光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第145話 ~親子喧嘩~

公開日時: 2023年11月27日(月) 23:22
文字数:3,847


 茜の父親は茜が生まれた後、ドアナ大陸に開拓使として派遣された。

 その父親の名前は葵大吾。今、茜の目の前にいる仮面の男だ。


「それで!? 光は!? 光は今何をしている!?」


 前のめりになって興奮気味に茜に問う茜の父。

 生き別れになった息子の詳細を知っている少女が目の前にいるのだからこれ程嬉しい事は無いだろう。


「光君は元気でやってますよ」


 だから茜はその問いに答えてやる。

 生き別れの子供が自分でなければ茜は暖かい笑みで言って葵大吾を安心させてやるところだろう。

 だがそんな暖かさは茜にはなかった。

 何故なら葵大吾は茜にとって自分達を置いて苦労を強いた憎むべき実の父親なのだから。


「そ、そうかっ……よかった」


 そんな茜の冷たい笑みに若干の違和感を覚えながらも、息子の安否を知って安堵する大吾。

 だが家族はあと二人いる。その詳細を大吾が聞いてくる前に茜が先手を取って口を開く。


「もしかして光君のお兄さんは雷地君ですかね?」


 まるで茜は雷地を知っている赤の他人のように大吾に問う。

 だが大吾は茜の言葉に目を丸くする。光の兄が雷地である事で確信したのだろう。それが自分の息子達だと。


「おお! そうだ! 雷地! あいつも元気なのか!?」

「ええ、とても。歌手になってプチデビューしてましたよ」

「あはは……はっはっは! 流石俺の息子だ!」


 雷地の出世に大吾は乗り出した身を元に戻して腕を組む。

 そして天に向かって高らかに、豪快に笑った。自分の息子達が元気に育ち、兄の雷地は大きく躍進しているのだ。これ程嬉しい事は無いだろう。

 だが茜の心中は穏やかではない。

 どこの誰が誰の安否を知って、誰の出世を喜んでいるのだと。自分達を長年放置し母を困らせた父親に息子の躍進を喜ぶ権利なんて一切ないんだぞと。


「なんだ、お嬢ちゃん、雷地も知ってるってもしかして光と付き合ってるのか?」

「さあ、どうでしょうね」


 茜は嘲笑を浮かべながら生姜湯の入ったコップをすする。

 

「お嬢ちゃんみたいな美人なら大歓迎だがな」

「はは」


 大吾はそんな冗談を言って笑う。

 しかしそんな冗談さえも茜の神経を逆撫でしている事に大吾は気づかない。その茜の愛想笑いの冷たさがそれを物語っている。

 だが茜の家族は四人。もう一人いるのだ。


「そ、それでもう一つ聞きてぇんだが。葵瑠衣菜っていう女なんだが、光と雷地の母親で――」

「死にましたよ」


 大吾の問いに先んじて、茜が答える。言葉を遮るように、それ以上、母を語ってくれるなと、冷たく突き放すように。


「死んっ……はぁ? 何を……言って」


 茜の母の名前は葵瑠衣菜。四年前、茜色の奇跡で天空都市の重力砲制御施設と共に吹き飛ばされ他界した。


「死んだんですよ。四年前」

「馬鹿なっ」


 大吾は焦るように茜に這い寄って、両肩を掴む。


「馬鹿な事を言うな! 冗談だろ!? なぁ!」


 茜の両肩を掴んで揺さぶり、喚き散らす大吾。

 息子達の安否を知った大吾の朗らかな表情が一転。思いつめたような表情で茜を睨みつける。

 そうなるのも当然だった。茜の母である瑠衣菜は大吾が愛した女性なのだ。昨日今日あった少女に死んだと言われてそう簡単に受け入れられるものではないだろう。

 だが瑠衣菜を心配する大吾のそんな様子さえ、吐き気がする程の嫌悪感を茜に与えていた。


「冗談でこんな事言うと思いますか?」


 その吐き気と共に吐き出される言葉は無感情で冷酷な言葉。

 それで大吾が何を感じてどう思うか。茜には分かり過ぎる程に分かる。


「な、なんでそんな事が分かる!? 他人の生き死になんてお嬢ちゃんが何で知ってんだ! 誰かと間違えているんじゃねぇのか!?」


 瑠衣菜が生きていると信じたい大吾。

 そして実の父親である大吾を嫌悪し、どうにかして自分達を放置した罪悪感を与えたい茜。今までに味わったことが無いくらいの絶望と共に。

 だから茜は口を開く。

 

「間違えてませんよ」


 短く言って次の言葉を紡ぐ茜。それは鋭く、大吾の心を深く抉る言葉。


「だって葵瑠衣菜は私が殺したんだから」

「っ!?」


 茜は冷たい表情のまま、せせら笑って大吾を見据え、言い放った。

 それは紛れもない事実。

 だからその言葉には説得力があった。

 大吾は驚き、目を見開いて何か言おうと口をぱくつかせていたがそこから何か出てくる事は無かった。

 茜は父親である大吾が帰ってきたら殴ると豪語していた。これはそれ以上の衝撃を大吾に与えている事だろう。

 やってやった。

 茜の心にそんな言葉が浮かんですぐに消えた。


「ぐっ!?」


 それは茜が地面に叩きつけられたから。他でもない、実の父である大吾によって。茜の手に握られた生姜湯の入ったコップが吹っ飛んでいくほどの勢いで。

 どうやら茜はやり過ぎたようだ。

 恋人が死んだ話など他人が語るにはあまりにも踏み込み過ぎた内容。それを馬鹿にしたように冷たく語り、あまつさえ自分が殺したなどと言えばどうなるか。火を見るよりも明らかだった。

