光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第41話 ~バドル逃走~

公開日時: 2023年8月4日(金) 20:40
更新日時: 2023年8月5日(土) 01:28
文字数:5,783



 クリスの拳銃から放たれた銃弾は逃走するバドルの側頭部のこめかみを的確に撃ち抜いていた。さすがは特殊部隊といったところか。いい腕だ。

 クリスは二階から飛び降り、軽快な足取りで茜達に駆け寄ってくる。


「クリス!」

「クリスさん!」


 茜と雪花が剣の前に出てクリスを出迎えた。


「無事だったようだね」


 出迎える茜達を見てクリスは一安心だと笑みをこぼす。

 クリスの怪我をした脚は自らヒーリングで治癒したようだ。軽快な足取りがそれを証明している。

 どうやら危険を顧みず、駆け付けて来てくれたらしい。


「あんたがクリスか」


 茜の頭越しにクリスは剣を確認する。

 ハイジャック犯とは全く違う服装。そして泥まみれの青年。更に茜達とは敵対していない存在。

 とりあえず敵ではなさそうなのでクリスは銃を腰にしまう。


「えーっと、彼は?」

「あ、あいつは私の幼馴染の剣です」

「幼馴染?」

「そうです」


 雪花がさらりと答えるが、そこには疑問が残るだろう。

 何故幼馴染の剣がこんな深海六千メートルにいるのかと。ここには人質とハイジャック犯しかいなかったはずだ。そんなところにどうやって入り込んだのか。クリスは片眉を下げて理解に苦しんでいた。

 色々と思案していたクリスだが、そこから絞り出した質問がこれだった。


「因みに茜も彼とは幼馴染かい?」

「え? 私はちょっと前に会ったばかりだけど」

「そうか」


 剣と雪花は幼馴染、茜は最近出会ったというところに、クリスは何故か表情を緩ませる。

 剣は剣で茜の事を親しげに呼び捨てにするクリスに目を細めた。


「僕はクリスだ。よろしく」

「剣だ。よろしく」


 剣は短く言ってクリスと握手を交わす。

 手を強く握り、放さず、互いの目を見あう、というよりも睨み合っている二人。

 その後の沈黙が数秒続いたので雪花は首を傾げ茜を見る。

 茜は雪花の視線の理由が分かるが、その沈黙の意味が分からないので同様に首を傾げた。


「僕はフェリーでハイジャックされる前に茜と会ったんだ」

「そうか、俺はその前に会った」


 茜と出会った早さが少し早い剣が笑みをこぼすとクリスも負けじと笑みをこぼす。その表情に少々の悔しさを交えて。

 これはいわゆる男の意地の張り合いというやつだ。

 美少女の茜を巡って、どちらが深い知り合いなのか。先に出会った早さで勝負したいのだろう。

 剣はまだ茜に特別な感情はないだろうがクリスは少し違うようだ。剣はただ単にクリスに対抗したいだけだろう。

 そんなやり取りの後、より握手に力が籠められる。


「僕はバーで茜と少し話してね。筋肉が好きなのかな? 茜は僕の筋肉を触って驚いてたよ。アハハハ」

「なっ」


 とはハニートラップに引っかかった時の事を言っているのだろう。情報を引き出すために、茜はクリスの腕をペタペタと触っていた。

 出会いの速さは勝ったがボディタッチの速さでは負けた剣。口下手な事もあり何も言い返せない。そんな剣にクリスは追い打ちをかける。


「ところで君はまだなのかい? 名前からして日和の国出身だよね。確かスキンシップがあまり盛んではないとか」


 日和の国はその他の国と比べてスキンシップに疎い傾向がある。

 再開していきなりハグをしたり、頬にキスなどしないのだ。

 剣も負けていられないと何かないかと思案する。だが日和の国出身且つ、口下手な剣が抵抗すればさらに墓穴を掘るか、相手が何も言い返せないほどとんでもない事を言ってしまうかのどちらかとなる。

