

「よし! あんた達! あいつ屋上に入ったよ! がんばりな!」

「お、おお!」


 体に鞭打って上ってくる女子生徒達を尻目に、茜はついに屋上に到着する。

 扉は開け放たれており、誰でも入れるようになっていた。

 屋上には夏の強い日差しが真上から降り注いでおり、生徒達は誰もいない。白を基調とした床のタイルは相当な温度なのだろう、つなぎ目の線が歪んで見えるくらいだ。

 

「さてと」


 茜は右手に柄から刃先まで三十センチ程の短剣を出現させる。

 これもファウンドラ社開発の装備、ショットナイフといわれるもの。

 ファウンドラ社から支給された装備コード003に入っている装備。

 ショットナイフは武器として扱われる為、収納石が標準装備されている。それを茜はネックレスにつけておいたのだ。特徴的なのは柄にトリガーが備え付けられている所だろう。

 だが茜はショットナイフでこれから来るであろう女子生徒達を切り刻もうというのではない。


「これを使って」


 ショットナイフはトリガーを引くと先端に設置された刃が真っ直ぐに飛んでいく仕組みになっている。射程は五十メートル程度。

 人体に当たれば痛いでは済まない。当たりどころが悪ければ最悪死に至る。

 だがショットナイフの使い方はそうではない。飛んでいく刃には細いワイヤー結び付けられており、発射台となる柄とつながっているのだ。


「おさらばだ」


 トリガーを引けば刃が発射され、命中した壁や柱に刃が突き刺さってそのまま固定される。そしてもう一度トリガーを引けばワイヤーが巻き取られる仕組みだ。更に横のボタンを強弱を付けて押せばワイヤーをリリースする事ができる。伸縮自在となっているのだ。


「一応万力グローブでもつけておくか」


 茜には作戦があった。それはこのショットナイフで屋上から一気に下まで降りる事。

 ワイヤーの長さは五十メートル程度で十五階はすこし足りないかもしれないが、落下中にショットナイフを打ち込めば問題ない。

 一生懸命屋上まで駆け上がった女子生徒達の苦労は無駄に終わる。十五階をただ駆け上がっただけの地獄のエクササイズと成り下がるのだ。

 一番高い建物、D棟に女子生徒達を誘い込んだのもその為。見学している時に高い棟はどうしても目につくのだ。

 

「ねぇ、あなた」


 意気揚々と降りようとした茜に背後から話しかける女の声。

 茜はびくついて、慌ててショットナイフを宝石に戻し、声の方を見る。


「ここは私の場所なの。他を当たってくれるかしら?」


 見れば屋根のある場所で手すりに肘を置いき、黄昏ている女子生徒がいた。

 その言葉遣いは茜を追いかけてきたような女子生徒達にはない、上品さが滲み出ている。しかし茜への敵意を隠さない強い声音で。

 時折吹く風が癖のある色素の薄い金色の髪を揺らす。両サイドにはささやかな赤いリボンが取り付けられている。

 風を頬で感じて細める切れ長の瞳は夜に咲く満月のような青紫色で宝石のように艶やかだ。

 茜の方を見もせずにそんな事を言ってくるのでショットナイフは見られていないだろう。


「君は」


 茜は罵詈雑言をまき散らせながらゾンビのように追ってくる女子生徒達と風を楽しむ女子生徒を頭の中で比較する。

 茜が男だった時、大体の女子は、おしとやかで勤勉で可愛らしい存在だと思っていたのだ。雪花以外。

 しかしその幻想は追ってくる女子生徒達のせいで打ち砕かれていた。女同士の世界は過酷を極めていたのだ。

 そんな中、その女子生徒の所作は、打ち砕かれた茜の幻想を元に戻してくれる。それはまさに、

 

「天使か」

「……は?」

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