 茜の両肩を掴んでいた大吾の手は茜のか細い首を掴んで地面に押し付けたのだ。更に逆の手には黒く、鈍く輝く両刃刀の剣が出現する。恐らく収納石が取り付けられていたのだろう。


「ふ、ふざけてんじゃねぇぞっ……ふざけんじゃねぇえええ! まさか本当に……青髪の女が」


 茜の首を鷲掴みにする手、そして剣を握る手が震えている。

 「青髪の女」という大吾の言葉。それはキックス犯罪集団から聞いた情報だろう。手を斬り落としたり、拳銃でタイヤを撃ち抜いたりした青髪の少女の事を。

 大吾は実際に見たわけではない。だから目の前にいるか弱い美少女がそんな事するわけがないと半信半疑だったのだ。それ故、その事に言及しなかった。

 だがそれが先程の茜の発言で確信に変わっていく。

 だからか、大吾の持つ剣が茜の首に突き付けられた。


「よく聞けよっ、お嬢ちゃんっ……今なら冗談ってことで済ませてやるっ」


 大吾は怒りで震える声で茜に凄んだ。

 静かに言う大吾。だが怒りで平常心を失っているのか、茜の首に掛かった手の力が少々強すぎた。茜が何か言おうにも首を掴む力が強すぎて言葉が出ないのだ。


「言え! 瑠衣菜は生きてんだろ!?」


 叫んで茜に迫る大吾。

 だが茜は声が出せない為、言い返す事が出来ない。そして血流が滞り顔が赤く染まる。それに伴って意識が徐々に遠のいて行く。

 そんな中、茜は自分の首を絞める大吾を睨みつけていた。意識が飛ばぬよう歯を食いしばって。

 その原動力は大吾への嫌悪感と憎しみで。

 だから大吾も無意識に首を絞める手を緩めなかった。茜の攻撃的な表情に煽られて。


「言えっつってんだろ!?」


 大吾が叫び、更に手に力が籠められる。

 

「うぅ……」


 茜は呻く。これ以上はもう意識が保てない。

 せめて最後まで大吾を睨みつけてやる。

 茜がそう思った時だった。大吾の頬に黒い拳がめり込んだ。

 一瞬の衝撃と鈍い音。

 大吾の顔が歪み、黒い髪がびくついて跳ねる。

 その拳は大吾の巨体を吹き飛ばす程の威力。

 白い砂粒を巻き上げながら、大吾は大きな体を回転させ砂浜を転がっていったのだった。

 更に木製の仮面が外れて舞って、砂浜に落ちる。


「茜! 大丈夫!?」


 茜と大吾の間に立ちはだかる白髪の少女。全身をプロテクターで覆った雪花だった。

 手にはめたリングで位置を確認し走って来たのだろう。肩で息をして肩越しに茜を見る。


「ゲホッゴホッ……雪花……助かった」

「なんであんたやられかけてんの!? あの男は誰よ!」

「あいつは……」

 

 口煩く重ねて茜に問いかける雪花。

 そう言って茜が大吾を見る。

 仮面の下は大きな傷跡でも隠しているのかと思いきや何もない。大吾は焦るようにただキョロキョロとあたりを見回すだけ。


「なにを……」


 探しているのか。

 茜が訝し気に見ていると大吾は外れた木製の仮面を見つけるや否やそれに飛びついた。

 その様は先程までの豪快な喋り方や所作からは想像できないくらいに情けない姿だった。足を滑らせ、両手で仮面を掴んで顔に付けようとしている。だが逆さまになっており焦って落としてしまう有様。


「なんだそりゃ……」


 茜はそう言って憤怒の表情で立ち上がった。

 

「なんなんだよ……その情けない姿は!?」


 茜は許せなかった。

 ずっと家に帰ってこなかった父親。だがそれは自分の意思に従ってやりたいと思っていた事を実行しただけ。ただ唯一そこだけは尊敬できる事だった。

 なのに仮面が外れただけで取り乱し、投げ出された餌を取り合うように地べたを這う情けない姿。それを目の当たりにしたのだ。殴る気も失せるというもの。


「何とか言えよ! クソ親父!」


 仮面を付け終わった大吾はそう叫ぶ茜に視線を向けた。

 

「え!? 親父!? あの人茜のお父さんなの!?」


 雪花も茜の発言に驚き、大吾に蔑んだ視線を落とす。

 

「こんな……人が?」


 雪花も先程の情けない大吾の姿を見てしまっている。それが茜や雷地の父親とは到底思えなかったのだ。


「どう……いう事だ?」

「あ、いや~……これには色々と事情がありまして」


 もちろん茜は今、少女の姿。大吾が困惑するのも無理はない。


「俺の子供に娘なんかいねぇ……いや、そう言う事か」


 大吾はぶつぶつ言って立ち上がる。


「何か知ってそうだな、おっぱいのでかいお嬢ちゃん。取り合えず、事情を話してくれ」


 大吾は雪花越しに茜を見る。

 そして変な形容詞を付けられて指名された雪花は溜息をついて答える。


「取り合えず二人共……」


 ルココは目のやり場に困っていた。

 大吾はパンツ一丁。

 茜は全裸、ではなく何故だか青色のパンツを履いていた。

 これは昨日、茜のノーパンを見かねたルココが貸してくれた青いパンツだった。

 親子そろってパンツ一丁。


「服を着ませんか?」

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