 そして剣は後者だったらしい。


「お、俺はさっき茜を抱いた!」


 いきなりとんでもない事を言い出す剣。自分でもしまったとばかりに苦々しく目を泳がしている。


「さっき? あの短時間でかい!?」


 クリスは何やら勘違いしているようだ。剣はただ触手から解放され、落ちてくる茜を抱きとめただけなのだが。

 雪花はそんな二人の醜い争いを細めで眺めているだけ。


「はーん……美人って罪よね」


 雪花がその様子を見て、呆れたように茜を横目に見る。

 茜も沈黙の理由が知れたからか、興味は失せたとばかりに溜息をついて歩き出す。

 

「ちょっと、どこ行くのよ?」

「確かめに」

「え?」

 

 何を、と聞き返す前に茜の目的が知れたので雪花は目を見開いた。そしてその場から動けず、逆に少し後退る。

 茜が進んだ方向は頭を打ち抜かれて倒れているバドルだった。


「死んだかな?」


 茜は屈んで、青桜刀の鞘の先でバドルの体をつつき始める。

 車に轢かれて、ぺちゃんこになった蛙に興味を持ち、つつく子供のように。

 今は男の意地の張り合いよりもバドルの状態を確かめる方が先なのだ。

 

「ちょ、ちょっと……茜!? 何してるのよ!」


 死んだ蛙を手で掴みに行く子供を見るように、雪花はもう一歩後ずさる。その手に蛙を掴んだらどうするか。それを意地の悪い茜がするのだから尚更たちが悪い。

 

「や、止めなさいよ! 変な事するの!」


 だが好奇心に突き動かされてする行為が危険すぎる。それは蛙ではなく悪魔なのだ。

 

「おい! 何してんだ茜!」

「茜! 危ないよ!」

 

 それを気づいた剣もクリスも大慌てで茜の前に立つ。そして茜の後ろに雪花も引っ付いてひょっこりと顔を出して様子を伺う。


「剣……そいつ死んだの?」

「さあな」


 剣が言ってバドルの傍で屈み生死を確かめようとする。白い息は出ていない為息はないようだ。撃ち抜かれた頭からは出血しているが量が少ない気もする。

 

「気を付けろ、剣」

 

 クリスは茜の前に立って銃を構える。

 しかしクリスは嫌な予感がした。それは前方で倒れているバドルではなく後方にいる人物に対して。

 すぐ後ろにいる少女は可憐で庇護欲を掻き立てられる、か弱い美少女だが悪戯が過ぎる傾向がある。先程の悪魔が消えた時、悪魔が取りついて苦しむ演技を見せた件もある。

 この状況なのでまさかとは思ったが、クリスが恐る恐る振り向くと茜は大きく口を開けて息を吸い込んでいる所だった。


「茜……」


 クリスの引きつった笑い。そして茜のしまったとばかりに手で口を隠す仕草。行き場をなくした大声は詰まり、頬を膨らませる事となった。その頬は寒さでだろうか、赤く染まっている。

 クリスはその頬が爆発しないよう慎重に、そしてゆっくり手の平を向けて前後させる。まるで馬が暴れないようなだめるように。

 その異常を察知した剣は振り返ると眉間に皺を寄せ、すぐ後ろにいた雪花は憎々しく茜を見下ろした。

 三人の視線に、茜は観念したように桃色の唇を尖らせ、吸った息をそのまま吐きだした。それは白く細長い息となって線を描き、やがて消えていったのだった。


「心臓悪いなら早く言ってよ」


 悪びれる様子もなく、茜は手の平を天に向けてそんな一言。

 ここで茜が叫べば皆ひっくり返るだろうがやられた方はたまらないだろう。

 

「そういう問題じゃないでしょ!」

「止まった心臓もびっくりして動き出すかもね」


 クリスはそんな可愛らしい茜に怒れない。そしてそんな演技でもない事を言い放つ始末。加えてこのやり取りが楽しいのか少しだけ笑みがこぼれている。

 

