茜達がバンカー王国本島に上陸し、広場に移動すると白いひげを生やした老人達がそれを見つけて話しかけてきた。
「おや、前にギカ族の子達と演奏していたお嬢ちゃんじゃないか?」
「本当だ。あの美人の子だ」
「どっか行ってたのかい?」
「ギカ族の子供もおるぞ」
その老人達の手には楽器が握られている。
「ちょっとお宝探しを」
「お宝? 船で?」
「ええ、まあ」
老人たちは目をぱちくりして茜達をしげしげと見つめてくる。
「そうか、大丈夫だったかい?」
「奴らの戦艦が突然現れてなぁ、みんな大騒ぎじゃった」
「どうなる事かと思ったが、以前の王族のフロイ王子が帰還してくれてなぁ」
その先は船の上で聞いた通りの事だった。広場では豪華な料理がギカ族やディアン族、観光客関係なく振舞われている。
更に老人達と同じような演奏者があちらこちらで楽器を打って吹いて掻き鳴らし、それを打ち消さんばかりの喧騒が広場を包んでいた。
そこへ老人達の合間を縫って兵士達がやって来る。
「ツクモ教授ですね? どうぞこちらへ」
どうやらツクモを迎えに来たようだ。失礼が無いように、とでも言われたのか兵士達の表情には緊張が見える。
これからツクモを今回の立役者として表彰するつもりだろう。
ツクモはそれを察し、嫌そうに溜息をつき、それを茜がクスクスと意地悪く笑う。
「では私は見世物にでもなってくるよ」
「良いショーを期待しています」
そして茜は表彰式を皮肉るツクモに皮肉で返してやったのだった。
「善処するよ茜。そして」
ツクモは不意に茜の手を両手で握って来る。
「今回は君の功績が大きい。出来れば私の助手として来て欲しい所だが……」
「また桜之上学園での講義を期待してますよ」
ツクモの言う茜の功績は大きいだろう。
ギカ族を仲間にし謎を解き財宝へ導いた。更に空を行く戦艦を破壊したのだ。しかもアヴェル国王からバンカー王国を奪い返した。ファウンドラ社もある程度は想定はしていただろうがそれを上回る成果だ。
だからこそだろう、ツクモがそこで言葉を切った理由は他でもない、茜達がファウンドラ社のトップエージェントだからに他ならない。一介の考古学者の助手などという枠に収まる人材ではないと。
そこへ茜のそんな突き放す言葉。ツクモは残念そうに笑って手を放す。
「しかし、桜之上学園か……あそこへは本を探すついでに君達に会いに行っただけだからね。もう行く事は無だろうな」
「本?」
「ああ、日和の国には古い書物があると噂があってね。一度行ってお目にかかりたいと思っていた。しかも君達がいたから寄ってみたんだよ」
「何の本だったんですか?」
「古の魔術が収録されたと言われている本さ。だが結果は空振りだったがね」
「空振り? なかったんですか?」
「ああ。どうやら盗まれていたようだ。私が君達に会いに行くと予定が決まった直後にね」
魔術と言えば茜の父、大吾をずっと騙していた男がそんな呼ばれ方をしていたな、と茜は思い出す。
だがその思考を遮るようにツクモは「それでは」と、兵士達に連れて行かれてしまった。
そこへ何処から現れたのか、フォンの声。
「ルココ様」
「ええ、分かってるわ」
どうやらルココもここを離れなければいけないようだ。
「私も行くわ。時間切れみたいだし。また学校でね」
「そっか」
「結構楽しかったわ。じゃあ」
「またな」
「またね」
随分とあっさりした別れ方だ。だがルココの行動は常にビジネスライク。別れを惜しんだりする時間を嫌うのだろう。
踵を返すルココ。
その時、ルココを呼び止める声。
「ルココさん!」
「え?」
「一言言わせて下さい!」
「キリカ……なに? もしかしてルークを助けようとした時、あなたを止めた事?」
「です!」
「言っておくけど私は自分の行動に後悔なんて」
「ありがとうございます!」
「え?」
「あの時、ルココさんが私を止めてくれなかったら間違いなくルークと一緒に飛ばされてました。そして助けに来てくれた茜さんも一緒に飛ばされていたかもしれません」
ルココは驚いた顔を見せる。
茜が竜巻で飛ばされた際、各々の判断に納得がいかず喧嘩でもしたのかもしれない。キリカはそれがずっと引っかかっていたのだろう。
