茜はルココの言う、して欲しい事を叶えてやっていた。
「何でも言うこと聞くとは言ったけど……」
その願いに茜は呆れていた。
それは何ら特別な事でもなんでもない事。
「昼飯を一緒に食べたいだけって……」
ただ一緒に昼食を食べて欲しい、それだけだった。
だからルココは急いで着替え、茜と学校を出て駅前のお洒落なカフェに来ていた。
「うふふ、だって友達とカフェなんて何年ぶりかしら」
と、ルココは満足そうに昼食のカルボナーラを平らげた後だった。
因みに茜はカレーライス。
ルココが嬉しいならいいのだが、これでは逆に茜の気が済まなかった。
「なんかこうさ……金持ちの娘ならではの、して欲しい事とかなかったのか?」
茜は不満げに言う。
元トップエージェントの茜にして欲しい事があまりにも簡単で、友達としては当たり前の事。それは茜のプライドが許さなかったのだ。
「金持ち……だからでしょ? 普通の事がしたかったのよ」
「うぅ……やっぱなし」
「え?」
「こんな普通の事ならいくらでもしてやるからさあ、して欲しい事は他に取っておけよ」
「あなた……案外律義ね。でもあなたに出来る事って何があるのよ」
と、ルココは尋ねてくる。
今の一般人である茜に出来る事から選ぶつもりだ。
「例えば~……」
「例えば?」
と、一般人である茜にお嬢様であるルココの為に出来る事なんてない。一般人の範囲では。
だから茜は突飛な事を言い出した。
「対抗勢力の暗殺とか」
大きな会社で足の引っ張り合いは日常茶飯事だ。対抗勢力も多い。その要人を暗殺してやると言っているのだろう。
「ぷっ」
と、ルココは吹き出し笑い出した。
「何それ……あなた笑いのセンスあるわね。好きよ、そういうブラックジョーク」
と、ルココは結構いける口のようだ。
「機密情報を抜き取って来いって言ったらさらっと盗んできてやるよ」
「ふーん、じゃあ一ついいかしら?」
「なに?」
ルココはブラックジョークが好きだと言った。だからそれに乗っかって日和の国を納める天皇陛下の弱みでも握って来い等と返して来るのではと、茜は予想していた。
だがルココの口から出てきたのは茜が答えに困る重要機密だった。
「獄道組に誘拐された女子高生ってあなたよね?」
軽い話の流れから一転、シリアスな話に飛んだのはわざとではないだろう。
それが財閥の娘であるルココならではの技なのかもしれない。
昼食中の話ではルココはこの年齢でいくつかの企業を任せられていると言っていた。
だからこうやって話を転調させて相手の反応を見る。企業同士の取引もまた化かし合いが常なのだ。
だが茜は表情一つ崩さずに答える。
「何のこと?」
「……ふーん」
ルココは茜の表情をじっと観察する。
茜は首を傾げてルココを見つめ返した。
「ポーカーフェイスね。でも冗談で返す余裕はないと」
ルココはそう言って不敵に笑う。
ルココにそう返された茜は表情には出さなかったが内心ドキリとしてしまった。
最近では雪花、剣、クリス等、あまりこういう裏を読み合う会話に慣れていない人物を相手にする事が多かった。その為、少し油断していたのだ。
先程の戦闘においては茜に分があった。だが今は普通の会話、多くの企業とのやり取りをしているルココでは分が悪い。
ここで後出しの冗談でも口に出そうものなら自分は余裕がありませんでしたと公言するようなものだ。茜がたまらず食後のコーヒーを飲むとルココが口を開く。
「あ、あなた口の横にカレー付いてるわよ?」
「え?」
ルココは自分の唇の横を指さして汚れの箇所を示す。
茜は急いで可愛らしい唇の横に手を当てて拭うが何もついてない。
そこにルココが一つ笑い、「冗談よ」と言って目を細める。
「あなたさっきナプキンで綺麗に拭ってたじゃない」
綺麗に拭った事を思い出す余裕すらなかった茜。というよりもその余裕を与えてくれないルココを褒めるべきだろう。
「……茶目っ気が強いお嬢さんだこと」
茜は苦笑いで対応するほかなかったのだった。
「あなた追われてたし、獄道組があなたを誘拐するって情報は入ってきてたのよ」