「もう余計な事しないで!」


 大声を出して脅かすつもりだったらしい茜は雪花に脳天を軽くチョップされ、後ろから抱きしめられるように口を塞がれた。

 剣はそんなやり取りを横目に何をやっているんだと、呆れて首を左右に振る。そして白い息を溜息として吐き出した。


「全く……あいつを思い出すな」


 と呟く剣。

 それは間違いなく光の事だろう。男でも女でもそこは変わらないらしい。

 剣はさっさと生死を確かめる為、再度バドルに向き直り、首の側面に走る頸動脈にゆっくりと手を伸ばす。クリスはいつでも迎撃できるように銃を握り、雪花は茜を拘束する腕に力が入る。茜は息が出来ず苦しそうだ。

 剣の手がバドルの首に触れたとほぼ同時だった。バドルの瞼が開かれる。

 

「いやあああああ!」

 

 雪花が恐れ戦き、けたたましい悲鳴を上げる。

 それを合図にその場にいる全員に向かって触手が発射された。

 幸か不幸か雪花と雪花に拘束された茜は後ろに倒れたおかげで難を逃れる。

 剣は寸でのところで避け、クリスは雪花の悲鳴に身をすくませた事で躱すことができた。

 

「ワハハッ、いい反応だ!」


 バドルは楽しそうに笑い、触手で自身の体を持ち上げる。

 雪花の拘束から逃れ、すぐさま青桜刀を構える茜。

 

「くそっ、まさかあいつもドッキリ企画を!?」

「いや、違うだろ!」

 

 その人を驚かせることにかける情熱は一体どこから来るのだろうと、冷静に突っ込む剣。

 サプライズはその状況がシリアスであればあるほど効果抜群なのだ。


「大したエンターテイナーだよ!」


 と、茜達の前に立ちはだかるクリス。すぐさま銃をバドルに向け数発放つ。

 だが銃弾は全て触手に阻まれバドルには届かない。


「くそっ、頭に銃弾を受けて生きてるなんて、あいつは化物か!?」


 そんなクリスの肩に手を置く茜。クリスが顔を向けると、真剣な茜の顔がすぐそこにあった。


「クリス」

「え?」

「あいつ化物だよ?」


 バドルは誰がどう見ても化物で間違いない。背中から触手を生やし、それを手足のように使えるのだから。

 これが化物でなければなんなのだ、と茜はのたまう。


「……う、うん。そうだけど」

「化け物じゃなければ何なのか、か」


 だがクリスが言いたい事はそんな事ではない。それは茜も分かっている。分かっていて遊んでいるのだ。

 クリスは口をついて出てしまったセリフに後悔を覚えながらバドルを見据えている

 

「とても興味深い議論だけど、茜……後でいいかな?」

「いいよ」

「何言ってんのあんた達! 今はそれどころじゃないでしょ!」

 

 雪花が見かねて茜とクリスの後ろに隠れながら叫ぶ。

 唯一真面目であろう剣は走り、バドルの距離を詰めていた。

 だがバドルは剣の強さを知っている。ここで争うのは得策ではないと判断したのだろう。

 触手で剣を迎撃する事はせず、その機動力を生かし、まるで蜘蛛のようにメインエレベータの方へ逃げていく。


「ふふっ……足の真ん中のバドルがフラフラしてる」


 バドルの逃走に笑いを見出す茜。それを尻目に追いかける剣。

 だが一足遅かった。バドルは触手でメインエレベータの昇降路の出っ張りを掴んで上っていく。

 剣は他の追随を許さない共鳴強化の持ち主だが空を飛べるわけではない。クリスも走って追いかけ銃弾を放つが触手に防がれてしまいどうする事も出来なかった。

 

「蜘蛛かあいつは……」

 

 バドルは乗って降りてきたきたバブルエレベータの昇降機に乗った。それで海上まで逃げるつもりだろう。

 

「何故動かない!?」

 