大方、キリカを止めた自分が責められるとでも思ったのだろう。
「それは……結果論よ。私は一人でも多く助かる方法を実行しただけ」
「はい! だからありがとうございます! ルココさん!」
「お礼なんて別に……不要よ」
照れて困るルココ。それを横目に茜はニヤニヤして傍に寄っていく。
「おやおやぁ、労働の対価は貰う主義じゃなかったっけ?」
「う」
「それともルココも正義のヒーローになりたいのかなぁ~? 主義に反するとか言ってたのにぃ?」
そんな茜の攻めに、ルココはたじたじだ。
そしてルココは自分が言った事は実行する性格。
一つ咳ばらいをしてキリカを見据える。
「ど、どういたしまして。その言葉、素直に受け取ることにするわ。私は茜みたいな無謀な事はしないから」
「ですね!」
キリカは言ってルココの胸に飛び込んでくる。
茜や雪花とは違いクッション性に欠けるだろうか。
ルココは戸惑いがちにそれを受け止めて抱きしめてやる。
「無謀って……死人は一人も出てないじゃん……」
「結果論よ!」
ルココは「それじゃ」とだけ言って去ったのだった。
◇その後
ファウンドラ社の社員達にはなるべくバンカー王国の王族とは関わらぬようにと言われていた。
だがその広場の宴会に参加してはダメだという命は受けていない。
日が暮れて、暗くなった広場にはセピア色の明かりが灯る。
茜達はというとキリカ達を迎えに来たエドガー達に連れられ、広場に赴き宴会に参加する事にした。
「もう! せっかく高級ホテルのリポートだったのに」
「まあまあ仕方ないじゃん。これはトクダネだよ?」
そして何処からかそんな声が。
肩にカメラを担いでいる者、長い棒にマイクを付けている者や後ろで指示を出す者。
どうやらバンカー王国というリゾート地を取材しに来た者達だろう。
「はぁ……分かったわよ」
機嫌が悪いのは女性のリポーターのようだ。
だがカメラを向けられるとニコニコとした笑顔を顔に張り付ける。そしてお祭り騒ぎの喧騒の中、声を張り、その真っただ中へと突っ込んでいく。
「えー、私は今バンカー王国に来ています! なんと本日、バンカー王国国王が交代したとの一報を受け、急遽リゾートホテルリポートを取りやめ中継しています! バンカー王国国王だったアヴェル国王に代わり、十年前の紛争で亡くなったとされていたフロイ王子が現国王へ返り咲いたという事ですね! アヴェル国王は紛争を仕掛けた人物として嫌われていたようです! そしてこのお祭り騒ぎから次期国王が歓迎されている事が分かりますね! その紛争から封鎖されていたギカ族の住む地方も順次開放されるとの事! あの一帯は寺院が多く、観光名所だった場所も多いので今後人が増えるかもしれません! そして見て下さい。仲の悪かった浅黒い肌に黒い髪のギカ族と白い肌に赤毛のディアン族が肩を組んで踊っています! とても楽しそうに一緒に踊っていますね~。そして観光客の方でしょうか、ちらほら見えますね。それ以外にも白人の方や黒人の方、茶髪の方や白髪、金髪の方まで様々な人種が肩を組んで踊っています! あ、見て下さい、青い髪の少女も楽しそうに踊っています。そして縁起がいい事に彼女が着ているワンピースの柄はクチナシの花ですね~。皆さんクチナシの花言葉を知っていますか?」
その女性リポーターはレンズの向こう側にいる視聴者に投げかけているのだろう。大きく頷くアクションを取る。
「はいっ、その通り! クチナシの花言葉は幸せを運ぶ、ですね! バンカー王国に幸せを運んできたのはあの少女なのかもしれません! 髪の色も青、そこから連想させる青い鳥も幸せを運ぶ鳥として有名ですからね!」
そこでその女性リポーターを見つけた周囲で踊る人々が取り囲み、更に肩に手をかける。
「で、ではっ、私も彼等と共に踊りたいと思います! 現場からは以上です!」
そして女性リポーターは周囲の人々と共に飛び跳ね踊りながら消えていくのだった。
◇日和の国、桜之上市
バンカー王国から戻った茜はいつも通り、学校に通い雪花と共に放課後の街をぶらついていた。
「あーあ、キリカちゃん達ともっと遊びたかったのにな~」
そう不満を漏らすのは雪花。