やはりエクレールグループにも情報は入っていたようだ。
学園の運営を任されているエクレール理事の素早い対応にも納得がいく。
獄道組が自ら情報を流すとは考えにくい。恐らくエクレール社にも諜報員のような機関が存在するのだろう。
「セブンアイズの動画を撮ってたのもあなただろうし」
「何の事やら。ニュース見ただろ? 髪の色が青じゃなかっただろ?」
とは春子達と話している時に見た映像の事。
事実に勝る証拠はない。
もしその現場をエクレール側の人間が目撃していれば茜ではない事が分かる筈だ。
先程からルココが断定口調でないのはそこから来ているのだろう。茜である確証が持てないという事の表れだ。
裏社会でも実社会でも結果が全て。途中がどうあれ、公に助け出された女子高生は茜ではない。
「……友達なのに秘密にするのね」
ルココは少し寂しそうな表情をする。
茜の言い訳にルココは情で訴えかけてくるがそれが限界だろう。そんな見え透いた演技に茜は揺らがない。
「友達だからこそ言えない事もあるだろ?」
「例えば?」
「例えば私が実は暗殺者だとする。そんな事、友達のお前には言えないだろ?」
「じゃあ誰になら言えるのよ?」
「暗殺対象? これから死ぬんだからな。冥土の土産に教えてやるってね」
「それ失敗フラグよ。絶対何か逆転する方法があってあんたから情報もぎ取るつもりよ。ってそんな極論持ちこまれてもね」
そして茜は話の流れでシリアスな話を一転、冗談へ持ちこんだ。
「じゃあ私が実は男だったら? 引くだろ?」
と、茜は興味本意で聞いてみた。
本当の事である為、茜の質問に真実味が増し、ルココは顔をしかめる。実際の取引でも嘘は日常だがそこに事実を混ぜ込む事で真実味を与えるのだ。
「……男?」
ルココは呟いて、一瞬目を見開き、瞬きを一つ。
そして席を立って茜の横に立った。
「え?」
「てい」
何を思ったのか、ルココは茜の胸を鷲掴みにしたのだった。
「ひぃい!?」
茜はルココの手を払い退ける。そして恥ずかしそうに胸を抑えて後ろに隠した。
「な、何やってんだよ! お前!?」
「あらあら、随分と乙女らしい行動だ事」
ほほほ、とルココは手で口を覆って上品に笑う。
「あなたが男ならその偽パイをもぎ取ってやろうと思ったんだけど本物だったわ。あなたは乙女よ」
そう、茜は今正真正銘の美少女。もぎ取られたのは男の象徴だけだ。
「な、何が乙女だっ……全く……女はベタベタし過ぎなんだよなぁ……」
乙女乙女と言われて釈然としない元男の茜。
男子同士でベタベタする事は無い。だが女子は女子同士でよく抱き着いたりしている。茜はまだそれに慣れないのだ。
「でも何故かしら。あなた他の女子より乙女乙女してるのに……」
「な、何だよ」
と、ルココは疑惑の目で茜を見ている。
まさか正体がバレたわけではないだろうが雷地の件もある。茜は顔を逸らす。
「私より強いし、いじめられっ子を助けるし……まさか」
と、何を思ったのか、ルココは茜のスカートを掴んでめくり上げた。
ファウンドラ社総力を挙げた見えないスカートもめくりあげられればただの布と化す。
「んなっ」
「あ、黒だわ」
固まる茜をよそに、ルココはそう言って席に戻り、何事もなかったようにコーヒーをすする。
普段雪花といる時はパンツで過ごしてはいるものの茜にも羞恥心はある。そしてそこはカフェではあるが店内ではない。カフェの外に併設されたお洒落なテラスだった。
「安心して、あなたは女よ」
そんな所でそんな事をすれば周囲を歩く男達のいい的だ。
現に道行く男達は茜のスカートに視線を取られ、互いにぶつかったり、電柱に激突したり転んだりしている。
「お前……すごい事するな」
「あなたが変な事言うからよ。私、確かめないと気が済まないの」
不明な点は即調査。これも上に立つ者の資質なのだろうか、と茜は深くため息をつく。
「ていうか、私に近づいたのは獄道組との関係を調べたかった為か? なら私は行くぞ?」
全ての事には理由がある。ルココが茜と友達になりたいと言ったのも獄道組の事が原因だろう。
