雪花には茜の正体は光だとバレている。だがその光が突如現れたらどんな顔をするか見ものだと。
そして剣は急に行方不明になった光が現れたらどんな顔をするか。
いずれにせよ光にとってこれ以上ないドッキリの仕掛けになるだろう。
何故ここに居るのか、という説明などどうとでもなると、光にはもう雪花と剣を驚かせることしか頭になかった。光は来た道をスキップしながら戻る。二人の驚いた顔を思い浮かべながら。下着姿になった兵士の男を放置して。
その頃、地上では持て余した時間を各々過ごしていた。
「ねえねえルーク! これ玉座かな?」
「うん」
「ほらっ、王様!」
広間の奥には玉座のような物がありそこにキリカとルークが代わる代わる座っていた。
「ここに主が居るというのにあの子達は……」
「いえいえ、別にいいのです。昨日今日任命された事なので、私は別に気にしません」
はしゃぐキリカに怪訝そうなツクモ。だがポルトはあまり気にしていない様子。時で止まっていたという事なのでなん前年も前に任命されたからと言ってその時間ずっと宝物庫を守っていた感覚は無いのだろう。
「そうですか。それで、空いた時間に少し聞きたい事が」
「はい、何でもどうぞ」
ツクモはポルトに話を聞いているようだ。
剣はと言えば茜が降りて行った地下への階段を腕組みをしたままずっと見つめている。茜の事が心配なのだろう。
「あなたは雪花だったかしら?」
「は、はい!」
突如、雪花はルココに話しかけられる。
それに雪花はおっかなびっくりと言った様子で背筋を伸ばし、ルココを見た。
「……何故そんなに固くなってるの?」
「あ、いえ、なんとなく」
「……あなた、茜と随分と親し気だけど、どういう関係なの?」
「え? えーと……腐れ縁というか、あ、茜を助けた時に一緒に居て仲良くなって」
「ああ、国境なき救済団体の?」
「そうそう、どうして知っているんですか?」
「そこに所属しているセレナさんに以前お会いしたわ。そう言えば戦闘技術で私が茜と戦っている時、大衆を扇動して茜コールしてたわね」
「あ、う……はい、ごめんなさい……」
「ふふっ、もう知ってると思うけど私はルココ=エクレール。茜の友達なら……私ともその……と、友達になり……なって……なろ……?」
ルココは茜を信頼しきっている様子。だからか茜の友達である雪花なら大丈夫だろうと判断し、友達に誘いたいのだろう。だが肝心の誘い方がぎこちなくなってしまう。
「ルココ様っ、ここはごにょごにょ」
そこでフォンがルココに耳打ちする。雪花を友達に誘う文句を。
「友達になってあげるわ! ありがたく思いなさい!」
「ひぃ! ごめんなさい!」
「あ、ちがっ、フォン!」
と、ルココと雪花が仲良くなったところに一人の男が地下に続く階段から上がって来た。
「ん?」
それに地下を見つめていた剣がいち早く気づく。
そして剣はすぐに目を丸くする。何故ならそれは剣が見知った人物だったから。
「よぉ、剣」
「は? 光!? なんでこんな所に!?」
それは兵士が来ていた鎧を着こんだ光だった。
「そうだ。ふふっ、驚いたか?」
光は腕を組んでしたり顔。
だが剣はその光の肩を痛いほどにがっしりと掴んで詰め寄った。
「お前!」
「いっ!?」
「今まで何してた!? なんで急にいなくなったんだよ!」
その剣の表情は驚きもあっただろう。だがそれよりも怒りの色が強い。
当然だろう。いきなり任務を放棄し、何も言わずに姿を消したのだから。その光がしたり顔でいきなり出てきたのだ。剣が怒るのは無理もない。
「そ、そんなに怒るなよ……まあ色々あってだなぁ」
「え? 光!?」
異変に気付いた雪花が、そんな鬼気迫る表情の剣を突き飛ばし光に迫る。
「本当に光なの!?」
「ふふん、まあな」
「そっかー、元に戻れたんだぁ」
雪花は光の肩をポンポンと叩いて笑顔だ。
そして雪花も驚きの色こそあるが安堵の色が強い。
光はそれに少し不満げだ。雪花にしろ剣にしろ、驚きをおざなりにした感情が強い。光の予想をはるかに下回る驚きっぷりだ。光が消えたという心配は時がたつにつれて驚きをかき消し、安堵と怒りの両極端になってしまったのだろう、