 しかし動く気配がない。

 バドルは何度も昇降機に備え付けられたスイッチを押すが反応がなかった。


『皆さん。セレナです』


 ここで唐突にセレナの通信が入る。現在の状況を伝える知らせだった。

 内容はこうだ。

 海上はフェリーの床底に出来た穴からダイバースーツで潜って侵入したギャリカとディランによって制圧されたようだ。

 悪魔が召喚され、フードの女が消えた時点でギャリカとディランが待機する必要が無くなった為だ。剣がスキャンしたハイジャック犯のホログラムを流用して変装し、油断した所を突いたらしい。そして人質五人を無事保護したと。

 深海の茜達と海上のディラン達の動きは連動している。

 更に剣の通信機が反応しない事。

 剣は外に投げ出されてた時にイヤーセットを落としたらしい。だからセレナも剣の状況が分からず、茜へ情報を渡せなかったのだ

 そこへディランが通信に割って入る


『ガキ共。無事らしいな。下の状況を鑑みた結果、一時的にバブルエレベータを無効化した』


 ディランがバブルエレベータを無効化したおかげでバドルは海上に上がれなくなったようだ。


「ディランにしては気が利くじゃん。後でワサビ飴あげちゃう」


 茜と雪花はバドルを追いかけて行った剣達とは距離がある為、普通の声量で話す。


『いらねぇよ! お前らこそ、その悪魔倒すまで上に登ってくんなよ!』


 茜の鞭を含んだ飴を拒否し、さっさと悪魔を倒せと急かすディラン。


「そう言えば人質五人って言ってたけど今どうしてる?」

『ああ、私が見てるけど?』

「お前……筋肉モリモリのでかいやつハイジャック犯だからな?」

『え? 筋肉モリモリ? うわっ、暴れ出した! こいつ! ズボン脱ぎな!』


 ここでギャリカとの通信が途絶えた。


「何やってんだか」

『茜さん、今の状況はどうなってますか?』


 そこで改めてセレナが茜に状況を問う。

 少し遠くにクリスが銃口を上に向けバドルの動向探っている。剣はというとメインエレベータのスイッチを探しているようだ。

 それを茜はそのまま伝える。


「そしてバドルはバブルエレベータが使えないので――」


 その時、メインエレベータ最上階の昇降口からバドルが見えた。バドルは触手を伸ばし、バブルドームのリングを掴んでいる。


「ならば自力で上っていけばよいだけだ」


 伸ばした触手を縮ませてスーッと上に登っていくバドル。そんなバドルの様子に四人ともあっけに取られている。


「えーっと、触手でバブルトンネルを登っていくみたいです」

『……了解しました。ディランさんにバブルリングの有効化をお願いしておきます』


 バドルはバブルドームリングに到着すると一度下を見る。そこには成すすべなく立ち尽くしている茜達の姿が。


「ワッハッハッハ! さらばだガキ共!」


 バドルはそんな茜達を声を上げて嘲笑っている。このままではあの悪魔が海上に出てしまう。そんな事になれば地上の人々が襲われ多くの被害が出かねない。それに茜の発案で起こってしまった失態となる。そうなれば責められるのは茜だ。


「腰抜けえええ! 戻って戦え!」


 その時、剣の後ろに走ってきた茜が先程叫べなかった腹いせか、それとも失態を悔いてか、思い切りそう叫んだ。

 見え透いた安い挑発だった。そんな事でバドルが戻るわけがない。


「剣と戦ええええ!」

「俺とかよ」


 剣と戦えばバドルに勝ち目はないだろう。だからバドルは戻ることはない。

 

「ちょっとっ、あんまり挑発しないでよ! 何してくるか分からないでしょ!?」


 雪花が言うように、腰抜けと言われてそのまま引き下がるバドルではなかった。バドルはぴくぴくとこめかみを小刻みに震わせながら新たに触手を出現させる。


「舐めくさりおって……」


 雪花の悪い予感は的中した。バドルはバブルドームリングの一部を触手で打ち抜き、破壊したのだ。

 雪花は開いた口が塞がらない。

 

「あーあ……これはやばい」

「あんた……」


 挑発のせいで事態が悪化した、と茜を雪花が睨むと茜に目を逸らされる。


「本当に余計な事しかしないわね」



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