裏社会ではそれは日常茶飯事だ。
とんだめに会ったと、茜は不機嫌そうに席を立つ。
だがその手をルココが立ち上がって身を乗り出し、掴んで来た。更にその表情は目を見開いて凄い剣幕だった。
「違うわよ!」
「え?」
「違うの!」
「わ、分かったよ……」
必死なルココに茜は席に着くとルココは一安心と、溜息をついた。
「獄道組の事を聞かれたくないのならもう話さないわ。それにあなたが男だとしても私は気にしないし友達にもなっていた」
そのルココの言葉が何故か茜の心に刺さる。
茜の姿は本当の自分ではないのだ。だから常に人を騙しているという罪悪感が付きまとっていたのだ。
だがルココはそれを関係ないと言ってくれた。茜はそれが嬉しかったのだ。
「そっか、ありがとう」
「え? う、うん……」
何故お礼を言われたか分からないルココは少しどもるが続けて口を開く。
「それにあなたにもメリットはあるはずよ?」
「メリット?」
「そう。あなたは私に勝つ事で強さを証明できたし、私が友達という事実が出来た事で余計なちょっかいは掛けられなくなるはずよ」
損得で見てしまうのはルココの立場から仕方ないのだろう。
そしてちょっかいを掛けられなくなるというのは本当だ。
戦闘技術全国優勝のルココに勝った事で男子生徒の軽薄な告白は無くなっていくだろう。そしてエクレールグループのお嬢様と友達になった事でジュリナの残党も手を出せなくなるに違いない。
現状把握やその流れの予想も流石はエクレール財閥の一人娘だと言った所だろう。
「まあそうだけど……そんな事考えていたのか?」
友達とはいえそういった関係性があるという事は茜に知らせておきたいのだろう。
以前のいびつな友達関係で失敗した為か、その関係性に敏感になっているようだ。
「でもこれって大事な事よ?」
ルココの言う通り、茜もそうは思う。
「でも友達ってそんな利害関係で成り立っているわけじゃないんだけど」
「分かってるわ。分ってるけどこれが事実よ。その上で私と友達になるって事に……その」
友達に友達以上の事は求めない。
茜に言われ、ルココはそれを肝に銘じている。だからこそ、その裏で見え隠れする関係性をはっきりさせておきたかったのだろう。
その上で友達になる事に嫌悪感を抱いていないかルココは心配なのだ。
それを察してか、茜はにっと笑う。
「成程、ビジネスライクな考え方だな。財閥の娘らしい」
もちろん茜はそんな事で友達との関係を簡単に解消したりしない。
「男に二言は無いよ」
だから茜はからからと笑う。
それを見て一安心したのかルココも頬を緩める。
「あなたは女でしょ……でもよかった」
「何が?」
「美人は性格がきついって言うから心配してたのよ」
「お前が言うか」
ルココは茜とはまた違う美人だ。
ほんわかして良そうな美人の茜に対してルココはクールで少し怖い印象を持つ美人といった所だ。
「私が美人なのは分かってる。でもあなたが居れば目立たなくて済むわね」
と、普段怖い印象のルココが笑うとそのギャップから美人度が増した。
それに茜は屈託なく笑う。
「ルココも意外と可愛い所あるんだなって分かったよ」
だがその茜の一言でルココの表情から笑みが消える。
何かまずい事でも言ったかと、茜は心配になるがそうではなかった。
「いま……私の事をなんていった?」
「え? 可愛いって言ったけど」
「違う! 私の名前で呼んだ!?」
「え? 嫌だった?」
茜はルココの事を名前で呼んだ。
だがそれは何気なく言っただけ。
茜は意識していなかったのだが、ルココの反応からすると名前で呼んだことが無かったようだ。
そしてルココは満面の笑みに変わる。美人度が下がるくらいに顔を歪ませて。
「いい! いいに決まってるじゃない! 私も茜って呼ぶわ!」
「あ、ああ……」
と、ルココに圧倒されながら茜は食後のデザートを待つのだった。
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