「あと声がでかい、剣には言うなよ?」
「え? 黙っておくつもり!?」
「当然だろ。墓までもってけ」
「ええ……誰かに喋っちゃいそう……」
光は一時とは言え、女のような名前だと馬鹿にされていた少女の姿になってしまっていた。これ以上ばれたく無いのだろう。特に長年相棒であった剣には。
「茜は?」
「へ?」
そこで剣が光に問う。茜の所在を。
「会わなかったか? 茜も地下に行ったんだ」
「ええっと……誰だっけなぁ~」
「お前も会っただろっ、飛空艇で、青い髪の女の子だ!」
「あ、あー。そう茜、茜ね。あの子はもういないかもなぁ」
「は!? どういうことだよ!?」
「どこか遠くに行くって言ってたからさぁ」
「遠くってどこだよ!」
「さ、さあ?」
剣は必死に食い下がる。
光を茜の姿にした国宝級の発明家ルイスに運命の相手と言われた剣。剣も何処かそれを気にしている部分がある。そして茜は超絶美少女だ。失いたくない気持ちがあるのだろう。
そのやり取りにたまらずポルトが歩み寄って来る。
「そんな筈はありません! 出入口はここだけです! あなたはどうやってここに……いえ、それよりも茜様が心配です! 迷子になっているのかも! 私が探してきます! 爺、ここは任せた!」
「あい」
そう言ってこの城の主であるポルト自ら走り出す。
「俺も行く!」
「分かりました! ついて来て下さい! 兵士達も念の為!」
剣もポルトの後に続いて地下へ降りていく。
「ねぇ! ちょっと待ってよ、お二人さん!?」
もういない人物を探しても仕方がないのに、と二人を説得する為、光も急いで地下を降りていく。更に階段の上に待機していたのだろう鎧を着た兵士達がぞろぞろと降りて来て地下の階段を降りていく。
「ねぇ、雪花。今の光って誰?」
「ああ、私達の幼馴染です」
「そう、茜とは?」
「あー……ちょっとした友達? ですかね」
「そう、可愛らしい顔してたわね」
「そ、そうですか?」
「それよりなんで敬語なの?」
「あ、だってその……ねぇ」
「ルココって呼んでくれるかしら?」
「へ?」
「私達もう友達でしょ? 歳も同じだし」
「う、うん……ルココ」
雪花とルココは更に少し仲良くなった。
◇地下廊下
「なあなあ、二人共。考え直せよ。もういないって」
「ここで迷子になったら大変です」
「ああ。急いでくれ」
「おーい」
光の説得虚しく二人は足を止める事は無い。
これは光の誤算だった。まさか二人が茜を探しに来るなんて、と。
「なあなあ、茜はもうどっか行くって言ってたけど?」
「ワープ装置でも持ってたのか?」
「いやぁ、俺は知らないけど」
「じゃあまだこの中です」
「そもそもどうしてどこに何をしに行くんだ!? 聞いてないのか!?」
「……聞いてない」
「聞いておけよ! つかえねぇな!」
何も言い訳を用意していない光。後手に回りそのせいで追い詰められてしまう。だがそれよりも光は剣の言い方に不満顔だ。
だから光は剣を少し責めてやる事にした。
「そう言えば剣の事も言ってたなぁ」
「なに!? な……なんて言ってたんだ?」
「色々と助けてくれて感謝してたぞ」
「お、おう」
「でも奥手すぎて愛想が尽きたとかなんとか」
「うっ」
「なんだなんだぁ? もしかしてお前茜が好きなのか?」
「べ、別にそういう訳じゃないが」
「そういう所だぞ? だから愛想つかされたんだ」
いって光は楽しそうに笑う。
「だからってどこかに行くほどじゃないだろ」
「そうかぁ? ほら、女って分かりにくい生き物だろ? 剣に愛想つかせてどっかへ行っちゃうって事も有り得るぞ?」
「……マジで? 女ってそういうものなのか?」
「知らん。 だからさぁ、二人共ここらへんで諦めたらどうかな?」
「取り合えず、百一番の宝物庫を調べましょう」
「ああ」
「……」
どうやら二人は意地でも百一番の宝物庫に行くつもりだ。