あのお祭り騒ぎの後、茜達はホテルに泊まりもせず、そのままファウンドラ社が用意した飛行機で日和の国に送還されたのだった。その予定を知らされていない雪花はキリカ達とまた遊ぶ約束をしてしまっていたのだ。
「別に私達は遊びに行ってるんじゃないんだぞ?」
「それはそうだけどさぁ……寺院とか案内してくれるって言ってたのにぃ……ん?」
雪花は何かに気づき、ポケットからスマコンを取り出した。
「あ、ファウンドラ社からバンカー王国の財宝の鑑定が終わって……報酬のお知らせ!?」
どうやらそれはバンカー王国におけるトレジャーハントの報酬詳細のようだ。
任務での報酬は依頼内容に沿った実績となっているかを査定し契約内容と照らし合わせて決められる。今回、茜達は財宝を見つけ、バンカー王国を救ったと言っていい。実績は申し分ないだろう。
雪花はスマコンに表示されたメッセージ内容を読み上げる。
「今回の依頼内容はツクモ教授の護衛、及びキックス犯罪集団の壊滅。更に財宝の探索。その全てを達成しました……っ!? 私達凄いじゃん!?」
「まあな」
軽く飛び跳ねて喜ぶ雪花だが、茜は特に驚きもせず、目を逸らしてそんな一言。
どうして茜はそんなにテンションが低いのか、雪花には分からない。だが茜は報酬を目当てに活動はしていないと以前言っていた。だからその程度の認識だと、雪花は続けてその文面を読み上げていく。
「発見された財宝の価値は査定不可能な部分を除き、やくい、い、一兆ウルド!? すごっ……」
一兆ウルドと言えば国家予算並みの金額だ。
「契約に則りバンカー王国とツクモ教授に分割。報酬はツクモ教授の受け取る金額の一パーセント……だから五千億の一パーセントで五十億ウルドね! ……と、なっていましたが茅穂月茜様より契約が変更になり、ツクモ教授の受け取る額の半分がギカ族分となりその一パーセントとなります?」
「ああ、キリカ達の協力を取り付ける為にそう言う契約にしたんだよ」
「勝手なことして~……でも仕方ないか。えーとそれでぇ……五千億の半分で二千五百億、その一パーセントで二十五億ウルド! 十分遊んで暮らせる金額じゃない!」
「そうだな。あ、そう言えばルココに駄目になった下着弁償しに買い物行くんだった」
「え? ちょっと」
そう言って、茜は角を曲がって雪花と別れる。
「報酬一緒に見ようよ~!」
「報酬なんてヒーローには必要ないのさ。じゃあな~」
そう言って茜は行ってしまった。ルココとの待ち合わせの時間に遅刻しそうなのか、早歩きになり、更に少し駆け足になって。
「も~、何よ……格好つけちゃって。まあいいわ。減るもんじゃないし。三人で分けるから八億ウルド強よね~」
そんな茜をよそに、雪花は続きを読み始める。
「ええと、報酬から今回かかった経費を差し引き致します? ああ、交通費とかホテル代とかかな? ええと航空機代が九千ウルド、ホテル代が六千ウルド、鑑定師団の派遣に~……ふふふ、こんな額報酬からしたらはした金ね~、それ……で、ウェポンデリバリーの対戦艦ライフルのメテオライトキャノンが」
その時、雪花は目を見開いた。
そこには信じられない額が記載されていたのだ。
「に、二億六千ウル……あれ、桁間違え……二十六億う……る、ど……は?」
雪花は眩暈で倒れそうになるのをなんとか持ちこたえ、震える手からスマコンが零れ落ちないように両手で抑え、なんとか平静を保ち文面を最後まで読み上げる。
「今回のナインコード案件の依頼、達成おめでとうございました。しかしながら経費の増大により我が社における利益は赤字となり……これを踏まえ、今後は……更なる研鑽と日々のたゆまぬ努力を切望するしだ……い」
最後の分はただの説教だった。
そこまで読み上げて、雪花は茜の走って行った方向へ顔を向ける。
「あかねええええええええ!!!」
鬼の形相で叫ぶ雪花。
茜が駆け足になったのはこの結果が分かっていたからだろう。
だがもう既に、そこに茜の姿はない。
「あかねええええええ!!!」
雪花はただそう叫び、天を仰いで膝を突き、一人涙を流したのだった。
三章 ~終わり~
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