だが冷静に考えればそれは当然だ。見ず知らずの男が出てきて茜がどこかへ行ったと証言すれば誰だって心配する。しかも茜は美少女。男なら放っておかないだろう。
光は皆を驚かせたいという欲に溺れ冷静さを欠いてしまった。
そして悪い事に今百一番の宝物庫には光の体で破り捨てられた純白のワンピースとルココから貰った伸びに伸びた青いパンツを処理し忘れ、置いたままになっている。それを見られるとまずい事になる。茜が裸でうろうろしている事になってしまうのだ。
だからか、それは光の焦りから出た行動だった。
「すまん剣!」
「ん?」
光は剣の前に出て腰を低くし脚を振り抜いた。
「え?」
見れば剣の足は曲がってはいけない方向に曲がっていた。そのせいで剣はバランスを崩し視界が揺れて表情が歪む。
光は剣の足の皿部分を横から蹴り込み、折ったのだった。
「ぐあぁ!?」
「え? どうして!?」
苦痛な悲鳴を上げる剣。それに驚くポルト。お前達は友達同士ではなかったのかと。
更に光はバランスを崩した剣の腹を思いっきり蹴り飛ばし、ポルトに当てた。
「ぐはっ!」
「ぐぁ!?」
「すまん! お先に!」
行動不能になった二人を置いて光は猛スピードで走り去っていく。
「なにすんだ! 光いいい!」
剣の断末魔に似た叫び。だがもうそこに光の姿はなかった。
慌てて立ち上がろうとするも光に足を折られている。更に激痛が走り進むことが出来ない。
「ふぅ、あーでもしないと剣は止まらないからなぁ」
今までさんざん助けられた剣の足を折るという冷酷な行動。しかしそれは剣を認めているからこその非道だった。
「やばいやばい。服とか隠さないと」
宝物庫に入った直後だった。何やら視界が揺れる。
「え?」
更に地面が揺れて不安定に積み上がった箱が崩れて落ちる。
「うわっ、地震かっ!?」
バンカー王国はプレートが入り組んだ場所に位置している。その為地震は日常茶飯事だ。
この島が浮き上がった時もかなりの揺れがあった。それに誘発された地震だろう。
だが進めない程ではない。
光はヨロヨロと歩みを進めて最奥に到達した。そこには下着姿でまだ気を失っている兵士。そして光が脱ぎ捨てたビリビリのワンピースと伸びきった青い下着。その奥には黄金で縁どられた真実の鏡が。
「あ」
そこで光は目を見開いた。
今現在続いている地震により鏡がぐらぐらと揺れているのだ。
「やば――」
鎖で固定されていたのはこの為だった。金の延べ棒や装飾品などは少々の揺れで崩れ落ちたとしてもそうそう壊れはしない。しかし鏡は別だ。不安定なうえ、倒れてしまえば割れてしまう。
その直後、何とか直立を保っていた鏡は限界を迎え、地面に倒れ込んだ。
黄金と宝石で縁どられた大きな鏡の重量は相当なもの。倒れた衝撃で石造りの床が揺れ、更にけたたましい音と共に鏡が割れる。
「あーあ……」
そしてその鏡の破片が倒れた衝撃で滑って光の前に滑り込んでくる。
額縁は少しへこんだくらい。しかし割れた鏡は代えが効かない特殊な鏡。茜の姿を元に戻す真実の鏡だ。
「……どうしよう」
光は足元にまで滑り込んできた破片を拾い上げクルクルと弄び、一瞬見て投げ捨てようとしたのだが、そこで手を止めた。
「逃げるしか……え?」
そこで光は信じられないものを見る。割れた真実の鏡の破片に映っていたのは光の姿ではなく青い髪の美少女だったからだ。
それを見た瞬間、また別の異変に襲われる。
「うっ!?」
光は体にまとわりつく謎の重量に押しつぶされ膝を突く。そのあまりの重量感に床に突っ伏してしまった。
「な、なんだっ」
光は訳が分からずもがき、押しつぶして来るものから逃れようと必死だ。上半身が床に突っ伏した事で重量が軽くなる。だから尻を突き出しながら後退りし、やっと抜け出した。まるで穴に嵌った犬のよう。
その頃には揺れは止み地震も落ち着いていた。
「うぅ……全く、何だったんだ?」
抜け出した先を見ればそこには先程まで光が来ていた鎧とそれに引っかかった兵士の服。更に履いていたズボンも滑り落ち、お尻が丸出しになっている。
「え……あれ?」
光はまず手を見てみる。
するとごつごつとした指がか細くなっていた。更に視線を落とすと何やら白く艶めかしい二つの膨らみ。手で握ってみると暖かく、とても柔らかい。
「う、そだろ?」
先程、一瞬鏡に映った姿は紛れもなく光が男に戻る前の少女の姿。
不安を覚える光。すぐさま股間に手を伸ばし男の象徴を探る。だが何もない。先程まであった筈のものが綺麗さっぱり無くなっていたのだった。
光はもう一度、割れた鏡の破片を拾い上げ恐る恐る自分の姿を映し出す。
「戻ってる……だと」
鏡には青い髪と桃色の瞳、そして華奢な体に白く透き通った肌。雪花程ではないが豊満な胸が実っていた。
どうやら真実の鏡は割れるとその効力を無くしてしまうようだ。
茜は肩を落とす。鎖を元に戻して固定しておけばこんな事にはならなかったのに、と後悔してももう遅い。
束の間の喜び、一瞬の夢、ぬか喜び。そんな言葉が生まれては消えていく。
「くっそおお……」
だが絶望ばかりしていられない。廊下から足音。剣とポルト達だろう。
「来たか……」
茜は今、全裸。元が男だとしてもやはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
だから茜は転がっている自分の服を着ようとする。だが茜の華奢な体に合う服に男の姿の光が無理やり入り込んだ形になったためビリビリに破れて着れたものではない。
見れば脇から綺麗に引き裂かれている。急いで着てみたもののどうしても華奢な茜のあばら骨や腰骨が見えてしまう。更にパンツも履いてみるが伸びている為かずるずると下がって来るので何とか手で止めるしかない。そうなると隠せるものも隠せなくなってしまう。
「こんな事になるなんてっ」
全て茜の見通しの甘さから。剣や雪花達を驚かせたいという欲望による失敗だった。
その時、狭い通路からポルトと兵士達、そして脚を引きずった剣がなだれ込んで来た。
「茜様! ご無事で……す?」
「あか……ね」
そして二人は固まってしまう。
更に兵士達も茜の姿を見て顔を赤くする。
「あ、あはは」
何故ならそこにいたのはビリビリに破けた服を纏う美少女だったから。
更に体の側面を露わにした、隠そうとしても隠し切れない引き裂かれた服で立ち尽くしているのだから固まってしまうのも無理はない。
破れた純白のワンピースから垣間見える透き通った白い肌。それが生み出す柔らかな曲線。打って変わって固く浮き出た腰骨が茜の華奢な体を想像させる。更にその先が見えそうで見えない絶妙な破れ方のワンピース。
「これは……その」
皆の視線を集める茜。
手で横から見える胸を抑えて隠す茜だが、それによって止めていた伸びきった青いパンツがずり落ちてくる。
「あ」
その落ちた青いパンツにポルト達の視線が自然に誘導された。
そこには悪い事に、気を失ったままの下着姿の兵士の男。
服がビリビリに引き裂かれ、伸びに伸びた青いパンツ。そして服を脱ぎ捨てた下着姿の男が同じ部屋に居る。更に茜は美少女である。
男を見下ろすポルトの視線が冷たく冷酷なものに変わっていく。
「兵士達よ」
ポルトは片手を上げる。
もちろん兵士達もポルトが何を命令するのか分かっている。だからか、腰に備え付けられた剣に手を掛けた。
そしてポルトは満を持して、勢いよく手を前に。
「そこに転がっている男の首を跳ねろ」
「うぉー!」
「うぉー!」
その合図とともに兵士達が下着姿の男に突進していく。だがその兵士達の突進はすぐさま止まった。何故ならその前に茜が立ちはだかったから。
「……どういうことですか茜様?」
「あはは……ちょっと……落ち着きましょう……ね?」
これは全て茜がやった事。そのせいで兵士の命を失っては後味が悪すぎる。
だから茜は冷や汗を垂らしながら手を広げて立ちはだかり、ワンピースが破けたのも兵士が下着姿なのも、全て光のせいにして事なきを得たのだった。
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